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第40話「君のこれからの旅路に、栄光があらんこと」

 わたしはあまりのことに、空いた口が塞がらなくなった。

 女神はおかまいなく、話を続ける。


「人類がその宇宙船の中で見つけたのは、宇宙の卵だったんだ」


 あまりのことに、わたしの思考は麻痺しつつある。


「宇宙の、卵?」

「宇宙シミュレーション装置と、いうべきか。調査船団のメンバーは、その卵を孵化させた。その結果生み出されたのが、君がさっきまでいたあの魔法が使える異世界だね」


 わたしが固まってしまったのを気にせず、女神は続けた。


「わたしたちは、孵化したシミュレーション宇宙を観察しているうちにその世界に閉じこめられてしまったんだ。言い方を変えると、シミュレーションの世界が現実となり、かつて現実と信じた世界がただの妄想となっていった。調査船団のメンバーはそのシミュレーションの世界でいつしか神と呼ばれるようになり、信仰が失われるとともに消えていったんだ。ただ、わたしだけがなぜか現実の世界と繋がりを残すことができ生き延びている」


 なんだか、グレッグ・イーガンの順列都市みたいな展開だと思うけれど。

 あまりに強引な展開に、わたしはなんといっていいか判らなくなってくる。

 わたしは、かろうじて質問を投げることに成功した。


「じゃあ、デルファイっていうのはなんなんですか?」


 女神は、少し困った顔をする。


「あれは、ここのシステムを使いわたしが造ったものだ。まあ、わたしのノスタルジーの結晶みたいな感じさ」


 はあ、とわたしはため息をつく。

 なるほど。

 世界を造れるのなら、女神を名乗っても差し支えはあるまい。


「デルファイと魔法異世界の間を往来するには、色々ルールを決めていたんだが。クリスマスとクラウス公子のおかげで、事実上そのルールが崩された。システムを、少し見直そうかと思っている」


 女神は、頭をさげる。


「まあ、わたしのルールが杜撰だったせいで、君には迷惑をかけた。詫びをいおう、ファントム・マヤ」


 いやいやいや。

 なんだそれは。

 謝られてもなあ、とわたしは思う。

 困惑した表情のわたしを見てどう思ったのか、女神は思案顔で話をはじめる。


「で、そろそろ本題にはいろうかと思う」


 わたしは、苦笑する。

 そうか、まだ本題ではなかったんだ。

 女神はわたしの表情を気にすることなく、本題というやつをはじめる。


「マヤ、君も口先で謝られてもしかたないと思ったろう。そこでだ、わたしから君へ贈り物をおくることができる」


 わたしは軽くため息をついたが、女神は気にせず続けた。


「これからマヤ、君はデルファイへと戻るわけだが、その時にチート能力を与えることができる」

わたしは、吹き出した。

「それは、わたしのパラメーターを操作するってこと?」

「いや、もう少し凄いこともできる」


 女神は、とてもまじめな調子で語る。


「たとえば、X-MENみたいな超能力を付与できるよ」


 勘弁してほしい。


「わたし、天才だからこれ以上能力は必要ない」


 女神は、わたしの言葉に頷いた。


「ああ、君は天才ゲーマーだったね」


 その言いぐさに、わたしはすこしむっとなる。

 でも、女神はまるきり悪気はなさそうだ。

 まあ、せっかく何かしてくれるんなら、お願いしてみようか。


「お願いが、いくつかあります」


 女神は、ほっとしたように頷いた。


「言ってみたまえ」

「まず第一に、クリスマスを生き返らせてほしい」

「いいよ」


 あっさりした肯定に、わたしは目を剥いた。

 女神は、上機嫌に微笑む。


「マリーンに命じて、虫の身体を用意させる。そこに、クリスマスをダウンロードしよう。クリスマスも、マリーンにデルファイへおくらせればいいかな」


 わたしは、頷く。


「マリーンは、あなたのいうことならなんでもきくんですね」


 女神は、にっこりと笑う。


「あたりまえだよ。女神フライアに従わない魔導師がいるわけがない」


 ジーザス・クライストのいうことをきかないクリスチャンはいないようなもんなのか。


「それと、もうひとつ」


 女神は、わたしの言葉に頷く。


「クリスマスの記憶に、わたしがアクセスできるようにして欲しい」


 女神は、少し眉間に皺をよせる。


「フルアクセスは、無理だよ。危険な部分には、ガードをかける。それでも、よければ」


 なるほど、やっぱりクリスマスは女神が危険と思えるほど世界の深層へアクセスしてたんだろうな。

 まあ断片でもアクセスできれば、そこから色々組み立てられるだろう。


「それでも、いいです」

「他には、あるかな」

「それだけで、十分です」


 女神は、大きくうなずいた。

 そして、足下を指さす。

 そこに、大きな暗い穴がひろがった。

 マリーンが作った、亜空間への入り口と同じものらしい。

 この先にデルファイがあるというのだろう。

 女神は、美しい顔をその名にふさわしく気高い輝きに満ちあふれさせた。


「マヤ、君にもう一度謝罪と感謝の気持ちを捧げよう。君のこれからの旅路に、栄光があらんことを祈っている」


 わたしは、ぺこりと女神に頭をさげた。

 そして、ぽん、と暗い穴に向かって身を投じる。

 わたしの意識は、闇にのまれた。


◆     ◆     ◆


 目を開くと白い天井が、視界に入ってくる。

 身体を、動かしてみた。

 腕に、点滴の針が刺さっているらしいのを感じる。

 それだけではなく、ベッドサイドにある装置にわたしの脈拍や血圧がモニターされているようだ。

 どうやら、病院の集中治療室のようなところにいるらしい。

 あたりを見回すと、足下のほうに多少草臥れ気味の中年男性がいることに気がつく。

 わたしは、驚いて声をあげた。


「キョウヘイ! こんなところでなにしてんの」


 珍しくスーツ姿のキョウヘイは、少し肩を竦める。


「マヤ、君は会社の緊急連絡先としておれの携帯電話番号を登録していただろう」


 ああ、そういえばそうだったなと思う。


「それにしても、驚いたよ。マヤ、きみはトラックにひき逃げされたようなんだが、まったく無傷だった。しかし、意識をとりもどさなかったので、ICUへ収容された。君が意識を失って、24時間が経過している」


 驚いた。

 とても、驚いた。

 わたしは、全てが夢であったような気がする。

 そして目覚めた今ですら、なぜか夢からさめていないような気がした。

 惚けているわたしを見て、キョウヘイは少し笑う。


「君が目覚めたので、看護師をよびにいくが。その前に、マヤ。一体何があった?」


 わたしは、へえ? といった顔でキョウヘイをみる。


「CIAが君の身柄を押さえようとしたので、いくつか手をうって阻止した。君は、何にまきこまれた?」


 うーむ。

 やっぱり、夢ではなかったようだ。


「ちょっと信じがたいことが色々あって、説明しにくいんだ。こころの中でまとめるから、時間をくれないかな、キョウヘイ」


 キョウヘイは頷き、あっさり引き下がる。


「判ったよ。説明できるようになったら連絡をくれ。君は、おとなしくベッドで医者がくるのを待ってな」


 そう言い終えると、キョウヘイは姿を消した。

 わたしは、身を起こしてみる。

 24時間気を失っていたわりには、意識はクリアで身体もしっかりしている気がした。

 むしろ、休息がとれて疲労から快復した気すらする。

 わたしは、腕についた点滴チューブをはずす。

 思ったより勢いよく血が噴き出したため、慌ててテープを貼り付ける。

 ベッドから降り、立ち上がってみた。

 一瞬ふらついたが、すぐに立ち直る。

 大丈夫そうだ。

 時間は、夜が明けてすぐくらいだろうか。

 病院内には、ひとの気配がない。

 わたしは、血の染みがついた入院患者用の服をきたまま歩き出す。

 誰にも会わず、エレベーターにたどり着けた。

 一階まで、降りる。

 そこは、非常用出入り口の目の前だ。

 わたしは、緊急搬入用の扉をあけて外に出る。

 夜明け間もない街の中を、わたしは歩き出す。

 音が殺されたのかと思うくらいに、静かだった。

 はりつめた夜明けの清廉な空気が、身体を包み込む。

 空気は硬質な質感を持ち、私は硝子の中にいるようだと思う。

 わたしは、裸足のまま車道を歩いてみる。

 デルファイは、文字通り死者の街だとでもいうかのように、静かだ。

 ひとも車も、とおらない。

 東の空は金色に燃え上がり、西の空は藍色に沈んでいる。

 朝日に照らし出され影が濃くなった街は、芝居の書き割りみたいに作り物じみて見えた。

 けれど、わたしの中でクリスマスの視点が色々なものを伝えてくる。

 世界はアンリアルであるがゆえに、リアルなのだ。

 世界が薄っぺらくみえるのは、リアルで残酷なロジックに貫かれているからだとわたしは思う。

 わたしの手には、拳銃があった。

 ランゲ・ラウフ、第三帝国軍の八式拳銃。

 遙か遠い街でひとりの少年兵が頭を撃ち抜いたその拳銃は、ひとの命を刈り取る重さをわたしの腕につたえてくる。

 わたしは、ランゲ・ラウフにこころの中で呼びかけてみた。


(僕は、ここにいるよ)


 彼はもう、わたしの魂の一部になったかのような気さえする。

 わたしは車道の真ん中で、天空に目を向けてみた。

 蒼い空は、宇宙にまで届きそうな凄みと昏さを持つ。

 あまりに美しく、だからそれはまた、作り物じみてもいる。

 誰かが大空に貼った天幕に、絵の具で描いた絵のようだと思う。

 見上げる天空の果て、遠い遙か彼方に向けてわたしは銃をむけた。

 引き金を、引く。

 弾は残っていないので、替わりにぱあぁんとわたしが声をだす。

 蒼い空が砕け、無数の欠片がわたしに降り注ぐ。

 そんな幻を見て、わたしはそっと笑った。


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