表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
22/54

バス遠足 (義理姉との思いでの中で1)

 義理姉は俺に向い深々と頭を下げてきた。

 何故頭を下げられたのか?

 俺はその思いもしない行動に戸惑ってしまい、義理姉の顔を呆けた顔で見つめてしまう・・・。


 それはバス遠足の翌日のこと、俺が会社の帰りに義理姉のところに寄った時のことである。

 花織を俺のマンションに残し、一人で訪ね来ていたので、義理姉もその意味を分かってのことだと思う。


 義理姉はそんな俺に「ごめんね」そう一言告げると、俺が知りたかったことが全て分かるように、今回の経緯を順を追って話してくれた。


 その話は、全く俺の知らないところから始まっていたのである。


 義理姉は内藤さんの奥さんの母親、つまりゆずちゃんのお祖母ちゃんとは花織の幼稚園の送り迎えで、時々顔を合わせては、世間話をする仲であったそうなのである。

 花織の幼稚園は、遠方は専用バスで送り迎えをしてくれるが、近所の場合は父兄の方に送り迎えを強力してもらう形をとっていた。

 俺の家も、それに内藤家も幼稚園とは近かった為に、この直接の送り向えのエリアに該当していたのである。


 花織を義理姉に送り迎えをお願いしていたのは、単に俺の仕事の都合で時間が合わなかったことが理由なのだが、ゆずちゃんの場合はそんな単純な理由では無かったのである。


 内藤家では、最初はゆずちゃんのお母さんが送り迎えをしていたらしい。

 だが、ある時からお母さんの様子が次第におかしくなり、終いには鬱に近い状態にまでなってしまうことに。


 当然、旦那の内藤さんとお祖母ちゃんはそれをとても心配して、やんわりとその理由を聞き出そうとはしたが、ゆずちゃんのお母さんは固く口をつぐんでしまい、全く話そうとはしなかったのだ。


 しかし、その原因が幼稚園にあることはその様子から、何となく分かっていたお祖母ちゃんは、お母さんに代わりに自ら進んで幼稚園の送り迎えをすることにしたらしい。

 そのお祖母ちゃんの勘は当たっていて、お母さんの状態は次第に元に戻って行くこととなった。


 そんな中、どうしてもゆずちゃんの送り迎えを出来ない日が、お祖母ちゃん訪れてしまう。


 内藤さんとお祖母ちゃんは、最初はその日の幼稚園を休ますことにしていたらしい。

 だが、それを知ったお母さんは、自分が送り迎えをしないことで幼稚園を休ますことに引け目を感じてしまい、自ら迎えに行くと言い出したのである。


 ただ、状態が良くなったとは言え、お祖母ちゃんは迎えに行った時の娘の状況が、当然心配であった。

 そこで、見るからに”元気で明るい”義理姉に、様子だけでも見て欲しいと頼んだのである。

 もちろん、この”元気で明るい”と言う表現は義理姉曰くで、俺は”強靭な肉体と鋼の精神力”の比喩だと勝手に解釈している。


 まあ、その真相は何であれ、そんなことを頼まれると意気に感じる性格の義理姉は、もちろん二つ返事で了承。

 当日の義理姉は幼稚園が終わる30分前には現場に到着。原因を知るべく、物陰に隠れて様子を見ていたらしい。

 そこが何とも義理姉らしいところだと俺は思う。


 ゆずちゃんのお母さんが到着したのは、幼稚園が終わるぎりぎりの2~3分位前。

 義理姉曰く、その時のゆずちゃんのお母さんは、見るからに不安げにこそこそと現れたので返って目立ってしまっていたそうだ。

 お陰で、お祖母ちゃんからはスマホで写真を見せられただけだった義理姉も、直ぐにその女性がゆずちゃんのお母さんだと分かったとのことである。


 そんなことだから、ゆずちゃんのお母さんを見つけたのは義理姉だけでは無かった。彼女の天敵であるトンボにも直ぐに見つかってしまったのである。

 トンボは、ニコニコと不気味な笑顔でゆずちゃんのお母さんに近づくと、あーだこーだと、言われもない因縁や要求を付けて来たらしい。

 因みに、この内容は全てを聞き取れた訳ではないが、仕草と表情から分かったことだと義理姉は自信を持って断言していた。


 と言うことで全てを聞いた、いや想像してしまった正義に溢れる義理姉が、当然その様子を見ているだけで済ませる訳が無い。

 当然のごとく積極的に干渉し、そして、いとも簡単にトンボを撃墜してしまったらしいのである。


 義理姉曰く軽く凄んだら、あっさりと引いたらしく、チョロかったと言っていた。

 ただ、その時のことに関しては、被害も無かったので幼稚園に対して特別に何の対策も要求することはなく、”ゆずちゃんのお母さんが嫌がらせを受けていた”ことを雑談程度に、その場に居た先生に報告したのみで済ませたとのことである。


 因みに、義理姉の話では”軽く凄んだら、あっさり引いた”らしいが、そのニュアンスが一般的な”軽く”であったのかどうか?は定かではない。


 だが、その点に関して、義理姉はその時点で園内の問題と出来るように、「もう少し状況が酷くなるのを待ってから助けに入って大騒ぎをするべきだった」と後悔をしていたので、本当に軽い程度のやり取りだった可能性も無くはない。


 それでも、その行為は、ゆずちゃんのお母さんにとっては凄いことであったらしい。

 それから義理姉は、ゆずちゃんのお母さんから救世主的に深く慕われてしまい、その後の二人は急速に親しくなって行くこととなった。

 そして、それをきっかけにゆずちゃんのお母さんは、義理姉を頼りながらも、極力幼稚園の送り迎えに行くようになったのである。


 親しくなった義理姉は、その後、ゆずちゃんのお母さんから今までの経緯を色々と聞くこととなった。

 中でも、苛めで転園した親子もいたことを聞いと時には、その内トンボを本気で絞めてやろうと思ったそうだ。

 ただ、トンボも義理姉との間には格の違いを感じた様で、その後、義理姉の前では目立ったことは何もしなかったとのことである。


 あのバス遠足は、そんな矢先のことであった。

 その遠足の往復のバス移動は、現地参加者全員が乗ることは不可能なので、親子各1名ずつの乗車と決まっていた。

 ゆずちゃんのお母さんは、最初自分がバスに同乗するつもりでいたらしい。

 それは、義理姉が花織の同乗者になると思っていたからである。

 しかし、間の悪い俺は壮絶なジャンケンポン大会の末、見事に遠足の付き添い権を得てしまった。


 そうなるとゆずちゃんのお母さんにとっては、当日朝の幼稚園の集合から、現地でゆずちゃんのお父さんである内藤さんと合流出来たとしても、それまでの間が非常に不安となってしまう。

 義理姉が不在となれば、もしかするとトンボは、ここぞとばかりに今まで以上の圧力を掛けて来る可能性は予測に難くないのだ。

 結局、ゆずちゃんのお母さんは、それに耐え難いプッレッシャーを感じてしまい、それが切っ掛けとなり、良くなりつつあった精神も不安定に戻ってしまったのである。

 そして、それを感じた内藤家では予定を急遽変更、何も知らないゆずちゃんのお父さんである内藤さんがバスに同乗することとなったのである。


 まあ、結果的にはゆずちゃん達はトンボとは違うバスだったのでバスの中では何の問題も無かったのだろうが、それでも、義理姉が見送りに幼稚園まで来ていたとしても、バスに乗る前後のちょっとした時間に絡んで来る可能性はあったかもしれない。

 色んな心配はあるけれど、ともあれゆずちゃんの同乗者がお父さんである内藤さんに代わったことで、内藤家は全てが安泰となったのである。


 だが、そうなるとトンボのフラストレーションの発散先として浮上するのは、内藤さんとは違い見るからに若く弱々しい俺となってしまう。

 客観的に見ると、かなりの高確率でそうなると俺自身そう思えてしまう。


 その矛先が俺へと向かう可能性は、義理姉も心配していたらしい。

 それでも相手が初対面であり、一応男となれば、トンボも何もしては来ないかもしれない。その可能性も大いにある。義理姉的にはそうも思っていたらしい。


 だから、もしこの懸念が取り越し苦労で終わるなら、俺に対し変な心配や先入観を与えることはしない方が良いんじゃないか?

 この事実を俺に先に話して、自分が強制的に花織の付き添いにしゃしゃり出るのは良くないんじゃないか?そう思ったらしいのだ。


 義理姉自信も現地から参加と言う手もあったのだけれど、じゃんけんに負けた以上は極力俺と花織の二人で行くべきだと言うのが彼女の考え方で、それが敗者の美学とも言っていた。


 あと、俺にバス遠足の報告が半月も遅くなったことについて聞くと、義理姉は、

「私が花織ちゃんの付き添いを出来なかった時に、その時の万が一の不測の事態への対処方法を考えるのに、ちょっとばかし時間を要したの」

 と一旦は、そう言っていたものの、その直後に


「ごめん、それは嘘かも。

 実は・・・それ以上に自身が花織の付き添いを出来なかった時の無念さを整理するのに時間を要した方が大きかったのかも」

 と、正直者の義理姉は、そう明かしてくれた。


 そして、約半月間悩んだ挙句の対策が、まあ、今回の”陰ながら見り”&”いざとなったら参上する”と言った手の込んだ対処となった訳なのだが・・・。

 結局は、俺の男としての評価は見事に外したが、こちらの対策の方は見事に当たったことになる。


 遠足当日の朝は、義理姉は俺と花織を見送った後、直ぐにゆずちゃんのお母さんと合流。俺と花織が幼稚園でバスに乗る時には、既に遠くから見守っていたらしい。


 俺と花織がバスでの移動中は、ワイアレスマイクでバスの中の音を拾う為に、バスの後ろをずっと車で追っていたとのことである。

 そこで問題なのは、運動神経は抜群なのだが一点集中型の義理姉は、車の運転が非常に危なっかしいことである。

 義理姉の夫である俺の兄からは、車の運転は止められている。

 そこで運転はどうしたのかと聞いてみたところ、それはゆずちゃんのお母さんに運転してもらったとのことであった。


 そのことを義理姉はスリルがあったと話していたが、後でゆずちゃんのお母さんに聞くと、義理姉はバスの中の音声に腹を立ててしまい、大声を出したりゆずちゃんのお母さんが運転するハンドルを何度も奪おうとしたりで、死ぬかと思ったと話してくれた。

 俺には、何となく想像出来てしまう。


 義理姉が用意した遠足グッズの話であるが、因みにその中で一番の自信作は、あの「滋養強壮ドリンク」”馬の綺麗なお○っこ入り”だそうだ。

 当日の朝、俺のところに来るのが遅れたのは、その命名に時間を要したことが原因らしい。


 最初は、馬のお〇っこではなく、”人間のお○っこ”にしようと思ったらしい。

 だけど、万が一俺が先にそのシールを剥がし、その表記に気付いた時のことを考えると、流石の義理姉も”人間”は拙いと思ったらしく、そこで、思いついたのが”馬のおしっこ入り”。更にそれに念を入れて、”綺麗な”と言うフレーズを追加したとのことだ。


 トンボとの間に何事も無くて、俺がそれに気づいたとしても、その時はきっとイタズラだと信じて笑って飲んでくれるだろう。義理姉はそう思ったらしいのだが、多分俺は飲まないと思う。


 まあ、何にしても仕込んだもの全てが当たったのだから、義理姉の想像力は人智を超えて、その上の世界の存在だと言っても、決して過言ではないと俺は改めて思ってしまった。


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ