第26話「こいつら皆殺しでいいですか」
おれの記憶のリロードは終わり、ようやく意識が現在までたどり着く。
ひとが死ぬ前にみる記憶のフラッシュバックというのは、こんなものだろうかとくだらないことを考える。
おれは目を、開いてみた。
目を開いていることが判らないような、闇の中にいる。
異世界にくる前の、アイソレーションタンクの中にいるように感じられた。
しかしアイソレーションタンクとはちがい、呼吸装置も点滴チューブもない。
身体は液体に浮いてはいるが、おそらくそれはひどく塩分濃度が高い水でエプソムソルトが溶かされた液体とはちがった。
おれは、身をおこして木製の蓋を開く。
それはタンクというよりは、木製の棺桶みたいな箱である。
しかし一本の巨大な木をくり抜いて造った、立派な棺桶だ。
おれは眩しさに一瞬目をしかめたが、すぐにそこがそう明るくない場所だと気がつく。
おれはまず自分の身体を、確かめる。
クラウスの話では、軽金属の骨格にギミックスライムという食べた生物の姿を模倣する蟲を使って造った人形らしいが実によくできていた。
ながらく失っていた両足もちゃんと復元されており、思いどおりに動かせる。
記憶をダウンロードした脳は、粘菌コンピュータでできているらしい。
それを造ったのはローゼンベルグ博士という、元ナチスの科学者だときいていた。
まあ思考にも、身体制御も問題なさそうだ。
おれは、木の棺桶から石の床へと降りる。
そこは、薄暗い大きな広間であった。
中世の城を連想させる、場所だ。
五つの棺桶は、すでに開いている。
どうやら、おれが一番最後だったらしい。
おれは床に置かれているバックパックからBDUを出すと、身につける。
LC2ボディアーマーをはおると腰のベルトにホルスターを着け、ベレッタM92を手に取った。
装弾を確認して初弾をチェンバーに送ると、撃鉄を倒しホルスターに納める。
セーフティは、外していた。
「よお、キャップ。遅いお目覚めか」
声のした部屋の入り口へ、おれは目をむける。
マッシュルームカットに丸眼鏡という、ナードの標本みたいなスタイルをしたそのおとこは、ドクター・グラビティだ。
BDUではなく、ギンガムチェックのシャツにジーンズというこれまたナードな服を着ている。
空になった棺桶を見ながら、おれはいった。
「おれが、最後のようだな」
ドクターが、頷く。
おれたちは、部屋から出て廊下を歩き出す。
「威力偵察は、終わったのか」
おれの前を歩くドクターは、一瞬おれのほうを振り返り肩をすくめた。
「マムがやられたぜ。一体なんだよ、あのファントム・マヤってやつは! 半世紀以上昔のロボットで、最新鋭のパワードスーツを撃破しやがった。でたらめすぎる」
おれは、大笑いした。
ドクターは呆れたように、おれをみてため息をつく。
「マザー・ロシアは、再起動中なのか?」
「あと二時間くらいは、かかるだろう。総攻撃は、その後だ。それよりも、すこし面倒なことになってる」
「ほう」
ひとごとのようなおれの相づちに、ドクターは少し苛ついた眼差しをなげる。
「クラウス配下の傭兵たちが、騒いでる。おれたちがファントム・マヤに負けたのがお気に召さないようだ」
おれは、失笑する。
「ほっとけ、騒がせとけよ」
「連中は、おれたちのせいで自分らの報酬が減っていると思ってるからな。おれたちをはずして、自分たちの報酬を倍にしろと騒いでる」
おれは、はなで笑った。
「しるかよ。クラウスがなんとかするんだろうよ」
ドクターはちらりとおれのほうを見るとやれやれと首をふって、歩いていく。
おれたちは、大きな広間にでた。
ここは剥き出しの床ではなく、藁が敷き詰められ木のベンチと机が置かれている。
照明用ランプの数も多く、さっきより随分明るい。
部屋にいたクラウスがおれたちに、眼差しを一瞬むけた。
しかし、さきほどドクターのいったとおりに、詰めかけた傭兵たちの対応をしている。
傭兵たちは、十人ほど。
みな、タリバンの兵士みたいな格好をしていた。
ただ、ターバンは巻いておらず、持っている銃もカラシニコフではなくパーカッション式のライフルだ。
傭兵たちは部屋に入ってきたおれたちに険悪な目を、向けてきた。
おれたちは委細かまわず、クラウスの後ろにあるベンチに腰をおろす。
傭兵たちは、労使交渉中のレイバーユニオンのユニオニストよろしく騒ぎ立てていた。
この世界の公用語なら聞いて理解できる程度にはなっていたが、傭兵たちの言葉は理解できない。
クラウスはその美貌に、なにを考えているのかよく判らない笑みを浮かべていた。
おれは、その本気で解決する気がなさそうな態度にため息をつく。
となりで、な、そうだろ、っていう眼差しを送ってくるドクターに苦笑を返す。
おれはテーブルから陶器の壷をとりあげると、中に入った果実酒を木の杯にそそぐ。
杯の中身を、ひといきで飲み干す。
味はあり、胃のあたりが熱くなるところみると酔いもあるらしい。
なかなか、よくできた人形だ。
きっと傷つけば、血も流れさぞかし痛むのであろう。
おれは煙草を出すと、ジッポーで火をつける。
クラウス相手の労働争議は、さっぱりおさまりそうにない。
おれは、おれたちを指さして騒いでる傭兵に声をかけた。
「おい、なに言ってるかわからんぞ、公用語で話せ」
傭兵は、ちらりとおれをみたが、無視をしてクラウスとの話を続ける。
おれは煙草を、そいつの足元へなげつけた。
「おいって、おまえに言ってるんだよ」
傭兵は、煙草を踏みにじるとおれに目をむける。
「われわれブルガリーア・エグザイルは、虫と話をする気はない」
おれはそのきれいな公用語の言葉をきいて、すこしドクターと目をあわせると大笑いをした。
傭兵は憮然とした顔で、おれに向かって叫ぶ。
「われわれは虫の助けを借りて戦うところまで、誇りを失うことは決してない」
おれは立ち上がって、そいつに侮蔑をこめた眼差しをむける。
「がたがたぬかすな。勝つためにはくだらねぇ誇りなんざ、犬に食わせろ。勝てるんだったら、虫でもなんでも使えばいいだろ」
傭兵は、急に冷たい目をするとおれに向かってパーカッション・ライフルを向けた。
おれはせせら笑うと、ボディアーマーをはだけさせて心臓を指さす。
「いいぜ、ここを撃てよ。虫を殺して、誇りを失わないならな」
「おい」
ドクターが焦った声をあげ、傭兵は狙いを定め撃鉄をおこす。
銃声が、轟く。
頭を撃ち抜かれたのはおれではなく、傭兵の方だ。
それこそ魔法のように、おれの目の前に金髪の少女が出現している。
彼女は銃口からガンスモークのただようベレッタM92を、手にしていた。
冷たい殺気を纏った少女は、ナイト・ビッチである。
コンパクト・サイズの外骨格マニュピレータで、身体能力を強化しており部屋の入り口から一瞬で跳躍したようだ。
部屋の入り口には、スタングレネードを手にしたブラック・デスの姿も見える。
「キャップ、こいつら皆殺しでいいですか」
少女は、軽い調子でいった。
ネグロイドのアルビノであるナイト・ビッチは、薄いバラ色の頬に酷薄な笑みを浮かべている。
琥珀色の瞳には、殺気の焔が灯っていた。
傭兵たちの銃が、自分に向けられているのをなんとも思っていない。
かつてアルビノハンターに自分を売ろうとした味方のゲリラ部隊をひとりで全滅させた彼女にとって、たかが9丁程度のパーカッション・ライフルは冗談にもならなかった。




