第3章 第4話
沖縄
下地島空港
August 26.2021
翌日、台風十九号が東へ移動し、暴風域から下地島が抜けると《いずも》より整備員や燃料を載せたヘリが飛び立った。
生乾きの飛行服を着て、身なりを整えた笠原と黒江は到着を待っていたが、それよりも先に海上保安庁の職員たちが伊良部島から飛行場に戻って来た。
彼らからすれば戦闘機が二機、下地島空港に緊急着陸したことなど露とも知らなかったので、エプロンに並べられた二機の戦闘機を見て驚いていた。
「知らない間にベレンコ中尉が二人くらい亡命してきたのかと一瞬思いましたよ」
黒江が使った作業服の持ち主であろう、力士のように大柄で穏やかな表情の海上保安官が笑いながら言った。ここに務めている数少ない職員たちは機体を興味津々といったようで見学していた。
台風一過ですっかり晴れた下地島はからっとした暑さで、南国気分を味わえるいい天気だった。
「すみません。勝手に段ボールやブルーシートを使ってしまって」
「気にしないでください。しかし申し訳なかった、格納庫で寝るなんて。さすがは自衛官です」
海上保安官は黒江に視線をやった。黒江は髪の毛をポニーテールにしてまとめていて別の若い幹部の海上保安官の質問を受けていた。
そこへ二機の航空機が飛んできた。空自の水色迷彩のCV-22J多用途輸送機と海自のMCH-101掃海・輸送ヘリだった。二機は滑走路に着陸するとタキシングしてエプロンへと進入してきた。
「ほお、オスプレイか」
海上保安官たちも航空機を見て驚いている。導入当初は騒がれたが、陸海空三自衛隊に配備されるとさすがに見慣れた機体となったCV-22Jもこの島では珍しい機体だ。
CV-22Jの後部のランプドアが開くと、給油ポッドを搭載してきたようで機上整備員が地上での給油用のホースを引っ張ってきた。
MCH-101からは整備小隊の隊員達が降りてくる。
「シャドウ!」
すぐに整備小隊長の江入一尉が駆け寄ってきた。
「偉い目にあったな。機体は無事か?」
「無事ですよ。ですがほとんど空っ穴です。もう残ってるのは八百ポンドもないくらいで」
「八百ポンド……」
隣で聞いていた二等空曹が絶句する。
「本当にフレームアウト寸前だったな……良く機体を持って帰ってきてくれた」
「あんな海にベイルアウトしたらどのみちお陀仏ですからね」
機体に取り掛かった整備員の一人が笠原に頭を下げる。渡邉だった。飛ぶ準備がなされ、エンジンランナップなどの点検が行われる。笠原と黒江は念のために同行した衛生員から一応の風邪薬をもらって温かいお茶を飲んだ。昨日からサバイバルキットの非常食しか食べていなかったので、非常に助かった。
空港のシャワーも借りて整備小隊の隊員が運んでくれた清潔な飛行服に着替えるとようやく人心地もついた。
「フライトプランを書いてきてくれ」
命令などの書類が入った封筒を渡された。笠原と黒江は海上保安官に案内されて空港施設内の飛行計画室に案内され、《いずも》に戻るための飛行計画書を素早く記入した。こういう時はやはりお役所仕事だと思う。天下の戦闘機も空では航空法によって縛られている。実戦のスクランブルでもない限り、書類はつきものだ。
書類を書き、天候や離陸手順などを確認して機体に戻ると整備と補給は終わっていた。計画書ではあと一時間後の離陸だ。二人は飛行場内を散策して時間を潰した。
海に飛び出ている滑走路の端は小さな入り江になっている。白い砂浜には台風で漂着した流木やゴミなどが打ち上げられていたが、エメラルドグリーンの透き通った海が広がり、非常に美しかった。心地よい風が吹いている。台風一過で空は晴れ渡っていて、海鳥が鳴いていた。
「絶好のダイビングスポットがあるそうだ」
空港にあったパンフレットを片手に笠原が言う。下地島はこの飛行場を利用して観光リゾート開発の計画が進んでいたが、日中台の緊迫する情勢によって立ち消えしており、宮古島市は振興のためにも自衛隊の誘致を行っていた。
不謹慎にもここに観光リゾート開発が行われなくて良かったと笠原は思っていた。人が大勢いるビーチよりも今は落ち着いた静かな美しさがあった。
黒江は眼前に広がる海を見つめていて、まとめた髪に海風を受けてなびかせていた。どうしてもそれが気になって笠原は目を向けてしまう。
「ダイビングか……次ここに来るときは観光がいいな」
黒江はくすりと笑った。パイロットは皆、生存自活訓練で泳法などの技術を学んでいた。笠原もダイビングなどお手の物だ。
「確かに。あんな目に遭うのはもう御免だ」
「でも、なかなか貴重な体験だったろ」
黒江はそう言って手すりに寄りかかった。その姿も絵になっている。今まで笠原に見せなかった様々な表情を黒江は浮かべていて、その表情の移り変わりに笠原の気持ちも落ち着かなかった。
なんだこの気持ちは……
当惑する自分をよそに黒江は下地島の自然に目を奪われて楽しんでいた。飛行甲板では嗅げない種類の潮の匂いを笠原も感じ、黒江のことを気にしないようにぎこちない気持ちで自然に目を向けるしかなかった。
黒江が腕時計を見るので笠原も腕時計を見た。もうすぐ時間だ。
「名残惜しいが、行こう」
「ああ」
黒江は頷き、笠原の後に続いた。




