⑤
リチャードとフィオナの母は商人の娘であった。
エスラルダ城で使用人として働くうちに伯爵のお手付きとなり、息子を産んだ。
そのまま側室の一人として城に居たのだが、リチャードが8歳の時に彼を置いて実家に帰ってしまった。
当時のリチャードは母に捨てられたのだと思った。
きっと僕が落ちこぼれだから(その頃から兄弟姉妹の中で一番出来が悪かった。)お母様は僕のこと嫌いになっちゃったんだ…。
リチャードの思い込みを誰も否定しなかった。
だからリチャードにとってそれが真実となってしまった。
それでも小さなリチャードは母が恋しかった。一年後、リチャードは時々城を抜け出しては母の実家のまわりをウロウロするようになった。
やがて庭に潜り込んだところを母の実家の使用人に発見されてしまう。
一年半ぶりに再会した母はリチャードを抱き締め泣いた。
隣の揺り篭にはふくふくと太った赤ん坊がいた。
リチャードと同じ髪と瞳の色を持つ赤ん坊は、リチャードを見てきゃっきゃっと笑った。
ゆるやかな坂道は小さな丘の上にある教会へと続いている。
子供の頃から幾度と通った道を、リチャードは一人進む。
従者は置いてきた。随分と渋られたが。
教会の花壇の前でこちらへ背を向け屈む人物を見ると、リチャードは思わず早足になった。
「フィー!」
リチャードに愛称を呼ばれた人物は振り向き、笑顔を浮かべて立ち上がった。
それは落ち着いた紺色のドレスを着た少女だった。
少女は紅茶色の髪と、矢車菊色の瞳をしていた。
一瞬リチャードは目を見開いた。記憶の中の妹は、もっと小さくとても幼かったから。
しかし。
「兄様!」
ドレスの裾を摘まんでこちらに駆けてきた少女の笑顔にあどけない面影を見て取ると、リチャードは再び微笑んで両手を広げた。
少女はそのままリチャードの胸に飛び込んだ。
「フィー!なんて大きくなったんだ!」
「兄様!会いたかったわ!」
兄妹の、5年ぶりの再会だった。