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走馬灯が止まる前に  作者: 北郷
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バス遠足(保護者権争奪戦)

 この地域の名士でもある義理姉の父の計らいにより、花織は夏休み明けから、はれて幼稚園に通うこととなった。

 それまでの期間はと言うと、日中はずっと義理姉とそのご両親が預かってくれることとなり、俺としては安心この上ない状況。きっと、あの一家のことだから、花織にとっても有意義な期間となったことと思う。

 ここでもまたお世話になりっ放しとなってしまった。


 更に、花織を迎えに行くと、俺まで「ついで」と言うことで夕食をご馳走になったりで、ホントに「親としての役目を果たせているのか?」と問われると、我ながら自信を持って応えられるものは何も無かった気がする。


 それでも普段の挽回とばかりに、休みの日は努めて二人で遊びに行くようにはしていたし、行った先々でも様々なことを話して聞かせたりで、俺だって一日も早く本物の親子と成れるように頑張ってはいた。


 定番の動物園や遊園地はもちろんのこと、プールにも行ったし、博物館に科学館、水族館と”館”の付く主なところは全てと思えるくらいに制覇した。

 更に、少し足を延ばし泊りがけで海の見える温泉へも出掛けたこともある。


 今まで殆ど出掛けたことが無かったらしい花織は、それにとても喜んでくれたし、俺も彼女(元)と出掛けた時のように・・・いや、とにかく俺も、もの凄く楽しい時間を過ごすことが出来た。


 その甲斐あってか、花織は凄く俺に懐いてくれ、俺と花織の距離は二カ月弱で本当の親子とまでは行かないまでも、花織にとっても無くてははならない存在になれたのではないかと自負出来るまでに至っていたのである。


 ただ、子供に恵まれない義理姉と花織の関係も俺に取っては、侮りがたかったりもした。

 花織と義理姉の間柄は、いつの間にかすっかり子弟の様な関係が出来上がっていて、文武両道の義理姉は早朝の空手の稽古を始め、読み書きに計算、フラワー何とかと言う自分の趣味に至るまで、様々な方面から花織を鍛え上げていたようなのであった。


 もちろん、礼儀やしつけに関してもお世話してくれていたようで、それに関しては頭が下がる思いであった。


 しかし、多大なお世話を受けて何だが、ある意味義理姉と俺との間には、花織を間に挟んですっかりライバル関係が出来上がってしまい、俺はある種の危機感を感じてしまっていたのも否めなかった。

 まあ、だからと言って、もちろん俺が義理姉に勝負を挑むことは絶対に無いが・・・。


 それは、お世話になっているからだけではなく、口も頭も肉体的にも全てに亘って敵わないことは重々承知しているからでもある。

 それに、花織を挟んでのそんなやり取りが、彼女と別れてしまった俺の心を支えてくれたのも、正直なところ事実でもあった。


 彼女との別れで落ち込むことがあっても、仕事が終わり、花織を迎えに義理姉のところに行くとウソみたいに気分は爽快になり、気づかぬ内に体調までも回復してしまっていた。

 その頃の俺は花織を迎えに行くことを楽しみに、日々を送っていたような気がする。


 とにかく花織が俺の元に来てくれたことで、俺はもちろんのこと、義理姉、更には義理姉の両親にまで日々の生活は一変。笑顔は倍増、いや、倍以上に増えたことは間違いなかった。

 つくづく子供の力って凄いんだと感じさせてくれた。


 ただ、花織が与える影響は俺や義理姉に限ってのことではなく、色んな場面で巡り合う大人たちにも影響を与えてしまうことになる。

 それは正の力ばかりではなく、時には負の力も働いてしまう。

 だから、当然揉め事も起こってしまうこともある。


 この後、俺と花織の前に起こることは、貧相な俺の想像を遥かに凌ぐ出来事で、かなり心を打ちひしがれる事となる。

 でも、後で考えるといい経験をさせてもらったと俺は思っている。

 それは、それ以降の俺の立ち回りが、そこから大きく変化したのは間違いない事実だからであり、そして、子育と言うものの厳しさを俺に改めて思い知らせてくれたからでもある。


 幼稚園の夏休みも終わり、いよいよ花織も幼稚園の年中として通い始めた。

 俺は皆と一緒ではなく、一人だけが途中からと言うことが凄く心配であった。

 花織にとっては恐らく初めての集団行動となる訳だし。


 果たして、花織はそこで上手くやっていけるのか、苛められはしないか、友達が出来るのかなんて、常にそんなことばかり考えてしまっていた。

 おかげで俺は仕事が満足に手に付かなくなり、ミスもかなり多くなってしまうことに・・・。


 しかし、毎日幼稚園の送り迎えをしてくれる義理姉の話からは、俺の心配も余所に、花織は意外と社交的センスに恵まれていると言う話を聞くようになる。

 俺も義理姉のマンションに送り迎えをする際に接する花織からも、幼稚園に行くとこに対する抵抗が何にもないように感じられ、さらに逆に楽しそうにさえ感じるようにもなって行き、俺の手に付かなかった仕事も次第にはかどる様になって行った。


 全てがそんな感じで、当初の心配いを余所に花織の幼稚園も俺の仕事も順調な日々は過ぎて行った。


 そして、花織と義理姉の面白い踊りが披露された、ちょっとぶっ飛んだ義理姉実家、本庄家主催の盛大な”花織5歳の誕生パーティー”も過ぎ、迎えた9月末のことである。

 いつもの様に仕事帰りに花織を迎えに義理姉のマンションに行くと、俺は幼稚園で配布されたと言う一枚の印刷物プリントを義理姉から渡された。

 翌月に催される幼稚園の親子バス遠足の案内である。


 俺はその場でそれを一読。

 読み終えると、今度は俺の幼稚園デビューかと思うと、身が引き締まって行くのを感じる。

 俺は、気合を入れて「よし!」って感じで、緊張の面持ちで顔を上げる。すると、そこには何故か精悍な顔付きに戦闘モードを漂わせた義理姉の姿があった。


「???」

 義理姉の様子に、俺は不可思議モードに突入。

 頭上では”?”の文字が踊る。

 それに、察しが悪いとばかりに義理姉が不満そうに口を開いた。


「恭ちゃん、私が行ってもいいよねぇ? ほら、最近休日出勤も多いようだしさぁ」

 なんだろ、このねっとりとしたこの攻めの口調。俺は身構えた。

 義理姉はそう言うが、今回は初めての幼稚園行事。俺もここで易々と引く訳にはいかない。


「その前に亜美さん、これ配られてから半月も経ってるんですけど?」

 その意図を訝しむ俺。因みに俺は義理姉を名前で呼んでいる。

 さらに、


「それに、休日出勤も先月1回だったし、今月も先々週の1回だけなんですけど」

 俺は、上司の理解と会社の好意により、多少勤務時間的には優遇してもらっていた。


「ありっ?そうだっけ?」

 完璧にワザと惚けている。

 恐らくは、確率的に遅く伝えた方が休日出勤とぶつかる可能性があると思ったに違いない。

 ただ、余り黙っていると、花織が心配してしまい先に俺に喋ってしまうかもしれない。きっとそれを案じてのこのタイミングなのだろう。俺は、そう邪推した。


「最近は結構融通を利かせてくれるから、調整くらい今から幾らでも出来ますから大丈夫ですよ。

 いつもお世話になってるから、休みまでも亜美さんのお世話になるのは、とっても心苦しくて」

 ワザとらしい言い方で義理姉の様子を窺ってみる。すると、焦り出す義理姉は、


「いやいや、恭ちゃんこそ偶に家でゆっくりしないとね、ね、ね。体、壊すと大変だし」

 と、自分の言葉に頷く義理姉。


 一緒にバスに乗れるのは保護者は一人だけ。もちろん、現地合流する分には人数制限はされていないが、幾ら義理姉とはいえ、二人一緒と言うのは周囲のママ達からの訝し気な目があり危険過ぎる。


 夫婦だと言う嘘を吐く手もあるが、義理姉は意外と顔が広いようだ。

 それに、幼稚園の送り迎えを主に義理姉にお願いしている訳で、社交的な義理姉のことだ、他のママ達とも花織と自分の関係を話している可能性も高い。義理姉と義理の弟と言う関係は直ぐにバレそうである。


 逆に、初めっから俺たちの”義理”の関係を話すと言う手もあるが、「えっ、なんでその二人が?」って感じで、まさにゴシップ好きの主婦たちからはいいネタにされ兼ねない。

 彼女達の曲がった勘ぐりが、俺たちにとって多大な損失になる可能性はすこぶる高い。

 

 と言うことで、ここは、どちらか一方が涙を飲むしかあるまい。

 当然、俺も譲る気はない。かと言って、いつもお世話になっているし、これからも多大なお世話になることは間違いないので、強固な姿勢もとれない。

 ただ、義理姉も立場上、一方的な主張を通せずにいるようでもある。


 そんなことで、ここに両者互いに相手を立てることも忘れることなく、かと言って相譲らずで膠着状態が出来上がってしう格好に。

 いつになく静かになる3LDKのマンション、そのリビング。

 一時、そこれには微妙な空気がどんよりと流れていた。


 お互いの顔を見合うだけで言葉を発せない両者。

 ・・・。

 だが、その膠着状態を打開する仲介役が出現する。

 それは、その様子を見上げていた花織である。


「ちゃ~ん、け~ん、ぽーん!」

 じゃんけんと言う打開策が叫ばれたのである。


 それに俺と義理姉、目を見合わせて徐に頷く。

 ここで俺と花織の間で日常行われている、民主主義の採用が暗黙の了承で決定。

 俺の脳裏には花織と出会った日の翌日、コーヒーショップ”トドール”でのチョコレートケーキの争奪で繰り広げた、あの”ちゃん、けん、ぽん”が過る。

 あの時は迂闊にも花織に勝ってしまった。だが、今日は本気で勝ちに行く。

 いや、絶対に勝つ!


「恭ちゃん、ちょっとタイム」

 義理姉が両手でTの字を作り間合いをとる。そして、深呼吸を一つすると、義理姉は左手の甲を頭上前方に掲げ、そこに右手の人差し指をその甲に副えた。顔が顰めた表情になっている。

 何の呪いを俺にかけようとしているのだろうか?


 であれば俺もそれに対抗。両手をクロスさせて1回転弱、筒状を作りそこを覗く。

 もちろん勝者になる回答がそんなことで分かるはずも無い。必殺呪い返しだ。


 だがしかし、覗いた奥に俺は握り絞めるグーを感じた。と言うことは無かったが、女性は最初にチョキを出しやすい。と言う統計を俺は知っていた。

 俺は、義理姉も一般女性であることに賭けた。そして、


 『ちゃ~ん、け~ん、ぽーん』

 花織の大きな声に合わせ”グー”を出す俺。


 それに対し、幾ら強くても義理姉も一応一般女性の範疇であったらしい。

 口を大きく開けて膝から崩れ落ちる義理姉の出したのは”チョキ”であった。


 俺は、天、いや天井を仰ぎ見た。

 俺の勝だ。



「パパが行くの?」

 花織が俺を見上げる。俺は胸を張って応える。


「もちろん、パパがかおりと行くよ」

 それを聞いて、遠慮がちに微妙に嬉しそうにする花織。

 きっと子供ながらに義理姉のこと思いやってのことなのだろう。俺はそう思った。

 花織はパパと行きたかったに違いない、絶対に!


 こうして、翌月に催される幼稚園の親子バス遠足には俺が行くことに決定したのであった。


 対象 : 年中2クラス園児+保護者1名

     (現地参加に制限なし)

 日時 : 10月14日(日)8:40 幼稚園集合

 行先 : 緑が丘動物公園

 ※雨天決行

  昼食は各自・・・


 等々が書かれているプリントを。俺は震える義理姉から受け取り、花織と手を繋いで自宅のアパートへと戻る。身が引き締まる思いだ。


 ただ、そのプリントを受け取った時の義理姉の様子が、なんだか心配そうにも見え、俺は少し違和感を感じることに。

 しかし、浮かれていたその時の俺は、それを気のせいだと言うことにして、直ぐに忘れてしまう。

 ホントに鈍かったと思う。


<つづく>


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