第27話「リアルディール・フール」
おれが何かをいうまえに、クラウスが剣を抜く。
古の魔導師の血で黒く染まったその剣は、部屋の温度をいっきに五度は下げた。
真冬の風のような瘴気が、部屋に渦巻く。
クラウスは、珍しく怒りを瞳に浮かべている。
「メリュジーナ! 我が前に」
クラウスは、黒い剣で自身の手首を切り裂く。
吹き出す血飛沫が、紅蓮の焔へと変わる。
グレネードが炸裂したかのようにあたりを爆煙と焔が覆い、一瞬にして消え去った。
真紅の残像の中から、下半身が竜のおんなが姿を現す。
「おまえたちは、魔導師を愚弄した罰を受けねばならない」
クラウスは、冷酷な声をはなつ。
赤いおんなの顔をした竜が、邪悪な笑みを浮かべながら傭兵たちを眺める。
「で、どいつを喰っていいんだ?」
さすがに蒼ざめている傭兵たちのなかから、年かさのおとこがひとり歩みでる。
「おれを喰うがいい、古き竜よ」
「まあ、待てよ」
おれも、竜の前に立つ。
クラウスが苛立った顔をみせるのを無視して、おれは赤い竜に声をかける。
「傭兵の皆さんだけ罰を受けるのは、不公平だな。挑発したのはおれだから、おれも罰をうけるぜ」
赤い女の顔が、馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「虫なぞ喰っても、うまくない」
「そういうなって」
おれは、竜に笑いかける。
「あんたはひとの恐怖と苦痛を、喰らうのが好きなんだろ。だったら、おれの足を喰っておれに恐怖と苦痛を与えればいい」
その場にいる全員が、呆れた顔になる。
しかし赤い竜だけが、面白そうに笑った。
「よかろう、老人ひとりとおまえの足、それで手をうつとしよう」
おれの隣で年かさの傭兵が火の柱となるのと同時に、おれの足が焔につつまれた。
魂ごと焼かれるような苦痛に、おれは情けなく悲鳴をあげて気を失う。
◆ ◆ ◆
おれが気がついた場所は、ベッドの上だった。
おれはまず、足を確認する。
馴染みの義足が、そこにあった。
M939トラックの積み荷に義足をまぎれこませたのは、正解だったらしい。
おれは部屋を、見回す。
共に異世界へきた仲間は全員、集合している。
少し昏い顔をした、マザー・ロシアもいた。
全員BDUの上にボディアーマーを装着した、出撃体制だ。
「おまえは、馬鹿だと思っていたが」
おれに水の入ったコップと薬のカプセルを渡しながら、ドクター・グラビティが言った。
「リアルディールだよ、リアルディール・フールだ」
おれは笑いながら、水とカプセルを受け取る。
「なんだ、これ」
おれはカプセルを指さし、ドクターにたずねる。
「カフェインとアンフェタミンの、カクテルだ。虫の身体でも、効果は同じ」
「ああ、いらない」
ドクターが珍しく、怒気をはらんだ声をだす。
「おまえの身体には、鎮痛剤をぶちこんでる。ふつうなら後方待機にするが、知ってのとおりそれでは頭数がたりなくなる。神経反射速度をいくらかでも戻さないと、おまえは役にたたない。いいか、馬鹿をやったつけは、きっちり払え」
おれは肩をすくめるとカプセルを口にして、水ごと飲んだ。
「あんなやつら、皆殺しにすればよかったんですよ」
黒髪でパシュトゥーンの少年、ブラック・デスがつぶやく。
虫の身体でも、ちゃんと彼の刺青は再現されていた。
クラウスは、意外と気のきくやつだ。
彼の全身には、彼の部族の歴史を語る絵物語が刺青として描かれている。
そしてBDUの隙間から見える胸元には、名前の由来になった黒い髑髏の刺青があった。
やつの、そしておれたちの神、ブラック・デスである。
「まあ、そういうなよ」
おれは、肩をすくめる。
「クラウスの手足を奪ったら、やりにくくなるだろ。それに、仲良くしておけば後ろから撃たれない」
ブラック・デスは、失笑する。
「あんなやつらに撃たれるほど、まぬけじゃあないですよ」
おれは、うなずく。
アフガンで少年兵であったブラック・デスは、ナイト・ビッチと同じく戦場で殺した数は三桁を遙かに越える。
自動ライフルにロケット・ランチャーを装備したゲリラを相手にしてきた彼らにすれば、ブルガリーア・エグザイルと名乗る傭兵たちはままごと遊びをしてるガキみたいなものだ。
苦笑しながらドクター・グラビティがわってはいる。
「まあ、キャップのおかげで、連中のおれたちに対する評価が変わったのは確かだ」
「へえ?」
「虫から、馬鹿に変わったようだ」
おれは、口を歪めて笑う。
「どうちがうんだよ、それは」
「虫と一緒に戦うのはごめんだが、馬鹿なら一緒に戦ってもいいらしい」
おれは、親指をたててみせる。
「な、おれのやったことは、無意味ではないだろ」
ナイト・ビッチは冷たい笑みを浮かべ、煙草の煙を吐く。
「リアルディールね」
少女は薔薇色の唇を、歪める。
「リアルディール・フールだわ」
おれはナイト・ビッチに微笑みをなげる。
そして、マザー・ロシアのほうへ、目をむけた。
「よお、マム。どうだい、一回死んだ気分は」
マザー・ロシアは、呪詛のこもった昏い声でいった。
「悪くはない」
おれは、驚いて眉をあげる。
マザー・ロシアは蒼ざめた怒りを、目の奥で燃やしているようだ。
「おかげで、やつらを皆殺しにする理由ができた」
おれはパチンと指をならすと、マザー・ロシアに指を向けた。
「死ぬことから、生きる目的をつくりだす。究極のポジティブだな、それは」
「ブリン!」
マザー・ロシアが、唾をはく。
「リアルディールだ」
マザー・ロシアは、地獄から響くような声でいった。
「リアルディール・フールだよ、おまえは」
おれは満面の笑みをマムに投げると、立ち上がった。
「さあ、そろそろはじめようじゃないか」
おれは全員を見渡すと、手をうちならし拳を振り上げた。
「世界を滅ぼすための、戦いというやつをな!」




