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第17話「避けてとおることのできない質問」

 わたしとディディは、厳重に閉鎖されたその牢獄を後にし元の場所に向かう。

 ディディはわたしの前を歩みながら、ぽつりと言った。


「すまなかったな、マヤ」


 え、とわたしは思う。

 ディディは、珍しく沈んだ調子で語る。


「王蔟に礼儀を説くのは、難しい。何しろ彼らは、規範の上に位置していると思っているからな」


 わたしは、そっとため息をつく。


「わたしも謝っておくよ、ディディ」


 驚いたように、ディディがわたしのほうへ顔をむける。

 わたしは、ディディに笑みを返した。


「ディディ、あなたは魔法の呪いでひとのようになってしまった。あなたは、本当はひとは醜く愚か

なものと思っているのに。だから、ひとのように名前でよばれるのは、きっと耐え難く不愉快なことだったのでしょうね」


 ディディは、首を振ると前をむき再び歩き出す。


「マヤ、君にとって名を与えることが君の礼にかなっていたから、そうしたんだろう。気にすることは、ない」


 わたしは、ディディの背にふふっと笑いかける。


「ディディ、あなたも気にすることはないよ。あの王子には、いずれこのわたしが礼儀を叩き込むから」


 ディディはもう一度振り向き、何かいおうとした。

 けれど結局やれやれと首を振ると、ふりむいて歩きはじめる。

 わたしはもう一度、ふふっとその背に笑いかけた。


◆     ◆     ◆


 そうして、わたしたちはランゲ・ラウフ君と最初に出会った部屋まで、戻ってくる。

 そこには、傷ついて機能を停止したランゲ・ラウフ君が置かれていた。

 わたしは、ふうとため息をつく。

 直さないといけない、と思う。けれど、このわたしにこんな前世紀のロボットを修理することなんてできるんだろうかと思う。

 ディディは、ベアウルフに呼ばれて出て行ってしまい、わたしはひとり部屋の中に残される。

 部屋を見回すと、色々ランゲ・ラウフ君関連の資材が置かれていることに気がつく。

 そしてそれ以外に、わたしがこの要塞の屋上で見つけた大きなコンテナも置かれている。

 ベアウルフたちは、律儀に運んでくれたんだと少し驚いた。

 わたしは腕組みをして、部屋を眺めうーんと考える。

 途方にくれたわたしは、あたまの中の居候であるクリスマスに呼びかけることにした。

 ランゲ・ラウフ君をどうすれば修理できるか、相談してみる。


(無理だな)


 クリスマスの答えは、実にそっけなかった。

 むう、とわたしはうなる。


「師匠、天才なんだから、できないとかいわないでくださいよ」

(僕はソフトウェアの天才であって、ハードについては凡人だからね)


 普段は謙虚など、なにそれおいしいの? くらいの態度なんだけど腹立たしいほど殊勝な態度をとってくれる。


(マヤ、そんなことより、なぜ君はあのコンテナを調べてみないのかね)


 はあ、と思う。

 あのコンテナのほうが、ランゲ・ラウフ君を直すより役にたつとおっしゃるわけね。

 それはドライな選択だとは思うが、生死がかかわってるんだからドライにならざるおえない。

 わたしはコンテナの前に移動すると、上面のカバーを空けてみた。

 おお、とわたしは思わず声をあげる。

 中にはあのアイゼン・イエーガーとよく似た、外骨格マニュピレーターが格納されていた。

 でも、こいつはマザー・ロシアが搭乗していたものよりもうすこしずんぐりしている。

 背中に亀の甲羅みたいな、円型ユニットが装着されているようだ。

 不格好なばかりではなく、機動性も失われていると思う。

 わたしはコンテナの前面パネルを、一部開いてみた。

 操作コンソールが、出現する。

 勘でコンソールの起動スイッチを捜し当て、立ち上げた。

 コンソールに、メニュー画面が表示される。

 わたしは、システム起動を選択して管理システムの起動を行う。

 多分こいつもWifiで遠隔コントロールされるんだろうなと思い、わたしはタブレットを取り出すとネットワーク経由で接続してみた。

 思ったとおり、わたしが構築した戦闘支援システムと共通のプラットフォームをもっている。

 たいしたガードもないので、亀型外骨格マニュピレーターのシステムにあっさりアクセスした。

 コードネームは、アイゼン・ジャックというようだ。

 探っているうちに、こいつはたんなる戦闘マシンではないことが判ってきた。


(驚いたね)


 クリスマスが、あんまり驚いた感がない調子で感想をのたまう。


(どうやら、アーク・リアクターを装備してるようだ)


 ええと、そいつはたしか。


「アーク・リアクターって、トニー・スタークが造ったんだったっけ」

(それは、マンガの話だよ。これは、小型汎用フュージョン・リアクター。つまり、コンパクト化した核融合炉というやつだね)


 わたしは、失笑する。


「SFじゃあないんだし、核融合炉なんてこんなに小さくできるわけないじゃん。そんなの、この要塞以上に大きな設備がいるよね」

(フュージョン・リアクターは、USAではハイスクールの生徒が自分の寝室で造ったりして話題になってる)


 ほんとなの。


(フュージョン・リアクターは、ある意味だれでも造れる。トニー・スタークのような天才である必要はない。ただ、誰でもエネルギー収支がプラスになるようなリアクターが造れるわけではない)

「どうゆうことよ」

(核融合反応を起こすには、膨大なエネルギーが必要だ。核融合を安定した状態で継続させるには、原子力発電所が何機も必要になると思うよ)


 へえ、と思う。


「じゃあ、このアイゼン・ジャックはどうなの。エネルギー収支がプラスにできるほどの規模にみえないけど」

(トニー・スタークが造ったリアクターほど馬鹿げた出力はなさそうだが、ジェットエンジン十機ぶんくらいの出力はあるらしい。驚いたね、核融合を安定させるためにブラックライト・プロセスを使うとは。その発想は、なかったな)


 わたしは、腕組みしてうなる。


「なにそのブッラクライト・プロセスって」

(単純にいえば、コールド・フュージョン、いわゆる常温核融合だ。コールド・フュージョンから、通常の核融合反応へ切り替えるとは、正気の発想ではない)


 なんだか、とても面倒くさそうに聞こえる。


「よくわからないけれど、普通にジェットエンジン積んだほうが効率いいんじゃあないの」

(君の言うとおりではあるが、ジェットエンジンでは数分でタンクが空になる。だが、このフュージョン・リアクターなら数ガロンの燃料で丸一日は稼働する。しかもその燃料ときたら、水だからね)


 なるほど。

 燃料を補給できない異世界に、うってつけの武器ということだ。


(何にしても、この機体は兵站設営には役立つだろうが、戦闘という場面ではものの役にたたないだろう)


 だめじゃん。

 わたしは、遠隔コマンドを投入してアイゼン・ジャックを立ち上がらせてみる。

 そいつは、円盤に手足をつけたような姿を顕わにした。

 クリスマスは、感嘆の声をあげる。


(スペイサーを装着したグレンダイザーが、足を出すとこんなかんじだろうな)

「そういう喩えは、やめてください」


 わたしの苦言は聞き流して、クリスマスは喋る。


(一応、飛行機能も持ってるようだが、基本はアーク・リアクターを持ち運ぶかわりに自力で動けるようにした感じだね)


 クリスマスは、わたしの身体を使ってタブレットを操作してアイゼン・ジャックの情報を確認していく。


(けど、これならなんとかできるかもしれないね)


 わたしは、びっくりする。


「師匠、どういうことでしょう」

(この子が低出力なのは、ハードウェアスペックというより、それを制御するシステム側にある問題のようだね。多分、アーク・リアクターを完成させたところで予算が尽きて、システムは出来合いのものを組み込んだらしい。なにせ、プラットホームがウィンドウズベースときてる)

「それは、あかんやつですね。 師匠」


 思わず、猛虎弁でつっこみをいれてしまう。


(システムさえ作り直せば、十分な戦闘力がありそうだ。僕の試算では亜音速近くまで加速できるくらいの出力が可能だな。戦闘ヘリレベルなら、瞬殺できるよ)


 それはどうかと思うけれど、見込みはありそうね。

 とりあえず、あのアイゼン・イエーガーと互角くらいにはなりそうだ。


「それで師匠、どのくらいでシステムを作り替えられますか?」

(二、三日はかかるね)


 わたしは、がっくりとうなだれる。

 でもまあ、そりゃあそうだ。

 常人であれば、システムの作り直しなんて、数ヶ月の仕事だ。

 超人のクリスマスだから、三日でできるんだろうけれど。


「師匠、すみません。時間がたりないです。あと、五、六時間後には総力戦に突入すると思います」

(そうだろうね)


 クリスマスは、腹立たしくなるほどに落ち着いている。


(でもまあ、手がないこともない)

「それを、はやく言ってください」

(まずそのアイゼン・ジャックのシステムをデリートして、フレームワークだけを残す。その上に、ランゲ・ラウフをAIとして乗せて彼に学習させればいい。彼なら、四、五時間で扱いを学習するはずだよ)


 わたしは、絶句した。

 そんなことが、できるんだろうか。

 クリスマスができるというのなら、できるのだろう。


(とやかく考えても、しかたがない。時間がないのだから、はじめよう)


 わたしは頷くと、クリスマスに身体の制御をゆだねる。

 クリスマスは、アイゼン・ジャックをリモートで制御して、ランゲ・ラウフ君のそばへと移動させた。

 そして部屋におかれている機材を使い、アイゼン・ジャックとランゲ・ラウフ君をケーブルで接続する。

 電気を供給されるようになったランゲ・ラウフ君は起動された。

 また、データリンクも確立されたらしく、コンソールにメッセージが出力される。

 そのあと、クリスマスは即興でプログラムを組み始めた。

 どうやら、アイゼン・ジャックのシステムを組み直し、かわりにランゲ・ラウフ君をインストールするプログラムを自動生成するプログラムを作っているようだ。

 クリスマスの頭の中にあるロジック回路は、常人には理解できないほど論理ネストが深く複雑なレイヤー構造を持っている。

 クリスマスはある初期条件だけをあたえることで、システムに自己改造させようとしているらしい。

 正気の沙汰とは思えないが、クリスマスならやってのける。

 ものの数分でクリスマスはプログラムを、組み終わった。

 デバッグをすることもなく、いきなり実行する。

 どうやらエラーが検出されても、自己修正する仕組みまで組み込んだようだ。

 ありえんと思いながら、システムが自動的に自分を削除して組み替える作業をはじめたのをながめる。

 作業は順調に進んでいるらしく、タブレットの画面には次々に進捗がすすんだメッセージが表示されていく。

 こうなってしまえば、ただ眺めているだけで正直やることがない。

 そこで、わたしは避けてとおることのできない質問を、発することにした。


「師匠、ききたいことがあります」

(何かな)


 いつものようにクリスマスの返答は、冷静だ。


「なぜあなたは、こんなやっかいなことにわたしを巻き込んだんでしょうか」



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