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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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彼女襲来

「どうしたの?大丈夫?、大丈夫かい?!」


 焦ってしまった俺は、お決まり通りの言葉しか出て来はしない。

 それでも、とにかく涼しいところへと連れて行かなきゃ。その思いで女の子を抱きかかえた。


 軽い!

 軽かった。そっと抱き上げようと思っていたのに、想像した力が余ってしまい勢いよく抱き上げてしまう。女の子は悲しいぐらいに軽かった。

 それに、至近距離から見えた手足が簡単に折れな程に細くて、俺は泣きそうになってしまう。


 何が”大丈夫かい!”だ、大丈夫な訳がない。いくら焦っているからといって、こんな状況の幼い子供に何を言ってるんだ俺は。

 肯定の言葉を返してくれるのを期待してるのか?

 このバカが・・・。

 つい口走ってしまった言葉に俺は猛省。直ぐに気づけなかった自分が情けなかった。そんな俺に、


「ぅん」

 女の子は微かな声を絞り返して来た。

 それは、つい期待してしまっていた肯定の言葉であった。だけど、その一言が言い表せないくらいに悲しかった。


「待っててね」

 きっと、炎天下の中、パパのことを持ち続けたたんだ

 とにかく、早く涼しいところで休ませなければ・・・

 そう思い、片手で女の子を支え玄関のカギを開け、俺は家の中へと急いだ。


 ムッとする部屋の空気の中、女の子に「ごめんね」と一声掛け、慌ててキッチンを通過し唯一の部屋である10畳一間に入る。そして、ベランダ横にある俺の安ベッドに寝かせた。

 家を出る時に持って出た、持ちなれないセカンドバッグと、女の子から手渡された手紙は乱雑に部屋の中央に位置するテーブルの上に投げ置いた。ゆっくり見直してる場合ではない。


 早速、冷房をフルに効かせるも、もちろん、直ぐには冷えしない。それに、空気も悪い。

 普段はやらない無駄の極みだけど、冷房を効かせながらベランダも開けた。


「早く、冷えてくれ」

 そんなことを願いながら女の子の元に戻ると、女の子は痙攣を起こし始めている。

 

 やばい、やばい、どうしよう。どうすればいいんだよ?


 何をすれば良いか分からず、取り敢えず近くにあった雑誌で女の子に向かって扇ぎ始めた。ただ扇ぐ。早く冷房が効けと怒りながら仰ぎ続ける。

 そんなに長い時間では無かったはずだが、俺にはやっとと言う感じで冷房が利き始めた。俺は、慌ててベランダを閉め、考えた。


 後は、後は何をすれば・・・そうだタオルでおでこを冷やすのは悪くはないはず!


 俺は慌ててタオルを探し、水で濡らすと女のこの額に乗せた。

 でも水道の水はあまり冷たくは無い。

 そうだ!と思い、冷蔵庫にある全ての氷を取り出し洗面器にその氷と水を入れタオルを冷やし始める。


 一旦、女の子のところに戻ると、息は荒く一向に落ち着く気配がない。俺はパニクッてしまい、その後に何をすれば良いか全く思いつかない。

 なのに何だろう、こんな時でも自身の生理現象には反応してしまう。冷たいものが飲みたくなっていた。

 炎天下歩いていたせいで、喉がカラカラに乾いていたのだ。

 と言うことは、


 そうか!

 そこで、バカな俺はやっと気がついた。一番大切なことを。

 きっと女の子だって俺以上にのどが渇いているに違いない。再び慌ててキッチンに戻ると、そこにピン~ポン~と呼び出し音が鳴った。一瞬、


 こんな時に誰だ?

 うるさい!

 と思ったけれども、もしかしたら助けてくれるかもしれない、そう思い直した俺は、藁をもすがる気持ちで玄関を開けた。


 すると、そこには・・・


 逆光を浴びた水色のワンピース姿の女性が立っていた。

 女性は、不安そうな顔で俺を見つめて来た。


 きっと走って来たのだろう、息を切らせながら何か言おうとしているその顔は、噴き出した汗で一杯である。

 水色のワンピースの胸元も色濃く変色している。

 額から頬を伝った汗が、床に零れ落ちている。


 しかし、彼女はそれを拭おうともしなかった。

 それよりも、彼女は必死に俺に何か言おうとしているように見える。直ぐに言葉にはならなかったけれど。


 何か喋ろうとする彼女と、色んな状況が重なり取集が付かない俺。

 ただ、彼女の目尻が濡れているのは汗ではないと俺は感じとっていた。

 なのに、俺は一呼吸の間を置くと、それに触れることをしようとしなかった。意思を持たない体が勝手に一つの選択肢を選んでいたのだ。

 俺は彼女の右手を掴むと、何も言わずに部屋の中へと引きずり込んでいた。


「えっ?えっ、なに??」

 と慌ててパンプスを脱ぐ彼女。


「どうしたの?」

「大変なんだ!」

「な、何が?」


 俺は応えるよりも早く見せようと、彼女の手を引きキッチンを抜け俺の部屋に入った。すると、女の子は俺のベッドに嘔吐していた。

 一瞬、それを見て怯む彼女。だが、直ぐに気持ちを立て直すと、目付きが変わった。

 女の子の額に手を当てる彼女。


「凄い熱」

 ここで主導権が彼女に移った。

 その後の行動は目で追えないくらいに敏速であった。

 彼女の指示を待っているだけの俺。ほぼ役に立たない。


「とにかく水分。スポーツドリンクはある?」

「はっ?」

「スポーツドリンクはあるの!」


 ちょっと、イラッとしたように見えた。睨まれた。

 始めて見る彼女の恐い表情。


「ゴメン、ないけど・・・お茶と水なら冷蔵庫に・・・」


 そこでタオルを氷で冷やさなくても冷たい水があることに俺は気が付いた。が、それはもうどうでもいい。


「食塩はあるよね」

「あります」


「じゃあ、お水に食塩を一つまみ。一つまみって、意味分かるわよね!」


 その迫力に怯む俺。

「はい、はい、分かります」

「”はい”は、一回。急いで!」

「はい」

 また、睨まれる。


 幾ら焦っていても、生理食塩水と言う意味なことくらいは俺でも理解できる。

 再び俺は自分の喉の渇きも忘れ彼女の指示を遂行。すると背中越しに彼女から次の指示が飛んだ。


「それから、濡らしたタオルも2枚持って来てね」

「分かった、さっき冷やしたタオルがあるから、ちょっと待って」


 俺がタオルの水を絞り終えると同時に、彼女はチラッとこちらを振り向いた。そして、投げろと言わんばかりに右手を伸ばす。

 俺が下手から優しく投げると、彼女は女の子の方に顔を向けたままこちらを見ずに半身の体制でそれを受け止めた。

 

 俺は素直に頼もしいと感じた。凄げーと思った。

 不謹慎にも、その彼女に改めて惚れ直していた。

 始めて見る彼女の側面に。


 俺がお手製生理食塩水を用意して戻ると、彼女は女の子の服を緩め、冷やし過ぎたタオルを少し手で温め直し、体を拭いていた。

 彼女は俺の手からペットボトルの水を受け取ると、「ちょっと冷たい」と小言を言いながら女の子の状態を少し起こして口に含ませた。


「大丈夫だからね、大丈夫だからね・・・」

 

 彼女は何度も女の子に語りかけていた。


 彼女は水分を補給させながら、汚れた髪の毛と口元、それと襟元をティッシュと濡らしたタオルで器用に拭き取っている。

 その手慣れた姿が俺には母親の様に見えた。俺は遠い昔の子供の頃のことを思い出してしまい、グッと胸が詰まってしまっていた。

 そんな俺に喝が飛んだ。


「救急車!」

「はい」


「よしっ!」

 多分、返事が一回だったことだと思う。褒められた気がした。

 不謹慎にも嬉しくなった俺は、その命令に警察犬の様に瞬時に反応。情けないことに彼女の指示があるまで気付けなかった救急車を、やっと呼ぶこととなった。

 ただ、今だ冷静でない俺は、その電話で部屋の番号を言い忘れたような気がして、外で救急車を待つこととなった。


 彼女はその間もずっと女の子の世話をしてくれていた。


<つづく>


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