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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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バス遠足 (俺を忍ぶ仮の姿1)

 義理姉は不敵に笑い、おもむろにトンボに近づいて行く。

 トンボはそれに身を屈め、防御するように自分の頭に手を乗せるが、義理姉はそれに見向きもせずに通り過ぎる。

 そして、義理姉はトンボの後ろにあるテーブルに手を伸ばした。


 そのテーブルの上には、俺がこの遠足の為に持ってきた一式が乗っている。残念ながら最大の苦心策のお弁当は、既に原型を崩し、地面の上となってしまったが。


 義理姉はその中から、タッパー2つとおしぼりの入ったプラスチックの黄色い筒を手にした。

 それらは、今朝義理姉が花織と俺の為に用意してくれたものだ。

 更にその中からタッパー1つのみを自分の手に残し、残りを俺に渡すと、何故か手にあるタッパーの上蓋を開けずに底を開けようとしている。


「えっ?!」

 一瞬、俺は力ずくでタッパーの底を剥がしたのかと思い驚いたが、そのタッパーは二段構造になっているようであった。

 上蓋を開けた上段には義理姉のお手製デザートが入っている(はず)のだが、下段にも空間が有って、底蓋が開ける構造になっているらしい。

 不思議そうに見守る周囲を他所に、義理姉がそこから取り出したのは超小型のボイスレコーダ。


「さあ、これに全部録音されてるはずだから、良ければここの皆さんにお聞きいただきましょうか」

 口角のみで浮かべる義理姉の冷笑はめっちゃ怖い。


 義理姉はそのボイスレコーダを自分の後ろにあるベンチに置くと、今度は心からの笑みで斜面を見上げた。

 俺はその相反する様相が不思議で義理姉の向けた視線に目を合わせた。

 するとその視線の先には、望遠レンズ付きのハンディカメラを右手にしっかりと持ち、ショルダーバッグを交差させて背負う、気の弱そうな女性が直ぐそこまでやって来ていた。

 その女性に向って、


 「ママー」

 と、遠くから花織と一緒に遊んでいるゆずちゃんの声が響く。


「もう、ちょっとそっちで遊んでてね」

 それに、その女性は優しくそう返した。

 その受け答えで、俺はその女性がゆずちゃんの母親、つまり内藤さんの奥さんであることを理解した。


 内藤さんの奥さんは、トンボの方には全く見向きもせず、慌てた仕草で義理姉のことろまでやって来ると、ショルダーバッグから小さなアンプ内蔵スピーカーを取り出し、テーブルの上に置いた。

 そして彼女が電源を入れると、義理姉はそのスピーカーに手際よくボイスレコーダーを繋いだ。


「音声が小さいから皆さんもう少し近づいて頂けますか?」

 義理姉がそう言う。

 するとそれと同時に、その声を消さんとばかりの大きな足音が響き始めた。


「何してんのよ!」

 俺が慌ててそちらに視線を変えると、それは血相を変えて猛進するトンボであった。その勢いはイノシシにも勝る。


 俺は彼女の行動を止めようと動き出すも、それは既に遅かった。

 彼女は義理姉に体当たりすると、いつの間に手にしたのか大きな石で、ボイスレコーダーに向かって何度も打ち付け出したのだ。

 ボイスレコーダーの割れる音が耳に響く。


「あっ!」

 それは、朝から俺が持っていたバッグの中に入ってたものだ。だから、そこに何が録音されているのかは俺には良く分かる。

 俺と花織が、バスの中でどんな仕打ちをされたのかが記録されているはずなだ。俺にとっては大事な証拠である。


 出遅れた俺は、無様な声を上げ、無念さに固まることしか出来なかった。

 でも、よく考えてみれば義理姉が無防備に、しかも簡単に突き飛ばされ、挙句にそれを黙って見ているはずが無い。

 それに、突き飛ばされ方も、ちょっと不自然というか大げさにも見えた。義理姉の方に目を向けると、


「はい、傷害罪」

 衣服についた泥を払いもせずに立ち上がり、義理姉は冷たくそう言い放った。さらに、壊れたボイスレコーダーに目をやり、


「あと、器物破損も追加」

 義理姉はそう楽しそうに追言する。

 そこには証拠を壊された悲観さも無い。至って落ち着いている。

 そして、俺に視線を向け、


「おしぼり、ちょうだいね」

 お茶目にウインクをする余裕。何なんだろうか?この人。そんなことを思ってしまう俺。


「えっ?は、はいっ」

 俺は何がなんだか分からないまま、預かっていたおしぼりの入っている黄色い筒型の容器を義理姉に渡した。


 義理姉は、またしても容器の蓋と反対側を力づくで開け、中から機械的なものを取り出す。そして、それをトンボに向ける。手が込んでいる。


「あ~~、残念でした。私が何故あなたの行動の一部始終を知ってると思う?」

 トンボは義理姉の迫力に押され、テーブルに手をついたままの状態で、呆けた顔を義理姉にむけている。それとは反対に、義理姉の笑いは再び冷笑へと変わっていた。


「これねぇ、とっても好感度の小型ワイアレスマイク。

 もちろん、収音した内容は録音済み。

 はい、その壊したボイスレコーダだけじゃありませんでした、とさ」

 義理姉は俺が持つ残りのタッパーを指さし、


「今の会話も全て録音しているから、それをご承知の上でお話しした方がいいわよ」

 俺は慌ててタッパーを両腕に大事に抱え直した。


 義理姉は、内藤さんの奥さんの持つカメラに目を向け、さらに丘の上から動物公園を一望出来る塔を見上げ、続ける。


「・・・それと今もカメラも回っているから。あと、望遠レンズを甘く見ない方が良いわよ。あなたが、ここで花織ちゃんにしたことは全てそのハンディカメラで撮ってますから」

 再び内藤さんの奥さんの手にするカメラに視線を戻す義理姉。

 内藤さんの奥さんはカメラを誰にも渡さないぞとばかりに、怖い顔で身構えている。


 義理姉の後ろで決死の様相でカメラを回す内藤さんの奥さんに対し、彼女と一緒に義理姉の陰に隠れて佇む俺。リスクが少なすぎで情けない限り。

 因みに内藤さんは、奥さんを守る様に義理姉の横に並び立っている。俺と違って凛々しい。

 明らかに形成は、こちらの流れにとっていた。その時である。


「みなさん、落ち着いて下さい」

 滑舌の良い落ち着いたその声が、その場の皆の動きを止めた。

 いつのまにか花織の担任の先生と、恰幅の良い年配の女性が、その場を見守るしか出来なかった若宮先生の後ろに立っていた。


 二人は、若宮先生を差し置いて前に出た。

 それを見てざわつくオーディエンスと、顔を顰めるトンボ。

 俺もその女性が誰であるか直ぐに気が付いた。

 それは、普段はあまり顔をみせない園長先生である。


 その園長先生の登場も、てっきり義理姉の仕込みかと思ったのだけど、園長の登場に一番驚いていたのは、その義理姉であった。


<つづく>


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