第29話「最後の語り手を迎える」
そこまで語り終えると、キャプテンはリッター10ドルのウイスキーを満たしたグラスを口に運ぶ。
少し眉間に皺をよせてグラスの酒を飲み干すと、煙草を取り出しくわえた。
ジッポーで、火をつける。
「それで、どうなったんだよ」
じれたおれが声をかけたが、キャプテン・スターアンドストライプスは涼しい瞳でおれをみながらゆっくりと紫煙をはきだした。
「このあとは、おれたちがファントム・マヤにやられる。それで、この話は終わりだ」
おれは、目をまるくして頭をかかえる。
「なんだよ、そりゃ」
キャプテンは、口をゆがめて笑う。
おれは、長いため息をつく。
「なんだかマヤの話から、ちっとも進んでないんだが。それに、無駄な自分語りが多くて話の進行が遅すぎだ」
キャプテンは、肩をすくめる。
「誰だって、自分が負ける話はしたくないもんだ。そうだろう?」
マヤが、のどの奥でくく、と笑う。
「だってさ。あきらめな、キョウヘイ」
「ひどいな」
おれは、両手を広げて天をあおぐ。
「おまえら、あんまりだぞ」
そのとき、再び玄関のインターホンが鳴った。
おれは、映像を壁のディスプレイにだす。
不機嫌な顔のおんなが、映し出された。
おれは、むうと唸る。
「あんたの、ワイフが帰ってきたようだな」
キャプテンの言葉に、なぜかマヤが頷く。
「ああ、この家の主、ナミさんだ」
ナミは、地獄の猟犬みたいに不機嫌な声を出す。
「ちょっと、キョウヘイ、どういうことか説明しなさい。どうして家の中にテロリストがいて、玄関に酔っぱらいがおちてるの」
「え?」
おれが話す前に、キャプテンが口をはさむ。
「おれはテロリストじゃないぜ、ただのギャングだ」
ナミの顔からすっと表情がきえ、瞳に鋼の輝きがやどる。
「ねえ、ジョン・ポール・ジョーンズさん」
本名を呼ばれたキャプテンが、顔を強ばらせる。
「調子にのってると、マジ殺すよ。なんでこのわたしがあんたのために、内閣情報室に言い訳しないといけないのよ。あんたを殺して、ラングレーにクレームつけたほうが、百倍シンプルなんだけど」
「いや、すまないと思っている」
キャプテンは、銃をむけられたように両手をあげる。
「迷惑をかけて、本当に申し訳ない。こころから詫びをいうよ」
ナミは、食事を終えたひと喰い虎のように、にっこり笑う。
そして眉間に皺をよせ、左手につり下げたおとこをカメラに写るようひきあげた。
ジェイソン・ステイサムなみに禿げたおとこが画面に映る。
「で、問題はこっちのよっぱらいね」
「ナミさん、そのひとは」
マヤが珍しく、殊勝な調子で話す。
「どうもわたしの師匠である、クリスマスらしいのだけど」
ナミは、少しため息をつく。
「マヤちゃん、そういう冗談は感心しないな。クリスマスが死んだことは、確認済みなのよ」
「説明が、難しいのだけれども」
マヤが、額を手でおさえつつ説明を試みる。
「そこにいるのはクリスマスを模倣して造った人形に、クリスマスの記憶をダウンロードしたしろものなんだ」
「はあ?」
もしそれをいったのがマヤでなければ、撃ち殺されていただろう。
一瞬だけ、ナミはそんな目つきをした。
けれど、結局その瞳に笑みを浮かべる。
「まあいいわ、とりあえず無害そうだからそっちにつれてく。キョウヘイ、解錠して」
おれは頷くと、電子ロックを解錠した。
しばらくして、まず酔っぱらったクリスマスが部屋に投げ入れられる。
その後にコルト M45A1を構えたナミが、入り口に姿をあらわした。
コルトのハンマーはおこされており、銃口はキャプテン・スターアンドストライプスの頭にしっかり向けられている。
指はトリッガーにかけられていて、いつでも撃てる状態だ。
キャプテンの顔が一瞬だけ強ばったが、すぐに和やかな笑みを浮かべる。
「はじめまして、ナミさん」
ナミはキャプテンの言葉を無視して、鋭い声で命じる。
「両手を頭の後ろにくんで、壁に向かってたちなさい」
キャプテンは、素直にしたがう。
ナミは、おれに目をむけた。
「キョウヘイ、武器を取り上げて」
おれも、素直に従った。
壁に向かって立つキャプテンの、ボディチェックをする。
「すまんな」
おれはキャプテンに小声で声をかけ、ヒップホルスターごとベレッタをとりあげる。
「なんであんたのワイフは、45口径なんか使ってるんだ」
キャプテンは小声で、囁く。
おれも小さな声で、囁きかえす。
「確実に、殺せるからだと言ってたよ」
キャプテンは、小さくため息をつく。
「おれも生きてここをでられたら、ピースメーカーを買うことにするよ」
「コルト・ドラクーンにしとけ」
おれの言葉に、キャプテンは驚きを目にうかべる。
「それなら異世界で弾に、困らんだろ」
キャプテンは、苦笑する。
おれはベレッタをナミに、わたした。
ナミはベレッタを受け取り、にっこりと笑う。
「ようこそ、キャプテン・スターアンドストライプス。くつろぐといいよ」
キャプテンは、ため息をつきながらソファに座る。
セフティのかかっていないコルトに、少しひきっつた目を向けていた。
一方マヤは、苦労して酔っぱらったクリスマスを介抱している。
クリスマスは意識をとりもどしたらしく、マヤから受け取ったコップの水を飲み干す。
ナミは、少し困ったようにクリスマスを見ていた。
「とりあえず、自己紹介をしていただいていいかしら」
クリスマスは、ふうと吐息をはく。
「僕は、自分がなにものか自信がないんだが」
ナミの目が少しつり上がったが、クリスマスは気にせず言葉を続ける。
「クリスマスと呼んでもらって、差し支えない」
ナミは、笑みを戻して頷いた。
「ではどうしてここにたどり着いたのか、顛末を語っていただけるかしら?」
クリスマスは、頷く。
「ああ、少しばかり長い話になるとは思うが」
クリスマスは、一瞬遠い目をして微笑む。
「話を、してみようか」
かくして、おれたちは最後になるであろう語り手をむかえる。
この語り手は、前のふたりより誠実であることを祈るばかりだ。




