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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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うん、パパだよ。

 あっちウロウロこっちをウロウロと、ただ救急車の到着を待つだけの俺。

 やがてサイレンの音が近づくと心がはやり、姿を現した車体に対し周りの目も気にせず大きく両手を振って招きよせる。

 そして、到着した救急車から降りて来た救急隊員の前で、足踏みまでして部屋へと急がせた。


 そんな俺に救急隊員は、顔色一つ変えず真摯な対応。手早く処置後、慣れた手つきで女の子を俺の部屋から運び出してくれた。

 当然俺も救急隊員の後を追って、保護者として一緒に救急車へと向かう。

 その時、俺は筋違いにも彼女に後のことを託して部屋のカギを渡していた。


 何の声を掛ける余裕も無く。ただ、目を合わせただけで。

 俺は彼女一人が残された部屋の中の静けさを、背後から感じていた。


 女の子と俺を乗せた救急車は、あっという間に病院に到着。そして、流されるように診察室に入った。

 診断結果は予想通りの熱射病。

 お医者さんからは、応急処置の対応が良かったことは褒められたが、それ以前に予防処置が成ってないことをきつくとがめられてしまい、俺はその反論を許されない状況に、唇を噛みしめるだけだった。

 

 どういう経緯なのかは未だ分からないが、俺は一時的なのかもしれないが法的に父親である可能性が高かった。そんな自覚からなんだろうか?

 俺は次第にお医者さんの言葉が痛く心に響いて行き、胸が苦しくなって行くのを感じた。

 そして、看護師さんからのお父さんと呼ばれる言葉にも、少しの恥ずかしさの中に嬉しさも芽生え始めているのを感じていた。


 もしかすると、俺はこの時既に父親になることを覚悟していたのかもしれない。


 その日は取り敢えず様子を見て入院と言うことになったので、看護師さんの指示で売店に行き、子供ようのパジャマと下着類を揃えた。子供とは言え始めての女性ものの購入に、俺の指は震た。


 その時、売店の冷蔵庫の横を通り過ぎ様に、やっと自分の喉が渇いていたことを思い出した。

 俺は反省と教訓を刻む為、敢えて我が冷蔵庫に貯蔵していなかったスポーツドリンクを購入。

 喉の渇きを一気に癒すと、俺はスポーツドリンクの能力の高さを実感。そして、やっと一息入れることが出来たその時、生まれた余裕がいつもの自分を取り戻させた。

 そこで俺はハッと気付くことに。


 そう言えば、汗びっしょりで息を切らせていた彼女も全く水分を取っていなかったと。

 何も取らずに俺に代わって女の子の看病に必死だったと。

 更に、俺は未だに女の子が大丈夫だってことを彼女に知らせていないし、お礼だって言わず仕舞いになっていると。


 俺は彼女の善意に甘えたままであったのだ。

 甘えっぱなしで、まだ何も話せていないままであったのだ。

 

 それに、何故俺のところに来たのかも知りたい。

 何か話があったのかもしれないし、何か話そうとしていたようにも見えた。


 俺はとにかく彼女と話さなきゃ。そう思った。

 だけど・・・、

 瞬時に俺はそれを否定した。


 多分それは聞くまでもなく、俺がいきなり居なくなったから心配してのことに違いないからだ。


 彼女に好きな人が出来てしまったことは、もう今更覆しようもないし、責める気もしない。きっと彼女にとって俺がそれだけの人間でしか無かっただけのことである。

 だからもう、彼女から聞きたい言葉は俺には何も残ってはいない。


 でも、せめて今日のことも含めて、色々支えになってくれたこと、今まで楽しかったことのお礼だけは最後に言いたかった。

 それで気持ちにケジメを付けられる。そんな気もしていた。


 多分、それはこの状況がそうさせたのだと思うけど、俺は心の底からそう思っていた。

 だから・・・。


 俺は院内の通話スペースに移動し、スマホを取り出した。

 直ぐに電話をしようとした。


 だけど、既にそこには彼女から二度の着信とメールが一通届いていた。

 スマホがマナーモードになっていたせいで、それまで全然気が付かなかったけど。


 俺はその着信を見て、鼓動が高まるのを覚えた。

 気にかけて貰えている事実が嬉しかった。それは、自分にではないかもしれないけど。

 でも、同時に何の言葉が吐かれているかの不安も俺にはあった。


 ちょっと怖かったが、俺はそのメールを開いた。

 すると、そのメールには次のように書かれていた。


―――

 女の子は大丈夫ですか?

 心配してます


 鍵は封筒に入れて、郵便受けに入れて置きました

 びっくりしちゃったよ、子供がいたなんて知らなかったから

 それに、結婚していたなんて

 私、騙されてたんだね。バカみたい・・・


 女の子ね、救急車を待っている時、パパ、パパって言ってたよ

 可愛いね。

 いつか、あんな可愛い子が生まれて、お母さんになれるんだろうなぁ

 何て思ってたのに

 すこし前まではね・・・


 もう、さようならだね


 女の子が大丈夫だったら、返信はいりません

―――


 それを見て、”すこし前”っていつなんだろう?

 そう思いながらも、俺は言い訳をせず簡単なを返信した。


―――

 大丈夫です。

 今はベッドで寝てます。助かりました。


 有難う、今まで凄く凄く楽しかった。

―――


 送信ボタンを押して、


「これで、終わりか・・・」

 俺は呟ていた。

 呟いて、涙が出て来た。

 既に今日の昼にはフラれていたのに、涙が流れ出して止まらなかった。


 その時の俺は、何か彼女と離婚したような気持ちを感じていたような気がする。

 短い時間だったけど、俺は突然目の前に現れた小さな女の子を仲介として、彼女と夫婦になった様な、そんな気持ちを感じていたような気がする。

 ほんの僅かな時間であったけれど・・・。


 俺はメールの内容から、彼女はきっとテーブルの上の離婚届けと手紙を見たのだろうと思った。

 それを見ようが見まいが結果は一緒なのだろうけど。


 俺に騙されていたと言う気持ちを持ったのは当然だと思う。しかしその反面、彼女にとっても好きな人が出来たと言う俺に対しての後ろめたさも、俺の事情によって還元されたことは間違いないとも思えた。


 それに、もし俺が彼女に振られて戻らなかったら女の子はどうなっていたのだろうか?

 それを考えると、ゾッとする。

 だから、今はこれはこれで良かったと思うことにしよう。俺はそう思うことにした。

 そう思うと、少し割り切れるような気もしていたし・・・。


 俺は、頷きながら女の子の病室へと戻った。

 改めて見ると、女の子はホントに小さく見える。体も痩せている。


 幾つなんだろう?

 名前は確か、”かおり”とか言ってような・・・


 落ち着いて考えてみると、俺はこの子のことを何も知らない。

 父親らしいのに、父親・・・んっ?

 俺が父親??


 その疑問が、俺の思考をいつもの自分に戻らせた。


 いやいや、ちょっと待て。その前に俺は結婚なんてしていないし、見ず知らずの女性と子作りをした覚えなど全くない。

 一体誰なんだ?イタズラか?

 イタズラならまだしも、本当にホントの偽装だったらどうしよう。

 そもそも、偽装結婚なんて可能なのだろうか?

 本当にそうだったら、俺はこの女の子を認知したことになっているのだろうか?どうやって?

 それとも、養子として迎えたことにでもなっているとか?

 誰なんだ、一体!

 こんな小さい子を置き去りにして、他人に押し付けようなんて!

 俺は腹立った。心底腹が立った。生まれて一番の怒りだった。

 

 でも、そんな不満は何も解決になりはしないことを俺は直ぐに悟った。

 問題は、この後どうすればいいかなのだ。

 警察に届けるべきか、それとも児童相談所的なところなのか?

 戸籍を調べるにも翌日は日曜日であった。


 でも、今は・・・今はこの子が元気になることが先決。

 寝顔がめちゃめちゃ可愛いし。

 それなのに、何で・・・。


 

 この子は、どんな気持ちであの炎天下の中、俺のことを待っていたのだろうか?

 誰に何と言われて置いてきぼりにされたのだろうか?

 今まで、どんな生活だったのだろうか?

 楽しかったことがあったのだろうか?

 そう思うと、心が痛かった。


 俺はいつの間にか毛布から出ている女の子の右手を取っていた。小さくて柔らかい。ずっと、握っていたい、そんな気持ちだった。

 顔に掛かるサラサラの髪の毛を横に掻き分けてみた。

 すると、女の子の体が少し動いた。

 俺はハッとして、手を離した。起こさない様にと。


 お医者さんからは大丈夫だと言われていたが、実際にこの目で動くのを確認すると安堵してしまう。顔色も良くなっているし・・・。


 その後、何度か寝がえりをして女の子は目を開けた。

 黒目が大きくて、青みがかった白目がとても澄んでいた。物凄く綺麗な目であった。

 俺は、嬉しくて飛び上がりそうになるのを抑え、


「大丈夫かい?」

 使い尽くされた一言を掛けた。

 女の子はそれに小さく頷いてくれた。そして、俺の顔をジッと見つめて来た。


「んっ、どうしたの?」


 そう聞くと、女の子の透き通るような瞳が病室のライトを反射させて輝き始めた。そして、その輝きが、滴として頬を伝い落ちる。


 それを見て、どんなに苦しかったのだろうと思うと言葉にならない。

 俺の目も、ただただ湿気を増してしまう。


 女の子は、自分の右手を握る俺の手を強く握り返して来た。何か言おうとしている。俺は、それに耳を寄せた。

 すると女の子は、か細い声で訴えるようにこう言った。


「パパ?」


 ダメだ。

 全然ダメだ。

 俺の涙腺は完全に決壊。

 声が出せない。

 俺は嗚咽を堪えるので精一杯であった。そんな俺に、


「パパ、でしゅか?」


 顔一杯を不安にしてそう言ってくる。

 早く声にしなければ、この子が、この子の心が・・・潰れてしまう。

 これ以上そんなことはさせたくない。

 そんなことは出来はしない。


 よく見ると何処と無く別れたばかりの彼女と似ている気もする。

 せめて、今はこの子とは、この子とだけは離れたくない。

 そんな気持ちに押しつぶされそうになる。だから、俺は思わず、


「うん・・・パパだよ」

 ぐすん・・・


 涙声でそう応えてしまっていた。

 そんな時にパパじゃない何て言えるわけがなかった。

 そんな人間がいる訳がない。俺はそう信じたい。

 俺だって人間、その中の一人だ。


 俺は決めた。

 勢いで決めていた。

 俺は優しいわけじゃないし、こども好きでもでもない。ただ、ただ、後悔を一つ増やしたくない。

 それだけなのかもは、しれないけど。


 あの時、15年前。

 ずっと何も語らない俺の目を見て、「一緒に来るか?」と言った時の兄の気持ちには多分遠く及ばない、そう思う。

 でも、何かは分からないけど、この気持ちをずっと持ち続けられる自信が俺にはあった。だから、


 それだっていいじゃないか。

 優しくなくたっていいじゃないか。

 そう思った。


 これからが問題なのだ。

 何ができるかが問題なのだ。

 結果がどうなるかが問題なんだ。

 

 その時、俺はそう思っていた。


<つづく>


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