表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
16/54

バス遠足( 用を足してる場合じゃないって!)

「えっ?!」

 一瞬、俺は電話の向この叫び声に、脆弱な心臓が縮み上がりそうになってしまった。そのくらい、義理姉の慌てようは半端ではなかったのだ。

 でも、俺には今一ピントは来ていなかった。それもそのはず、俺の中で花織は極めて安全なところに居るはずなのである。


 車も無らない、川や海の水場でもなければ工事現場でも無い。更に周りには同じ幼稚園の保護者や先生の目もある。

 花織の置かれている状況は、”動物公園のバス遠足”と言う極めて安全な状況なのである。俺と花織が、この場でいくら異物であったとしても。

 もちろん、猛獣が檻から脱走すれば別なのだが。


「・・・ちょっと待って、亜美さん、どう言うことですか?」

 この時、俺は申し訳ないことに半分義理姉のイタズラを疑っていた。


「だから、も~うトイレで用を足している場合じゃないって言ってるの!」

「トイレくらい入りま・・・えっ?!」


 そこで、俺は不思議に思った。何故義理姉のマンションから車で有に40分以上は離れた動物公園で、俺がトイレで用を足していることを知っているのかと言うことをだ。

 義理姉に透視能力なんてある訳が無いし、幾らお金持ちのお嬢様とは言え、高々じゃんけんに負けて来れなかったくらいで。ドローンを飛ばして監視出来るほどの技術者を雇うわけもない。


 であれば、誰かが義理姉に連絡をしたとか?そう思った。

 その可能性はある。花織の送り迎えはいつも義理姉にお願いしているので、ママ友が居てもおかしくは無いのだ。であれば、彼女の言ってることの信憑性も高いくなる。

 俺は瞬時にそう思い、義理姉の言葉を受け入れた。


「お願~い、はやく~。ここの、エレベータが混んでてなかなか出れないのよ~」

 その言葉の意味は分からなかったけど、彼女の言葉を受け入れてしまうと、俺も落ち着いていられるはずがない。


 俺は一気にパニック状態に突入した。


 意味不の言葉に何の返事も返さずに電話を切ると、俺は直ぐ様トイレを出て花織の元へと走り出した。生乾きの手は風圧で乾燥して行った。

 トイレを出て直ぐに、駐車場で見たトンボの旦那らしき人が、トンボの子供を連れて仲良くトイレの方に向かうのとすれ違った。

 それに俺は、意味なく「意外といい家庭なんだ」と関心しする気持ちが湧き上がったが、今は他人の家庭の仲睦まじさ何てどうでもいい。


 俺は転ぶことも恐れずに、足元の悪い下り坂を猛ダッシュ。花織の待つベンチへと向かった。

 心臓は走っていることも相まって爆発寸前。頭の中では、まだ義理姉の嫌がらせであることを微かに願っていた。

 でも、それも直ぐに霧散してしまう。


 遠目に尻もちを突いて転んでいる女の子が目に入ってしまったからだ。

 その姿は、俺が向かっているベンチより二つ手前であった。

 だけど、それは紛れも無く花織の姿であったのだ。

 俺の心に言い知れぬ何かが突き刺さった感じがした。


「かおり~っ!」

 俺は人目も憚らず叫んだ。でも、花織は俺の声に反応をしない。花織は黙って立ち上がると猛然とベンチに向かって行くのである。

 更に近づくと、花織の制服が汚ドロで汚れているのが分かった。表情が真剣なのも。


 花織の向かおうとしている先には、嫌悪ある姿が悠然とベンチに座っていた。

 その横には見覚えのあるバッグがあった。白いウサギキャラの”うさぴーバッグ”だ。


「同じもの?」

 でも、どう見ても俺がこの遠足の為に買ったバッグに見える。

 俺は直ぐに自分がバッグを置いたベンチに目を向けた。やはりそこには、有るべきうさぴーバッグが無い。

 確かに置いたはずの場所には、花織の背負っていたリュックしか置かれていないのだ。


 ベンチの下を見ても、その周りにも。

 俺は再び二つ隣のベンチに視線を戻し確認した。そこにはあるのは、間違いなくうさぴーキャラのバッグである。

 そして、花織はそのベンチの上に置いてあるうさぴーバッグに両手を伸ばしている。


 ”同じもの”なんかではない。それは、間違いなく俺が一週間の試行錯誤の上やっと作り上げた、花織のお弁当が入っている俺たちのバッグなのだ。俺はそう確信した。


 ベンチに座る女性は、振り向きざまに花織の伸ばした手を払い、その胸を小突いた。そして、女性はサングラスを額の上に持ち上げ、花織の方を向き吊り上がった口を開いた。


「ドロボー、人のモノ盗まないでよ、クソガキ」

 そいつは、紛れも無いトンボである。


 トンボは、花織を無視してうさぴーバッグを手に取り、ベンチ前のテーブルに鞄の中身を並べ出した。

 中から出て来るのは、この日の為に俺が用意したうさぴーグッズ達。それに、小さな水筒と保冷材付のタッパー2つと、プラスチックの黄色い筒に入ったおしぼり入れ。

 今朝、義理姉が持って来たものだ。

 こんな最中に、トンボは義理姉の持って来た小さな水筒を開けて、紙コップに注ぎ飲み出す。大胆にも他人の持ちモノで昼食の準備を始め出した。


「おばたまのドリンクのんじゃだめ~!」

 それを見た花織が叫んぶ。


「ちょっと、大きなこえ出さないでよ、恥ずかしい!」

 トンボはそう言って、うさぴーキャラのお弁当箱の蓋を開けようと手を伸ばした。


「だめ~、パパのし~しのお弁当~!」

 花織は泣きもせず、ドロだらけになりながらも再び白いウサギのお弁当箱に手を伸ばす。


「汚い手で触らないでよ!」

 花織の手を振り払おうとしたトンボの手が頬に当たり、花織がよろけて倒れそうになる。

 それを見た瞬間、その理不尽さに俺の意識は有らぬところに飛んでしまった。今まで感じたことの無い怒りが俺を襲った。


「かおり!」

 俺の手が転びそうになる花織に届いた。


「パパぁ・・・」

 振り返る花織。気丈にも花織は泣かずに、潤ませだけの目を俺に向けて来た。

 俺は再び転ぶ寸でのところで、花織の体を支えていた。そして、間髪入れずにトンボの手を掴んだ。

 ホントは力一杯掴んで、腕の骨を折ってやりたかった。だけど、もちろん折るだけの握力がある訳もないし、幾ら頭の中が怒りで吹っ飛んでいても、そこまでの度胸も無い。


「痛っ、放してよ!」

「いいから花織のお弁当を返せよ」

 俺は手を離さなかった。そんな簡単に花織を苛めた手は解放出来ない。


「ふざけないで、これはうちのお弁当なの。言いがかりは止めてくれない」

「ふざけてるのは、どっちだよ!」

「あんたのお弁当だって証拠ないでしょ」

 そう言ってから、トンボは思いついた様に


「キャー、助けてー!痴漢よ痴漢!!」

 そう叫ぶトンボ。俺は迂闊にも怯んでしまい、手を離してしまっていた。


「なんだ、こいつ」と思いながらも、叫ばれて我に返った俺は周囲の目が気になってしまっていた。

 俺が周りを見渡すと、皆俺の方を訝し気な目で見ていた。

 それが突き刺さる様に感じられた。

 でも、それでも、今回だけはいつものヘタレではいられなかった。


「何が痴漢だよ、お前が花織に手を挙げたからだろ」

「盗人たけだけしいとはこのことね。親がそんなだから、子供が盗みをするのよ」

 おい、ついさっきまで痴漢呼ばわりで、今度はドロボー呼ばわりかよ。自分を庇う為なら何でもありかよ。そう思うと、怒りよりも苛立ちを覚えて来た。


「盗んだのはそっちだろ!」

 そんな最中でも、花織は俺の後ろに隠れるどころか、俺とトンボのやり取りの間に再びお弁当を取り戻そうとする。しかし、俺はそんな花織を止めた。

 これ以上、花織に被害が及ぶのを見てはいられない。


「大丈夫、パパに任せて」

 花織は目に涙を一杯貯めてトンボを睨み付けている。それでもまだ、決して涙をこぼさない。


 そんな騒ぎに、トンボの仲間達が集まって来た。

「何、どうしたの?ドロボーなの」

 バスの最後部座席でトンボの隣に座っていた長身の母親が口を開く。


「そうなの、ドロボーのくせに、言いがかりをつけてくるのよ」

 平然とそんなことを言って来た。


「あんた達もバスの中で見ただろ。それはこいつのじゃないだろ」

 と、俺はテーブルの上を指さした。 


「何、言ってるの?あなたが私達に作って来てくれたのでしょう?今更そんなことを言われてもね~」

 トンボがそんな有りもしないことを言って来た。


 彼女たちは女優であった。躊躇なく平然と理にかなわない嘘を吐ける女優であった。

 俺は、前に兄から聞いたことがある。男は理詰めで攻められると大概は脆くも簡単に観念してしまうが、その点、女性の心は男性とは違って強いと。

 女性の中にはいざとなると目先の目的の為には、平然と理論を無視することが出来る人がいると。

 むしろ辻褄の合わないことなのに、真実と信じることが出来る特性を持った人がいると。


 多分、こいつらがそう言う範疇のヤツラなのだろう。だったら、もう無理だ。何を言っても話し合いになる訳がない。

 それに、周囲の目が無視ならまだ良いのだが、事の成り行きをあらかた分かっているはずなのに、俺の方をに誹謗中傷の眼差しを向けている。

 正しいことを訴えても、事を荒げた方に批難の目を向けるなんて良くあることだ。むしろ、返ってその方が多いかもしれない。


 更に赤の他人の場合、女性と男性では、一般的に強いと思われている男性の方がフリだ。しかも、俺は耳障りの悪い「痴漢」に「ドロボー」と言う言葉を浴びせられている。

 更に相手は何と言ってもボスママなのだ。


 そこに近くにいた他のクラスの先生もやって来るが、トンボ達には目を向けず、俺に非難の目を向けている。それにも俺は腹が立った。

 所詮、幼稚園の先生だ。と思った。園児のやり取りは裁けても、大人のやり取りを正しく諌めるなんて出来る訳がない。

 いや、それは幼稚園の先生だけでは無い。声の大きなおかしなヤツには、対抗出来るだけの力が無いとよっぽどでない限り、対抗するなんて無理なのだ。


 俺は幼稚園でバスに乗る前から異物扱いされた。

 バスの中でも誹謗中傷されて来た。

 俺の中ではそれら全てが相まって、もう、どうでも良くなってしまっていた。暴れる気も無くなってしまった。

 だから、俺はこいつらと関わりたく無いと思った。

 もう、花織とお弁当を食べて帰れればそれで良いと思った。


 俺は、静止しようとするトンボ軍団を押しやり、無理やりにテーブルの上にあるうさぴーキャラのお弁当箱に怒りで震える手を伸ばした。

 全ての感情をそこに込めて。


 それは、俺がこの一週間練習した末に、昨日から仕込み今朝やっと完成したキャラ弁なのだ。

 花織の喜ぶ顔だけが見たくて、それだけで頑張ったお弁当だ。

 花織も楽しみにしてくれたキャラ弁だ。

 だから、他人には触れることだって許したくは無かった。


 俺はテーブルの上から、それだけを手にした。

 義理姉には悪いが後はくれてやってもいい。そんな気持ちだった。


 その時の俺の威圧なのだろうか、お弁当は意外と簡単に奪い返すことに成功した。


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ