③
エスラルダの奥方、立派に夫の留守を守った義理の母上は、賢婦、烈婦と呼ばれる質実剛健なエスラルダの鑑のような女だ。
リチャードが領主になり表から退いたが、実際は今も最終決定権を持つ。
彼女はリチャードが苦労して練り上げた数々の書類を簡単に投げ返し作り直せと言う。
どこがどう悪いかすら教えてくれない。
普通ならばくさりそうなものだが、元々落ちこぼれのリチャードは抵抗無く受け入れている。
長年エスラルダを裏で支えて来た義理の母上の判断に、間違いは無いのだろうから。
そのお陰だろう。
《六男の落ちこぼれ領主》は人々の予想を裏切り、派手なしくじりを起こさなかった。もちろん優秀でもなかった訳だが、領主交代を期に入り込もうとした軽薄な者、腹に一物ある者を大変失望させたらしい。
遠い親戚だの故人の知り合いらしい彼らは気が付くと何時の間にか潮が引くように去っていた。
エスラルダ城内は少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。
今日もリチャードは執務室で眉間に皺を寄せながら書類と格闘していた。
こんなことになるならば、もっと真面目に座学に取り組んでおけば良かった。
小さな溜め息をつくとリチャードは右手の人差し指で眉間を伸ばすように撫でた。
実は今、リチャードを悩ませているのは仕事だけではない。
昨日、義理の母上から決定事項として淡々と告げられた内容は、リチャードを大いに困惑させた。
「フィオナ嬢をエスラルダの姫としてマーシュリー伯爵家へ輿入れさせます。」