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第9話「自分がここにいる意味さえ知らない」

「何、まだ子供じゃあないの」


 突然、背中から声をかけられわたしは振り向く。

 そこには、黒いケープ付きマントを羽織った少女が立っていた。

 全く気配を感じなかったのだけれど、一体いつのまにこんな近くに来ていたんだろうか。

 フードは被らずに背中へ垂らしているため、少女の夜明けのように輝く金髪があらわになっている。

 金色の髪とは対照的に夜の闇が持つ漆黒に染まった肌をした少女は、琥珀色に光る目でわたしを見ていた。

 わたしのことを子供といったようだけど、自分のほうこそお子さまじゃんと思う。

 少女は、皮肉な笑みを薔薇色の唇にのせる。


「あなた、わたしのほうこそ子供だっておもったのかもしれないけれど」


 少女は、なぜか得意げにいった。


「わたしは、100年以上の時を生きてきた」


 なんだ、BBAかとわたしは思う。


「ばばぁとは、失礼ね」


 少女は、わたしのこころを読んでいるのだろうか。


「魔導師のすごす時は、あなたがたのそれと同じではない」


 わたしは、え、と思う。


「マリーン」


 ディディが、わってはいりマリーンと呼ばれた少女は、ディディのほうを見る。


「彼女がデルファイからきた、御子柴マヤ。彼女の中に、クリスマスがいるらしい」


 マリーンは、知ってるよという感じの冷笑をうかべる。

 ディディは、今度はわたしのほうをむく。


「マヤ、マリーンだ。トラキアの軍属魔導師をしている」


 わたしは思わず、えっ、という声をだした。


「この世界では、魔法が使えるっていうこと?」


 マリーンは、少し疲れたような目でわたしを見る。


「あらら、この娘、なんにも判ってないのね。自分がここにいる意味さえ知らないなんて」


 わたしは少し、むっとなるがマリーンはディディのほうへ鋭い眼差しをなげた。


「十九号、あなた彼女に何も説明していないの」


 ディディは、少し肩をすくめた。


「どうもマヤに差し込まれた記憶が、うまく機能していないようでね」


 マリーンは、不機嫌そうにわたしを見る。

 琥珀色の瞳が、わたしを串刺しにするような強い光を放つ。


「ああ、この娘、ひとりの身体にふたつの人格があるわけね。なるほど、これではうまくいかないねぇ」


 マリーンは、すっとそばにくる。

 まるで、空間をスライドするような素早い移動だった。

 あっけにとられ、わたしは後ずさって距離をとろうとする。

 それよりもはやく、マリーンの手がわたしの頭にふれた。

 その瞬間、驚くべきことがおこる。

 わたしのこころの中に、この世界における記憶が現れたのだ。

 わたしはどうやらこの世界にある、トラキアという国で生まれたようである。

 そして、共和国とトラキアの戦争で、戦災孤児となった。

 神聖ヌース教団という王国最大の教団が持つ施設で育てられたわたしは、志願してデルファイからくる人間の魂を宿すための憑代となる。

 その結果、このわたし御子柴マヤの記憶を宿すことになった。

 そして、魔法のこともおぼろげに判る。

 この世界での魔法というものは、わたしたちの世界における戦術核兵器なみの威力を持つようだ。

 それは畏怖すべき恐るべきものであり、禁忌として遠ざけるべきもののようでもあった。


「でもこれは」


 わたしは、叫ぶ。


「いつわりの記憶だわ、架空の記憶じゃあないの」


 マリーンは、少し馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「まあ、そうね」


 マリーンはわたしのこころを見透かしたような、眼差しをなげてきた。


「だって偽りの記憶であれなにがしかこの世界の記憶がないと、不安でしょう。あなたが狂ってしまわないように用意された記憶なのよ」


 なるほど。

 そういわれてみれば、わたしのこころはさっきまでとくらべかなり安定したような気がする。

 わたしは、少しばかり調子にのった笑みをうかべる。


「で、誰が説明してくれるの。わたしが、ここにいる意味を」


 マリーンはいけすかない薄ら笑いを浮かべたまま、黙っている。

 ディディが、話しはじめた。


「わたしが、説明しよう。それは、わたしの役目だからね」


 わたしは、ディディのほうを向いて頷く。


「この要塞は、魔法によって隠されており外部からの攻撃から守られている。しかし、その魔法は7年に一度効力を失ってしまう。どのような魔法であっても、効力には限界があるからだ。時間がたてば、どのような魔法であれいずれ力を失う。だから、再度封印の魔法をかけて、外部世界から要塞を隠さねばならない。しかし、魔法をかけなおすには時間が必要だ。丸一日、この要塞はある意味無防備となる」


 ふーん、とわたしは思った。


「無防備って、結構この要塞の守りは固いと思うんだけどな。一日ぐらいで、陥落しないでしょ」


 ディディは、うなずく。


「もちろん、オーラが機動甲冑旅団でも繰り出してくるならともかく、並の軍隊が一個旅団で包囲したくらいなら一日は余裕で持ちこたえる。わたしが言ったのは、魔法的な防御の話だよ。この要塞を隠しているのは、魔法使いに対してだ」


 ああ、なるほど、と思いわたしはうなずく。


「そして今、この要塞は魔法使いによって狙われているという情報を、われわれは得ている」


 そこまでは、わかる。

 でも。


「それで、それがどうわたしがここにいる意味に、つながるのかしら」

「君は、デルファイからきた」


 まるでその言葉で全てが説明できるというように、ディディは言った。

 わたしは、首をかしげる。


「この世界で、魔法を無効化する力があるのは、大王国の王族とデルファイからきたものだけだ」


 わたしは、目を丸くする。


「魔法を無効化、ってどういうこと?」

「試してみるといいわ」


 マリーンが、薄く笑いながらわたしに話しかける。


「わたしのこの姿は実体ではなく、魔法で生み出した幻影。マヤ、あなたが否定すれば消え去るよ」


 わたしは言われるがまま、試してみることにした。

 わたしは、マリーンが嘲るような笑みを浮かべてわたしを見ているのに向き合う。

 わたしに差し込まれた記憶の中に、ちゃんとその能力の使い方が含まれているらしい。

 わたしはどうすべきか、判っていた。

 わたしはマリーンを睨みつけ、念じる。


(消え去れ!)


 その瞬間、スイッチを切られたディスプレイが光を失うように、マリーンの姿が消え去る。

 わたしの背後から、拍手が聞こえてきた。

 振り向くと、マリーンが微笑んでいる。


「やればできるじゃない。それで、いいのよ」


 ディディが、落ち着いた声で話を続ける。


「この世界におけるヒエラルキーの頂点に立つのは、魔導師だ。彼らは、数万の軍勢をたったひとりで蹴散らすこともできる。だがマヤ、君はその魔導師を無力化できるんだ」


 わたしは、あたまがくらくらしてきた。


「あなたたちは、わたしにこの要塞を襲おうとしている魔導師から、守ってくれといってるの」

「そうだ」


 ディディは、さもあたりまえのことのように答える。

 わたしは、びっくりして腰を抜かしそうになった。


「それって、命がけであなたたちのために戦え、っていってるように聞こえるけど」


 ディディは、うなずく。


「そうなるね」

「なぜ、わたしがそんなことをすると思うわけ?」

「もしこの要塞が陥落するようなことがあれば、トラキアは、いや、大王国全体が危機にさらされる」


 わたしは唖然として、口をひらく。


「でも、そんなことわたしの知ったことではないよね」


 ディディは、少しばかり躊躇いがちに言った。


「クリスマスが、約束したんだ。彼がランゲ・ラウフについて研究するのに我々が協力するのであれば、我々が危機に陥ったときの助力は惜しまないと」


 わたしは、蒼ざめる。

 ひどく、胸が苦しい。

 なんだろう、この父親の葬式にいきなり借金取りがやってきて、一千万みみをそろえてかえしてもらおうかという感じ。

 わたしの頭の中では、ぶんぶんと羽虫が飛び回るような幻聴がきこえている。


「わたしは、クリスマスではないよ」


 ディディは、うなずく。


「判っている。クリスマスは、こう言っていた。クリスマスは死んで蘇ったものを讃えるための祝祭の名称であると。自分は、もうすぐ死ぬ。そして蘇る。だから自分は、クリスマスと名乗るのだ。そう聞いたときには、何を言っているのかわからなかったが、マヤ、君の中にクリスマスがいるときいて、その言葉の意味を理解できた」


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