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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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バス遠足 (俺を忍ぶ仮の姿2)

「園長、何故ここに?」

「実はあなたのお母さまから、昨日連絡がございまして。

 不手際にも、その時に初めてこれまでの経緯を承知した次第で・・・」

 そう義理姉に言ってから、園長は内藤さんにも頭を下げた。


「それから、遅れましたが先生方からも、と言っても先生方が承知しているのは一部なのかもしれませんが、経緯は聞いております。

 それで、私も取り越し苦労になることを祈りながらも、この場に来るべきと判断致した次第なのですが・・・」

 すまなそうに頭を垂れる園長。


「頭を、お上げください」

 そう言って、それを制する義理姉。


 義理姉は自分の母親に相談をしていたのだ。

 そして、義理姉の母はそれを聞いて、園長に問題の解決を促していたのだろう。俺は、そう想像した。

 そこには、義理姉の母と園長の関係の深さが窺える。


 更に俺が見る感じでは、こちらが被害者だから低姿勢なのではなく、微妙に義理姉の方が園長よりも力関係が上のように見えた。

 俺の頭の中が、疑問で一杯に膨らんでしまう。


「すみませんが、全てお聞かせ頂けませんか」

 園長は義理姉にそう言う。

 そこに、いつの間に戻って来ていたのか、ゆずちゃんが割って入る。因みに、花織は義理姉の言いつけがあるので、少し離れて見守っている。

 ゆずちゃんはお父さんの手を引いて、トンボを指さす。


「このおばちゃんが、いつもママを苛めるの」

 その言葉に反応して、訳の分からない言葉で騒ぎ出すトンボ。

 一方、優しい顔つきの内藤さんの目付きが一瞬にして変わった。


 それを機に周囲の母親達を中心とする父兄達が、特に居場所を変えた訳ではないが、トンボから離れて行くのを俺は感じた。

 明らかに皆も事なかれ主義でトンボに付いていただけで、実際は彼女を指示していた訳ではないと言うことが、嫌なほど見て取れてしまう。


 勝負は完全にここで決まった。

 この時、所詮世間なんてこんなものだのだろうと改めて感じさせられたことは、その後の俺の思考に大きな影響を与えたのは偽らない事実である。


 しかし、それでも恥ずかしさとやり場の無い怒りで、感情を抑えられないトンボは喚き続けていた。

 その状況を収めることの厄介さを感じた周囲は、それぞれが顔を見合わせ始めていた。

 義理姉でさえ苦虫を潰していた。

 その時だ。

 そのトンボを後ろから制する者が現れた。


「お前は少し黙ってなさい」

 それは、先程俺がトイレから戻る途中で会ったトンボの旦那であった。

 細身で優男タイプだが、夫婦間の関係では、想像通り旦那の方が上であったようだ。

 トンボは旦那に制され、涙目で怒りを堪えるしか出来なくなる。

 そして、静かになったところでトンボの旦那は続けた。


「失礼ですが、本庄ほんじょうさんのお嬢さんではないですか?

 私にも詳しくお聞かせ頂けませんか」

 落ち着いた雰囲気で義理姉に向かってそう訊ねた。


 義理姉は、誰なのか分からないようなのだが、トンボの旦那は義理姉を知っているようであった。

 確かに義理姉の実家は地域の名士で豪邸に住んでるが、義理姉ももしかすると、両親の様にあの地域では著名人なのかもしれない。その時、俺はそれを知ることとなった。


 その後、園内のレストランに場所を変え、証拠の音声とビデオを見ながら園長を中心に小一時間の話し合いを行い、詳細については日を改めて再度話し合いを行うこととなったらしい。

 トンボ親子は、話し合いが終わるとそのまま旦那の車で帰路についたとのことであった。


 一方、俺はと言えば散々揉めた後である。正直この場に留まることは非常に居辛かったし、気力を保つには正直疲れ切っていた。

 俺に何の配慮をしたのか、その話し合いにも呼ばれなかったので、俺は花織を連れてそのまま帰るつもりでいた。

 ところが、義理姉はそんな俺を帰らせてはくれなかった。いつも俺に格別優しい義理姉もそれだけは許してはくれなかった。


「恭ちゃん、ジャンケンに勝った責任は果たしてね」

 そう言って来たのである。

 義理姉曰く、勝者は敗者が成すことが出来なかったことへの責任を果たす義務があるとのことである。

 それはスポーツにおいて、代表になった選手が、自分が破ったことで代表に成れなかった選手の分も精一杯やり遂げる責任があるのと一緒で、その努力が出来ないのであれば、最初からジャンケンに参加するなと言うことらしい。


 何だか例えが飛躍し過ぎで、少し首を傾げたい気もしたが、漠然とはごもっとな話しで反論のしようもない。それに、助けてもらったこともあり、納得せざるを得なかった。

 そんなことで、俺は担任の先生に花織の汚れた服を幼稚園の方で用意していた服に着替えさせてもらい、その後行われる親子参加のダンスと簡単なゲームには参加することとなった。


 正直なところ、俺は周りの目を恐れていたのだ。

 しかし、俺が心配するようなことは全く起きなかった。午前中までとは違って俺と花織に対し皆不思議なくらいに優しかった。

 風が変わったとはこう言うことを言うのだろうか?

 この後、俺と花織は心地よい秋風に吹かれて、バス遠足を楽しむこととなった。


 話し合いが終わった後、義理姉もその場にやって来たが、彼女は頑なに見ているだけで参加はしなかった。

 トンボの取り巻き達はそのまま参加していたが、三家族の内二組は影の方でひっそりとしていた。

 ただ、バスの中で俺の前に座っていたもう一組の母親は、はわざわざ俺に詫びにまで来てくれた。俺は、その母親とは今後も仲良くやれそうな気がして嬉しかった。


 疲れた一日ではあったが、俺と花織は車で来ていた義理姉とは行動を共にせず、帰りもしっかりと幼稚園がチャーターしたバスで帰ることにした。これは自主的にである。

 でも、疲れてはいても、それはもう俺にとって何の苦痛でも無かった。

 疲れなんて、行きの地獄の様な状況から比べると天国の様なものでしかなかったからだ。

 肉体に与える精神の影響の大きさに俺は改めて驚いてしまった。自分のことながら。


 幼稚園に着いて、バスを降りての帰り道、

「亜美さんには、また明日も会うわけだし、その時に疑問点を洗いざらい聞かせてもらおうかな・・・」

 無意識に俺は、そう呟いていた。

 動物公園からの帰りが別行動になった為に、義理姉に対して山ほどあった疑問が殆ど聞けなかったので、俺はそれがちょっと気持ち悪かったのだ。

 それに、


「うん」

 その呟きが聞こえてしまったのか、花織が笑顔で頷いた。


 俺は、花織が笑顔で帰れたことが嬉しかった。

 ホントに良かった、そう思った。


<つづく>


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