決着‼︎
シャインは上空より弓を構えている。
光のエネルギーはみるみる矢に収束していった。
1分……‼︎
狼男を仕留めるために必要とされるチャージの時間である。
強者同士の戦いにおいてこのわずかな時は、永遠に長く感じられる。
頼む!
なんとか持ちこたえてくれ……‼︎
シャインは弓を構えながら祈った。
「グルル……」
狼男は上空にいるシャインへと目をやった。
本能が告げている。
あの技を撃たせてはいけないと……‼︎
「へっ、どこ見てやがる。お前の相手は俺だぜ‼︎」
溢れんばかりの闘気を放ちつつ、グレイズは言った。
何としても1分稼ぐ‼︎
そのためにはここですべての力を使い果たしてもいい‼︎
「ガアッ‼︎」
グレイズへと注意を向けた狼男が襲いかかってきた。
素早い猛攻。
繰り出される蓮撃……
狼男の力は以前の数十倍にも膨れ上がっていた。
グレイズの精霊力を軽く上回る。
強い……
強すぎる……
……それでも‼︎負けるわけには行かねえんだよ‼︎
グレイズが狼男を弾き飛ばした。
「ズザザザザ」
後ずさる狼男。
グレイズはすかさず腰に巻き付けてある瓢箪を取り出し、中身をゴクリと一口飲む。
その後、標的へと顔を向け……
「鬼火‼︎」
一気に炎を吐き出した。
業火。
全てを焼き尽くす炎が狼男目掛けて襲いかかった。
火炎放射器の如く広範囲に放たれた炎を避ける術などない。
「やったか……」
前方には真赤に燃え盛る炎が立ち昇っている。
狼男の姿は見えない……
「おい!シャイン!まだか?」
「あと少し!」
シャインが答える。
おかしい。
こんな筈じゃない。
思ったよりも力が溜まらない。
何故だ……
いや、分かっていた……シャイン自身。
原因は深刻なダメージにあった。
狼男の数々の攻撃を受け、シャインの身体には予想以上のダメージがあった。
中でもさっきの音玉は致命的であった。
目眩がし、グルングルンと頭の中をかき乱す。
三半規管をやられたためだろう。
強い吐き気に襲われ倦怠感に苛まれる。
グレイズは燃え盛る炎を前にして、相手の気配を探っていた。
手応えはあった。
だが、残念ながら仕留めてはいないだろう。
こんなもので倒せれば、苦労はしないのだ。
グレイズの読みは正しかった。
突如、炎の中から狼男が飛び出てきた。
「チッ、やっぱりな」
狼男は所々、体表が焦げ付いており、火傷の跡が見える。
「ウオォー‼︎」
大気を揺らす、とてつもない咆哮を放つ。
激しい怒りを爆発させ、グレイズへと肉薄する。
「疾いッ‼︎」
相対するグレイズは受けきるので精一杯であった。
一撃一撃が死へと誘う凶器である。
「ぐわッ‼︎」
グレイズは狼男の凄まじい一撃を喰らい吹き飛ばされた。
シャインは未だにチャージを完了出来ずにいた。
とっくに1分は経っている。
クソッ何でだ。
こんな筈じゃ……
焦る衝動に駆られる。
「ワオオ‼︎」
狼男がついにシャインを見た。
グレイズは仰向けに倒れて動けずにいる。
絶対絶命の窮地。
「ちくしょう‼︎」
もうダメだと思った刹那……
「簡単に諦めないの‼︎」
少女、アリスが佇んでいた。
妖精の姿をしたアリスがシャインの後ろに浮かんでいる。
この場にいる全ての者が釘付けになった。
狼男さえも……
「アリス……」
フッと笑うとアリスは叫んだ。
「フェアリーヒーリング‼︎」
あたりが光に包まれる。
シャインの身体にアリスのオーラが流れ込む。
みるみる傷が治っていく……
狼男に受けた擦り傷、打撲……音玉によってやられた三半規管さえも。
目眩や吐き気も全て治った。
瞬く間に全開。
「さあ、シャイン!あいつをやっつけちゃえ‼︎」
そう言うとシャインの背中を「バン‼︎」と叩いた。
「ああ‼︎」
再び、チャージが始まった。
全開となったシャインの弓はとてつもない早さで力を溜めていく……
そして、瞬く間にフルチャージ。
目下には「グルル……」と喉を鳴らす狼男が……
見える……‼︎
照準は寸分たがわず対象に向けられている。
これなら外す筈がない……‼︎
狼男は精霊力を急激に高めた。
お互い最後の一撃だ。
ゴゴゴゴゴゴ……
二人の精霊力が上昇し、大気は震え、大地が揺れ動く……
「ウオォー‼︎」
狼男は特大の音玉をシャインへ向けて解き放った。
「エンジェルブラストォォ‼︎」
同時に、シャインも己の全てを賭けた矢を放つ。
両者の渾身を込めた一撃が交差する。
「カッ‼︎」と夜闇は光に包まれた。
勝敗は一瞬であった。
シャインの放った光の矢は音玉を貫きそのまま狼男に直撃した。
とてつもない衝撃、爆風があたりを襲う。
振動が止み、砂煙が晴れると、そこには少年がい倒れていた。
精霊使い《スピリットマスター》は精霊と融合し、その力を発揮する。
しかし、本体が深刻なダメージを受けた場合、精霊とのリンクは切れ、変身《 フォーゼ》を維持できなくなるのだ。
いずれにしろこれで決着はついた。
「やったね!シャイン!」
「ああ、アリスのおかげだ」
「おーい、俺もいるぞー」
グレイズが地べたに寝転びながら言った。
シャインとアリスはグレイズへ到着駆け寄った。
「大丈夫か?」
「まぁ、なんとかな……痛ッ」
「動かないで!私が直すから」
アリスはグレイズをヒーリングする。
しばらくすると、グレイズは全回復した。
「ふぅ……ありがとう‼︎アリスちゃん」
「どういたしまして‼︎」
アリスは微笑んだ。
「いや〜それにしても、よくあのタイミングできてくれたな」
シャインが労った。
「うん。孤児院の治療が丁度終わったの。ホントはもっと早く駆けつけられれば良かったんだけど、ゴメンね」
「いや、あの時、アリスちゃんが来てくれなかったら俺ら全滅してた。マジで助かったぜ」
グレイズも感謝の念を込める。
三人が勝利の喜びに浸っていると、水を差すように女の声が聞こえてきた。
「ふふふ……おめでとう。よく私の狼男を倒したわね」
リリスが宙に浮きながら言った。
美しい満月に雲が重なる。
地上に影を落とし、闇夜があたりを包み込んだ。