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第20話「長い曲がりくねった道の果て」

 そこは、完全な闇の中だ。

 漆黒の宇宙に、意識だけの存在としておれは目覚める。

 記憶は、乾いた地面に注ぐ雨のようにぽつりぽつりとおれの意識へ染み込んでいく。

 おれは、すっかり忘れ去っていた子供の頃の記憶を甦らせていた。

 おれのおやじは、軍人であった過去をもつ。

 湾岸戦争に従軍し、中東で片腕を失って故郷へ戻ってきた。

 おかげで働かずに喰えるだけの年金をもらえるようになり、年金生活者となる。

 しかし残念なことに、やつの年金はほぼ酒に消えていった。

 極東の島国からやってきたやつの女房は、まだおれが幼い頃やつに見切りをつけて出て行ってしまう。

 その結果おれとやつは西海岸の郊外で、トレーラーハウスにふたりで住む生活となった。

 その朝、なぜおれが学校にいかず家にいたのかよく憶えていない。

 体調を崩し休んでいたのであろうと、思う。

 やつはいつもの朝のように、空となった酒瓶をかかえてベッドの中にいた。

 おれがテレビでそれを見たのは、ほんの偶然だといえる。

 めったにテレビをつけることはないんだが、そのときだけはたまたまスイッチがはいっていた。

 おれは、ニューヨークの高層ビルが崩壊していくのを目の当たりにすることになる。

 その様をみることになったのは、いくつもの偶然が重なった結果だった。

 そのため、ガキのころのおれはそのことに運命的なものを感じることになる。

 おれは、ときどき自分の名前について考えることがあった。

 おれの名は、大昔の有名な将軍とおなじらしい。

 おれのおやじは結局飲んだくれとなってしまったが、おそらくかつては愛国心というものがあったのだろうと思う。

 そしてこのおれは、何かと戦って国を守るために生を受けたのだと思うときがあった。

 おれはその日そのとき、おれの国が危機に瀕していると感じたのだ。

 そしてこの国を、守らなければならないという思いにとりつかれる。

 おれはそのとき驚くべきことに、それが自分の運命であると確信した。

 もちろんそんな気持ちは、数ヶ月もすれば薄れてゆき、何年かたてばすっかり忘れ去られる。

 なにしろおれは、おやじの酒代で消えていった年金の残りで食っていかなければならなかった。

 おれがギャング団に入って、窃盗の手伝いをするようになったのは運命というより必然である。

 十代になったおれは身体能力では劣っていたが、頭の回転のはやさと容赦のない残酷さで一目おかれるようになっていた。

 おれたちはみな邪悪さを競い合い、おれはその中のエリートとして認められる。

 とはいえ、おれたちは基本的にみな馬鹿だ。

 窃盗で得た金はだいたい一晩の馬鹿騒ぎで、消えることになる。

 おれたちは、どんな酒でも見境なく飲んだし、マリファナだろうがコークだろうがアンフェタミンであっても見境なくきめた。

 ギャングの仲間はくだらない諍いやちょっとした不注意で、かんたんに死んでいった。

 それでもおれたちはコークをきめて、馬鹿みたいに笑っていたんだ。

 いってみればおれたちは銃弾がとびかう戦場で、ままごと遊びをやっていたようなものである。

 ときどきハイになって立ち上がるやつは、容赦なく銃弾をあびて死んでいった。

 それでも馬鹿げたままごと遊びは、平然と続く。

 十代のおれは、そんな生活をおくる。

 そんな馬鹿げた毎日は、唐突に終わりを迎えた。

 罠がはられていたのか誰かが密告したのかよく憶えていないが、おれは警察に捕まることになる。

 幸いなことにおれには選択肢が、与えられた。

 少年刑務所にゆくか、軍隊にはいるか。

 そのときおれはずっと忘れ去っていたおれの運命を、思いだすことになった。

 おれはそのとき、長い曲がりくねった道を歩き続けようやくあるべきところにたどりついたという気持ちになる。

 かくしておれは軍隊に入り、アフガニスタンへと派遣されることとなった。

 おれが戦場でみたものは、結局のところケシ畑である。

 そこでの収穫は金にかわり、そして戦争のための資金となっていく。

 おれは自分の国を守るために戦場にいったつもりだったが、おれの守っていたのはつまるところケシ畑だった。

 戦場でおれは消耗し、すり潰されていく。

 おれたちはずっと、籤をひいていたようなものだ。

 あたりがでれば生き延び、はずれれば死ぬ。

 ただただあたりがでてくれることだけを祈りながら、日々を過ごす。

 おれたちの戦っていた相手は、T55なんていう博物館のほうがふさわしい年代物の戦車を使っていた。

 しかしそれだってナチスドイツの無敵と恐れられたキング・ティーガーを撃破できる力を持ってる。

 幾度かおれたちは追いつめられ、自暴自棄になったおれはT55に戦いを挑み三機撃破したもののおれも両足を失った。

 生死の境を彷徨っているときに、おれはモルヒネを投与される。

 おれは朦朧とした意識の果てで、再び運命を感じた。

 おれは麻薬を守るために戦い、麻薬によって死の苦痛から免れる。

 つまりおれの長い曲がりくねった道の果てにあったのはたぶん、麻薬であったということだ。

 おれは奇跡的に一命をとりとめ、国へ送還される。

 おやじとおなじく、年金生活者となって。

 おやじは長年の肝臓の酷使にたえきれす、おれが戦場にいたあいだに神に召されていた。

 天涯孤独となったおれはトレーラーハウスよりすこしましなアパート住まいとなり、ひきこもりの生活となる。

 おれは酒びたりとなるかわりに、ゲームにのめりこむようになった。

 ゲームの世界、そこは随分殺伐とした世界である。

 なにしろその世界に君臨したのは、かのファントム・マヤであったからだ。

 ファントム・マヤは挑んでくる敵を容赦なくすり潰したあげく、全てを否定するように相手を罵倒する。

 マヤは憎しみと羨望をうけ、残酷な王として電脳の王国に君臨していた。

 おれはその殺伐さに浸ることが、心地よいと思う。

 そこにはガキの頃まわりにいたような邪悪で馬鹿なやつばかりがいたが、誰も死ぬことはないのだ。

 もしかすると、天国というのはこんなところなんだろうかとさえ思う。

 その世界でキャプテン・スターアンドストライプと名乗るようになっていたおれは、かつてアフガニスタンでともに戦った戦友に再会する。

 そいつはドクター・グラビティと名乗っていた。

 情報処理の学士を持ち、科学の知識も豊富であったが、なにかを間違って戦場にいったおとこである。

 やつは、おれにこういった。

 なあ、キャップ。

 コークのビジネスをやってみないか。

 おれは躊躇わずに、答える。

 いいぜ、やろうじゃないか。



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