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第31話「イカサマ・ポーカーのロイヤルストレートフラッシュ」

 木でできた棺桶の蓋を開けると、そこは夜の河であった。

 すぐ目の前に、漆黒の巨壁となった要塞監獄が聳える。

 彼は、無事たどり着いたことを彼の神であるブラック・デスに感謝した。

 彼の名は、彼の信仰する神の名と同じブッラクデスである。

 その胸には、彼の神である黒い髑髏の刺青があるが今は外骨格マニュピレーターの装甲板に覆われ隠されていた。

 木製の棺桶の上に身を起こし、外骨格マニュピレーターを装着したその姿は、光学迷彩の施されたポンチョに覆われているため闇に紛れて視認することは不可能に近い。

 ブラック・デスは身につけたヘッドギアに装着されている暗視スコープ付きゴーグルを、目の位置に降ろす。

 闇に塗りつぶされた河面に、竜の頭を持つ鯨のような姿の海獣ズメイが浮かんでいるのが見える。

 そのズメイが、彼の乗っていた棺桶をここまで曳航してきたのだ。

 ブラック・デスはナイフを抜くと、棺桶とズメイを繋ぐロープを切り離す。

 彼の傍らにあるもう一つの棺桶から身をおこした、マザー・ロシアも同じようにロープを切断した。

 マッコウクジラくらいの大きさはありそうなズメイは、静かに身を翻すと河の底に沈んでいく。

 全てはとても静かに行われ、微かな水音は河の流れる音に消される。

 ブッラクデスは、星々が輝く夜空を見上げた。

 星の海を、黒い影が横切っていく。

 不吉な彗星のように、赤い排気炎をなびかせる黒い影は、ドラゴネットたちである。

 どうやら要塞監獄を警備する獣たちの注意は上空に向けられ、河からの侵入に対しては無防備のようだ。

 ブラック・デスは、暗視スコープ付きゴーグルの眼差しをマザー・ロシアに向ける。

 光学迷彩ポンチョの隙間から、マザー・ロシアは凶暴な笑みを浮かべてブラック・デスに応えた。

 ブラック・デスは、苦笑する。

 ファントム・マヤに一度殺されたマザー・ロシアは手負いの野獣のように凶悪化していた。

 あまりに殺気が剥き出しすぎる気もしたが、それは考えてもしかたのないことだ。

 ブラック・デスはマザー・ロシアに軽く手を振って合図を送ると、強化された脚力を使って地上から5メートルほどの位置にある窓へ跳躍する。

 反動で棺桶が沈み水音をたてるが、河の流れる音に飲み込まれ目立たない。

 脚部のバーニアからの噴射が、上昇を助けた。

 マニュピレーターは、石の窓枠に鋼鉄の指を食い込ませる。

 ブラック・デスは、うまく窓に取り付くことができた。

 もうひとつむこうの窓に、マザー・ロシアもうまく掴まれたようだ。

 光学迷彩ポンチョによって姿が風景に紛れたその姿は、幽鬼のように見える。

 ブラック・デスは、マザー・ロシアとほぼ同時に要塞監獄の中へと入り込んだ。

 ふたりの姿は、城塞内部の闇へと溶け込む。


◆     ◆     ◆


 マヤは、ディディが開けた出入り口から屋上へとでる。

 頭上に広がる満天の星空から、黒い影たちが降りてくるのが見えた。

 赤い排気煙が、炎の柱となって要塞監獄の屋上に並び立つ。

 バズリクソンズ製とマヤは信じているフライトジャケットを身につけ、彼女は竜たちが屋上に着地するのを腕組みをしてみていた。

 小型とはいえ馬よりは一回り大きい竜たちが赤い排気炎をあげながら降下する様は、壮観である。

 ただあまりに無造作に降下してくるので、陽動というのがまるわかりだと思いマヤは苦笑した。

 まあ、彼女たちの出迎え方もいささかぞんざいなものではあるが。

 八体のドラゴネットが、要塞監獄の屋上に並ぶ。

 フード付きマントに身を包んだ兵士のひとりが、夜空に向かって照明弾を放つ。

 その明かりは、マヤの姿を夜の闇に浮かび上がらせる。

 マヤは不敵な笑みを浮かべると、ドラゴネットに乗った兵たちにむかって叫ぶ。


「ようこそ、城塞監獄へ。わたしが諸君らの相手をつとめる、ファントム・マヤだ!」


 兵士たちは躊躇いなく一斉に、銃を抜いた。

 マヤは、少し驚く。

 陽動はばれてるよと伝えたつもりだが、兵士たちはあまりそんなことに興味がなさそうだ。

 マヤは慌てて、後ろに跳躍する。

 ほぼ同時に、兵士たちの持つ銃が火を吹いた。

 マヤは腹部に着弾の衝撃を受けながら、下で待機していたディディに受け止められる。

 ディディが、マヤの顔をのぞきこむ。


「大丈夫なのか? マヤ」


 マヤは、床に降りながらため息をつく。


「ついてるんだか、ついてないんだか」


 フライトジャケットのポケットから着弾を受けて潰れたタブレットを取り出し、投げ捨てる。

 マヤは、後ろに叫んだ。


「ランゲ・ラウフ君、いくよ」


 ランゲ・ラウフのアーク・リアクターが待機状態からフルスロットルへとかわり、冷却装置の排気音が鳴り響く。

 前面装甲が開いたところに、マヤが飛び乗った。

 マヤは網膜投影ディスプレイに表示される機器のステータスを一応チェックしながら、ディディにむかって叫ぶ。


「わかってるよね、ディディ。主戦力はジークフリート公子と古いランゲ・ラウフ君のところにむかってるけど、余計なことをしてはだめ。彼らは目的を果たせば素直に引き上げるから」


 ディディが無言で頷いたのを見届けると、マヤはプラズマ・ジェットを全開にする。

 あまりの加速に、マヤは一瞬意識を失いそうになった。

 気がつくとディスプレイに映し出される景色は、夜空になっている。

 まるでテレポーテーションのような、移動だ。

 スラストベクタリングでプラズマジェットの向きを変えると、ドラゴネットたちの頭上に一瞬で移動する。

 一体だけ、アイゼン・イエーガーとよばれる外骨格マニュピレーターがドラゴネットに乗っていた。

 アンチマテリアル・ライフルを、マヤにむけている。

 その動きは、とてももっさりしているように思えた。

 システムを作り直してリストアしたランゲ・ラウフと比較すると、F35とゼロ戦くらいの差ができてるように思う。

 アンチマテリアル・ライフルが火を吹いた時には、ランゲ・ラウフは別の場所に移動していた。

 アイゼン・イエーガーは、マヤの乗るランゲ・ラウフの動きを追尾できない。


◆     ◆     ◆


 ナイト・ビッチは、驚愕していた。

 彼女のアイゼン・イエーガーに組み込まれた戦闘支援システムは、敵を認識すると自動的に追尾し攻撃可能とする。

 その速度は、ひとの反射神経を遙かに凌駕した。

 しかし、ナイト・ビッチがみるディスプレイへ映し出されたアイゼン・ジャックの動きは全くありえないものだ。

 ブリーフィングでは、アイゼン・ジャックの性能はアイゼン・イエーガーの半分以下であり反応速度は十分の一程度ときいている。

 むしろ、十分の一の速度はこちらがわだ。

 ナイト・ビッチは、いかさまポーカーでロイヤルストレートフラッシュをいきないだされたような気分になる。

 ナイト・ビッチは叫び声をあげながら、アイゼン・イエーガーをアイゼン・ジャックから引き離そうとした。

 その速度は、絶望的に遅く感じる。


◆     ◆     ◆


 マヤは右手をアイゼン・イエーガーむけるとプラズマビームの照準をあわせる。

 アイゼン・イエーガーが回避運動をとろうとするが、マヤにはその動作がとてもゆっくりにみえた。

 ランゲ・ラウフの右手から青白い光線が、発射される。

 ロケットで上昇しようとしていたアイゼン・イエーガーは、空中でビームをうけた。

 前面装甲をビームはあっさり貫通し、メインエンジンを破壊する。

 エンジンが停止して要塞の屋上に落ちた外骨格マニュピレーターは、バウンドして転がり河の中へと落ちる。

 パイロットも、即死のはずだ。

 全てはひとの反応速度を越えたシステムの戦いであったため、ドラゴネットの兵士たちはなにがおこったのか把握しきれていない。

 ようやく兵士たちは頭上のランゲ・ラウフに気がつきドラゴネットを、離陸させようとする。

 マヤは、八体のドラゴネットに同時に照準をあわせる。

 プラズマビームは、八回放たれたはずだが青白い閃光は同時に放たれたようにみえた。

 全てのドラゴネットは頭をビームで破壊され、屋上に倒れ伏す。

 そこに、待機していたベアウルフたちが、襲いかかってゆく。

 銃をもっていたにせよ、兵士たちはただの人間である。

 なすすべもなく、ベアウルフたちの牙と爪に倒されていった。

 全てが片づき、マヤはディディの頭上に戻る。


「ディディ、わたしはクラウス公子のところへいくから」


 ディディは頷くと、マヤをみあげて叫ぶ。


「では、わたしはジークフリート公子のところへいくとしよう」


 マヤが驚き言葉を発する前に、ディディがさけぶ。


「わたしは公子に害をなすものを、全力で排除すると約束した。それを違えることは礼に反する」


 マヤは、言葉を失う。

 マヤはランゲ・ラウフを上昇させながら、叫ぶ。


「死んではだめよ、ディディ」


 ランゲ・ラウフは、夜空に解き放たれる。

 空力用パーツが頭部に覆い被さり、背中にはヘンシェル・HS298ミサイルの主翼が広げられているため、その姿は戦闘機のようにみえた。

 夜を貫き高度をあげていくランゲ・ラウフの中で、マヤは唐突に僕に向かって質問を発する。


「ねえ、師匠。少し疑問が、あるのだけれど」


 僕は、マヤにこたえる。


(なんだろう)

「師匠、ちょっとアイゼン・ジャックの仕様に詳しすぎじゃあないですか? 即興で造ったにしては、優秀すぎですよ」

(言わなかったかな)


 僕の言葉に、マヤの眉が少しつりあがる。


(アイゼン・イエーガーをはじめとするパワードスーツのシステムは、クラウス公子に協力している旧東ドイツの元シュタージたちの組織が造ったものだ。僕は彼らに協力していたから、彼らのプロダクツはだいたいの概要を把握している。ただ、アーク・リアクターまで実用化してるとは、思わなかったけれどね)


 マヤは、大きくため息をつく。


「なんか、そういう情報を小出しにするところが信用しきれないんですけど」

(まあ、今更気にすることはない。それよりそろそろ、リトル・マヤを起動したほうがいいんじゃあないか)


 マヤは、もう一度大きなため息をついた。

 はぐらかされたと思ったのだろうが、それを口にはしなかった。

 マヤは、ランゲ・ラウフに指示を出す。


「ランゲ・ラウフ君、リトル・マヤを起動。最大戦速へ加速」


 マヤの全身を押しつぶす強力なGがかかり、ランゲ・ラウフは夜空を切り裂くように加速する。

 同時に、マヤの腕に注射針がささり液体が注入された。

 そしてマヤの意識は、闇へとのまれていく。




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