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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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バス遠足(反撃開始3)

 個人名で指摘された先生は俯いたまま一言も口に出来ないでいる。先生だけでは無い。周りの誰もが圧倒されて何も口に出せなかった。


 静まり返ったその場には、無関係に遠くで遊ぶ子供たちの喧騒が妙にBGMの様に俺の耳に入って来ていた。


 俺も多分に漏れず何も言葉に出来ないでいた。トンボにも、その仲間にも、先生にも。

 反発心を抱きながらも、俺は自分より遥かに強い援軍の影に隠れて、矢面を避け無関係なオーディエンスになり切っていた。

 事の経緯を完全に無視をして、感覚優先で俺に避難の目を向けていたオーディエンスのように。


 俺は当事者であることの自覚を失っていたのだ。でも、そんな俺でも途中で自分の誤りに気が付いた。

 それは、義理姉の瞳が潤んでいるのに気づいたからだ。

 涙を堪えて平静を装っていると思ったからだ。

 そう思った理由は理屈でなんて説明は出来ない。だけど、義理姉の心が、さっきまでの俺と同じところにあると思えたのだ。

 圧倒的にその行動力では違ってはいたけれど。


 状況は、一見この義理姉の登場で流れは決まったかのように見えた。

 しかし、これで一方的な義理姉の勝利とはならなかった。


 少しの間を取って我に返ったボスママのトンボが、義理姉の”損害賠償”と”慰謝料”と言う、お金を想像させる言葉に反応したのだ。

 トンボのプライド、それ以上に金欲は、きっと俺の考え得る遥か斜め上に位置するのだろう。

 それに、口の戦いとなれば、反論出来ると踏んだのだろう。


 トンボだって、俺の様なヘタレではない。いやしくもボスママなのである。

 青かった顔に血の気を取り戻し、一歩前に出る素振りを見せた。


 流石に義理姉に近づくことは出来なかったが、一歩、前気味に横にずれて、俺と花織から奪った白いうさぎキャラのバッグの置いてあるベンチを塞いだ。そして、震える声を絞り上げた。


「な、何もしていないのに何が損害賠償よ。何が慰謝料よ。ふ、ふざけないでよ。こんなんことぐらいで。

 それより私のバッグを返してよ!こっちこそ逆に、そ、損害賠償を請求するわよ」


 トンボの後ろのベンチを両サイドから囲むように立つトンボの取り巻きのママ3人の内2人は、義理姉の圧力に押され、ボスママとはさりげなく距離を置きながらも、未だにトンボ側のポジションは維持をしているように俺には見えた。


 もう一人の駐車場で祖父母と合流していた取り巻きの母親は既に逃げ腰で、それなりの距離を取り始めている。

 それでもどちらに味方すると問えば、きっと立場上トンボ側を選択しているのだろう。


 その他、大半の父兄たちは我関せずと言う感じになり、こちらの様子を固唾を飲んで見ている感じとなった。ただ、一部の人は無言ながらも、依然トンボ側と言う雰囲気をそれとなく漂わせていた。

 きっとトンボの精神的牙城が何とか保たれているのは、未だそんな状況もあってのことなのだろう。


 一方、トンボのバッグが置いてあるベンチを後ろに立つ俺と義理姉側には、駐車場から戻って来たゆずちゃんの父親である内藤さんを加えた3人だけ。

 でも、彼の存在も義理姉と同様に、俺の心にどれだけの厚みを感じさせてくれたかは計り知れない。


 両者は相手のバッグを背に対峙する形となった。

 人数的では圧倒的に負けてはいるが、状況は五分と五分。いや、それでも俺にはこちらが有利であるように感じられた。


 何故なら、トンボ側を漂わす母親達やトンボの取り巻きは、所詮は長いものに巻かれる打算的なオーディエンスでしかない。

 義理姉に決め手があれば簡単に寝返るだろう、俺には思えていた。そして、賢い義理姉が丸干しでこの場に立っている分けがない。


 位置、状況的にはお互いのお弁当を人質にしている構図が、図らずも出来上がっている、後は決めの一手。

 証明できる動かぬ証拠、それがあればオーディエンスは寝返り、立場はひっくり返るはずだ。


 でも、義理姉が突き付けられるだけの証拠を掴めているずがない。彼女は、ついさっきこの場に来たばかりなのだ。

 それでも俺は、義理姉には何か切り札があると信じていた。彼女が常人でないことは俺が良く知っている。


「逆に慰謝料?

 返すも何も、全く何をおっしゃっているのか。

 此処にバッグを置いたのは、あなたでしょ?

 そちらに持って行きたければ、ご自分で勝手に持って行けば宜しいのでは?」

 欧米人の様に横に手を広げて首をすくめる義理姉。


「そ、そんなことないわよ。その男が勝手に、ここにあった私のバッグをそっちに持って行ったのよ」

 トンボはそう言って俺を指さす。

 義理姉は、どうぞ勝手に取りに来いと言わんばかりにベンチの前から2歩程横に移動。

 俺も再び腹が立って来たが、冷静さは保っていた。義理姉に右に倣えで通り道を開ける。


 これで、トンボからバッグまで移動できる道筋が出来上がった形だ。しかし、トンボは口では言い返してみるものの、義理姉にそうまで言われても、一歩もその場を動こうとはしない。完全に義理姉を恐れているのだ。


義弟おとうとが勝手に持って行ったと言う証拠を見せて頂こうかしら。見せられるものならね。

 それと、そのテーブルの上に広げたモノを、直ぐにこちらに返していただきましょうか」

 

「何よ、こ、これは私のモノよ。そこの男のものだって証拠があるの?そっちこそ何処にもないでしょ!」

 トンボは俺のバッグから取り出して、自分が勝手にテーブルに広げたものを一目する。

 そして、これ見よがしに目の前にあった紙コップを手に取り一口含んで見せる。

 それは、先ほどトンボが小さな水筒から紙コップに注いでいた、”特製ドリンク”である。トンボは知るはずもないが、紛れもなく義理姉が俺と花織の為に今朝持って来てくれたものだ。


「ん~、さすが私の作ったドリンクは美味しいわ」

 震えた手で、虚勢を張るトンボ。さっきは、おれから貰ったものと言ってたくせに。その自分勝手さに、更に俺は腹が立った。

 でも、それを見て口元を隠しながら含み笑いをした義理姉を見て、俺はそこに何かがあるのだと気が付いた。


「あ~らら。飲んじゃった」


「何よ、自分のモノを飲んで何が悪いのよ」

 義理姉の様子に、挙動不審になってキョロキョロし始めるトンボ。


「ほら、”そこ”に名前が書いているみたいだけど、読んでみたら?何なら私が読みましょうか?」

「えっ?」

 トンボは、そう言って紙コップと小さな水筒を見渡すが、何も書いてはいない。


「何も、書いてないじゃない」


「”そこ”じゃなくて、”底”よ。水筒の底」

 トンボは、慌てて自分が飲んだモノが入っていた小さな水筒を持ち上げ、底を見る。

 そして、音読。


「あいかわ かおり」

 そこには花織の名前が書かれてあった。それを、素直にそのまま読む正直者。

 読んでしまった後、あからさまに顔をビクつかせ、青くなるトンボ。本日二度目の青。一度目よりは、やや薄目。


「ああ、そうそう、それと水筒に貼ってあるシールを剥がして読んだ方がいいかもよ」

 今まで気づかなかったが、良く見ると水筒に無意味に白い無地のシールが貼られている。

 義理姉の言葉にトンボは、貼ってあるシールを見つけて、恐る恐るもシールを剥がす。そして、またまた正直に音読。


「滋養強壮ドリンク。馬のめっちゃ綺麗なおしっこ入り」

 読み上げた途端、今度は顔を真っ赤にして、大量の唾液を吐き出すトンボ。

 そして、みるみる間に顔を青くする。本日三度目の青。今度の青が一番濃い。


「あら、知らない?馬のおしっこって元気がでるのよ」

 楽しそうに話す義理姉の言葉を聞いて、更にゲ―ゲーと襲って来る吐き気と戦うトンボ。


「大丈夫、大丈夫。馬のおしっこは微量だから」

「量の問題じゃないわよ」

 何故か義理姉ではなく、俺を睨み付けるトンボ。目には涙を浮かべ、顎からは涎が垂れている。

 義理姉は、それを聞いて高らかに笑いだした。


「う・そ・よ。アハッハハ

 自分で作ったのでしょ。なのに、何んで慌ててるのかしらね」


「もらったのよ、その男に」

 不都合と思いきや、自分のモノから俺から貰ったものに即移行。ある意味、元の主張に戻ったとも言えなくはないが。


「おかしいわね、さっきは自分のものだと言って無かったかしら?若宮先生も聞かれたでしょ」

 若宮先生の方を向き、証人としての責任を振るが、未だ状況の優劣に悩んでいるのか、口ごもる先生。

 義理姉は、そんな先生をそれ以上責めることはせず、トンボに向き直った。


「それに、笹中さん、あなたに差し上げたなんて、義弟おとうとは一言も言ってませんでしたけど?」

 俺が反論する前に、そう断言する義理姉。トンボの名字は”笹中”と言うらしい。

 俺はと言えば開きかけた口を閉じて、「言っていない」と言おうとして、その言葉を飲み込んだ。


「今頃、現れて分かる訳ないでしょ。いつも後から現れて適当なこと言って。

 確かに、その男がくれたのよ!」


 トンボは「いつも」と言った。それに、義理姉はトンボの名字をを知っている。

 俺は、この時この二人の間には、以前にも何かあったのだろうと想像した。


「じゃあ、しょうがないわね。義弟おとうとが、あなたに何も差し上げていないことも、あなたのバッグに1ミリも触れてもいない証拠も、合わせてお見せしましょうか。

 ついでにバスの中での出来事も、皆さんにもお聞き頂きましょうか!」

 

 そう言って、義理姉は不敵に笑った。


<つづく>


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