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第2章 第1話

東京永田町

総理大臣官邸

August 23.2021



 各国の政府の長の執務の拠点である官邸は、米国ではホワイトハウス、ロシアではクレムリン、中国では中南海などの名称が有名ではあるが、日本はただ単に総理大臣官邸と呼称され、欧文公称もKanteiである。

 日本の政治中枢である東京千代田区の永田町に存在しており、総理大臣公邸と隣接していた。高さ五メートルのコンクリートの壁に囲まれた地上五階建ての鉄骨鉄筋コンクリートの建築物は一国の官邸にしてはシンプルで非常に慎ましい様相ではあるが、その機能は優秀なスタッフ達も相まって非常に優れている。

 その官邸の上層階の総理大臣執務室には大河原知道(おおかわらともみち)内閣総理大臣以下、渡良瀬修一(わたらせしゅういち)内閣官房長官ら閣僚が集まっていた。

「中国機に対するスクランブルの回数が今月になってから倍増しています。先週も中国の情報収集機と思われる航空機が太平洋側を飛行、航空自衛隊が監視に当たりました」

 淡々とした口調で木村防衛事務次官が報告する。防衛事務次官は防衛相の背広組――いわゆる事務方のトップである。

「防衛省としては現在も警戒態勢を継続しています。現在航空護衛艦を含む艦艇五隻を宮古島近海に展開。また不測事態に備え、宮古島、与那国島に迎撃ミサイルPAC-3の配備及び弾薬の輸送を現在検討中です」

 プロジェクターが映し出したスクリーンには東シナ海の情勢が反映された情報が表示されていた。

「一三日に中国が実施した大規模な軍事演習以降、台湾軍も警戒を強めており、台湾海峡では常に上空に警戒待機する戦闘機が双方に見られます」

 木村の言葉を聞いても大河原の表情は変わらない。渡良瀬は防衛大臣の梶本伴則(かじもととものり)を見た。梶本もあまり優れた顔色ではない。大河原の関心は内政が大きく、災害以外への危機意識は高いとは言えない。

「情報本部は周辺事態、両国間の軍事衝突が起こる可能性が高いと分析しています」

 梶本が重い腰を上げる様に言った。周辺事態とは、日本周辺の地域における日本の平和及び安全に重要な影響を与える事態である。

周辺事態に際しては「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」上、放置すれば日本に脅威をもたらす場合、自衛隊による作戦行動を展開することが可能となっている。

「軍事衝突だって?」

 大河原が聞き返す。

「はい。両国の戦闘機がすでに小競り合いに近い状況に陥ったことも自衛軍が数件確認しています」

「もし軍事衝突が起きた場合の我が国に及ぼす影響は?」

 大河原は経済産業大臣の倉林を見る。

「はい。当然ながら台湾海峡を航行する船舶は航行が制限されると思われます。また台湾当局も各港、空港など入港規制を行うと思われ、我が国への影響も懸念される事案であります」

「違う違う」

 大河原は不機嫌そうに倉林を見て言った。

「我が国に及ぼす経済的損失や、それに対する対策を考えてもらいたい」

「総理、ここは外交ルートを使って呼びかけてみてはいかがでしょうか」

 論点がずれようとしていたので強引に渡良瀬が聞くと外務大臣の稲村が頷いた。

「政府として中国、台湾両政府に軍事衝突への懸念を表明すると共に、閣僚級会談を開いて事態の収束に向けた提案を行いたいと外務省は考えています」

「まあ、そうなるだろうな。善は急げだ。なるべく早くかかってもらいたい」

「分かりました」

 稲村が頭を下げて渡良瀬を見る。渡良瀬も頷き返した。

「当然、そうなると自衛軍の行動についてもあちらさんは指摘してくると思うから、防衛省は余計な波紋を起こすような真似は絶対に控えてくださいよ」

 大河原の言葉に梶本は「重ねて徹底させます」と答える。

「総理。波紋を起こすような真似とは?」

 渡良瀬は敢えて大河原に聞く。

「あっちの国の飛行機が次々飛んでくるのは分かってるけど、射撃したり、間違っても撃ち落さないでもらいたい」

「ご安心を。自衛隊のパイロットは優秀です。中国機が敵対行動を取らない限り、撃墜はあり得ません」

 梶本は自信を持って言った。

「分かりました。よろしく頼みますよ」




 会議を終え、渡良瀬は梶本と共にエレベーターに向かった。。

「実際、どうなんだ。空母をさらに尖閣諸島に近づけて警戒に当たらせるとかは実施していないのか」

空護(くうご)、ですよ。議事録が残らないところでも誰が聞いているか分からないんです。我が国は表向きには他国攻撃を意図した攻撃型空母は保有していないんですから」

 建前を気にする梶本は溜息を吐きそうな顔でそう言うと続けた。

「相変わらず宮古島の沖合、太平洋側が精いっぱいですよ。まあ、これでも嘉手納から対応するよりはだいぶ即応能力は高まっているんですが、恐らく現場は不満でしょうね」

「しかし軍事衝突となるとヤバいんじゃないのか。防衛省はどこまでの規模になると予想している?」

「中国軍機の挑発がエスカレートしています。領空ギリギリを飛行したり、対応に当たった台湾軍機をロックオンしたり。そのうち、どっちかが撃つだろうと情報本部は分析しています」

「案外、雑なんだな。分析って」

「情報本部はもっと具体的な分析を。俺がよく分からないだけです。やっぱり説明は制服組からじゃないと駄目ですね。こういう事態に関しては背広組じゃあねぇ」

 梶本は肩を竦める。梶本は制服組(自衛官)の意見を重視するので、木村防衛事務次官には苦い顔をされることが多かった。防衛省の背広組(内局官僚)が制服組より優位としてきた防衛省設置法が二〇一五年に改正され、両者は今、対等となっている。防衛大臣を、政策面は防衛事務次官以下背広組が、軍事面を統合幕僚長以下制服組が補佐していた。

「頼むぞ。で、軍事衝突が発展して台湾と中国が全面戦争になったり、日本が巻き込まれる可能性とかは無いのか」

「無い、とは否定できないそうです。中国の出方は滅茶苦茶ですから。我々も対岸の火事だと思ってただ座して見ているつもりはありませんが。回避する手段はやはり自衛軍の増強配備。ですが、現実問題そんなことは出来ない。航空護衛艦一隻東シナ海に展開させることで揉めるんですから」

「外交はバランスなんだ。中国みたいにナイフをちらつかせて恫喝することは日本には出来ないし、平和国家にはあるまじきことだ」

「武装平和としての均衡は崩れているんです。中国の年間軍事費は公表されているだけで十六兆以上。日本の軽く三倍ですよ。そして日米安保見直しで日本から米軍の主力は撤退してしまった。南シナ海を見れば分かるでしょう? 九二年にフィリピンから米軍が撤退して以降、中国はあっという間に南シナ海に侵略してあっという間に軍事拠点化してしまいました。米軍が再度フィリピンに入ったあとでは手遅れでした。番犬のいない羊小屋を、飢えた狼は狙っています。なんとか立ち向かわないと。存立危機事態として我が国が介入することもちらつかせないといけません」

 存立危機事態とは、日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態をいう。集団的自衛権行使を外交カードにして中国を牽制しなくてはならない。

 米軍の撤退という軍事的空白が生まれることによって軍事均衡が崩れることを懸念した日本は航空機搭載護衛艦という名の戦後初の空母を持った。平和を愛する国としてそれは苦渋の決断であった。

「我々の楯は番犬になれると思うか」

「盲導犬を番犬にするのは無理がありました。争いを知らない気性の穏やかな犬の手綱を握っていたのは国を守る気概の無い、現実が見えない飼い主です」

 梶本は自嘲気味に言うと、ですが、と続けた。

「ですが、盲導犬でも使命感と忠誠心だけは番犬にも負けていません。彼らは我々の無茶な要求によく応えてくれていると思いますよ」

「現場のためにも我々がやれる最善の事をしないと」

 エレベーターに梶本は乗り込んだ。渡良瀬の顔を見る。

「では。官房長官こそ、いざとなればよろしくお願いしますよ。防衛省は味方が少ないので」

 梶本はそう苦笑して見せるとエレベーターのドアを閉じた。



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