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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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泳ぎ着いたところは(水泳教室1)

 ただ、そこは俺のマンションからは一人で通わせるには少し遠いところであった。なので平日は、またまた義理姉に送り迎えをお願いすることとなってしまった。

 もちろん最終日が土曜日だったので、その日だけは通常通りに会社を休むことが出来れば、俺が送り迎えをしたいとは考えていた。


 最初は義理姉に泳ぎを教えて貰うことも考えたのだが、彼女にその話をした中で俺は意外なことを知ってしまった。 

 もちろん、ご懐妊でそれが難しいと言うこともあったが、実はスポーツ万能の義理姉も水泳だけは苦手らしく、花織に教えるのは「ちょっと無理かも」とのことであった。

 と言うより、義理姉は意外にもプールに行くこと事態もあまり好きではないらしいのだ。

 理由は、あのカルキの匂いも不得手らしいが、根本的に鼻から息が吸えないことが苦痛で堪らないとのことである。


 でも、決して泳げない分けではなく、息継ぎも3度までなら口からでも耐えられるそうで、彼女はそれで50メートルは泳げると言う。

 それに、海で顔をだして泳ぐ平泳ぎであれば、死ぬまで泳げると豪語するのだから、やはり彼女の身体能力は凄いとしか言いようがない。

 じゃあ、背泳はと聞くと、背泳は偶に鼻に水が入るから嫌いなのだそうだ。それに、前を見ないで進むのも自分の主義に反するらしい。


 本当は、俺が教えられればいいのだけれど、俺も泳げない訳ではないが、正直なところ上手くはない。

 と言うことで、結局、忙しいこともあって水泳教室と言う話が浮上したのである。


 そんなことで夏休みに入ると、花織は水泳教室に通い始めることとなった。

 元々運動神経の良い花織は、そこで俺が思っていた以上の進歩を遂げた。


 水への恐怖を、本人曰く「えい、やあ」で僅か1日で克服した花織は、2日目が終わった時点ではもう少しで10メートルは泳げると言うところまでに至った。

 もしかすると、5日間全うすると、25メートルは泳げるようになるのではと、俺は取りあえず、次の報告を楽しみにしていた。


 そして、その3日目。

 義理姉のところに花織を迎えに行った時のことである。

 花織がトイレに行っている間に、俺が待つ吉報とは全く別な件が報告されたのである。


「亜美さん、いつもお世話になってすみません」

「大丈夫っ!今週はずっと暇だからノープロブレムよ!

 それより恭ちゃん、今日ねぇ、ちょっと嬉しいことがあってさぁ」

 義理姉は、少しはしゃぎ気味にそんなことを言って来た。


「どうしたんですか?」

「三歳くらいの女の子を連れた、若くて凄~く可愛い女性がいてね、その女性が私のことをジロジロ見てくるわけよ」

 

 そのスポーツクラブの二階のプールサイドはガラス張りになっていて、プールの様子を眺めることが出来るようになっている。

 義理姉は早めに迎えに行って、逞しく泳ぐ花織の姿を眺めていたらしい。


「何か?って聞くとね」

 義理姉の性格上、黙ってやり過ごすことは出来ない。


「”あっごめんなさい、つい素敵で、見とれてしまいました。娘さんも凄く可愛いし”って言うの。

 だから、”あら~ホントにぃ?有難う”って応えたんだけどさぁ

 娘じゃないのにね。もしかしたら花織ちゃんは私の娘なのかなぁ?」

 何て義理姉がボケるから。


「それは、まだご自分のお腹の中で、へその緒で繋がってます」

 と、つい突っ込んでしまった。


「でもね、なんで20人近くはプールにいたと思うんだけど、私と花織が親子だって思ったんだろう?

 花織をスポーツクラブに連れて行ったところから、ずっと見てたのかなあ?

 それだけ素敵な親子に見えたってことかなぁ?


 凄い可愛い人に言われたのよ、ねえ、恭ちゃん。どう思う、ねえ?へへへ」

 と、満足そうな義理姉。


「その通りなのではないでしょうか」

 感情を全く込めないで言った俺のボケをスルーして義理姉は続ける。 


「なんか、高校時代を思い出したちゃったって言うかさぁ・・・」

「どういうことですか?」


「わたし、これでも高校の時はね、学校では結構もてたのよね」

 義理姉は確か女子高出身である。

 それって、女性からモテたってこと?って俺はそう思ったけど、気持ちよさそうに語っていたのでそこは突っ込まないことにして、


「そうなんですか、何となくわかります」

 そう同調しでおいた。


「そうでしょ。そうなのよ。そう言えばさぁ、恭ちゃんの前の彼女のお姉さんも”女子高”だっけ?」

 いきなり義理姉は元カノのことを口にして来た。

 俺の記憶では別れてこの3年間、義理姉がそれについて口にしたことは一度も無かったことであった。


 動揺した俺は、おいおい急に何を言う!と思ったのだけれど、義理姉ならそれも有りな人だと思い直し、息を整えて、


「いや~そこまでは?」

 至って冷静を装い応えることに成功。


「前に、恭ちゃんが言ってたような気がしたんだけど」

「そうでしたっけ?よく、覚えてますね」


「そっか、やっぱりぃ~。確か名前は、え~、か、かん、んっ?」

神崎かんざきですけど」


「そうよね、神崎さんだったよね。神崎さん、神崎さん、そうそう。

 やっぱり、あの神崎さんの妹さんよね。

 お姉さん、私の高校の隣の女子高なのよ。そう、確かそう。可愛くって有名だったのよね・・・」

 と、ひとり納得してしまうと、


「・・・まあ、それはいいんだけどね」

 直ぐ話が変わってしまう。

 ホント、いいのかい?あんなに人を動揺させておいて!

 って突っ込みたい気持ちを俺は飲み込む。


「妹さんは、麻緒さんだっけ?」

「ええ、まあ」


「そっ、そうよね、麻緒さんよね。麻緒さん。

 その麻緒さんも可愛い人なんでしょ、そうよね、絶対そうよね」

 義理姉は、彼女に会ったことはない。彼女の姉には、もしかしたら実際に会ったことがあるかもしれないけど、麻緒については、全て俺からの情報でしかなかった。


「まあ、そうですけど・・・」

「いいわよね、丸顔の可愛い子ってモテるのよね。スタイルも良いしね・・・」

 それに苦笑いするしかない俺。

 

「・・・ところで恭ちゃん、新しい可愛い子は見つかったの?」

 明るく俺の顔を覗き込んでくる。

 今度は、そっちに持って行ったか。そう思いながら、さらっと流して終わらせようと、


「そんな、やり手じゃないですよ、俺は。

 もう彼女みたいな子は無理だと思ってます。結局、俺は彼女にとって不釣り合いってことだったんですよ、きっと・・・」

 俺が少し投げやりに言うと、


「不釣り合いか・・・そうなのかなぁ」

 小声でそう言い、それから義理姉は少し黙り込んだ。

 その後直ぐに花織がトイレから戻って来たので、その話もそこ止まりとなった。


 そして、次の日のこと。

 また俺が、花織を迎えに義理姉のところに行くと、彼女は再び昨日と同じ人の話をして来た。


「また昨日の人に会ってさぁ」

「昨日の人って?」

「ほら、私を凄く奇麗だと言って話しかけて来た可愛い人」

 確か”奇麗”ではなく”素敵”だったと思うし、”凄く”が付いていたのは花織だったと思うのだけれど、細かい指摘は面倒なので、そこはスルー。


「なんか私に興味があるみたいで色々話してくるのよ。

 で、やっぱりお母さんが奇麗だとお子さんも可愛いですねだって。やっぱ、似てるのかなぁ。叔母と姪だしね」

 いや、細面の義理姉に対し、丸顔の花織。それは、狐とタヌキが似ているかと問われているようなモノだ。人間の顔レベルで考えると全く似てはいない。


 俺は、DNAは全く引き継がれてないからと言おうとして、そう思った自分が逆に傷ついてしまう。

 しかし、その日は花織もその場に居たので、義理姉に合わせてそんなところは一切見せず、生まれた時から親子であったかのように話を続ける。


「姪ですって、ホントのこと言わなかったんですか?」

「まあ、はっきり聞かれなかったしね。

 向こうの連れていた子供も可愛かったのよ、花織の5掛けくらいだけど。でも、向こうはちょっと似てなかったかなあ」

 ”こっちもです”と言いたいところだけど、エヘッと笑われると憎めない義理姉。


「ああ、そうそう、それより明後日の土曜日なんだけど、恭ちゃんが送り向かいは出来るんだよね」

 コロコロ話が飛ぶ義理姉。いつものことなので、そこもスルー。


「それなんですけど、ちょっと微妙なんです。もしかしたら、お願いするかもしれないんですけど大丈夫ですか?」


「あぁぁ~ごめん、その日なんだけどさあ~、親父に頼まれごとされちゃってるのよね~。恭ちゃん、お迎えだけで良いんだけど。なんとかならないかなぁ?」

 因みに義理姉は、本人の前では父親のことをお父様と呼んでいる。


「えっ、そうなんですかぁ・・・

 ん~じゃあ・・・わかりました。俺が迎えに行けるように何とか都合付けます」

 昨日は今週は暇だから大丈夫なようなこと言ってた気がしたんだけど、親の用事なんて珍しいこともあるなあと思いながら、俺は頷いた。


「よかった。ほら、二階にガラス張りでプールを眺められるところがあるでしょ。早めに迎えに行って、花織ちゃんの泳ぐ姿を見てみれば。きっと、ビックリするよ!」

 俺はそれを聞いて、この短期間でそんなに泳げるようになったのかと、土曜日を楽しみに残業に勤しんだ。


<つづく>


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