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第八十二話 ヤマネコの故郷へ。

こうして、快調なペースで中央道を飛ばし、岐阜県に突入した。暫く行ったところにある最寄りのインターを降りて、幹線道路へと突入した。この道路、中々立派な作りになっていて非常に走りやすかった。 スマホのカーナビの音声案内に耳を傾け、ふーりん先生の乗る3代目パジェロショートの後姿を追いかけ、ひた進む。 


先ほどより少し生活感のある少し狭い道路に入り、進んでいくと、いよいよ「そこ」は近づいてきた。 


「おお!『パジェロ生誕の地』の横断幕だ!!おおおお!!本当に来ちゃったんだ・・・」


私は興奮交じりの声で思わずぼやいてしまっていた。


そう、今回の目的地それは、三菱パジェロの生まれ故郷、岐阜県坂祝町にある「パジェロ製造株式会社」である。 この工場は1943年に航空機の部品を作る工場として生まれた「東洋工業」を前身に持ち、戦後は自動車の生産工場として、パジェロの先祖にあたる三菱ジープやフォルテのリアボディなどの製造を行ってきていた。1982年には、初代パジェロの一貫生産を始め、1995年には社名を東洋工業からパジェロ製造に変えながら、累計250万台以上、ずっと歴代のパジェロのほぼ全てを一貫生産生産してきた工場だ。


町の税収の大きな割合を納めているということもあって、なんと坂祝町のホームページには町の名産品として、パジェロが記載されているほどなのだ。


私もかねてからずっと来てみたかったところだったのだが、今回ふーみん先生の取材の付き添いということで、同行ができた次第だ。 本当だったら自分のパジェロエボで来たかったと言えばそうなのだが。 まあ、仕方あるまい。


という事で、横断幕が映る位置で二台仲良く寄せて止めて撮影をした後は、いよいよ守衛さんに許可を頂き、敷地内へと入った。


「いやあ、遂に来ちゃいましたね~!!テンション爆上がりです!!」


手を思いきり上にあげてビュンビュン振って、うきうきした様子でふーみん先生は話しかけてきた。


「ですね!! もう私もめちゃめちゃ興奮してます・・・この子たちの生まれ故郷に来ることは、本当前々からずっとしたかったので・・・正に悲願というか・・・。」


「私もです! ほんと今回はいい話が頂けましたよ・・・さて、中行ってみますか!」



「はい、そうしましょう!!」


私がそう答えた後、二人は更に話に花を咲かせながらエントランスへと向かった。


エントランスに入ると真ん前には現行パジェロの海外輸出向けモデルと1985年に初めてパリダカで総合優勝を飾った初代パジェロのラリーカーが二台仲良く止まっていて、そこからもう興奮モノなのであった。


黄色い声を上げて二人して写真をパシャパシャ取っていると、担当者さんが近づいてきていた。


「あ、あの・・・お二人とも楽しんでいる中すいません・・・今回担当の福井と言います・・・。 そろそろ工場の方、見ていかれてみませんか・・・?」


「あ、すいません・・・思わず夢中になっちゃってました・・・了解です!行きましょう!!」


ふーみん先生は元気よく答えた。 そうそう、なんか普通に楽しんじゃったけど、今日先生が直々に取材するんで来てたんだったわ、とふと思い返す。


私たちは歩いて別の場所へ向かった。


続く。


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