辿り着いた場所
「貴様は、我輩が魔皇だとしても『拾ってくれ』と言えるのか」
悪魔の頂点に、天使が頼み込むなんて面白いと、あのろくでなしなら言いそうだ。
ヴァリアベルはぽかんとしたまぬけ面を晒している。無理もない。ただの高位悪魔かと思っていた相手が格上の魔皇だったのだ。普通なら顔を見る事すら稀な相手に向かって堂々と拾ってくれなどと…
「えっと、あの、それがどうしたのです?」
「…へ、」
今、このへっぽこ天使は何と言った?強大な力を持つ仇敵であり、自身を容易く消し飛ばせるような相手に向かって、『それがどうした』なんて…魔皇たる我輩に臆することも無く、正面から?なんなんだ?命が惜しくはないのか?
「私が貴方に命を握られていることは変わりありませんし、あなたが強いのなら余計に拾ってもらいたいのです。あなたがもし混血だったとしても、私の答えは変わらないでしょう。だって私は…」
今までのやつらは皆命乞いか罵倒しかしてこなかった。こいつだって言葉の上では何とでも言える、が、今魔皇の目の前でこいつは間違いなく本心を喋った。力を使わずともわかる。初雪のように無垢で純粋な目だ。ぎしりと心が痛んだ。理由のわからない痛みが恐ろしくて、頭の中が混乱しだす。
世間知らずだとクソ外道に言われたことはあった。コミュ障などと言われて何度か大喧嘩にもなった。
世間知らず。ああそうかもしれない。こんなに純粋な相手は天使だとて会ったことがなかった。
「私は、心の底から、種族など関係なく。私を助けてくれたあなたに出会えて良かったと思っているのです」
顔が歪む。無性に腐れ縁のあのろくでなしの顔を殴りたくなってきた。苛立ちのようでベクトルの違う感情が心に刺さった何かから流れ出すようだ。じわじわと腹の奥底から何かが湧き上がってくる。
何が起こっているのか全くわからない。へっぽこ天使が原因なのはわかっていても、その手段がわからない。理解できない、身体が制御できない。今までこんなことは一度も無かった。
自分が魔皇の中でも異質なのは自覚していた。甘いなどとも言われた。プライド高いツンデレなどと言われた時なんかは盛大に暴れた。それでも人間の中に紛れて暮らす中で不都合は無かったのに、何故こんな無駄な心の揺らぎが生まれるのか。
思い出したくもない昔のことが頭を過ぎる。馬鹿共と騒いでいたころ。気まぐれに助けた天使はその場で自分自身を貫き、散々な暴言を吐いていた。天使が聞いて呆れるとあの時は思った。それでもたまに何かを拾っては怯え、怒り、死んでいく姿を見てきた。
「…好きにしろ」
絞り出すように出した言葉を聞いてなお、ヴァリアベルは不安そうな顔のままだった。
「ぁ、あの」
「っ、なんだ」
熾天使に声を掛けられる、なのに苛立ちは無く、理解できない感情ばかりが増えていく。何故だろう、こんなことが悪魔の王たる我が身に起こるはずがないのに、熱があるかのように顔が熱い。何千何万何億。年月を重ねただけの自分ではまだ知らぬものがあると。仲間に言われたこともあったが、これは。
そんな内心など知らぬ天使が心底心配そうに、戸惑いながら問う。
「なんで、泣いてるんです?」
「 、」
…なんだって?魔皇に向かってなぜ泣いているかと聞いたのか?有り得ない。人間のような感傷に囚われたことなどないしあってはならない。
自分が泣いているはずがないのだ。
泣いている、はずはないんだ。
読み方解説
↓表記 ↓名称 ↓簡単な読み、通称
魔皇(始祖) カオス(オリジン) まおう(しそ)
混血 エルフ こんけつ