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第35話「僕は次の戦場へ、いくから」

 マザー・ロシアは、ランゲ・ラウフの格納されている部屋にたどりついた。

 拍子抜けするほど、簡単だ。

 まるでもう、ランゲ・ラウフは用済みだといってるかのようである。

 けれどそれを考えるのは自分の仕事ではないと、マザー・ロシアは思う。

 さっさと片づけて、ブラック・デスと合流しジークフリート公子を殺しにいくことにする。

 マザー・ロシアがその気配に気がつけたのは、天性の戦闘センスによるものだといえた。

 マザー・ロシアはとっさに天井から振り下ろされたウォー・ハンマーを、ライフルの装着された腕でうける。

 鋼鉄の塊どうしがぶつかり、火花をあげ甲高い金属音を響かせた。

 天井から大きな何かがふわりと降り、数メートルはなれたところに着地する。

 そいつは、ゴリラであった。

 いや、ゴリラのように見える獄卒である。

 マザー・ロシアは、クラウスから聞いて知っていた。

 マザー・ロシアはどうやら役に立たないらしい光学迷彩ポンチョを脱ぎ捨てる。

 機関部が壊れ役立たずになったライフルも、腕からはずす。

 ゴリラが笑ったような、気がした。


「見えなくしても、匂いは消せない。それにしても、はずれだったか」


 ゴリラは、実に流暢にひとの言葉を話す。


「ツーマンセルというやつで、行動すると思ったが」


 マザー・ロシアは、失笑する。


「よくしゃべる、サルだ」

「王国の公用語が、判るのだね。では、伝えておく。ランゲ・ラウフのシステムはマヤが持って行ったから、ここにあるのは抜け殻だよ。帰ったほうが、いいね」


 マザー・ロシアは、状況からそれがフェイクではなさそうだと判断する。

 しかし残念ながら、用事はそれだけではない。

 ゴリラは、ため息をつく。


「ああ、君たちはジークフリート公子を殺したいのだったね」


 マザー・ロシアは、鼻を鳴らす。


「サルのくせに、うるさい。獣なら、噛みついてこいよ」


 ゴリラは口を閉ざすと、ウォー・ハンマーをかまえる。

 マザー・ロシアは予備動作抜きで、いきなりナイフを使い斬りかかった。

 その素早く鋭い攻撃を、ゴリラはすこし上半身をスウェイさせてかわす。

 ただ、その攻撃は囮である。

 もう一方の手でスタングレネードを足下に落として、炸裂させた。

 轟音と閃光が、聴覚と視覚を殺す。

 その状態で、マザー・ロシアはさらに間合いをつめナイフを持っていない手を使いコンパクトで素早いフックを放った。

 ゴリラは目と耳を潰されているのに平然とダッキングして、鋼鉄のパンチをかわす。

 さらにゴリラはウォー・ハンマーの柄を使って、マザー・ロシアの足を払った。

 パンチに集中していたマザー・ロシアはあっさり尻餅を、つかされる。

 ゴリラは素早くハンマーを振り上げると、尻餅をついたマザー・ロシアに叩きつけた。

 マザー・ロシアは脚部についたバーニアをふかし、腰を落としたままの状態で数メートル距離をとる。

 ハンマーが床に激突し、部屋が震えた。

 ゴリラは、追撃せず距離をたもつ。

 マザー・ロシアは背中のバーニアを噴射して、立ち上がった。


「ハラショー!」


 マザー・ロシアは、満足げな声を出す。


「おまえ、中々いいぞ。サル」


 外骨格マニュピレーターの中で、マザー・ロシアは大きく笑っていた。

 マザー・ロシアは、いきなり全てのバーニアを全開にしてゴリラに向かって突撃をかける。

 ぶつかれば骨が砕けるし、よければ隙ができた。

 マザー・ロシアは、強引に隙を作り出すつもりだ。

 しかし、ゴリラはよけなかった。

 軽く後ろへ跳躍し両足を外骨格マニュピレーターの前面装甲にあてると、蹴る。

 ゴリラは、壁に向かって弾き飛ばされた。

 しかしゴリラははね飛ばされながらハンマーを、天井に打ち込む。

 天井に食い込んだハンマーを軸に、ゴリラは一回転するとマザー・ロシアの頭上にきた。

 マザー・ロシアはナイフを頭上のゴリラへ向かってふるったが、ゴリラはかわすとその腕をとりマニュピレーターの指を破壊する。

 おそるべき身体能力と、怪力だ。

 ナイフが床に落ち、ゴリラは着地する。

 マザー・ロシアとゴリラは互いに丸腰で、対峙した。


「マラヂェッツ! ハラショー ポルチーラシ!」


 マザー・ロシアは、叫ぶ。

 その声には、素直な感嘆の響きがある。

 マザー・ロシアは、こころからゴリラを賞賛していた。


「誉めてくれているようで、もうしわけないが」


 ゴリラは、残念そうな口調で語る。


「きみたちのような脆弱な存在相手にこの程度の戦いぶりは、むしろ我々の仲間から馬鹿にされるレベルだ」


 マザー・ロシアは、声をあげて笑う。


「おまえ、サルのくせに面白いぞ」


 マザー・ロシアは、無造作にゴリラへ向かって間合いをつめる。


◆     ◆     ◆


 ブラック・デスは、予想外に手こずっていた。

 ジークフリート公子に追いつくのは、容易い話ではないようだ。

 ジークフリート公子は、この城塞監獄の通路を知り尽くしているらしい。

 この建物はRPGのダンジョンよろしく曲がりくねったり、階段のアップダウンがあったりする。

 ジークフリート公子は、巧みにまっすぐな廊下へでることを回避しているようだ。

 ブラック・デスの装備するアイゼン・イエーガーは直線であれば高速移動ができるものの、ターンを繰り返すような機動走行では人間並みの速度しかでない。

 ジークフリート公子は、太っているにもかかわらず驚異的な速度で走る。

 流石に引き離されることはなかったが、追いつけそうにない。

 クラウス公子は、自分の兄を過小評価していたのではないかと思う。

 クラウス公子は、ジークフリート公子を殺すのはとてもイージーな仕事だといいきっていた。

 まあ魔法使いからしてみればそうなのかもしれないが、ブラック・デスはいやな予感にとらわれつつある。

 ブラック・デスは、自分が誘い込まれているのではないかと思い始めていた。

 手負いの獣が狡猾な知恵をめぐらしハンターを罠にかけ、逆襲してくるように。

 ジークフリート公子は、自分を罠にかけようとしている。

 ブラック・デスはその気持ちが確信に変わりつつあったが、それでも負ける気はまったくない。

 対面したジークフリート公子からは、かつて彼がアフガンで相手をしたムジャーヒディーンのような危険さを感じなかった。

 ムジャーヒディーンは生まれたときから死ぬときまで戦うことを宿命づけられたものであり、生きることと殺すことが同義であるような存在だ。

 そうした連中と殺し合うことからすれば、どんなに狡猾であっても所詮公子であるジークフリートはイージーな相手だといえる。

 ブラック・デスは、ジークフリート公子を追って石の階段を駆け上った。

 上りきったところはまた通路になっていたが、そこは行き止まりである。

 袋小路の壁を前にしている、ジークフリート公子がこちらをちらりと振り向いた。

 暗視スコープごしに見るその表情には、疲労と焦燥の色が濃い。

 壁に向かって何かを操作しているようにみえるが、多分それが間に合わなかったのだろう。

 その全てが演技である可能性は高い気がしたが、追いかけっこにうんざりしていたブラック・デスは通路を駈けだした。

 距離は、20メートル程度か。

 一気に駆け抜けようとしたブラック・デスは、突然足下の床が消滅したことに気がつき驚愕する。

 暗闇へ投げ出されたブラック・デスは、キャプテンがよろこびそうなローズライクRPGじみたダンジョンの・トラップに苦笑した。

 底に鉄杭があるその落とし穴を、脚部のバーニアを使い脱出する。

 ブラック・デスは、5秒ほど無駄にしたことで絶望的な気持ちになった。

 それだけの時間があれば、ジークフリート公子は逃げのびたであろう。

 再び通路に戻ったブラック・デスは、目の前にジークフリート公子が立っているのをみてびっくりした。

 公子は、手を伸ばせば届く距離にいる。

 壁に手をつき、まるで彼が上ってくるのを待っていたように見えた。

 着地したブラックデスは、反射的にジークフリート公子に向かって鋼鉄の拳を繰り出す。

 その瞬間、頭上で金属を打ち鳴らす轟音が響き、自分が床に打ち倒されたのを感じた。

 苦痛が炎の刃となり、ブラック・デスの腹部を貫いている。

 ブラック・デスは自分が天井から降りてきた鉄格子に、串刺しにされたことを理解した。

 鉄格子はアイゼン・イエーガーの背面装甲を貫き、彼の身体を貫通しているようだ。

 ブラック・デスは、火の塊を吐くような気持ちで吐血する。

 どうやらジークフリート公子をみくびっていたのは自分らしいと、ブラックデスは思う。

 彼は、目の前でジークフリート公子が跪いているのをみた。

 ブラック・デスはフェースガードをあげて、ジークフリート公子に目をむける。


「そなたに戦いを強いた全ての大人たちに変わって、詫びをいおう。すまなかった」


 ブラック・デスは、血塗れの口元を歪める。

 苦笑を浮かべたつもりではあるが、成功したとは言い難い。


「綺麗事はいいんで、親切心があるならはやくとどめをさしてくれ」


 ブラック・デスは、ジークフリート公子に言葉を投げる。


「僕は次の戦場へ、いくから」


 ブラック・デスが最後にみたのは、太った公子の闇色に染められた左手だった。


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