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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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バス遠足(ボスママの洗礼4)

 園内を遊歩道に沿って進み、始めにお目見えしたのは動物園と言えば定番の2頭の象である。

 流石に最初なだけあって、囲いの周りは混雑していて、とっても花織には見えそうも無い状況であった。なので、俺は脇に手を挟み花織を抱き上げると肩車をすることに。


 俺が「見える?」って聞こうと、肩の上の花織を見上げると、花織は正面の象では無く右隣を見て笑いかけていた。

 俺も隣から同期した動きを感じていたので、遅れて俺も右を向いた。すると、目に入るは好感の持てる同じ姿があった。


 一組の父娘が、鏡に映したように、全く俺と花織と同じポーズを取っていたのである。

 俺は嬉しくなって思わず笑みを投げかけていた。

 それに対し、その父親も


「あっ、どーも」

 俺に好意のある声を掛け、愛想笑いを返してくれた。


「あっ、どーも」

 俺も慌てて、自然に飛び出した笑顔を返す。

 それだけで、なんだか気持ちが通じ合う感じがして、お互いに子供を抱えたまま言葉を交わし始めていた。


「あのバスで来られたんですか」

「ええ、まあ」

 苦笑いで応えてくれた。それで何となく彼もそれなりの洗礼を受けたことを俺は理解した。


「凄いアウェー感でなかったですか?」

「まあ、それなりに」


 話を聞くと、彼もちょっと好奇な目では見られていたらしい。

 それでも、俺の様なあからさま苛めは無かったようであった。

 俺が、彼の話の後に実際よりも少し控えめにバスの中のことを話すと、彼は俺の話を同情しながら聞いてくれていた。


 彼の名前は内藤さんで、年齢は29歳。

 俺も彼に聞かれて自分の年齢を告げると、彼は俺の年齢にかなり驚いていた。どうも、見ためから俺のことを20歳そこそこだと思ったらしく、俺と花織の関係を親子だとは思わなかったらしい。


 娘さんの名は敢えて聞きはしなかったが、内藤さんも花織も”ゆずちゃん”と呼んでいたので、その通りゆずと言う名前なのだろう。俺はそう認識した。

 花織&ゆずはクラスは違うが顔見知りのようで、直ぐに二人であちこちと走り出し、俺と内藤さんはその後を追って歩くような格好となった。

 

 内藤さん親子も、父娘と言う俺と同じ珍しい取り合わせではあったが、彼らは父子家庭ではないらしい。

 ゆずちゃんが年中になった頃から奥さんの精神状態が不安定となり、外に出たがらなくなったらしいのである。

 その為、通常の幼稚園の送り迎えも奥さんが行くことは稀で、どうしても都合が付かない時以外は、奥さんのお母さんが行かれているとのことであった。


 それでも、不思議なことに1カ月位前から突然と奥さんの精神状態が良くなり、幼稚園の送り迎えもするようになっていたので、当初はこのバス遠足にも自ら参加すると言いっていたとのことである。


 ところが先週になって、再び奥さんが急に行きたくないと言い出し始めた。

 内藤さんは、最初は奥さんのお母さんに頼もうと思っていたが、母親が行けなくなったことに落胆したゆずちゃんが、だったらパパと行きたいと言い出した。

 そこで、当初はこの日予定のあった内藤さんではであったが、急遽予定を変更して参加することにしたらしいのである。


 ただ、そんな状況ではあったが、ゆずちゃんも楽しみにしていた年に一度のバス遠足である。彼としても何とか奥さんも参加させたかった。

 そこで、二人で話し合った結果、奥さんにはお昼にお弁当を持って合流すると言うことで納得してもらったとのことである。


 内藤さんも何があったのか全く理由が分からないらしく、ただ奥さんは幼稚園の話をすると余りにもナーバスになってしまうので、聞き出すことも出来なくて、困っているそうなのである。


 俺はそれを聞いて、自分の悩みが軽減されたような気になってしまったのは、自分が人間としてどうなのだろかうと思ったりもする。

 それでも、実際に内藤さんのおかげで俺の心臓の鼓動はいつの間にか平常に戻り、すっかり心も平静を取り戻してしまっていた。

 

 弱いもの同志の慰め合いのような気もするが、悩みなんて同調してもらえる人に聞いてもらって解消していくものだとも思う。


 俺はその時、未熟にも気持ちを分かち合える仲間を得た。そんな気持ちになって正直、なところ嬉しさを覚えていたのである。


 花織&ゆずのコンビが、昼食の場所である塔の下の芝生の広場に着いた頃には、周囲の園児を巻き込み10人弱の大きなグループとなっていた。

 花織はその中心にいる様に見え、俺はそれに目を細めてしまう。


 幼稚園での花織は既にちょっとした人気者なのかもしれない。俺が日頃花織に対して心配していたものは取り越し苦労であった、そう思わされた。

 園児にとっては、インスピレーションで感じた魅力が全てで、大人の様な変な見栄や、しがらみ、それに偏見はあまり無いのだろう。

 そうなると、絶対にうちの花織が一番魅力的に違いないと俺には断言出来る。


 見ていると、人間と言うのは歳を重ねるごとに成長するばかりではなく、劣っていく部分もかなり増えて行くのではないか?

 そう感じさせられてしまう。


 塔から少し下ったところにある屋根のあるベンチで、俺と内藤さんは、世間話をしながら暫く子供たちを眺めていた。

 しかし、それも奥さんとの待ち合わせの正午少し前になると、内藤さんはゆずちゃんを連れて、斜面を下って行ってしまった。

 内藤さんは、何度か奥さんに電話をしていたのだが、繋がりが悪いのか話が上手く噛み合わなかったらしいのだ。

 そこで、内藤さんは奥さんと入園口で待ち合わせることにして、その旨を奥さんにメールを送ったのである。


 なので、また俺は花織と二人っきり。それでも、気持ちの中には内藤さん親子が居て俺には余裕が出来ていた。花織と二人っきりでも、楽しくやれそうな、そんな気になっていた。

 ちょうどその時、周囲では昼食を取り始めたので、それをきっかけに俺と花織も楽しい昼食にすることにした。


 昨日の雨でところどころに水たまりもあり、芝も少し湿っぽい。

 それなりの敷物を準備している親子は芝に陣取ったりもしていたが、俺と花織はそのまま俺の座っていたベンチに陣取った。


 人数の割りにベンチの数が足りないことを思い、極力端に寄ったのは、俺の性格上言うまでもない。


 その時である。ちょと迷ったのだけど、昼が近づくにつれてトイレに行きたくなっていた俺は、花織と楽しいお弁当の前にトイレに行くことを決意した。


「かおりは、トイレ大丈夫?」

「うん!」

 元気に頷く花織。


「パパ、ちょっとトイレに行って来るから、ここで待っててもらっていい?」

「うん!」

 その元気さに安心して、俺は花織に場所を確保してもらい、塔の下にあるトイレに向かうことにした。

 平静さを取り戻していた俺は、周りが同じ幼稚園の親子ばかりであることに安心しきっていたのだ。


「先に何か食べてる?」

 俺がそう聞くと、


「し~し~って、いっしょに開けるぅの」

 花織がそう応える。


 お弁当を開けるときは”し~し~”では無いのだけれど、花織の中ではお弁当には”し~し~”が付き物になってしまったようであった。

 それも可愛いからまあいいや、と笑いながら俺は立ち上がり、お弁当の入った布製のうさぴーバッグと、花織のリュックサックを花織の横に並べて置いた。

 お弁当の蓋を開けた時の花織の様子を想像すると、自然と俺の顔は笑顔になっていた。

 その俺の笑顔を見て、花織も笑っている。


 心待ちにしていた瞬間がもう直ぐやって来るのだ。


「待っててね」

「うん、待ってるぅ」

 俺は、トイレに向かいその場から離れた。


 すると不運なことに、なんと直ぐにトンボと目があってしまう。

 それまで全然気づかなかったかれど、広場の斜面に沿って並ぶベンチを二つ挟んだところに彼女らは陣取っていたのだ。


 俺は直ぐに目を逸らしたが、完全に気付かれてしまったと思った。

 しかし、旦那さんも一緒であったし、幼稚園以外の人も多いここで下手な嫌がらせはしないだろう。

 俺は、ちょっと嫌な感じもしたが、自分にそう思い込ませて急いでトイレに向かうことに。


 トイレの場所を示すサインに従って俺は急いで進んだ。

 最寄りのトイレは以外と遠くて、斜面を50m程上ったところであった。因みに、トイレから塔までは更に同じ程度上った右手になる。

 トイレに着くと、俺は初めて作ったキャラ弁を花織に披露することを思い浮かべながら用を足し始める。きっと、ニタニタしていたに違いない。


 隣で用を足していたおっさんが、何度も気持ち悪そうに俺の方を横目で見ていた。でも、俺はそれに気付きながらも、緩んだ顔を引き締めることは不可能であった。


 俺は花織と一緒の時は、トイレの後はしっかりと手を洗うように教えている。だから、チャチャッと気持ち手を濡らすだけなんてことはしない。それは花織が見ていなくても、早く花織にお弁当を見せたくても絶対にだ。


 そんな俺が用を済ませ良く洗っていると、その最中に胸のポケットが震えだした。

 もちろん、その振動源はスマホのマナーモードであることに俺も直ぐに気付いた。

 でも、少しぐらい待たしても、いいやと思いながらしっかり手を洗い、口に咥えていたハンカチで手を拭き始めた。その間10回以上のコールはあったと思う。


 留守電の設定がどうなっているのか、コールが止まらなかったので、何か急ぎの事だろうか?と思い直し、俺はコールが止まらない内にと、手を拭くのはそこそこに電話に出た。


「もしもし」

 その俺の声を聞くか聞かない内に耳を裂くような大声が返って来た。


「あっ、恭ちゃん、大変、早く戻ってぇっ!花織ちゃんが大変!」


 その天を裂くような声は、間違いなく普段多少のことでは動じない義理姉の叫び声であった。


<つづく>


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