第37話「我が心臓を喰らい、敵を滅ぼせ」
マヤは、氷の刃のような殺気に全身を貫かれる。
マヤは、ハイ・ヨーヨーに入ると同時にヘンシェル・ロケットを切り離した。
ビームが放たれ、アイゼン・ジャックの空力パーツが吹き飛ぶ。
しかしシュヴァルツの放ったビームは僅かに逸れ、アイゼン・ジャックの装甲の表面を切り裂いたにとどまる。
ヘンシェルを切り離すことで、少しだけ上昇速度が上がり致命傷は避けられた。
だがビームはアイゼン・ジャックのアビオニクスを一時的に混乱させ、マヤの意識を一瞬闇にしずめる。
同時に、アイゼン・ジャックは空中で制御を失ったかのように錐揉み状態に入った。
マヤは飛行形態を解除しており、アイゼン・ジャックは人型の外骨格マニュピュレータとなっている。
鋼鉄の白い騎士は、夜の闇でコントロールを失い暗い河へと墜ちていくようにみえた。
シュヴァルツは、ゆっくり旋回しようとしている。
アイゼン・ジャックがシュヴァルツの真後ろにきた瞬間に、マヤはバーニアを一斉に点火し錐揉み状態から回復した。
アイゼン・ジャックは奇跡のように絶妙なタイミングで制御をとりもどし、シュヴァルツのバックをとる。
しかしシュヴァルツは、それをよんでいた。
シュヴァルツも飛行形態を解除し、人型となるとアイゼン・ジャックと対峙する。
その様は、まるで。
夜空で西部劇のガンマンがふたり、相対したかのようだ。
二体の外骨格マニュピュレータは、夜空を暗い河に向かって墜ちてゆきながら向かい合う。
西部劇の、ガンスリンガーが行う勝負がごとくに。
速く抜いたほうが、勝ちというわけだ。
暗闇を切り裂き、二条のビームが交錯する。
アイゼン・ジャックの右腕が吹き飛び、マヤの石化した腕が剥き出しになった。
シュヴァルツのボディにビームが命中し、漆黒の装甲が炎に包まれる。
赤く燃えるシュヴァルツは、闇の流れる河に向かって墜落してゆき、アイゼン・ジャックはバーニアを点火して夜空へ上昇した。
白い装甲のアイゼン・ジャックは、無慈悲な夜の女王がごとく夜空に君臨する。
それはおそらく、ほんのコンマ・ゼロ秒レベルの差であった。
ひとがひとである以上、のがれることのできない本能的な忌避。
それがキャプテン・スターアンドストライプスにはあり、マヤにはなかった。
少なくとも、ゲームの世界では。
そして今宵世界は、ゲームの世界となったのだ。
キャプテンの上機嫌な声が、入ってくる。
(楽しませてもらった。ヴァルハラでまってるぜ、マヤ)
マヤは、鼻で笑う。
「うちは仏教なんで、それはないな。全ては、風の前の塵と同じだよ」
キャプテン・スターアンドストライプスの笑い声が闇の中へと消えてゆく。
全ては、60秒以下の出来事である。
戦闘を開始してから、一分を越えていない。
マヤはため息をつくとアイゼン・ジャックの機体を翻し、目標を持たずに夜をさすらうヘンシェルを追った。
◆ ◆ ◆
クラウスは、飛空船の艦橋に設置された作戦テーブル上に広げられている、地図を見ていた。
プロジェクターにより投影されていた敵味方の所在を現す輝点のほとんどが消え、残るはデルファイからきたという敵の輝点のみとなっている。
あとは自らが最後の戦いを行い、勝つにせよ負けるにせよ幕を引くだけだと思う。
けれどなぜかクラウスのこころは目の前の戦闘ではなく、過去の思い出に向いている。
幼い頃、クラウスの年の離れた兄であるジークフリートは、クラウスのもとを訪れ色々な話をしてくれた。
かつて、こんなふうに地図をみながら話をした記憶がある。
ジークフリート公子は、世界地図を指さしこう語った。
(トラキアの東には、王国領のオーラがありそこには巨大な水晶の塔が聳えているんだ。そしてさらに西の端、トラウ
スには世界樹といわれるユグドラシルが聳えている。その樹の根本には今や失われてしまった、黄金の林檎があったという。そしてそこからさらに西へゆくと、魔道王国アルケミアがある。高く聳えるテーブルマウンテンの頂上にあるアルケミアが、大陸の西端となるね)
幼き日のクラウスは、こうたずねた。
アルケミアの向こうには、いったい何があるんだろう。
ジークフリートは、答える。
(ただひたすらに、海がひろがっているんだ)
クラウスは、さらに問う。
その海をずっと渡っていくと何があるの。
ジークフリートは、少し笑ったように思う。
(さあね。そこまで行ったものはいないからね。深淵に向かって海が流れ落ちていくのを見られるというひともいる。あるいは、終末の日に世界の全てをのみこむというウロボロスの輪にたどり着くというひともいるね)
幼き日のクラウスは、その言葉に魅了された。
世界の果て。
いつの日か、そこを見てみたいと思った。
しかし、今の彼は知っている。
たとえどこまで行こうと、自分の中から出ることはできない。
だから果てにたどり着こうとも、そこからまた世界が構成されていくだけなのだと。
世界から出るには。
自分から出なければ、ならない。
唐突に作戦テーブルに置かれた無線装置が、声を発する。
それは、彼の兄であるジークフリート公子の声であった。
(クラウス、聞いているかい、クラウス)
ふいをつかれたクラウスは、反射的に答えてしまう。
「兄さん」
(やあ、クラウス。久しいな。時間がないので、さっそく本題に入る)
ジークフリートは、世間話でもするような自然な調子で話を切りだした。
(クラウス、君に勝ち目はない。投降することだ)
クラウスは、苦笑を浮かべる。
「一体僕に投降させて、何をさせようというんだい」
(君の魔法を封印した上で、位と役職を与える)
クラウスは吹き出す。
あいかわらず、破天荒ででたらめな兄であると思う。
「そんなことをするには、何百人も粛正しないと無理だよ、兄さん」
(いや、そんなことはない)
ジークフリートは、落ち着いた声でかえす。
(少なくとも、何千人かを殺すことになるね。百では無理だよ)
クラウスは、乾いた笑い声をあげた。
それではトラキアにいる位のある貴族が、全滅する。
「兄さん、そういうのはもういい。もう、沢山だ」
ジークフリートは、しばらく沈黙する。
(判ったよ、クラウス。話はこれで終わりだ。君の武運を、祈る)
クラウスは、そっと微笑む。
「兄さんにも、女神フライアの加護があらんことを」
始まったときと同様に、唐突にジークフリートとの会話は終わった。
クラウスは、虚空を見つめると叫んだ。
「メリュジーナ! 契約に従い我が前へ」
邪悪な笑みを浮かべる赤いおんなが、蛇のような尾をのたくらせつつ姿を現した。
クラウスは、陶酔したような笑みを浮かべ古き竜をみる。
短剣を取り出し、左胸にかざす。
「メリュジーナ、最後の戦いだ。我が心臓を喰らい、敵を滅ぼせ!」
赤いおんなは、嘲るように嗤うと舌なめずりをした。
そして、短剣が突き立てられ深紅の花が咲く。




