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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔王と元聖女は共に地獄に堕ちる

作者: ゔぃく

 蜃気楼が立ち込める森の中、ひっそりと佇む洋館の扉が音もなく開く。私は覚えのある気配を感じ、歓喜を抑えながら持っていた箒を手放した。


「主、戻られましたか」


 蝶番が軋む音の先、漆黒の渦の中から姿を現した人物が威圧感と仰々しさを伴ってのっそりと現れる。

 主は全身黒で統一された礼服を身に纏い、私の姿を視認するとフードを目深く下げて顔を背けて屋敷の奥へと消えた。相変わらず無口な人だ。


 主がこの屋敷に帰ってくるのは何時ぶりだろうか。服はくたびれ、手袋に包まれた指は何処か細くなったような気がする。

私は主の栄養状態のことを想い、今日の夕餉は豪勢にしようと思った。



 時計の針が二刻ほど進み、主が夕餉を取りに1階へ降りてくる。私は既に用意していた食物を魔力を通して温め直し、お出しした。


「そういえば」


 肉を等分にカットして、口に運ぶ。向かいにいた主は肉は好まないとばかりに野菜ばかりを皿に取っていた。

 本来ならたかがメイドごときが主と共にディナーの席に着くのは非常識というか、ありえないことなのだが、何故か主は私が1人で夕餉を取るのを良しとしない。我が主は大変お優しいのだ。


 1人主の優しさと素晴らしさを痛感していると、主が訝しげな目線をこちらに送ってくる。それが話をぶつ切りしたことだと思い当たると、私は急かされるようにして話を続けた。


「1ヶ月前、勇者と名乗る者が屋敷に見えました」


 ポトリ、と主の持っていたナイフが絨毯に落ちる。珍しい失態だなと思いつつ替えの物を用意した。敬愛する我が主と一緒に食事を摂ることができるのは幸せだが、傍で給仕することが叶わないのでこういう時手間だ。


「何やら、『思い出せ』としきりに詰め寄ってきて騒がしかったので、お許しもないのに勝手に魔物の餌にしてしまいました。申し訳ありません」

「……ッ!?」


 主がヒュッと音を立てて息を吸った。

すっぽり被ったフードのせいで、その表情は窺いしれない。だが主が何やら驚愕し、戸惑っている気配を感じて私は暫し思案したあと恐る恐る尋ねる。

 

「もしかして、ご知り合いの方、でしたか……?」

「……」


 沈黙の末、主はフルフルと首を横に振った。ならば良かった、安堵の気持ちで口角が吊り上がる。主が何も関係の無いというなら、それは確実に正しいのだ。

 

 何も向かいから動作の気配を感じないのを不思議に思いちらりと見ると、主はジッと何か懺悔するように俯き手を組んでいる。私はそれがどうにもおかしくて笑ってしまった。


「我が偉大なる魔王様が、神ごときに懺悔などなされませんよう」


 神などとうに死んだ。






 招かれざる客が訪ねてきたのはその1ヶ月後だ。

 頭からつま先まで真っ白でペラペラスケスケの衣服を纏ったそのヒトは、大勢の兵士を引き連れてやって来た。

 一見して暑苦しくむさい男の中に嫋やかで扇情的な衣装を着た少女は異色で、最初は情を処理する娼婦かと思ったものだ。

 だが、明らかに中心人物として守られているので彼女がお山の大将だと本人達を目前にして私はやっと理解する。


 美しい少女は怯えと憤りと蔑みがごちゃ混ぜになった顔で私を見据えた。


「あんた、こんな所で何やってんのよ!」


 手が曲線を描いて私の頬を打つ。


「勇者様、勇者様はどこよ!? もう何ヶ月も帰ってこないの、あんたを取り戻すってここに来たきり……ねえ何とか言ってよ、勇者様の居場所を教えて。私が今までアンタにしたこと全部、全部謝るからぁ!!」


 私が彼女にされたこととは一体なんでしょうか。

 勇者様というのは何時ぞやにお越しくださり無事魔物の栄養となったお方のことだろうとは見当が付きますが。

 ならば教えて差し上げないと、勇者様は無事天界に昇られましたよと。


「勇者様はこちらで厚くもてなしております。勇者様の居場所まで貴女方をご案内致しましょう」

「本当!? よかっ」



 目の前の美少女と軍隊が糸の切れた人形のように倒れ込む。


 黒色から赤色に変わったメイド服を摘んで、これは洗濯が大変そうだなと一人思った。じんじん、と少女に打たれた頬が今になって痛んでくる。


 地面に残ったゴミを片付けている最中、ふと愛おしい気配を感じ振り返ると主が呆然と佇んでいた。



「お帰りなさいませ。今は掃除をッ、あ、そのままここを通られますと靴の裏が汚れてしまいます!」


 主は革靴が血に侵食されるのも構わず私の元へ歩くと、肉片を掃いていた箒を取り上げ私を屋敷内に強制送還した。






 最近、主はずっと屋敷に篭もりきりである。前までは一年の半年くらいは外出していたのに、ここの所本当におかしい。

 どうしたのだろう、という心配と一緒に居られて嬉しいという気持ちが代わる代わる浮き沈みして複雑だ。



 こんなのになったのは、あの勇者を名乗る男や娼婦のような少女が訪ねてきてからだ。両方アッサリ始末してしまったが、我が主の心をそれ程まで蝕む存在だったのならもっと嬲っても良かったかもしれない。


「どうしたのですか、そんなに塞ぎこまれて」



 主の居る部屋のドアをコンコンコンと叩き、首を傾げる。


 この屋敷の鍵は全て私が管理し、所有しているがただ一つこの部屋の鍵だけは主が所有していた。絶対に開けようとするなとも教えられていたし、今まで特にその必要性も感じられず忘れていた一室だったが、なるほど、立てこもり用の部屋であったかと納得する。


 主が放っておいて欲しいのならそのままにしておこうと最初のうちは思っていたが、現状そうも言ってられなくなった。

 主は人肉を食らうことで生を繋ぐ。人の肉以外の物を食べても、栄養として消化できない躰なのだ。

 外で適当な人物を見繕って食うことが叶わないのなら、私が食料になるしかない。でなければ、主は飢餓で死んでしまう。それだけは避けなければ。




 焦った私は最終手段として扉の鍵を解錠の魔法を駆使してこじ開けた。




 扉を開けた先は一面真っ白の広い応接間のような部屋だった。

 壁紙から小物、家具や置物まで主の趣味とは大幅に違っていて、この屋敷の中では十二分に異質な雰囲気を放っている。

 開けるなというくらいだったらてっきり血みどろとか呪術で敷き詰められた部屋を想像していたので、かなり拍子抜けだ。


 その異空間の中心、赤色の絨毯がひかれた一角で我が主はマントを被りながら蹲っていた。



「来るなッ!!!」



 それを素直に聞くほど呑気な状況ではないと私は思っていたので、迷わず主の傍に駆け寄る。

 やつれてはいたがそれほど生命に異常もなさそうで、ひとまずホッと息を吐いた。



「来るなと、言っているだろう……」

「貴方の命令より、生命の方が重要だと判断致しましたので」


 淡々と事前に取っておいた自分の血液を無理やり主の口元に流し込む。

 人肉に比べるとしょぼく物足りないだろうが、ないよりはマシなので我慢して欲しい。


 少々むせながら血を飲み込むと、主は濡れた唇を拭いながら震え声で私に尋ねた。


「……お前はこの部屋を見て何とも思わないのか?」


 何とも?



「そうですね。とても懐かしく、忌々しく思います」



 とても魔王の屋敷に相応しくないほど、この部屋は神聖さを形で表したように洗練されていた。


 ただの美術品としての価値しかないステンドグラス、壁に飾られたなんの意味もなさない十字架。

 クローゼットにはあの娼婦みたいな、いや、娼婦の少女と同じ白く薄っぺらいスケスケの服が散乱している。

 唯一存在する窓には鉄格子が嵌められており、純白を騙った部屋でその周辺だけ異色で気味が悪かった。

 

「本当に、懐かしい」


 私が、魔王様に救われるまでの17年間ずっと過ごしてきた部屋である。




__



 私が産まれたのは古い風習の残る人が少ない過疎気味の村だった。

 子供は男児だったら育て、病弱だったり女児だったりしたら口減らしに殺す。それが当たり前で常識、そんな村だ。

 

 しかし私は幸いというべきか不運というべきか、あいにくのこと容姿が良い。慢性的な金不足の村は特に躊躇することなく私を売り飛ばしたのだ。王都で絶大な権力を持つ神殿に。



 その神殿で私は類稀なる美貌の聖女として祭り上げられる。

 そこに何やら陰謀が絡んでいることは子供ながら察せたが、特に反抗して揉め事を起こすわけにもいかない。


 神の声などは聞こえなかったが、出向いて微笑むだけで人が喜び安心してくれるのなら、と常に笑顔を保ち続けた。

 自分にも何かできることは無いかと、小娘なりに考えあぐねて政に手を出した。そうしたらそれが運命的に肌にあっていたようで周りは沸いた。

 皆が笑顔にできることが嬉しかった。役に立つことが幸せだった。



 

 そんな聖女の役割にも慣れた12の誕生日、私にもう1つの役目が課せられる。


 信者達の性欲処理をすることだった。


『いやッやだぁ、やめてぇっ、いやァぁああァ! ぅッいたい、いたいよぉ……おかあさッむぐゥッ……げほっ』



 その日私の華は散る。私が幼いながら信頼を寄せていた者達の手によって。

 神殿は民が夢想するほど神聖な場所ではなく、寧ろ国を蝕む最大の闇であったことをようやく知った。

 


『聖女よ、神のお告げだ。勇者と共に邪悪なる魔王を打ち滅ぼせ』

『…ッは、ゆ、ぅしゃ……? まお、ぅ』


 どうやら私は神殿が使える交渉カードの1つとされているようで、場合によっては王族に躰を差し出す時もあった。

私はそんな生活をもう4年間ほど送り続け、空虚に日々を貪っていた。


 国王の脂ぎった脂肪に潰されるように犯されていると、まるで今思い出したかのごとく聞き覚えのない単語で命令が下される。

 何をとち狂ったのか、私みたいな売女が勇者のハーレムの一員に加えられたのだ。



 



『______何故態々自分で自分の命を散らそうとする。人間』



 我が主に出会ったのは海の見える丘、星が綺麗な夜だった。

 その時私はちょうど勇者のパーティメンバーとして新たに加わった魔法使いに、聖女の証であるサークレットを海に投げ込まれ何とか見つけ出せないかと索敵魔法を展開していたところだった。

 覗き込むような体勢だったので身投げをしようとしていると勘違いされたらしい。

 なるほど、なかなか良い案だ。確かに良い感じに死ねそうな丘である。



『こんばんはッ、て、あら? こんな夜中に歩いていると人攫いにあいますよ』



 声のする方を振り返ると、私は少し驚愕した。艷めく銀髪は夜風に吹かれ、頬は丸く薔薇色に染まり大きな紅の瞳はうるうると輝いている。

その手の変態に好まれそうな幼げな美少女が佇んでいたのだ。


 私は自分と同等かそれ以上の美形を初めて見たなぁと呑気に思った。

 正直私がこんなにも犯されて地を這いつくばって生きているのだから、この子も変態に1回襲われて欲しいなんて八つ当たり気味の思考が過ぎったが、慌てて振り払う。

 見透かすような美少女の目から逃げるように、探すのを諦めて帰ることにした。



『しばし待て』


 だが、そんな私を銀髪の少女は引き止め、一瞬もしないうちに消えまた戻ってきた。

 その手には確かに、私が探していたサークレットが握られている。


『あ、ありがとうございます……』



 我が主……銀髪の美少女は私に向かってニッコリと微笑み、暗闇にたち消えようとした。が、私はその小さな手をギュッと握り叫ぶ。


『____待って! あの、あの……』


 目の前に居る美少女が魔王という絶対的悪の存在であることは、その膨大な魔力量と飛び交う闇の精霊達によって薄々気づいていた。そもそも私が見えないほど素早く魔法を展開するなど、この世の理をねじ曲げられるぐらいの使い手じゃなきゃ不可能だ。

 私はこの異様なまでの魔法の才能を見込まれて聖女になったのだから。


 元々庶民だった私にとって魔王なんてのは絵本の世界、偶像の存在だ。あまり身近に感じられず、勇者パーティに所属している今だってどこか他人事。

 そんな私だから、願わずにはいられなかった。魔王がどんな非道な者であろうと許容する覚悟で、初めて外部に救いを見出したのだ。


『私を、救ってください!』



 死ぬ前くらいこの不思議なくらい暖かく、易しい少女に縋ってみようと、そう思ったのだ。




__





「なぜ、なぜ記憶が……お前を配下にした時、全て消したはずでは。全て覚えていたのか?」

「私に精神・肉体操作系の魔法は全て無効です」

 


 聖女になった時、もし洗脳でもされて傀儡となると神殿に不都合だからとばかりに、いくつかの魔法は無効となるよう大規模な儀式によって私の体は改造されていた。

 その事を主に伝えると悔やむように唇を噛む。


「すまない……我の勝手で、お前を配下にして。挙句、お前の手で過去の仲間や想い人を殺戮させるなど。こんなはずではなかったんだ、我はただ永遠に一緒に居たくて」



 主がずっと私を人ならざるものの一員として引き入れたことを悔いていたのは知っていた。私が主に助けてと願ったのに、何故か主の中では自分の我儘で私の都合を無視して取り込んでしまったということになっているようだ。

 この一室が私が聖女だった時過ごしていた部屋に似ているのも、恐らく自分がした罪を忘れないためとかそんなとこだろう。


 ただ少し、聞き逃せない単語が交じっていたような気がして主の顔を凝視した。


「仲間は、一応パーティだったからともかく……想い人ですか?」



 私の覚えている限りでは、とても恋愛などまともにした覚えがない。そもそもちゃんと話した異性が神殿内部にいた枯れた庭師の爺ちゃんという有様で、散々他人に抱かれたくせにそういう経験はゼロに等しいのだ。

 心当たりが無さすぎる。


「勇者のことが好きであったのだろう?」

「そんな訳ないじゃないですか!!」



 確かに勇者に特別酷い目に遭わされたことはない。というか、関わったことすらあまりないのだが。


 勇者は召喚されて間もない頃、私との初対面の時「淫乱ピンクは地雷」と意味のわからないことを喋るだけ喋ってあとは他のパーティメンバーに虐められてる私を突き放すだけだった。

 私の髪色はピンクでビッチだが、淫乱ではない。そもそも初対面でそんな貶められる覚えもないので、異世界人は妙な人種だなと思ったものだ。

 今思えば、よく知らない異界に連れてこられたばかりで混乱していたのかもしれないと少し哀れに感じる。

 


「ここに尋ねてきたもう一人の少女も、お前の妹分ではなかったか」

「妹分……そうですね。私はそう思っています。次代の聖女として育てられた子でした。あっちは嫌っていたようですけど」



 私と同じ境遇であったが、幼いが故にまだ神殿の闇に触れずにいた子だ。

 あと数年後には私と同じく肉便器として利用される運命を辿ることになっていたと思えば、なかなか可哀想な人生である。

 でももうそんなことは無い。私がこの手で殺してしまったから。その後の人生全て潰してしまったから。




「全部貴方のためなんですよ? 勇者も誰もかれも人間は私から貴方を取り上げようとする。元聖女の手を血で汚した罪は一生をかけて償ってくださいね」


 飢餓が強くなってきたらしく喉を掻きむしっている魔王様の口に自分の指を突っ込み、無理やり噛みちぎらせて咀嚼させた。我が主の肉体に自分の体が血肉となって貢献することに僅かながら興奮を覚える。


 罪悪感でも共犯意識でもなんでもいい。主を自分に縛り付ける為なら一緒に地獄にだって堕ちてやる。



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