変わりゆく者
雷にうっかり直撃したへっぽこ熾天使とそれを拾ったツンデレ傲慢な魔皇のお話。
深夜の高層ビルの屋上で月夜を見上げる小さな人影。長く伸びた耳に勝気な金色の瞳。猫のようにしなやかな黒髪の間からは白金の月の光が透けて見える。かっちりとしたカッターシャツのネクタイを解いて着崩した姿は幼げながら妖艶さを持ち合わせていた。
「今宵の月は随分と明るいものだ…」
ゆるりと目を瞬かせ、きらきらと輝く夜空を静かに見つめ、物憂げに足を動かしてはまたゆっくりと瞬きをする。
ふと遥か上空に視線を移すと、夜空が裂けたような光が走った。その瞬間、光属の扱う霊子が飛び散り…
「は、」
真空波と流れ星のような燐光を伴って天使が墜ちてきた。
目を丸くしながらも墜ちてきた天使を片手で軽く受け止める。それと同時に周りに吹き荒れるかまいたちを丁寧に潰していく。誰だって自分の住処は壊されたくないのだ。
手元を見れば気を失ったのか霧散する光。観察してみれば雷に当たったようで体がかなり損傷している。この程度でここまで傷を負うのは最低位の天使位だがどう見ても翼の数は熾天使の物。おそらくは器の耐久や性能を人並みまで落として飛行していたのだろう。刹那の間にさくっと治癒を施しておく。
燐光が消え去った後の天使は、それでも体が発光しているかのように輝いている。流れるようにさらさらと滑り落ちる月の光に溶け出すような銀の髪。怜悧な美貌という表現のあう美しい顔。翼や光輪がなくとも誰もが天使のようだと絶賛するような儚い姿だった。
取り敢えずこの飛来物をどうすべきか。傲慢なる魔皇は美しい天使を引き摺って己の住処に戻っていった。
「はぁ…我輩の憩いの場が消し飛ぶところだった…この鳥、どうしてくれようか」
紅茶を飲んで少し考えたが暇潰しとして何回も足を運んでいる場を壊されかけたのだ。
…そう。たとえ焼き鳥にされても文句はあるまい。そう考えて拾った天使のもとへ近づいていく。
目の前まできたところで天使がもぞもぞと身動いだ。
「ん…ぁ、あれ?ここは…?」
瞼が震え、開かれた瞳の色は金。しかし瞬く間に色が溶け出し海のような青へと変わる。それと同時に翼と光輪は揺らぎ霧散した。目を覚ましたその瞬間。天使は、人間へと変わったのだ。
「ここは我輩の住処だ。貴様は何を思ったか知らんが防壁も無しに脆い状態の身体で飛行、落雷に直撃して我輩の上に墜ちてきた。我輩がいなければこの建物は消し飛んでいたぞ」
焼き鳥にし損ねたことは黙っているか。
「ぇ…っとぉ…私が、この建物に落ちて壊しそうになって、それを止めていただいた、と言うことですか?」
「まぁ、簡単に言えばそうだな」
「あの、すいません。何も覚えていなくて…」
「何…?」
この飛来物、もといへっぽこ天使はどうやら俗に言う記憶喪失のようだ。天使の癖に情けない奴だ。
「自分の名前と多分一般常識、あと自分が熾天使だったことはわかります。それと…貴方が高位悪魔なのに助けてくださったことも」
…そういう言い方だと我輩が進んで貴様を助けてやったように聞こえるだろう。そう思い反論する。
「おい貴様、それだと…」
「あ、あのっ!」
「っ、なんだ」
我輩の言葉を遮るなどとは、やはり早めに処分すべきだったか…?いや…
熾天使の目を見れば今にも涙を零しそうな表情だ。熾天使として情けなくないのだろうか。記憶がないならまぁしょうがないが。
「わ、私っ!ヴァリアベルともうしまひゅ!」
「…噛んだな」
名前で噛まなかっただけマシなのだろうか…名乗りの場で噛む時点で大分アレな感じの熾天使だ。
顔を真っ赤にしながらぷるぷると震える熾天使。今度こそ本気で泣き出しそうである。熾天使が泣き出した場合割と色々な事が起こるので厄介だ。
「ぁ…ゃ、あのぅ…わたし、行き場がないのです。記憶もないし持ち物もない…」
(こやつ…無かったことにしたな)
「役に立てるかもわからない私ですが、拾ってはくださいませんか!?」
自分を拾ってくれ、と半ば叫びながら言った熾天使、ヴァリアベルは先程とは違う意味で震えている。行き場がなく、まともに力が使えるかもわからない天使などは丁度良い獲物だ。魔物も悪魔も人間も、運が良いと笑いながら追いかけてくるだろう。
「…我輩に向かって、堂々と拾ってくれ、か」
「記憶が無いとはいえ、仮にも天使の端くれが図々しいとは思っております。ですが、これ以外に私に道などないのです。できることなら何でもします!ですから、どうか…!!」
感情の乱れからか、膝をつき懇願するヴァリアベルの身体に、光り輝く天使の象徴、翼と光輪が燐光を纏って顕現する。その様は傍から見れば、神への祈りを捧げる美しい天使の絵画と見紛う程に神々しく、清廉な雰囲気を放っていた。
(中身がこのへっぽこ天使だと知っているからか、苛立つことも無いんだがな…そもそも、だ。我輩が魔皇であることをこのへっぽこ天使は察しているのか?)
そう、この熾天使は目の前の悪魔が高位どころでなく、あらゆる悪魔の頂点である魔皇であると知らない筈なのだ。偽装は完璧に作動している。そして仮に魔皇だと知ってもこいつは…この「天使」は、同じように膝を折るのか?
そんなわけがない。へっぽこだとてこれは天使だ。天使の端くれならいつものようにさっさとカタが付くはずだ。
「貴様は、我輩が魔皇だとしても『拾ってくれ』と言えるのか」
お前が熾天使である以上、その流れ以外の未来はありえない。
今回の物語の中心、熾天使ヴァリアベルは望 雪駆様からいただきました。ドジッ子なクール系(外見)熾天使として書いていくつもりです。まだ盛り込めてない場面がありますしどのくらい続くかは未定です。
読み方解説
↓表記 ↓名称 ↓簡単な読み、通称
光属 エンジェルス こうぞく
熾天使 セラフィム してんし
魔皇(始祖) カオス(オリジン) まおう(しそ)