第25話「おれたちは異世界へと旅だった」
「そして、もうひとつ」
クラウスは、おれたちに語る。
「ランゲ・ラウフを格納した要塞監獄には、ひとりの囚人がいる。ぞのおとこを殺してほしい」
「はあ?」
おれは、眉をしかめる。
「なんだそりゃあ、誰なんだよ」
「ジークフリート公子。僕の兄だよ」
おれは、苦笑する。
「どういうことなんだよ。なんで兄貴を、殺さないといけないんだ」
クラウスは、いつものように薄く微笑んでいる。
穏やかな笑みを浮かべる顔から、感情はよみとれない。
クラウスは、静かにいった。
「ジークフリート公子が死ねば、王位継承権が僕のものになる」
おれは思わず、声を出して笑った。
「おいおい、あんた王になる気なのか、クラウス」
クラウスは、珍しく少し困った顔をする。
「王位につく前提で、支援をしてくれている貴族たちもいてね」
ドクターが、げらげら笑う。
「世界を滅ぼうとしているやつを王位につかせるなんざ、狂ってるな」
クラウスは、肩をすくめた。
「王国の滅びと世界の滅びが同時であれば、それを誉れととらえるひともいるんだよ。しかしね」
クラウスは、少し真面目な顔になった。
「君たちは、世界が滅ぶとはどういうことだと思ってるんだい? ひとの世が滅ぶことかい? 大地が裂け空が墜ち、海が地上を飲み込むことかな?」
ドクターは、皮肉な笑みをみせる。
「それじゃあ、単に世界が変容するだけだな。まあ、おれはそれで十分だ。ひとつの時代とともにおれが終わるなら、確かに誉れといえる」
マザー・ロシアが、凶悪な笑みを浮かべながら口をひらく。
「この世界が意味を失い、屍を晒す。それを見届けるのが、望みだ」
クラウスは頷くと、今度はおれを見つめた。
おれは、肩をすくめる。
「終わりはまた、はじまりである。許されるなら、向こう側へゆきたい」
クラウスは、我が意を得たというようにゆっくり頷いた。
「この世の理から逃れたければ、それを滅ぼすのが近道。僕は向こう側の風景を、みたいんだ」
クラウスはそういうと、深い憧れに眼差しを輝かす少年のような顔をした。
おれたちは笑い声をあげ、クラウスは少しはにかんだような顔をする。
おれたちはそして、要塞監獄で使う武器をかきあつめた。
狭い空間での戦闘用に、外骨格マニュピレータの試作品なんていうマニアックなものまで入手する。
作戦決行し異世界にいく日付が近づくにつれ、おれたちは少しばかり不安になった。
ファントム・マヤの頭にクリスマスがいるというエビデンスは、クラウスがそういったという事実だけである。
もしクリスマスがマヤの脳にダウンロードされていなかったら、おれたちはトラックでひき逃げをやらかすだけという冴えない事態に陥ってしまう。
おれたちは、試しにマヤに戦闘支援システムの構築を発注することにした。
クリスマスが非凡なプログラマであれば、きっとマヤの造るシステムも非凡なものであるはず。
おれたちは、そう考えた。
おれはシステム構築を発注し、出来映えをドクター・グラビティに確認させる。
「まあまあだな」
ドクターは、ディスプレイを眺めながらふんふんと頷く。
「それなりに、よく出来てる。あの安い発注額からしたら、驚異的といってもいい」
「じゃあ、天才の仕事といっていいのか?」
ドクターは、皮肉な笑みをみせた。
「こんなものは言ってみりゃあ、部品の組立だ。短時間にひとりだけでやった仕事と思えば、瑕疵がないのはたいしたもんだが天才といえるかはどうかな」
おれは鼻をならし、ドクターは肩をすくめる。
おれは、追加発注をしてみた。
常識はずれの短納期で、とてもひとりではできない改修量の仕様追加をする。
マヤは、その常軌を逸した注文に対してもちゃんと期限内に納品してきた。
今度は、ドクターも舌をまく。
「一晩でやってのけたとすれば、凄すぎるね。クレイジーだ」
おれは、うなずく。
「じゃあ、天才認定でいいな」
ドクターは、うなる。
「天才かどうかはしらんが、まともではない。人間離れしているのは、確かだ」
いずれにしろその時点では選択の余地は無かったため、予定通り作戦は決行することになる。
おれたちは、とある廃ビルを丸ごと買い取りそこに様々な機材を置いていた。
異世界に身体ごと転生できるのは、マヤだけだ。
おれたちは異世界にある人形へ記憶を送り込むが、身体はこの世界に残る。
おれたちの意識は異世界の人形と魔法的にリンクがはられることになり、おれたちの身体は仮死状態となるようだ。
だから、その間廃ビルの一室に設置したアイソレーションタンクに身体を格納し、点滴と呼吸装置で身体を維持しておくことになる。
マヤにぶつけるM939トラックは自動運転装置を取り付けており、100メートルほどの距離を無人で走行させてマヤにぶつける予定だ。
クラウスはマヤの転生に関係なく自力で異世界へ戻れるので、最後のコントロールはクラウスにまかせることになる。
おれたちは状況開始前の、最後のブリーフィングを行った。
異世界にゆくのは、おれとドクター・グラビティ、マザー・ロシアに、アフガンでタリバンと戦っていた元少年兵のブラック・デスと、南スーダンで少女兵をやっていたナイト・ビッチ、合計五人となる。
異世界にはクラウス配下の傭兵がいるようだが、どこまで信用できるのかわからない。
「僕たちの時間は、限られている」
クラウスが、いった。
「作戦開始後24時間以内にけりがつかなければ、僕たちの負けになる。人形へ記憶をダウンロードする時間は個人差があり、君たち五人同時に目覚めるとは限らない。ダウンロードは最大8時間かかる可能性も、ある。だから、最低四人目覚めれば予定の威力偵察は、実施する」
おれたちは、頷く。
誰が欠けても、作戦行動ができるようにはしてあった。
「君たちの身体を模倣した人形は、ひとりに二体ずつある。つまり君たちは一度は死ぬことができると思ってもいい」
おれたちは、うなずく。
「ただ、死ぬことは極力さけるべきだね。バックアップ用の二体目の人形には、一体目が死んでから記憶をダウンロードする。混乱を回避するには、そうする必要があるからだ。時間のロスが発生するし、そもそも死ぬことは苦痛をともなう」
おれたちは笑ったが、クラウスは真面目な顔を崩さない。
「人形の死であっても、魂は傷つくと思いたまえ。避けれるものなら、さけたほうがいい」
「魔法使いになるために死んだ奴に、いわれてもな」
苦笑まじりにいったおれの言葉に、クラウスはいつもの穏やかな笑みをかえす。
「まあ君たちなら、死なずに勝利できると信じている」
どういってクラウスは、ワインの瓶をてにとるとグラスに注いでゆく。
「では、武運を祈り乾杯しよう」
クラウスがワイングラスを掲げ、おれたちもグラスを手にとる。
「世界の終わりに!」
クラウスの声におれたちは頷くと、ワインを飲み干した。
クラウスの用意した高級ワインはなぜかおれには、血の味に感じられる。
おれが、おれたちが過去に流しこれから流すであろう血の味に。
そしておれたちは、剥き出しのコンクリートの床に置かれた、アイソレーションタンクの中へ入る。
クラウスが、ひとつひとつタンクの蓋をを閉ざしていく。
エプソムソルトを溶かし込んだ液体に満たされたタンクの中で、呼吸装置と点滴チューブをつなぐとおれたちは闇へと沈む。
おれは音もなく光もない世界で、重力から切り離された浮遊感を感じる。
気がつくと、おれの意識は無限の闇へと落下していた。
おれはもの凄い勢いで、墜ちていく。
直感的に墜ち行く先に、異世界があると理解する。
そのままおれの意識も、闇へ墜ちていく。
かくして、おれたちは異世界へと旅だった。




