第四十八話 対峙の果てに・・・・。
「今度こそ・・・今度こそは逃がさないんだから・・・。その為に今日までこの子《マークX》をこっそり弄ってきたんだから・・・。」
「ほんと、上司に見つかったらどうなるか不安でしたよ・・・。勝手にあんな弄って・・・。下手すりゃ懲戒解雇になりますよ・・・・。」
「まあまあ、見つからなかったんだから結果オーライよ。 後はもう目的を達成するのみよ。 ・・・・よし。」
不敵な笑みを浮かべながら、芹香はマークXをどんどん進ませていく。
一方ユリのシビックでは
「うーん・・・まあ、別に勝負を受けるのは全然いいんだけど、なんでわざわざ今日、で賭けレースなんだろ・・・そこが引っかかるのよね。」
「確かに・・・・。ユリにそういう趣味があるわけじゃないんでしょ?」
「んなのあるわけないでしょ!!昔、普通に山とかこういうとこで遊んでた時だってただ単に追いかけっこしてただけだったし・・・・。アタシもああいう仕掛けられ方したの初めてよ。だから余計に不気味に感じるっていうかさ。とにかく、早いとこ勝負は付けたいわね。」
そうこう言ってる合間に、いよいよスタート地点のジャンクションが迫ってきた。シビックとマークXは肩を揃えるように並走しながら、その瞬間へと迫っていった。
300m、200m、100m、50m・・・・・ またいだ瞬間、二台のエキゾーストノートがこだました。
ユリは先行逃げ切りを決めるべく、ギアをいつもより一段低めに構え、とにかく早くアクセルを全開にしてスタートをきめ、マークXを引き離しにかかった。
「悪いけど、なんか不吉な感じしかしないし・・・。とっととちぎってづらかるわよ。」
ぼそっとぼやきながら、ユリはシビックをロスなく滑らかに操り、コーナーを軽快に駆け抜けてみせた。まるで、筆をスムーズに動かして綺麗な一本線を描くように。 一昔前のユリの良くも悪くも毒気溢れる強引な運転を見ている私からすると、人が変わったんじゃないかと思うほどの上達ぶりだった。ユリは仕事が忙しくなるまでサーキットの走行会や、ドライビングレッスンを受講して走り込んでいたらしく、腕前は前以上に上がっていて、引き出しも明らかに増えていた。
一方、芹香のマークXは思ったほどついてきていなかった。車の性能的にもユリのシビックの方が上回っているのは分かり切っていたのだが、まだ鳴りを潜めているのか、何なのか近づいてくるか・・・・と思ったら、思ったより差が詰まってきていなく、どころか徐々に離れていっているほどだった。このままユリが優勢のまま呆気なく逃げ切ってしまいそうだな・・・・と私は思っていたのだが、その時事件は起きた。トンネル区間に差し掛かり、目の前にトラックが現れ、ブレーキングして避けて再び加速しようと、3速にシフトダウンしようとした時のことだった。
「あれ・・・・なんで・・・ギアが入らない。」
ユリはシフトノブを必死に3速側に操作しているのだが、ギアが入らず失速していたのだった。そうこうしている間に芹香のマークXはその差を縮めてきた。
「ちくしょお・・・・とりあえず4速でどうにかするしかないか・・・・。」
ユリは顔を一瞬歪めながらもとりあえずリカバーをした。
「よし、ユリ号に何かあったみたいね・・・・。悪いけど、こっからこっちも勝負させてもらうわよ!」
ここから芹香の猛追が始まった。こちらは4速しか使えず、パワーバンドを使いきれない中、芹香のマークXは3.5L-V6+スーパーチャージャーの強大なトルクと、ここに合わせてセットした足回りが生きてきていて、シビックのお尻にぴったりつけるように差を詰めてきた。何度かサイドバイサイドになりながらも、ユリは必死に押さえた。
「よーし、狙い通りね。ユリがトラブってるのもあるみたいだけど、どんどん詰まってきてる。後はプレッシャーかけまくってミスるのを誘発するだけね。」
更に芹香は、マークXのライトをハイビームにし、プレッシャーをかけた。
「リドっちゃん・・・・なんか本気になってきたみたいね。私も何とか逃げ切んなきゃ・・・・。 昔からハイビームにした時が、本気モードでかかってきた時のサインなのよね。あの子。」
「そうなんだ・・・・。ユリ、落ち着いて逃げ切ってね。」
「もちろんよ。こっちも向こうの手の内は何となくわかってるし、ここはキッチリ勝たせてもらうわよ。」
シビックを労りながらも、ユリはシビックを攻めたてた。3速を使えず、立ち上がりで鈍るシビックをカバーするために、若干隙を作りながらも脱出速度を早くするラインを取り、一般車に引っかからないように上手くすり抜けながら、何とかマークXを押さえていた。プレッシャーに折れず、わめくこともなく、高い集中力を保ったままトラブルを抱えたシビックを巧みにコントロールし続けた。
「思ったよりユリも粘るじゃない・・・・。こっちも出せるもの全て出して走ってるのに・・・・。中々やるじゃない。やっぱこうじゃなきゃね・・・・。」
「先輩、無茶はし過ぎないでくださいね・・・・。何かあったら大変ですから。」
分かってるって。なんて、軽く答えながら、芹香も夢中になってマークXを操った。
キツいコーナー群を抜け、ベイブリッジを抜け、いよいよ勝負はフィナーレに近づいてきた。
二台は非常に均衡したまま、最終局面へと向かう。あと1キロ・・・・・あと500m・・・・・。
なんと、ユリはそのまま逃げ切り勝ちを決めてしまった。本調子ではないシビックを強いプレッシャーを感じながらも。ユリはやり抜いてしまった。
一周しきって戻ってきた時、ユリはずっと硬直していた表情を一気にほころばせ、喜びを爆発させた。
「やったああああはああ!! なんとか勝った・・・・。シビックも無茶させちゃったけど耐えてくれてありがと・・・・。」
「やったねユリ!本当に強くなったね・・・・。この状態で乗り切るとは思わなかったよ・・・・。」
「まあ、これまで鬼のようにトレーニングしたしさ・・・・。それに、凛子からだっていっぱい教えてもらったしさ。ありがとね。」
清々しそうな横顔でユリは答えた。
その後、路肩にシビックとマークX二台を縦に並べ、再び芹香たちと合流した。
「完・・・・・・っ全に負けたわ・・・・。ユリ、昔から速かったけどもっと上手くなったわね。あたしがあんなにプレッシャーかけたのに全く乱れなかったもの。昔なら折れてただろうに・・・・。やるわね。」
「あったり前じゃない。アタシだっていっぱい練習したし、それに・・・・・。色んな人に教えてもらって、成長してきたんだから。」
ユリは朗らかな表情でそう答えた。
「ふふ・・・・・・そうなのね。あーあ今回の作戦は結局失敗しちゃったなあ・・・・。割といけると思ったのに。」
作戦・・・・?と顔をしかめるユリ。それをチラと見た。芹香はこう答えた。
「本当はね・・・・。何が何でもユリに勝って、でユリを高速機動隊に連れてこようと思ってたの。」
「は・・・?何それ。なんでアタシ連れてこようなんて思ったの。」
「だってそれはユリのこt・・・・・。」
一瞬何か言いかけたが、言葉を飲み込み、数回呼吸し直して、芹香はこう答えた。
「寂しかったの。こっちに仕事移してから、友達も仲のいい人もみんないなくなっちゃったし、ユリとも疎遠になっちゃったしさ。今の仕事も楽しくなくはないけど。・・・こっちに呼んで、一緒に働けるようになったら、またアイドル時代みたいに楽しく、刺激的でいられるかなってさ、ハハ。まあ、負けちゃったけどね。」
ユリは目を瞑りながらそれを聞いていた。
「で、ユリは何してもらいたいの。お願い。別の日に答え聞くのでもいいけど。」
20秒30秒間をおいてから、ユリはこう答えた。
「・・・・・あなた、よかったらうちの会社来ない?」
「ふふ・・・・何それ。」
「ちょうど、アタシの会社新店舗の開業の準備してて、人が足りなくって困ってるの。アタシも毎日てんてこまいだしさ・・・・。もしあなたがいいなら、この場でスカウトしようと思ったのだけれど。どうかしら。」
芹香は真剣な顔で語るユリを見て少し驚いたような顔をしていたけれど、すぐに柔らかな表情を浮かべた。そして
「そうね・・・・。そこまで言うんじゃ、あたしも答えようかしら。・・・・そのスカウト、是非よろしくお願いしたいわ。」
そう言って、芹香は手を伸ばした。そして、ユリも手を伸ばしその手を握り返してみせた。
「契約・・成立ね。」
ユリはニッコリ笑ってそう言った。その後、芹香たちと別れた私たちは、とりあえずどっか適当なPAででも休憩しようという事で、またシビックに乗り込み、走り出した。
「はああ・・・・。まさかたまにはリラックスしようと思ってゆっくり走ろうと思ったのに、まさかこんなことになるなんてなあ・・・・。しかもギアは入らなくなったし。まあ、新入社員一人捕まえられたしよかったか。」
口ぶりとは裏腹に、どこか満足げな顔をしてユリは言った。
「なんだか凄い勝負になったよね。・・・・でも、ユリ何度も言うけど本当に上手くなったわね。あんな悪条件の中走り切った上に勝っちゃったんだから。」
「ま、アタシは上手いからね~!・・・・なんて、アタシもアタシなりに色々練習したし、凛子からだって色々教えてもらったしさ。本当に感謝してるよ。ありがとね。」
照れくさそうにユリはそう言った。
「さて、高速降りたらマック寄って休憩でもしますか!」
「そうね!美味しいコーヒーでも飲みながら、また駄弁ろ。」
もうすぐ夜が明けようとする横浜の道を、ユリのシビックは駆け抜けていった―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そしてそれから数か月後、ユリそして新たに部下として入った芹香の手掛けたワルキューレの新店舗が横浜にオープンした。ただのメイドカフェではなく、世界数々の名車の展示も同時に楽しめ、そしてメイドが名車の解説、更には抽選で同乗走行をして横浜の街中を遊覧するという新たなサービスが+αの要素として加えられた。今までのメイドカフェのカフェの客のみならず、自動車好きをも取り込み、今までにないような繁盛を遂げたという。
続く。




