決戦‼︎
夜が訪れた……
月光が暗闇を照らしだす。
今宵は奇しくも満月であった。
美しい月……
思わずうっとりしてしまうほどの美しさ。
見るもの全てを魅了する魔力がその月にはあった。
この地一帯は静穏なる空気が漂っている。
しかし、突如として狼の叫び声が木霊した。
その声に反応し、森の中にいる鳥達が一斉に飛び去る。
「来たな…‼︎」
「おっ、やっとか‼︎」
監視役のシャインとグレイズが即座に反応した。
獣の雄叫びは、当然、院内にも響き渡っている。
医務室では、妖精へと変身したアリスが怪我人の治療をしており、残った生徒達は孤児院の一室に避難していた。
中には泣きじゃくる孤児達もいたが、先生達に何とかパニックにならないよう、なだめられていた。
(シャイン、グレイズ……頑張って‼︎)
アリスは胸中で呟くと再び、治療に専念した。
敵が来るのは正門、つまり丁度シャインが待ち構えていた位置である。
気配がどんどん近づいて来る……
(いよいよだな……‼︎)
そう思った刹那……
「よお!シャイン‼︎」
グレイズがやって来た。
「おう!気ィ抜くなよ、グレイズ‼︎」
「あたりめぇだ、俺を誰だと思ってる!」
「酒浸りの女好き……」
「テメェ、この野郎!」
図星を突かれ、グレイズは憤慨した。
しかし、二人の言い争いなど御構い無しに、標的は現れた。
森の中から素早く飛び出して来たのは狼男……そして……
「ふふふ……また、会えたわね……精霊使い《スピリットマスター》さん」
空中より女の声が……‼︎
「お前は‼︎」
「リリスちゃん‼︎」
シャインとグレイズの反応は違っていた。
「おい、グレイズ、お前分かってるよな?敵だぞ、アイツは‼︎」
「んなこと分かってるよ、ちゃーんと仕事はこなすって」
「ホントだろうな……」
「おう!もちろんだ!狼の野郎をぶっ倒した後、リリスちゃんにデートを申し込む‼︎」
(ダメだこりゃ……)
シャインは心のなかで見切りをつけた。
「お話は済んだかしら?なら、この狼男の力、さっそく試させてもらうわよ」
「チッ、来るぞ!グレイズ‼︎」
「わーてるよ」
シャインとグレイズがそれぞれ合掌をした。
すると、シャインの背後にアテナが……グレイズの背後に酒呑童子が現れた。
「エンジェルフォーゼ‼︎」
「オーガフォーゼ‼︎」
二人の精霊が、それぞれの体に重なり合う。
光に包まれ……現れたのは、天使の姿をしたシャイン……そして、鬼と化したグレイズ。
「よっしゃあ!どっからでもかかって来い‼︎」
シャインが誘った。
「フッ、行きなさい!狼男‼︎」
リリスが指差し、宣言するとワーウルフは襲いかかって来た。
「ふぅ……大丈夫かしら?あの二人……」
ジェニファーが不安げに問いかける。
「大丈夫!二人のことなら心配無い!あの二人、ああ見えて、うちのギルドの中でもかなり優秀な方なんだから!」
アリスは治療に専念しながら受け答えた。
(あと、少し……‼︎)
アリスは思った。
流石に回復術を得意とするアリスといえども、負傷した人達をこれほど治療するとなると時間もかかる。
しかも、中には瀕死の重体もいるのだ……
しかし、その患者達も続々と回復を遂げていく。
「す、凄い……まるで、魔法みたいだわ」
驚愕しつつジェニファーが言った。
「へへん、見直したでしょ!この治療が終わったら、私も参戦する‼︎……まぁ、でも、あいつらならその頃には敵をやっつけちゃってるとおもうけどね!」
アリスの表情はどこか誇らしげであった。
「どうやら、あなた達を呼んだのは正解だったみたいね」
精霊使い《スピリットマスター》の神がかった力を目の当たりにし、ジェニファーは心底、そう思った。
ゴゴゴゴゴ……
「あら、もうお終いかしら?精霊使い《スピリットマスター》さん」
リリスは地に伏すシャインとグレイズに向けて言った。
二人は互いにボロボロになり、地面に片膝をついている。
「ハアハア……」
シャインが息を切らす。
「おいおい、どうなってやがんだ?こいつは…
…‼︎」
グレイズが呟いた。
目の前には狼男が……しかし、先ほどのそれとは別物であった。
筋肉は隆起し、身体は目方三倍にも及んでいた。
何が、狼男をここまで変えたのか?
今朝、闘った時と決定的に違うもの……それは一体……
シャインがハッと気づいた。
「まさか、月⁈」
空を見て、シャインが言った。
「ほう……よく分かったわね。正解よ。狼男の精霊力は月の満ち欠けにより変化する‼︎そして、今日は満月‼︎つまり、狼男の力が最大限に発揮される時‼︎」
リリスが説明する。
精霊に宿る特殊能力は千差万別。
中には環境によって力を増減させる精霊もいるのだ。
それがまさに狼男である。
迂闊であった。
精霊使い《スピリットマスター》の戦いは言わば情報戦。
いかに、相手の情報を多く知っているか。
純粋な戦闘力で優っていても、隠し球一つで形勢はひっくり返る。
知らないことが死に直結するのだ。
「へっ、どうする?シャイン……まさかこんな事になるとはな」
「ああ、でも、やるしかねえだろ。やらなきゃ…
…やられる‼︎」
目の前の狼男が吠えた。
とてつもない咆哮が大気を揺るがす。
「来るぞ‼︎」
シャインとグレイズは臨戦態勢をとる。
狼男は疾風の如くシャインに襲いかかる。
繰り出される攻撃。
先刻、闘った時とは比べられないほどの膂力である。
(クッ‼︎受けきれねえ)
防げば防ぐ程ダメージが蓄積されていく。
骨は軋み、肉体が悲鳴をあげる。
「はあ!」
シャインはワーウルフの攻撃を交わし、空へと飛び上がった。
「天弓・アルテミス‼︎」
シャインが弓を召喚し、標的に的を絞る。
光のエネルギーがどんどん矢に収束していく。
しかし、みすみすシャインに攻撃のチャンスを与える敵では無かった。
突如狼男はシャインに向けて咆哮を放った。
「何⁈」
赤色の音玉がシャインに直撃した。
「うわあああ」
シャインは悲鳴を上げながら、落下した。
「ふふふ……狼男の音玉をまともに喰らったわね。音とは振動‼︎その技は内部より肉体を破壊する‼︎」
リリスが勝ち誇った笑みを浮かべ言った。
落下したシャインはそのまま地にうずくまっている。
骨は軋み三半規管は完全に麻痺していた。
吐き気に襲われ強い目眩がする。
「グルル……ハウ‼︎」
とどめを刺さんとシャインに狼男が肉薄して来る。
「ウオォ‼︎」
グレイズが拳を繰り出した。
狼男は打撃をまともに喰らい、弾き飛ばされた。
「おい!シャイン!大丈夫か‼︎」
グレイズがいたわる。
「ああ、なんとかな」
シャインは力なく答えた。
狼男は立ち上がるとすぐさま、跳躍し肉薄して来る。
「チッ!お前は少し休んでろ!」
グレイズはそう言うと狼男へと立ち向かった。
(あいつは変身をしていない)
グレイズの脳裏にシャインの言葉が浮かび上がる。
確かにな……その通りだぜ、シャイン。
あいつは理性を失った化け物だ。
だが、それだけに純粋な殺意、加減を知らない一撃を繰り出してきやがる……‼︎
途中まで、狼男に食らいついていたグレイズだが……
「ガッ‼︎」
重い一撃を受け、後方へ弾き飛ばされた。
地面に叩きつけられ、あたりは砂埃が捲き上る。
「大丈夫か!グレイズ‼︎」
シャインがグレイズに駆け寄ってきた。
「イテテ……まぁ、なんとかな。お前こそ、もう大丈夫なのか?」
「ああ、なんとかな」
そう言いながら、シャインは目を抑えた。
やはりまだ、目眩がするのだろう。
「なあ、シャイン、何か手はねえのか?」
「ああ、一つだけある。エンジェルブラストだ‼︎」
シャインはハッキリと言い放った。
「……なるほどな。だが、シャイン。あの技には確か溜めが……」
「ああ、問題はそこだ……俺の天弓・アルテミスは溜めれば溜めるほど力を増す……‼︎だが、奴はさっきみたいに俺がチャージするのをみすみす見逃さないだろう……だから、あいつをそれまで足止めして欲しい!奴を確実に仕留めるには1分‼︎時間が欲しい」
「分かったよ。それじゃあ、1分……なんとか稼ぐか。おい、シャイン……帰ったらなんか奢れよ!」
「へっ、分かったよ」
シャインは空中へと飛び上がると、狼男は攻撃の構えを取った。
「おっと、やらせるわけには行かねえよ」
グレイズが狼男の前に立ち塞がる。
「天弓・アルテミス‼︎」
シャインは弓を召喚し、照準を定める。
決着はこの一撃にかかっているのだ……