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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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泳ぎ着いたところは(三年)

 俺と義理案姉の関係、それと義理姉家と幼稚園の関係性が父兄の間で露わになったことで、それからの幼稚園で行われる行事には、何の気兼ねも無く参加することが出来るようになった。

 むしろ、いつも過剰な気づかいに心苦しくなるくらいでもあった。


 それでも、流石に俺と義理姉が一緒に参加するのは、あらぬ想像を掻き立てる懸念が考えられた。それについてはお互いに気にしていたようで、幼稚園での保護者参加イベントがある度に、俺と義理姉の間ではどちらからともなく参加権争奪の攻防が繰り広げられることとなった。

 結局は、譲り合いの攻防になったのだけれど・・・。


「恭ちゃんが参加しなよ。私はいいから」

「でも、亜美さんも行きたいでしょ」


「いいからぁ、私は我慢する」

「公平に決めませんか」


「うううん、やっぱりパパが行くべきよ」

「そうですか、それじゃあ俺が行かせて・・・」

 なんて、三度目に俺があっさりと譲り合いから引き下がると、


「恭ちゃん、そこは普通もう一回進めるとこじゃないのかな~」

 憤慨して口を膨らませたりして、俺はその慌てように噴き出してしまい、


「嘘ですよ。前回は俺が行ったから、今回は亜美さんが行ってください。平日で行けないし」

「あっ、そ、そうよね。平日は行けないわよね」

 なんて、いつもそんな感じで、最終的には上手く譲り合いで決着がつくことに・・・。


 そんなやり取りも楽しく、お互いに共有した時間を大切しながらも季節は過ぎて行った。

 出費もそれなりに大きかったが、得たものはそれを遥かに凌いでいると、俺は自信を持って言える。


 花織が年長になってからは、どうしても参加できない時を除けば、殆ど俺が参加するようになっていた。

 それは、義理姉にどうしても動かせない用事が偶然にも重なることが多かったせいであった。だけど、恐らくそれは彼女なりの配慮なのだと俺は思っている。

 多分、俺に対する心配がなくなったと判断した彼女が、俺にお墨付き与え、一歩引いてくれたのだと。


 幼稚園の行事で俺を一番感激させたのは、花織が我が家に来て初めての父の日かもしれない。

 花織から手渡された俺の似顔絵の横に書かれていた、「おとうさんありがとう」の曲がった文字、パパではなかったその文字には、言い表せない感動を覚えてしまった。


 生前、俺が父親のことを”父さん”と呼んでいたせいかもしれないけど、俺はその言葉に正式に父として認められた気がして、目頭が熱くなってしまった。

 間違いなくその一文は、幼稚園の先生の指示何だろうけど。でも、俺には、十分すぎるプレゼントであった。


 もちろん、花織画伯が一生懸命書いてくれた似顔絵が非常に個性的で、泣き笑いさせてくれたことも凄く嬉しかったことは言うまでもない。

 その父の日のプレゼントは、今でも大事に俺の宝物として取ってある。


 その他にも幼稚園では色んな記憶に残ったイベントがあった。

 運動会で一緒に走ったり、雑巾を縫ったり、芋堀りをしたり。発表会での花織のウサギ役の演技なんかは、めちゃくちゃに可愛かった。

 楽しかった出来後事が、思い出となって増えて行った。


 そんな幼稚園の時も慌ただしくも過ぎて行き、いよいよ花織も卒園式を迎える時が来る。

 そこでは必死に涙と戦っていた俺を、花織はお腹を抱えるほどに笑わせてくれた。


 歌を歌っては感情を露わにし、一人オリジナルの振り付けをしたり、園児全員での先生へのお礼の言葉では、声を低くしハモろうとする。

 卒園証書授与も普通には熟せなくて、ステージに上る会談で躓いて笑わせてくれた。

 その全てが意図的なのか、はたまた素なのかはその後も決して本人が明かさなかったので未だに不明のままだが、裏で義理姉が糸を引いていると俺は睨んでいる。


 因みに、この時の花織の将来の夢はコーヒーショップの店員だった。

 多分、出会った翌日に、俺と半分ずつにして食べたチョコレートケーキの記憶が強く残っていたからだと俺は思っている。


 そして、花織も晴れて小学生となる。

 月日の経過と共に、俺は回りの知人との間で起こっていた誤解も解けて行き、花織との暮らしの弊害は無くなって行った。

 ただ、俺が父親らしく見えないせいか、一般世間ではトラブルは付き物でもあった。


 夜、花織と二人で歩いていると、警察に職務質問されたり、公園では何処かの主婦に通報されたり。

 でも常に疑いを晴らせる証拠を持ち歩くようにしていたので、直ぐに疑いは晴らすことが出来、それ程俺をイラつかせることはなかった。

 これも兄の教えの”反省したら、対策を常に練ろ”と言う教えのお蔭である。


 小学校では、幼稚園で起こったあのバス遠足の出来事を教訓に、対人については先手を打って心を掴むことを心掛けた。先入観を持たれてしまう前に。


 まず、俺はPTAの役員になり、中心人物になることから始めた。

 会議では仕入れたネタを披露し、集会では磨い芸の披露。更に、そこで気を緩めることなく、新ネタは常に開発。

 その努力の甲斐あって、俺は直ぐにママ達の人気者の地位を確立するに至った。


 女性の中に溶け込む時に必要なのは、”笑いと爽やかさと気遣い”らしい。これは、兄からではなく、お世話になった上司からの教えである。

 お陰で通勤時間はそのことで頭が一杯であった。


 また、どうやら陰から義理姉も俺を支援してくれているようでもあった。

 俺が気づかないところでは、多少陰口もあったようなのだけれど、俺の芸をやたら持ち上げてくれるガタイの良い・・・いや、体格に恵まれたママが居て、その彼女が上手く沈めてくれていたようなのである。


 その彼女だが、実は義理姉が高校生だった頃の陸上部の後輩であった。

 彼女の専門はやり投げで県の高校記録保持者とのこで、パワーだけなら義理姉に引けを取らないみたいなのである。


 因みに義理姉の専門は陸上の格闘技と言われる800mと1500mなのだそうだ。

 器用な彼女は、その他色々やっていたらしいが。


 その体格の恵まれたママの子供のあゆみちゃんと花織は仲が良く、我が家にも何度も遊びに来てくれていた。

 その時に、その子から義理姉の過去の逸話を教えて貰ったり、それとなく俺への裏工作も聞けて、俺は義理姉の凄さを改めて知ることとなった。


 遊びに来たあゆみちゃんが、

 「ママが、いつもおじさんは大変だから助けなきゃって言ってるよ」

 「最近、かおりちゃんのおばさんが時々遊びに来るの。せんぱいなんだって」

 こんなことを話してくれた。

 それだけ聞いて義理姉との付き合いが長い俺が、何となくその裏にあるモノに気が付かないはずがない。


 でも、その話は義理姉には知らないフリを続けている。

 もちろん、それは話の出何処がバレてしまう。バレてしまうと、俺の情報源が断たれてしまうからだ。

 

 その義理姉家では、兄の約一年間の海外出張も終え、晴れて待望のマンションを購入。しかし、その一年半後に兄は再び長期海外出張へ行くことに。

 義理姉の泣い(た振りをし)ている姿は何度も見ていたが、本当に涙を流しているのを見たのは、その時が初めてだった。

 彼女は本当に泣く時は、声を出さないことも俺は初めて知った。

 

 最後に花織のことになるのだけれど、彼女も次第にその才能を開花し始め出していた。

 勉強に、発想力に、コミュニケーション力に。

 一部の特定スポーツを抜かせば運動にもかなりの優秀さを発揮し、運動会では、俺と義理姉を大いに喜ばせてくれた。


 身長だって、定位置だった前から3番目から、6番目までに躍進。

 幼稚園の頃からの天然さで皆を笑わせてくれることも健在であった。

 ただ、かなり頑固なところを見せて俺を閉口させるときもあったが、それも俺との生活に慣れてくれたからのことだと思えば、嬉しくも思えていた。

 時が過ぎて全てがそれとなく馴染んでいき、成長もして行った。


 因みに俺の回りの女性関係は、小学校のママ達と花織の級友のみ。

 こんな俺でも、家庭一筋の気の良いパパの姿にすっかりと馴染んでいた。


 そんなこんなで、花織のパパになって丸3年となり、花織小学2年生の夏を迎えた。


 その夏は、3年前の様に梅雨も早々に明け、早朝の吹く風にさえも暑さを感じさせる、そんな暑い夏であった。

 そして、この年は我が家にとっても色々と熱い夏となった。


 まず、海外出張から季節毎に一度しか帰って来ない兄と義理姉の間で、その少ない可能性の中に、何と大当たりを引き当てる。義理姉待望のご懐妊が発覚。

 花織が小学3年生になる来春には、従妹が誕生する予定となった。

 高齢出産となるが、義理姉なら大丈夫と俺は信じていた。

 

 俺はと言えばそれなりに給料も上がり、少し古いが築20年の2LDKの賃貸マンションへとお引っ越し。花織の部屋を設けることに。

 さらに、花織の小学校でも大きな変化があり、何と体育館横にプールが増設。その夏から体育の事業でプール学習が始まることとなった。


 運動神経の良い花織は放って置いても、その内泳げるようになるだろうと思っていたのだけれど、それは俺が少し甘かった。

 どうも水が苦手なままだったようで、小学2年生の花織は未だ泳げるようにはなってはいなかったのだ。


 花織にとっては、その新たに始まるプール学習が凄いプレッシャーになっていたようで、何とか泳げるようになって、そこから解放されたいと思っていたらしかった。だが、水臭いことに花織は俺には言えないでいたのだ。

 プールだけに水がカルキ臭いせいなのかも・・・とくだらない考えはおいといて。

 何にせよ、全ては俺があまりプールに連れて行かなかったせいである。


 そこで、それを知った俺は花織の希望もあって、夏休みを利用して短期水泳教室に通わせることにした。

 その水泳教室はスポーツクラブ内にあり、花織が通うのは夏休み初日の火曜日から始まって、同じ週の土曜日が最終日となる5日間のコース。

 水への恐怖が無くなればと言う条件付きだが、5日もあれば10mくらいは泳げるようになるとのことであった。


<つづく>


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