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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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バス遠足(ボスママの洗礼1)

 バスに乗る時のこと、俺と花織は異物でも見るような視線を幾つも向けられてしまう。

 それは、幼稚園に向かう途中でも、何となく遠目からも感じていた。

 その時の俺は、同じ幼稚園で遠足に向かうと言う仲間意識を向けているものなのだと、意識的に好意に取ろうとしていた。

 でも、それは大きな間違えであったとこの時に気づかされた。


「見て、あの人、若過ぎない?」

「やだぁ、いくつで出来た子かしら」

「奥さんはどうしたのかしら?」

 視線と一緒に、あからさまな母親同士の批難の声が耳に届いて来る。


 なんだよ、ワザと聞こえるように言っているのか?

 何の意味があるんだ?

 楽しいのか?


 やめろよ、花織の前で!

 何もしらないくせに・・・。


 心では叫んでみても、声に出す勇気も無ければその後の対応も分からない。

 このバス遠足に、楽しいことばかりしか考えていなかった自分の鈍さが情けない。

 でも救いなのはそんな心無い言葉を向けられても、相変わらず花織は俺の手を取りニコニコと脚を躍らせていることであった。


 俺はそれに安心すると同時に、ここで花織に弱いところを見せられないと何度も頭の中で「気にしない、空耳だ、空耳」と言い聞かせ、自身の心の平穏に心掛けた。

 しかし、それだけでは駄目だと直ぐに気付いてしまう。花織が、いつまでもこの状況に気づかないとは限らないのだ。

 であれば、気づかない様に何か話さなければならない。


 花織の気を引く何かを。何でもいいから。


 批難の声に気づいてしてしまえば、花織の足取りが重くなってしまう。心が萎んでしまうかもしれない。

 でも、情けないことにこんな時に限って、俺の頭からは気の利いた言葉も出て来ない。

 つまらない事すらも湧いてこない。

 ただただ向けられた避難の言葉が頭の中を巡るだけ。

 そんなやるせない時であった。


「たんぽぽ組は、2号車にご乗車下さ~い」

 花織の先生からの些細な言葉で俺は救われてしまう。

 ただの日常によくある、一つの指示でしかない程度のことに。


「よーし、かおりバスに乗るよ~」

「うーん、バしゅに乗るぅー!」 


 ちょっと上ずってしまったが務めて明るい声を出す俺。

 それに、素で元気よく返す花織。

 なんだか逆だなぁと思いながら、元気づけられるてしまっている自分がいる。

 気にすることが、なんとなく馬鹿らしくも思えて来たりするくらいに花織は明るい。


 所詮せいぜい批難の言葉と視線を向けられる程度のことでしかないのだ。

 殴られる訳でもなければ、何かを奪われる訳でもない。それは分かっている。所詮は外野のヤジでしか無いのだ。

 なにより花織は明るく元気だ。であれば、何も問題はないはず。

 そう思うと、次第に俺の心は平静を取り戻して行った。


 とは言うものの、やはり周りとも良い関係を気付ければそれにこしたことはない。出来ればこの状況を打開したい。

 そこで俺が思い立ったのは、兄が良く俺に言ってたことだった。

 ”世の中の人間関係の基本は挨拶だ。笑顔の挨拶は敵意のないことを相手に示す一番身近で簡単な行為だ”と言うものである。


 よし、ここで実践せずに、いつやるんだ!恥ずかしがらずにお母さん方に挨拶するべし!

 平静を取り戻して来た俺は自身を鼓舞し、えいやぁ!で口を開く。


「おはようございますー・・・どうもぉ、ヘヘヘ」

「・・・」


 何とか声にはだせたものの、つい周囲のお母さま方にペコペコと頭を下げて、反応をキョロキョロと窺ってしまう。

 そんな俺の挙動不審な挨拶に返って来たのは、不審者でも見るような目つきからの軽い会釈のみ。

 俺の好意は何も伝わらなかったらしい。

 結局、俺の笑顔は直ぐに引き攣ったままの照れ笑いと化してしまう。


 こんな情けないパパじゃ、花織に・・・。

 なんて思いながら花織を見おろすと。そんな俺と同じ様に一緒にペコペコ頭を下げている。


 お、俺のマネ? 

 間違いなく俺のマネなのだろう。


 しまった・・・何やってんだよ

 俺、弱すぎじゃないか。

 恥ずかしい、悔しい。止めども無く溢れて来るくやしさが俺の心を締め付ける。

 半端ない後悔と自責の念。

 俺は拳を握りしめた。


 いつもだったらここ止まりで、全てを妥協と言う言葉に変換して飲み込んでしまうのだけれど。だけど、この時はその握り締めた力が浮足立っていた俺の心に反発。思わぬパワーみなぎらせてくれた。


 それは、その俺の拳に小さな手が触れたからだ。

 今まで味わったことの無い感覚が俺に湧き上がって来て、俺は直ぐに姿勢を正し、お腹に力を入れる。


「ううんっ」

 咳払いを一つ。そして、


「おはよう、ございます」

 でもちょっとだけニヤニヤはしてたかもしれない。それでも俺には最大限の努力を込めた渾身の一声。

 すると、俺の声に釣られだのろうか、ご婦人たちも慌てて挨拶を返して来た。

 これだけのことで・・・。


 人間の気持ちなんて単純なんだ。なんて思ってしまう。

 なんだか達成感でホッとするのを感じる俺。萎みかけた胸も復活の兆しをみせ、硬直した顔の筋肉もほど良く弛緩して行く。


 兄貴、やっぱ基本って大切なんだな・・・。

 なんて兄に感謝しつつ、第一関門を通過した自分に満足する俺もやはり単純。


 何とかなりそうかも・・・。

 そう思いながら続けざまに、右に左に挨拶を3回。2回目からは花織も一緒に挨拶をしている。なんかすごくいい親子って感じ。

 俺は、気分よく花織を抱きかかえてバスに乗車。

 さあ、出発!って感じで。


 バスに乗った俺は、花織を前にして背中を支える様にバスの奥へと促して行く。花織はそれに従って元気良く奥へと行進。


 元より地味な俺は、自然と目立たない場所を目指してしまう習性がある。さらに、その日は目立ちたくない理由もある訳で。

 気分も回復したその時は、それ程意識したつもりも無かったのだが、結局俺は自然と自分の嗅覚に導かるままに、最後部席から2番目の一番目立たない席を陣取っていた。


 後で考えると、結局は意識しないようにしていただけで、根底ではかなり意識していたのだと思う・・・。


 概して災いと言うのは、そんな時に限って何故か近づいてきたりする。

 願わくば関わりたくなかった、トンボの様なサングラスを掛けたボスママっぽい親子とその取り巻き達親子達が、なんと俺と花織の席を囲むように陣取ってしまったのである。


 意気消沈する俺。

 バスの後部座席と言う位置が、概して悪ガキ共の席と決まっていた子供の頃を思い出し、俺は後部に移動した自分を悔いる。

 更に後悔している内にメンタルの弱い俺は、先手を打ちそこなってしまう。

 学習したばかりの笑顔と挨拶を、ボスママ一行に実践するのを忘れてしまったのである。


 さっき幼稚園前で目撃したように彼女達の元に、わざわざ挨拶詣りに行くこともないだろうが、面と向かって顔を合わせたのだから先手を打つべきであったのだ。

 決して仲よくしたい訳ではない。だけど、それなりの関係を作り上げる必要はあった。それなのに俺は、その機会を動揺如きで逸してしまったのだ。

 それが大変悔やまれた。


 ボス的存在と思しきトンボ親子は、ふてぶてしく俺と花織の背後の席に陣取った。最悪にも背後を取られてしまう。

 そのトンボ親子の隣には、長身の母親とその息子が座った。

 トンボが、いかにもにわか金持ちっぽいのに対して、この長身の親子は、その雰囲気から、生まれながらにそこそこのステータスを感じさせる。


 通路を挟んで右隣には、目立ちたがり屋の母親に、積極的な女の子って感じの似たモノ親子が座った。面倒臭そうな母親だ。

 そして、俺の前の席に座ったのは、多分だけど、長いものに巻かれろ感の母親と、他の3人の子供に比べると素朴な感じのする女の子である。

 バスに乗る前も、傍にいるだけであまり積極的に他の3人に絡んではいなかった気がする。敢えて、俺を間に挟んで、距離を取った気がしないでもない。


 不運にも、俺は一難去ってまた一難となってしまった。

 折角穏やかさを取り戻していた心は脆くも崩れてしまう情けない俺。

 膨らみ直した胸も意に反して萎んで行く。


 それでも、俺の左手を握り締める温もりの為に、ここで負ける訳にはいかなかった。

 俺の弱さを花織に悟られる分けには絶対にいかない。そう思った。


<つづく>


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