第23話「世界の半分しか理解していなかった」
かくしておれたちは、元シュタージの連中を紹介され、世界を滅ぼすための企てに参加することになる。
そしておれは、今まで世界の半分しか理解していなかったことを知り、驚愕した。
魔法というものは世界の表にでることはなかったが、夜の世界をずっと支配しそこで様々な闘争の歴史が繰り広げられてきている。
それこそ古くはシモン・マグスからはじまり、エリファス・レヴィやジョン・ディー、スウェーデンボルクといった数々の魔法使いたちが名を残していた。
元シュタージの中にいる魔法使いたちはたとえばイングランドが数隻の船でスペインの無敵艦隊を撃退できたのも、ジョン・ディーの魔法があったおかげと主張する。
まあ、本当のところはなんとも判らない。
元シュタージたちを支配していたのは、アルフレート・ローゼンベルクという科学者であり魔法使いでもあるナチスの幹部である。
ナチスが世界に向かって挑んだ戦いは、夜の世界を知るものが昼の世界を侵略しようとした戦いでもあった。
結局その戦いはプラハの魔法協会の不興をかい、ローゼンベルクはこの世界から逃げ出すという結末を迎える。
しかし、ローゼンベルクはただ逃げ出しただけではなかった。
ナチスを影で操っていた魔法使いは、異世界の魔法使いであるクラウス・フォン・ローゼンフェルトに協力し再び昼間の世界を蹂躙しようとしていたのだ。
ローゼンベルクは、異世界で軍勢をととのえつつあったがプラハの魔法協会に協力する魔法使いフォン・ヴェックに倒され再び企てが頓挫する。
それは、クラウスの企てが頓挫したことも意味した。
アルフレート・ローゼンベルク博士は、魔法と科学を組み合わせ事物に付着した残留思念をロボットにダウンロードするという技術を手にしている。
クラウスはその技術を利用して、彼の持つ漆黒の魔剣に付着した古の大魔道師ガルンの残留思念を自分にダウンロードしようとしていた。
ところがその技術をクラウスに伝えるより前に、ローゼンベルク博士は駆逐されてしまう。
クラウスは、それでもあきらめることはなかった。
ローゼンベルク博士の造ったロボット、ランゲ・ラウフを手に入れそれを解析すればその技術を手に入れられるはずである。
クラウスは、そう考えていた。
クラウスはそこで、クリスマスという情報処理技術者を利用してある程度のところまではロボットの解析を終える。
どうもクリスマスというおとこは桁はずれの天才だったらしく、ローゼンベルク博士の技術を解析し尽くしたようだ。
しかしそれを再現する試みがあと一歩のところまできた時に、今度はクリスマスが事故で死んでしまう。
おれたちの中で、ドクター・グラビティはそれなりの情報処理技術をもつ。
ただそれはあくまでも「それなり」でしかなく、クリスマスのような天才の代わりはできない。
とはいえ、ランゲ・ラウフ本体さえ手に入れられれば技術の残りを再現させることはできるはずであった。
ランゲ・ラウフ本体にアルフレート・ローゼンベルクの造ったシステムは、残存しているのだから。
おれたちはランゲ・ラウフの本体を手に入れるため、それが今存在する異世界にいく必要がある。
おれたちはランゲ・ラウフ本体が存在する異世界へ行くために、ベルリンを出てもう一度極東の島国へと戻ることにした。
その日おれたちはベルリンの拠点をひきはらい、郊外のアウトバーンをメルセデスAMG・G65で疾走していた。
リッター5キロ走れば御の字というふざけた燃費のV12気筒6リッター・エンジンを咆哮させながら、重厚なSUVは空気をこじ開けるようにアウトバーンを走行する。
おれと、ドクター・グラビティ、マザー・ロシアとクラウスの四人がメルセデスAMG・G65に乗っていた。
真昼のアウトバーンは空いており、前後少し離れたところをトレーラートラックが走っている。
いきなり前方を走る10トンクラスのトレーラートラックが横を向き、道路を塞ぐ。
ドクターが舌打ちしながらブレーキを踏んだとき、後ろも同じようなトレーラートラックに封鎖されていた。
「カンパニーには、情報を逐一知らせている。まさか、ロシアのSVRか?」
おれの言葉に、マザー・ロシアが失笑した。
「やつらがこんなところで、武装部隊を出すことはない」
トレーラーから黒いBDU姿のおとこたちが、降りてくる。
皆、MP7A1を手にしていた。
マスク付きヘルメットで頭部を覆い、所属を示すものはどこにもみあたらない。
「考えたくはないが、GSG9かな」
ドクターの言葉に、おれは眉をしかめる。
「ジョン・スミスのやつ仕事をさぼってるな」
「このAMG・G65につけた装甲と防弾ガラスなら、MP7の4.6x30mm弾に耐えられるはずだが」
「強行突破してみるか?」
ドクターはおれの言葉に、首をふって指をさす。
ロケットランチャーを持ったおとこが、数人いる。
「RPGを、もってやがる。あれは流石に、むりだ」
マザー・ロシアが舌打ちした。
「なんでフランツのくせに、RPGなんだよ」
「安いからだろ」
「ブリン! ふざけたガルボイどもめ」
マザー・ロシアの悪態に、おれは苦笑する。
そのおれに向かって、クラウスが手をさしだした。
その顔はいつものように落ち着いており、中世の貴公子がごとく美しい。
「拳銃を、貸してくれ」
おれは、黙ってベレッタを差し出す。
冷めた輝きを見せる鋼鉄の塊を受け取るクラウスは、穏やかな笑みをうかべたままだ。
多分、連中はボディアーマーを着けているだろうから拳銃はやくにたたないが、おれはなにも言わない。
クラウスは、少しため息をつく。
「多分、彼らはプラハの指示で動いている。けれどね」
クラウスは、少し口を歪ませて笑う。
「手を、抜きすぎだ。でなければ、僕をなめている。プライドを、傷つけられた」
おれたちは、ようやくこの美しい魔法使いが怒っていることを理解する。
「僕が、出る。君たちは、けがをしないようここにいたまえ」
クラウスの口調はおだやかだったが、氷のように冷たい怒りを感じさせる。
おれたちは軽口を忘れ、沈黙してクラウスをみおくった。
クラウスは、メルセデスAMG・G65の前にたつ。
死のように昏いチャコールグレーのコートが、揺れた。
ベレッタはポケットにつっこんだままで、無防備に銃をかまえたおとこたちの前へとでる。
おとこたちは、前に十人、後ろに十人。
それぞれ、フォーマンセルにRPGの射手がひとりという隊が二組のようだ。
MP7をかまえたおとこが、叫ぶ。
「クラウス・フォン・ローゼンフェルトだな。指示に従えば、あんたに危害は加えない。我々は」
おとこは、最後まで言葉を発することができなかった。
クラウスが、突然ベレッタを抜いたからだ。
おとこたちはいっせいにMP7をクラウスに向けたが、クラウスはベレッタを自分の頭に突きつけていた。
クラウスは、叫ぶ。
「メリュジーナ! 汝に我が血を、捧げよう。古の契約に従い、我が命に従えメリュジーナ!」
ベレッタが乾いた銃声を響かせ、9ミリパラベラムがクラウスの頭を撃ち抜く。




