第18話「ファントム・マヤの帰還」
クリスマスは、珍しく躊躇っているように沈黙した。
そして、おもむろに口をひらく。
(一応ことわっておくけれど、僕はマヤ、君の中でエミュレートされているだけの仮想的な存在であり、本質的には君の一部にすぎない)
わたしは何いってんだこいつと、眉をひそめる。
クリスマスは言い訳するように、言葉を重ねた。
(君は質問をしたいのではなく、僕を責めたいのではないかと思ってね。僕を責めても、君は君自身を責めてるようなものだよ)
わたしは、そっとため息をつく。
「師匠、こうなってしまった以上、あなたを責めたところでどうしようもありません。わたしはただ、事実を知りたいだけ」
クリスマスは納得したのかは判らないけれど、説明をはじめる。
(君には受け入れがたいことかもしれないが、僕らが現実だと思っていたあの21世紀、ここでは一万年前のアーカイブと呼ばれている世界は、星船に搭載されたシステムがエミュレートしている仮想現実だった。そこでおこることは、ある程度決定されている。あの世界で君が交通事故で死ぬことは、決定事項だった)
むう、とわたしは思う。
「なぜ、そんなことが判るんですか」
クリスマスは、少し笑ったような気がする。
(僕は、天才だからね。システムであればそれがたとえどのようなものであれ、僕にハックできないものはない)
おおぅ。
クリスマスにいつもの傲岸不遜な態度が、もどってるよ。
(だが、この世界に召還されるのは、あらかじめ決定された事項ではない。つまり僕らが今いる魔法的異世界まで、星船はコントロールできない。ここは、現実と一応は信じられる世界だからね)
なんだかひっかかる言い方ではあるが、意味は判る。
(そしてこの世界に召還された者の運命は、召還された以降非決定状態となる)
うーむ。
クリスマスの独特の言い回しを、別の言葉を使っていうと。
わたしは、死ぬことになってた。
それは避けられない、運命だったらしい。
けど、この異世界に召還されたことで、まずは死ぬ運命から解放されたようだ。
けれどなあ。
「21世紀で死ななくても、結局この異世界で死んでしまいそうなんですけど」
(僕は、そう思わない。僕なら、この状況では死ぬかもしれない。けれどマヤ、君は天才だろう。僕とは違う領域での)
まあ、確かにわたしは自分を天才だとは思ってるけれど。
「わたしって天才かもですけど、ただの天才ゲーマーなんですけれど」
(そう、君はいくつものFPS形式ゲームの世界大会で優勝してきた。今の状況は、FPSと同じではないかね)
わたしは、びっくりする。
「あの、わたしは仮想現実から、現実に来てしまったんじゃあないのでしょうか。むしろ、ゲーム的状況から遠ざかってますけど」
クリスマスは冷静な口調で、とんでもないことを言い出す。
(現実とゲームの世界、何が違うと思う? たとえば、ゲームの世界で殺すのと現実にひとを殺すことでは、なにが違うかな?)
まあ、ゲームでひとを殺しても、法にはふれないよなあ。
そして何よりも。
「罪の意識に苛まれることは、ないことかなあ。ゲームなら」
(そうだ、マヤ。君がゲームの世界で無敵なのは、ゲームの中でなら完璧なサイコパスでかつナチュラルボーンキラーになりきれるからだと思ってる。そして君はきっとこの世界でも、そうなれる。この異世界でなら、敵味方すべてを駒として君は扱えるだろう。僕には、無理だけれどね)
ああ、昔似たようなこと言われたことあるなあ。
ひとはたとえ仮想現実であろうと、ひとを殺そうとするとコンマ数秒レベルで無意識の躊躇いがはいる。
けれどわたしにはそれがないから、無敵になれるって。
でも、それだけでは勝てないんじゃあないかなあ。
「師匠、でも無理だと思いますよ。勝つには、駒がひとつたりない」
(どういう、ことだろう)
「わたしと同じように21世紀から来ているらしい傭兵部隊は、たおせそうな気がします。でも、敵のボスであるクラウス公子。このひとは、魔道師らしいけどそのひとを殺せる一手が足りません」
(すまない、その駒はあるんだけれど、まだ君に見せていないだけなんだ)
なんですと。
ここにきて、新しい駒がでてくるとは。
これがラノベなら、作者はかなりへたくそだよな。
でも、マクガフィンを出すために冒頭から伏線をはることはないのか。
馬鹿馬鹿しいことを考えてるわたしを無視して、クリスマスはアイゼン・ジャックを動かす。
システムインストール中であっても、遠隔操作で動かすことはできるようだ。
アイゼン・ジャックは壁に向かって歩いてゆき、のっぺりとした灰色の壁に手をかける。
重い音をたてて壁は少し退ると、アイゼン・ジャックの手の動きにあわせてゆっくり横へスライドしていく。
壁の向こうに、隠し部屋が出現した。
これがロールプレイングゲームであれば、新たなイベントが発生するんだろうけれど。
わたしはその隠し部屋に置かれているものをみて、おっと思う。
そこにあるのは、全長2メートルくらいのミサイルだった。
いや、ミサイルだと思うんだけど、奇妙なことに先端にプロペラがついている。
明らかに、後部のロケットで推進すると思われるんだけど。
(ナチスドイツが作ったミサイル、ヘンシェル・HS298をベースに改造してローゼンベルク博士が造ったものだ)
クリスマスが、わたしの疑問に答えてくれる。
(先端のプロペラは、発電するためのものだ。無線で遠隔誘導できる。もともと特製カタパルトでランゲ・ラウフ・ロボットに装着して発射できるミサイルなんだが、このアイゼン・ジャックに換装することも可能だと思うよ)
うーんと、わたしはうなる。
80年前に無線誘導可能なミサイルが存在したとは驚くべきことだけど、魔道師のような怪物的存在に通用するんだろうか。
(これはただのミサイルでは、ないんだ。核弾頭が、搭載されている)
わたしは、絶句する。
「流石に、核弾頭を造れるような技術は、ナチスドイツにもなかったように思いますけど」
(いや、核弾頭なら誰にでも造れるよ。問題は、起爆燃料となるプルトニュウムや濃縮ウランの生成だ。これを造るには、大規模な設備と膨大なエネルギーが必要になる)
わたしは、眉をひそめあたりを見回す。
そこは、殺風景で伽藍堂の部屋だった。
「ここにそんな設備が、あるように見えませんけれど」
(ローゼンベルク博士は、魔道師に協力を依頼して魔法でプルトニュウムを生成したんだ)
わたしは、もよんとなる。
「魔法で、そんなことできないでしょ」
(なぜ、そう思うんだね。そもそも、魔法とは精神をダイレクトに世界へ接続して作用させる技術体系だ。量子力学のコペンハーゲン解釈の延長線上にあるといっても、いい。量子を局所実在させるための技法であれば、元素変換など楽々とこなしてしかるべきだと思うが)
「何言ってるのか、わかんないっす」
わたしは、なんだか面倒くさくなった。
まあ、いいかと思う。
確かにこれで、わたしの駒は揃ったということだ。
「いってることはわかんないっすけど。師匠、なんだかいけそうな気がしてきました」
クリスマスは、満足げに笑っているようだ。
(もちろんだ。はじめからいってるとおり、君なら勝てるよ)
ふう、とわたしは思う。
わたしが、高校生であったころのこと。
全ての現実に嫌気がさしていたわたしは、ゲームの世界へとのめり込んでいた。
大学受験するための資格はすでに取得ずみであったため、高校を卒業する必要はなくなっていたころ。
わたしは、学校には必要最低限の出席だけをして、残りの時間をゲームにつぎ込んでいた。
あらゆるFPS形式のゲーム大会で、わたしは賞を総なめにする。
そのころのわたしは、ファントム・マヤとしてゲーマーたちに恐れられ、また憎まれるようになる。
まあ、いささか傲岸不遜なキャラだったのよね、ファントム・マヤは。
そしてわたしはどうやら、のび太君なみにゲームの天才らしいとひとごとのように思っていた。
それはわたしの中に特別のものがあったというよりは、ひととして最低限必要なものがいくつか欠落しているせいだと、ぼんやりと気がついてはいる。
だから大学にはいってインターンシップで仕事をするようになってから、ファントム・マヤというサイコパス・キャラは封印していた。
普通のひとのふりをして生きていくことを、望んだというわけだ。
わたしは多分、どこか壊れたひとだったのだと思う。
それを補完するために、サイコパスキャラを作り上げたんだろうけど、その補完する術を封印して生きていくことはある意味つらい。
わたしはつらい現実から逃げ出すために、常軌を逸したデスマーチの中で働いて思考を麻痺させていたんじゃないだろうか。
いつか限界がきて、封印をとく日がきたのだろうと思ったりもする。
それがまさか、こんなところで封印をとくことになるなんて。
人生ってわからんもんだなあ、ってたかが十九の小娘であるわたしは感慨のため息をつく。
そして、わたしの奥深いところに眠っていたもうひとつの人格、ファントム・マヤをよびだすことにした。
わたしは瞳を閉じ、目を開く。
「では、はじめようか、クリスマス。勝利のメソッドを、実行するとしよう」
(いいとも。プロセスは全て、待機中だ。いつでもいけるよ、ファントム・マヤ)
そしてわたしは、そっと冷たい笑みをうかべる。




