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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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バス遠足(反撃開始2)

 花織はその声に気付くと、涙をぬぐって義理姉の元に直ぐに走り寄った。

 義理姉は花織の背丈に合わせて屈み込むと、花織に向かって両手を広げた。

 花織はその中に飛び込むと、義理姉に抱き着いた。

 義理姉は手も服も泥だらけに汚れたそんな花織を躊躇ためらいも無く強く抱きしめた。そして、頭を優しく撫でながら語りかけるように話し始める。


「遅くなってごめんね」

 花織は黙ったまま義理姉を見つめる。


「悔しかった?」

 義理姉の言葉に頷く花織。


「辛かった?」

 涙を溜めて再び頷く。


「頑張ったものね」

 義理姉の優しい言葉に涙を溢す花織。


「でもね、かおり、それでも駄目なら、もっと強くならなきゃならないの

 もっともっと、心を強くもたないと駄目なの」

 義理姉も花織と一緒に涙を流していた。


 優しくて、強くて、どんな状況にも動じない義理姉がボロボロ涙を流していた。でも、嗚咽を漏らしたり、取り乱したりはしない。決して、こんな時に彼女の理性が感情に負けたりすることはない。


 花織に対して義理姉は、確かに俺より厳しく接していた。それは、多分これから花織が直面することを予測してのことだと俺は思った。

 義理姉のその姿がまるでパパの様に見えて、言い表せない感動と不甲斐なさと悔しさに俺は震えてしまっていた。

 不安定な感情に翻弄されていたことが情けなくなっていた。

 自分なんか、まだまだ義理姉には遠く及ばないと思わされた瞬間だった。


 花織は義理姉の言葉に大きく頷いた。何処まで理解しているのか俺には分からない。だけど、花織なりに思うところがあったのだと俺は思った。


 義理姉はそれに嬉しそうに微笑み返す。そして片目を瞑って、

「ね、かおりちゃん、下を向いちゃダメ。最後に”正義”は必ず勝つんだから!」

 最後には不敵な笑みで花織にそう告げた。

 なんだか締めの言葉はやっぱりパパでもママでもなく、義理姉ならではって気がした。


 正しくないと気が済まない性分。

 曲がったことが大嫌いな性分。

 正義と信念の人。

 やはり彼女は宇宙人、ウルトラマン系の一族・・・かもしれない。

 それでもって人一倍の努力もするし、根性もある。更に愛情もマリアナ海溝のように色濃く深い。


 花織は、そんな義理姉に向かって片目を瞑って笑って返した。

 なんか、義理姉の魂が花織に受け継がれて行くのを俺は感じてしまった。

 義理姉は花織の泥をハンカチで拭き取ると、いつ待ち合わせ場所から戻って来たのか、俺の後ろに立っていた内藤さん親子に顔を向け、軽く会釈をした。そして、


「かおりちゃん、ごめんね。お服汚れちゃったけど、着替えは先生にお願いしてあるから、それが届くまでゆずちゃんと向こうで待っててね」

 そう言って、少し離れた芝生の綺麗なところを指さした。


 一体どんな手を使ったのか?

 いつのまにかそんなところまで手を回していたのだろうか?

 義理姉はそう言い切った。


 花織とゆずちゃんがある程度離れて行くのを見守ると、義理姉はおもむろに立ち上がった。

 その姿は、まるで舞台に立った大女優か、大御所演歌歌手のように俺には見えた。


 舞台はここからが本番、そんな感じであった。

 そんな義理姉を前に固まるのは、ボスのトンボと、その取り巻き達。&俺に避難の目を向けていた黙して語らぬオーディエンス。


 その面々を前に立ち上がった義理姉は、肩幅に脚を開き仁王立ちに。

 その姿は、後ろから見ても威圧に満ちている。

 きっと、心の底から取り出した仮面を、その時被ったに違いない。


 俺には、義理姉の綺麗なさらさらの後ろ髪しか見えなかったけど、その表情は想像に固くない。

 それは、次第にさらさらヘアーの下から角が生えて来るかの様な、そんな錯覚を覚えたからだ。


 その仮面は、きっと大御所女優や大御所演歌歌手なんかではなく、般若大王であったのだろう。

 一斉に半径10m以内の生物(俺を除く)の腰が引けて行くように見えた。


 俺はと言えば、義理姉の頼もしい登場に状況が一気に好転したこともあって、気持ちも落ち着き、冷静さも取り戻しつつあった。

 でも、正直なところ、だからこそ俺は義理姉の行動が心配でもあった。


 義理姉が、花織のことをどれだけ可愛がっているか、誰よりも愛しているか、そんなこと誰よりも知っている。それに、俺に対してもあの時の恩を、変わらず持ち続けていてくれている。

 そして、そんな彼女は滅法ケンカが強い。

 聞いた話だけど、その辺の少し鍛えた一般成人男性なんて及びもしない位らしいのだ。

 俺はそれを色んな人から聞いている。

 だから、心配であった。


 一歩踏み出すそんな義理姉に、少し距離を取る様に後ずさりをするトンボ。

 トンボの顔からは、明らかに血の気が引いているのが見て取れる。

 俺はこの時初めて、人の顔が恐怖で真っ青になることを知った。それくらい義理姉の威圧が凄かったのだと思う。


 義理姉は、そのままの格好で周囲を見渡した後、何度も左手の掌を右手の拳で叩き出した。かなり苛立っている。


 俺は、やばいと思った。

 義理姉の本気が怖かった。

 でも、俺に義理姉を止める勇気もないし、そんな気持ちも湧いてこない。それに、正直期待している俺もいた。

 俺は、明日以降に起こる不測の事態に備えることを考えていた。それが俺に出来ることだと思っていた。

 でも、義理姉は俺の予想を裏切る行動に出た。


「さて、私の義弟おとうとと姪のお弁当の補償と慰謝料についてお話しましょうか。こちらとしては、訴訟も辞さない準備も考えています」


 少しの間を取り、その苛立ちを飲み込んだ彼女は、穏やかな口調でそう話し始めた。


 意外な言葉が義理姉の口から飛び出した。

「・・・こちらとしては、訴訟も辞さない準備も既に出来てます。もちろん弁護士の方も」

 義理姉は超が付く程の肉体派体育系。それでもって、曲がったことが何よりも許せない性格。

 さすがに暴力沙汰は避けたことには安心したけれど、でも、まさかお金でケリを付けようとするとは、俺はこれっぽっちも思っていなかった。


 正直なところ、俺はお金の話を持ち出した義理姉に対して、がっがりした感情を抱いたし、助けに来てもらっているにも関わらず、何処か反発心も込み上げていた部分もあった。

 義理姉は俺とは違ってお嬢様育ちで、実家は地域の名士で、古くはあるが大豪邸だ。

 旦那である俺の兄の稼ぎだって悪くは無い。


 なのに、なぜ”金”?

 幾ら実家の知り合いに弁護士がいるからと言っても、弁護士費用の方が高くつくに決まっている。

 いや、それ以上に、お弁当ぐらいで裁判なんて起こす人なんて聞いたことがない。

 世間知らずの俺は、そう思ってしまっていた。


 俺は反射的に反発心から、トンボに詰め寄る義理姉を無意識に止めようと裾を引っ張ってしまっていた。でも、義理姉はそんな俺を無視して、話を続けた。表情一つ変えずに。


「零れてしまったお弁当は、もう残念ながら元には戻りはしません。ただ、その物理的な補償と慰謝料は、しっかりと請求させて頂きます」

 トンボとその取り巻きの一人一人に目を向ける義理姉。

 穏やかでありながらも反論できないその迫力は、続いてその場に唯一居合わせた幼稚園の先生にも向いている。


「それに幼稚園には今後の対策を含め、今回の反省を何らかの形で表してもらいます。いいですね、若宮先生」

 何故か花織の担任でもない、その先生の名前まで義理姉は知っていた。


<つづく>


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