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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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バス遠足(ボスママの洗礼2)

 バスの窓から差し込む秋の柔らかい日差しで、天使の輪を輝かせている花織の小さな頭を見下ろして、再び決意を固め直そうと右手を胸に当てる俺。そして、弱わっちく鼓動を早める心臓にケチをつけた。


 俺には天使がついている。

 いや、それは逆だ、俺が天使を守らなけれならないんだ・・・


 俺には花織の初めての遠足を、楽しい記憶として残す義務がある。

 だから、男のプライドとして、父親の責任として、例え理不尽なおば様達が何人いようとも、俺は絶対に負ける訳にはいかないんだ。

 改めて俺は決意を固めた。


 そんな精神の攻防を繰り広げる弱っちい俺に反して、花織はいたって楽し気に窓の外を眺めている。

 どうやら、大きな観光バスが2台連なっているのが嬉しいようだ。


 全員の乗車が終わると、動き出したバスに向って見送りに来た人達が手を振りだしていた。主に園児たちの父親と祖父母のように見える。

 そんな面識のない他人の祖父母達に対しても、花織は自分に向けてないことを知ってか知らずか、臆することなく手を振り返している。


 俺は、この義理姉にも似たたくましい精神に感服。花織は意外と大物かもしれない、そう思う。

 この四面楚歌の状況に気付いていないことを差し引いてたとしても。


 一方、バスの前方では、後部席のピリピリムードとは打って変わって、なごみムードが漂っている。


「せんせい、まみちゃんのお弁当すごいんだよ」

「へ~、楽しみね。後で、先生にも見せてくれる?」

 なんて楽しそうな声が聞こえて来る。


 俺も前の席に座りたい~・・・と嘆いても、仮に席が空いていたとしても今更あからさまに移動するのはいかにも逃げている様で、返って拙い気がする。

 ここはこの状況下で、何とか前方の席のような雰囲気を花織と共に作らねばならない。

 俺がそんなことを思案していると、花織も前の方から聞こえる言葉を聞いていたようで逆に俺の先手を取った。


「パパのお弁当は、し~し~内緒のし~だもんねー、ねー」

 花織は唇に小さな人差し指を当て、可愛く小首を傾げる。

 その姿が堪らなく可愛い。


 可愛いのだが、本人は大きな声を出したつもりは無いのだろうけど、如何せん花織の声は常に大きい。そして子供の高音は良く響く。

 否が応にも周囲の視線を浴びてしまう。

 俺の背中からは、一滴の冷や汗が流れ落ちる。


 俺の視界の範囲内の親子は、ほぼこちらを振り返って見ているし、更に後ろからは、突き刺さるような視線も感じる。

 俺は思わず振り返りそうになるが、そこは瞬時に思い留まった。


 俺がここで周囲の目に押しつぶされてしまえば花織の心までしぼんでしまうかもしれない。

 俺は努めて”陽気”と言う名の着ぐるみを着る。着たつもりになる。

 そして、刺さる様な視線を右から左へと陽気に受け流したつもりになる。


「そうだねぇー、お昼のお楽しみだもんね。だけど、花織ちゃんにはちょっとだけ教えちゃおうかなぁ~」

 そう応えを振り絞る俺。

 冷や汗をかきながらの、その精一杯の俺の努力に、目を丸くしれくれる花織。俺なりの努力に、花織は心を躍らせてくれたのだ。


 俺って出来る奴かも・・・。

 調子に乗る俺。その調子に乗った俺は、白いうさぎキャラの布製バッグから、これまた白いうさぎグッズたちを取り出し、俺と花織との間に並べて出す。

 敷物、水筒、お弁当箱、ポケットティシュのなにから何までが白いウサギ。

 花織のリュックサックも同じキャラだから、後ろから2番目且つ正面を向いて左側の座席はもうウサギ小屋状態となった。


 これで、ウサギ小屋のオーナーの花織は、ハイテンション。

 少し離れてウサギ小屋を眺めるオーディエンスの園児達は興味津々。

 若干冷や汗をかきながらも、楽しさを演出するウサギ小屋の飼育係の俺は、ここが見せ場。


 よしっ!

 と、さっき挨拶が出来なかった挽回とばかりに、子供から取り込もう。俺はそう考える。

 それぞれが、それぞれの立場で良い雰囲気になりつつあった。

 その矢先である。


 そこに狩人が現れたのである。

 トンボのようなサングラスを前頭葉辺りに引っ掛けた、性格の悪そうな女狩人だ。

 その狩人が、銃口の如き大きな口をこちらに向け、言葉と言う銃弾を一発放って来たのだ。

 ここは、ウサギ小屋なのに・・・。


「何あれ?いい年した男がバスの中で一杯うさぎを並べて。何やってんのかしらバカじゃないの・・・ブツブツ」


 そりゃあ、俺の趣味でウサギを並べてるのならば、的を射ているかもしれない。だが誰が見てもそんな訳がない。

 そう心の中だけで無意味な反旗を翻す気弱な俺。


 しかし、そんなトンボの一発も俺の耳止まりで、ウサギ小屋までは届いては来なかった。

 彼女の言葉は子供たちの歓声に飲み込まれてしまっていたのである。

 ウサギ小屋の周りでは、子供たちが依然として好奇な目を向けて体を乗り出している。その数は狭いバスの座席で、ざっと片手に余る。


「ノブくんも欲しいなぁ~」

 と背面から覗き込んでくるのは、園児なのに髪型に命をかけたトンボの男児。さらに、


「あっ、かわいい~、いいなぁ」

 と正面からも女の子が羨望の眼差しで身を乗り出して来る。

 これは、後ろから前からのサンドイッチ状態。更に側面からも囲まれ、もうスター気分。

 小さな子供たちってなんて純粋で素直なのだろうか。


「お弁当も”うさぴ”ーなの?」

 そう花織に問いかけるのは、正面の座席に座る女の子。向けられた目が真ん丸で愛らしい。とーぜん花織には劣るが。


 因みにこの白いウサギの名が”うさぴー”と言うのは、俺もこの時始めて知った。花織はこの白いウサギのキャラクターのことを、”うしゃぎしゃん”としか呼んでいなかったのだ。

 

「お弁当は、しーしーなの」

 花織がその問いに嬉しそうに応える。


 ますます良い感じに。俺もこの機会を逃すまいと、この”うさぴー”グッズが見易いようにと、手にとって子供たちに近づける。

 上手くいけば、こんなこともあろうかと予め用意していた白いウサギキャラのキャンディーもオーディエンス達に配ることが出来るでかもしれない。その心構えは既に出来ている。


 ついに俺にもバブルがやって来たかもしれない。俺はお立ち台に上った気分で扇子を振りまくる代わりに愛想を振りまいた。

 後はタイミングを計るだけ。そう思いながら俺は、バッグに手を掛けた。もちろんキャンディを取り出す為に。


 しかしだ、そんな良い時は長くは続かないものである。

 そのバブルも一瞬にして弾けてしまったのである。


「調子に乗って・・・、

 いい気になってんじゃねーよ」

 トンボのドスが効いた一発が火を放った。やはりトンボは元ヤンなのだろう。

 一発目の散弾銃による銃撃は不発と終わったが、俺の幸福に堪えきれずに放ったこの砲弾には、有り余る感情が豚の背油のように乗っていた。非常に体に悪い。


 決して大きな声では無い。

 呟く声に毛が生えた程度の声だ。

 だが、このドスの利いた一発の飛距離は意外と長かった。

 その瞬間、引き潮のように母親達は、一斉に自分の子供たちを手元に引き寄せてしまったのである。

 母親たちが、一瞬俺の後ろの座席に目を向けた気がしたのは気のせいだろうか?

 いや、きっとボスであるこのトンボの顔色を窺ったに違いない。


 一番興味を持っていた背面のトンボ自身の子、ノブ君もそれ以後覗き込んでは来ない。

 前の座席の母親が娘を諭す慌てっぷりは半端無かった。

 思ってた以上にトンボのボスママとしての権力は強いのかもしれない。


 俺の周囲に残ったのはバブルの弾けた静けさのみ。今度ばかりは大物感のある花織も寂しそうに口をあんぐりと開けている。

 気にするな・・・

 俺は自分にそう言い聞かせる。

 それより花織のフォローをしなければならない。


 何か声を掛けなきゃ。

 何か花織に・・・。

 でも、またしても一言も出て来はしない。


 日本語でいいんだぞ。お前は何年日本人をやってるんだ・・・。

 そう思っても焦るばかりで、掛ける言葉一つ見つからない。

 ただ俺は花織の頭を撫でるだけ。


 そんな頼りない俺に、間髪入れずに聞こえよがしに嫌味を言って来るのは、もちろん最後部席のトンボ、それとその連れ、長身の母親である。


「ホントに親子なのかしらね?」

「幾ら何でも若すぎじゃない?」


「でも、さっきパパって呼んなかった?」

「そう言えば呼んでたかも」


 それに加わるのは、俺の右側の席に座る母親。

「父親だとしたら、高校生の時の出来ちゃった結婚ね、まさか中学生でとかって?」

「まさかー、幾ら何でもねー」


「母親はどうしたのかしらね?」

「きっと、まだ寝てるんじゃない。夜の肉体労働がきつくて」


「まあ、親子ごっこじゃ、ろくな人間に育たないわね」

「イヤね~」

『キャッ、キャ・・・』


 きっと俺のことを成りたての成人くらいにでも思っているのだろう。若く見えるが、これでも24歳なんだが。

 花織は5歳になったばかりだから、ぎりぎり彼女の言った通りにはならない。

 そんなことよりも、自分の子供の近い将来を心配しろ。

 既にヤンキー顔になってるぞ・・・。


 なんて、反論してやりたい。言い返してやりたかった。

 でも、それに何の意味も無いのは分かっている。返って、バスの中の雰囲気を壊すだけでしかないのだ。


 彼女らは非難ありきなのだから。論理で負ければ言葉を違えるだけ。

 だから、俺はこの誹謗中傷に無視をするしか術がない。

 恐らく俺の見方はここには居ない。出来る構図は”1対多”。それでは状況を打ち破ることは出来やしない。

 でも、気にしなければ痛くも無ければ、痒くも無いはずだ。


 その時の俺は、もう自分にそう言い聞かせるのが精一杯であった。


 その後も、敢えてこちらに聞こえるようにヒソヒソになってないヒソヒソ声を向けて来た。

 俺は、それを完全に無視することが出来ず、ドキドキしたり、動揺したりとしてしまっていた。気弱な自分が情けなくなるくらいに。


 バスに乗っている成人男性はと言えば、俺とバスの運転手だけである。俺の気持ちを理解してくれそうな人は見当たらない。

 幼稚園前でちらほらと居たのは、見送りに来ていた、或いは現地合流の為に別途向かう父親達であったのだろう。


 もう一台のバスには男親は何人か乗っているのだろうか?

 せめて少数の男性は一緒のバスにして欲しかった。もっとも、男性だから仲間意識を持ってくれるとは限らないけど。


 たかだか30~40分で到着するのに、その時間が俺には途轍もなく長く思えた。耐え難い時間に思えた。

 でも、ここを乗り越えて目的地の動物公園に着きさえすれば、後は関わりを持たない様に離れていればいいいだけである。

 そう、殴られたり、たかられたりしている訳ではないのだ。


<つづく>


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