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第22話「僕と一緒に世界を滅ぼさないか?」

 こうしておれたちは、太平洋をこえ極東の島国へともぐりこむ。

 スミスの紹介で元スペツナズのおんな殺し屋、マザー・ロシアが合流する。

 おれは母親の生まれた島国へと、たどりついたわけだ。

 おれたちは、シンジュクで毎晩飲んで馬鹿騒ぎを行った。

 この島国にいるマフィアどもは、とても残念な腰抜けであることにおれたちは気づいたからだ。

 この島国のマフィア、まあ「ヤクザ」とよばれる連中は、となりの大陸からくる黒社会の連中やコンビナートのやつらと揉め事をおこせば、狐に狩られる兎みたいに殺されることをよくしっていた。

 だから彼らはビジネスマンとして、あるいはヘロインの営業マンに徹することで

 生き延びている。

 おまけにやつらはヘロインの流通経路を、隠そうともしない。

 ヤクザの皆さんは、おれたちの質問に気前よく答えてくれた。


「ヘロインは、DPRKから仕入れてる」


 まあ、あんたらDPRKを叩けるもんなら、叩いてみろよっていうわけだ。

 DPRK。

 中世の絶対王政下での国王より権力をもった独裁者が支配する、共和国。

 国自体が地下経済でなりたっているという、あきれたローグ・ネイションである。

 こいつはおれたち馬鹿なガキには、荷がかちすぎた。

 ギャングより、ミッション・インポッシブルのイーサン・ハントの仕事である。

 かくして馬鹿なギャングのおれたちはやる気をなくし、遊び惚けていた。

 みかねたスミスが再びおれたちの元へくると、こう語る。


「DPRKは、中継点でしかない。そこより先をたどれ」


 アフガニスタンで栽培されたアヘンは、チェチェンへとわたり、そこからヨーロッパにたどり着く。

 そこはどうも旧東ドイツのあったあたりで、そこから世界中へとヘロインがばらまかれる。

 元シュタージの連中が、ロシアのコンビナートと手をくんでヘロインのビジネスをやっているようだ。

 秘密警察であるシュタージのデーターベースには、政府の要人が明らかにされたくないねたがたんまりとある。

 それを握っている元シュタージには、政府もおいそれと手がだせないというわけだ。

 スミスにけつを叩かれ、おれたちはドイツへと向かう。

 スミスに逆らえば、ステーツに送還され刑務所にぶちこまれるおれたちは、言われるがままにするしかない。

 そこでおれたちは、奇妙なおとこをみいだす。

 そいつの名は、クリスマス。

 ただの堅気に思えるのだが、元シュタージたちはVIP待遇でもてなしている。

 極東の島国と、ヨーロッパをいききしているようだが、ヘロインのビジネスにかんではいないようだ。

 ヤクザともコンビナートとも、関わってはいない。

 なのになぜ、クリスマスはVIPとして扱われるのか。

 そしておれたちはクリスマスを追ううちに、とんでもないものをひきあてた。

 おれたちは所詮、ごっこ遊びをしているガキにすぎない。

 ジョン・スミスだって、雇われ者のエージェントでありパートタイムだ。

 ある日おれたちの元へ唐突に現れたそいつは、本物だった。

 そいつはクラウス・フォン・ローゼンフェルトと名乗る。

 チャコールグレーのロングコートをマントのように靡かせ、ベルリンの安ホテルに泊まっていたおれたちの前にあらわれたそいつは、若く美しかった。

 しかし、おれたちがクラウスの真冬の青空のように輝く青い瞳にみいだしたものは、邪悪さである。

 そう、クラウスの瞳が美しさの影に隠していたものは、底なしの邪悪さであった。

 そしてそれは、おれたち馬鹿なガキがギャングごっこの最中にみせるようなものではなく、本物にみえる。

 クラウスの前にいると、おれたちは狩る側ではなく狩られる側であったのかと感じさせられた。

 たとえてみれば、兎も狐もそして狼も、ダイナソーの前にひきだされたら同じ小動物にすぎなくなるようなものだ。

 燃えさかる太陽のような金髪を靡かせ、サファイアのように青い瞳を輝かすそのおとこは、おれにはダイナソーにみえる。

 そしておれだけではなく、ドクター・グラビティも、そして地上に恐いものなどないように振る舞うマザー・ロシアでさえ同じ思いのようであった。

 おれたちはいつものように軽口をたたくのを忘れ、沈黙をもってクラウスを招き入れる。

 ソファに腰をおろしたクラウスは、おもむろに口をひらく。


「君たちに、伝えたいことがあってきたんだ」


 おれは驚き、少し眉をあげる。

 クラウスはおれの反応は気にせず、言葉を続けた。


「君たちは、クリスマスを気にしていたようだがね。彼は、亡くなったよ。とても残念なことだ」


 おれは、ため息をつく。


「言っておくが、おれたちが殺したんじゃないぜ」


 クラウスは、驚いたように目をひらく。


「もちろんさ、むしろ君たちは、僕が殺したと思ってるんじゃあないのか。あれは、不幸な事故だったんだ」


 おれは、少し肩をすくめる。


「そんな疑いを持つ理由は、おれたちにはない。ちなみに、あんたなんだろう。元シュタージたちを使って、ヘロインのビジネスをやっているのは」


 クラウスは、明るい笑みをみせた。


「いや、彼らは僕の友人なんだ。彼らは、ゲシュタポの正当な後継だからね。仲良くしているのは、否定しないよ」


 おれは、もう一度ため息をつく。


「なあ、クラウスさん。おれたちは、ただの馬鹿なガキにすぎない。ものごとは、シンプルにいきたい。あんたは、ヘロインをさばいて儲けているのではないなら、なにをしている?」


 クラウスは、ぞっとするような美しい微笑みをみせて笑う。

 おれは、正面からブリザードを吹き付けられたような気分になる。


「僕はね、世界を滅ぼすつもりなんだ」


 おれたちは、声に出して笑う。

 クラウスの言ったことは、まったく冗談にはきこえなかった。

 それだけではなく、こいつならいったことをやりきるだろうと思う。

 その事実が、新しいおもちゃをみつけたガキみたいに、おれたちの気持ちをハイにした。

 おれは、笑いながらクラウスに質問する。


「いいね、そいつは。で、どうやって世界を滅ぼす?」

「僕は、魔法使いなんだ」


 わくわくするおれたちに、はぐらかすような答えがかえってくる。

 おれは、嘲笑した。


「魔法なら、世界を滅ぼせるのか?」

「無理だね」


 クラウスの答えは、そっけない。


「でも、魔法を使って世界を滅ぼす存在を召還することなら、できる」


 せせら笑っているおれたちの前で、クラウスはいきなり短剣を抜くとテーブルに突き立てる。

 その短剣は、漆黒に染められていた。

 おれたちは、何か得体の知れない邪悪な波動が短剣から漂ってくるのを感じる。

 その波動は、間違いなくおれたちの生命を喰らい削っていく。

 部屋の温度が一気に十度は下がったというように、悪寒をかんじた。

 粘液のような冷気が、おれたちの皮膚を何かを探るように這い回る。

 おれは直感的にそいつが何を探っているのかを、理解した。

 そいつの探しているのは、恐怖だ。

 おれたちがこころの奥底に秘めている根源的な恐怖を呼び覚まし、そこからおれたちのこころへ入り込んで食い荒らそうとしている。

 おれは、失笑した。

 ガキの頃から、邪悪さや恐怖はおれの唯一のダンスパートナーであったといえる。

 そんなところからこころに食い込もうなんざ、噴飯ものだと思う。

 クラウスは、不思議なものをみるようにおれを眺めると、激しい口調でいった。


「この剣を、みたまえ!」


 その瞬間、おれたちは闇の中にいた。

 宇宙空間に浮かんでいるかのように、足下も頭上も無明の闇に覆い尽くされている。

 催眠術と言うには、あまりにすべてがリアルであり異様で不条理だった。

 それとは根源的に違う、そう、多分魔法と呼ぶのがふさわしい何かである。

 おれたちは、闇の向こうに巨大な輪をみた。

 金色に輝く大蛇が、自らの尾を咥え輪を造っている。

 その輪は、おれには地球を一周できるくらいのサイズがあると感じられた。

 そして、その金色にかがやく輪の向こうに、恐るべき邪悪な気配が感じられる。

 さっきの黒い剣が放つ波動と似てはいるが、そのパワーはけた外れであった。

 その輪の向こうにいる何ものかが世界を滅ぼすだろうといわれれば、なるほどなと認めざるおえない。

 それは邪悪なばかりでなく、凶悪で憎しみと飢えに満ちており何より死と破壊を渇望している。

 そうしたものを、おれたちは理解していた。

 パチンとクラウスが指をならし、おれたちの意識は元のホテルに戻ってくる。

 おれのとなりで、ドクター・グラビティがのどの奥で笑った。


「この技をハリウッドに売れば、いい値がつくとおもうぜ」


 クラウスは、少し困惑したようにおれたちをみる。


「僕は君たちの魂を、黒く染めようとしたんだが」


 クラウスは、あきれたように口を歪めた。


「そもそも君たちには、魂というものがなさそうだ」


 おれたちは、爆笑した。


「そんなものは、アフガニスタンで犬に食わせてきたぜ」


 クラウスはおれたちのハイな気分が伝染したかのように、にっこり笑う。


「どうだろう、僕はクリスマスを失って新しい協力者を探している」


 クラウスは、気軽な調子でいった。


 「よければ僕と一緒に、世界を滅ぼさないか?」


 おれは、狼のように笑う。


「いいぜ。やろうじゃないか」



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