騎士の訓練と食堂の天使。
遅い時間に文字数多めで申し訳ありません……。
「ありがとニャ!アインはいい甥っ子なのニャ!」
「ははっ。いいんだよカティマさん。それじゃごゆっくり……」
本日のメインミッションを終えたアイン。嬉々とした歩みで、彼女の研究室を後にする。最大の脅威が去った今、もはやアインの顔には勝者の笑みしか浮かぶものがない。
「よし。これでもう恐れるものは……うん、ないはずだ」
カツンカツンと、階段を上がる音が周囲に響く。カティマの研究室は地下にあるため、階段を少し通らなければならない。その響く音すらも、今のアインには勝利を称える演奏に聞こえてくる。
「クローネ!クローネはどこに!」
もはやするべきことは済んだ。そんなアインが次にすることは、学園への登校。一度学園へと行ってから、再度城に戻ってくるという手間が必要だからだ。
階段を駆け上がりながら呼ぶクローネの名前。作戦が成功したことで、機嫌のいいアイン。つい声も大きくなってしまう。
「はいはい。貴方のクローネはここにいますよ殿下」
ここしばらくの間、このネタでずっとからかわれていたアイン。もう数十回も飽きずに使われたこのネタは、もはやアインも開き直ってしまうほど、聞きなれた言葉だった。
階段を上がったところで、アインを待っていたクローネ。もう季節は夏に入ったということもあり、彼女の服装も夏らしく、涼し気な姿に変わっている。
今日の彼女は自分の髪色に近い、ライトブルーのノースリーブシャツに、白い膝上丈のスカート。薄手のジャケットを手に持っているのは、主に人と会う時に羽織るためだ。
クローネが今それを羽織っておらず、ノースリーブ姿を見せているのは、アインへのちょっとしたサービスのつもりだった。
「作戦成功した、完璧だよ」
「それはよかったわねアイン。それで結局、カティマ様にはなにをしたの?」
「カティマさんが好きな乾物渡してきた。これで数時間は持ちこたえられる」
自らの伯母にして第一王女。そんなカティマを、餌で封じ込めたアインの手腕に、呆れたため息をつくクローネ。だがアインもいくつかの作戦を考えたのだが、これが一番費用や効果の面から、最高の結果を打ち出すと想像したのだ。
乾物を渡したというアインは、誇らしい顔を浮かべている。
「まぁカティマ様も嬉しそうにしてたなら……いいのかしら」
「俺もカティマさんも、お互い幸せな結果だから十分だよ」
こんなことで満面の笑みを浮かべるアイン。クローネとしても、アインと居ると『いつも賑やかね』と実感する。
「ディルは?」
「さっき外に出るのを見たから、多分アインを待ってると思うわ」
「でも面倒だよね。ここに戻ってくるのに、一度学園に行かなきゃいけないのって」
アインが不満に思うのも仕方ない。なにせ、今日の社会科見学先が自分の家なのだから、わざわざ学園まで水列車に乗って向かうの面倒くさい。
特例で現地集合で、なんて口には出さないが。それでも多少の不満ぐらい口にしたくなった。
「気持ちはわかるのよ。でもそんなことで特別扱いするなんて、アインも嫌でしょ?」
「……まぁその通りなんだけどさ」
「ほら頑張って行ってきて殿下。頑張ったらいい子いい子してあげるから、ね?」
クローネと歩きながら、扉を目指して歩くアイン。外に出たら、ディルと合流して学園を目指すことになる。少し面倒に感じていたが、これぐらい我慢しなければならないことだ。
不満そうにしているアインを見て、クローネが笑みを浮かべながら隣を歩く。
「わかったってば……。そういえば、午後からの打ち合わせは?」
「予定通り私も同席して、ウォーレン様からいくつか説明があるそうよ」
今日の午後は、ウォーレンとの打ち合わせの予定があった。それはバルトへの調査について、いくつか確定したことがあるためだ。アインとしては、何よりも重要な話題のため、その機会を首を長くして待ち望んでいた。
「ん、りょーかい。それじゃ行ってくるよ……ディルを待たせてもいけないしね」
「えぇ、いってらっしゃいアイン。気を付けてね」
「大丈夫だよ。じゃあまた後で!」
クローネの見送りにより、アインは外に出てディルと合流するために歩を進める。頬を軽く両手で叩き、気持ちを起こし、リフレッシュさせる。
——このやる気が出たのは、クローネの『いい子いい子してあげる』。その言葉のせいじゃない、絶対に違うからな。そう心の中で言い訳をしていた。
*
「話は以上だ。それでは気を付けて現地へと向かうように」
担任のカイル教授の声で、一組の面々が解散していく。これより皆は、決まった見学地へと向けて出発する。
アインもこれからいつもの4人で、見学地となる城へと向かい、学園を飛び出すことになる。
皆が教室を出るのと同じく、4人もおもむろに席を立ち、彼ら同様に外へと向かっていく。引率なんてものが付かないあたりに、この学園の自主性の尊重具合に、ちょっとした疑問を感じる。
「ところでアイン。俺たちって城に着いたらどうすりゃいいんだ?さすがにいきなり入るわけにもいかないだろうし」
「あぁ、案内が付くから心配いらないよ。その案内も、今から合流するし」
バッツの疑問に答えるアイン。さすがにアインがいるとはいえ、完全に自由に歩き回れることはなく、今日のために一人の騎士が案内に任命されている。
「殿下、案内の方は近衛騎士の方でしょうか?」
「レオナード達も知ってる人だよ。今回の案内はディルだからね」
廊下を歩く面々は、それを聞いて喜んだ。なにせ彼は学園の先輩であり、彼がクライブとの戦いでした宣言は、ちょっとした伝説のように扱われている。特にバッツは彼の大ファンなこともあり、何よりもうれしい情報だった。
「お、おいアイン……なんて呼べばいいんだ?ディル様?グレイシャー卿……?」
バッツの家は男爵家、それを思えば普通ならば様とつけるのが道理。
「おいちょっとまてバッツ。お前いつも殿下を呼び捨てのくせに、ディル護衛官殿だけ様付けか?」
「確かに。アイン様は王太子だからねー。呼び捨てなんて本当なら許されないんだけど……」
「あ?アインはアインだろ。お前ら何言ってんだよ。相手が友達じゃねえから困ってるんだぞ!」
心底意味が分からないような顔をするバッツを見て、レオナードとロランの二人も呆れてしまう。
それでもバッツは、時と場合は考えて言葉を選ぶのだから、大したものだ。
「さんでいいんじゃない?今まで通りディルさんでいいと思うよ。というかそれぐらいにしておいてもらわないと、俺もなんか居づらい」
そして結局、アインの言葉により"ディルさん"と今日は呼ぶことにした一同。
それから進むことおよそ数分。アインが口にした通り、ディルが校門の側で待っていた。今日の彼はアインの護衛だけでなく、一同の案内も務めることになっている。
「お待たせ。ディル」
「とんでもございませんアイン様。……さて、早速ですが私からご挨拶をしてもよろしいでしょうか?」
「うん。お願い」
アインの返事を聞いてから、静かに咳ばらいをして居を正すディル。
「では改めまして。私はディル・グレイシャー。現在は、王太子アイン様の専属護衛の任を頂戴しております。皆様がアイン様によくしてくださっているのは、もちろん存じ上げております。なので本日はこの私が、皆様の案内を務めさせていただくこととなりました。ご質問があればなんなりとお申し付けください」
近衛騎士として仕込まれた彼の所作が、学園外を歩く生徒たちの目を奪う。それほど洗練されており、彼の容姿と相まって中性的な美しさに見えた。
「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ!」
「名高き騎士のディルさんに案内して頂けるとのことで、光栄に思います」
「よろしくお願いします!」
バッツ、レオナード、ロランの順に返事をした。バッツの敬語というレアな言葉遣いを聞けて、アインも少し楽しくなる。
「それじゃ行こうかみんな」
一先ず挨拶が終わったのを確認して、歩き始めるアイン。それに倣ってディルと3人組も歩き始めた。
「アイン様。一応注意事項がありますので、列車内でご説明いたしますね」
「ん。わかった」
今回の見学先は城門内のため、何個かの決まりごとがあった。彼らが間違いを犯すとは思えないが、それでも念には念をということで、それを伝える必要がある。
「今日は皆さまに、存分に楽しんで頂ければと思います」
笑顔でそう口にしたディルを見て、期待が膨らむ3人。アインは目新しいことがない行事だったが、それでも3人が楽しそうな姿を見ると、自分も少しずつ楽しみになってくるのだった。
*
「では早速、注意事項についてご説明いたしますね」
学園都市の駅についた一同は、そのままホワイトローズ行の水列車に乗り込む。もうラッシュ時間を過ぎているのもあり、そこそこ車内にも余裕が出来ていた。
「まずは始めに、私が先導した先以外へは進まないこと。……これを守っていただければ、正直な話大きな問題にはなりません」
アイン以外の3人が、ディルの言葉に頷いた。3人とも残念な頭をしている訳ではないので、その点は問題ないと思われる。
「次に、置いてあるものに手を触れないということ。本日は訓練所なども見学して頂きますので、少々危険がある場所もございます。そのため、安全のためにもこれを守っていただきたい」
それも当然の事。城の敷地内には、警報用の魔道具なども設置されているため、注意が必要だ。
「最後に一つ。いつも皆様が、アイン様によくしてくださっているのは存じ上げております。ですが城内では、礼儀に厳しい者達も多く居りますので、大変恐縮なのですが……城内では、アイン様のことを"殿下"とお呼び頂ければと思います」
ウォーレンやディルが、アインを殿下と呼ばずにアイン様と呼ぶのとはわけが違う。城内の文官や騎士達からしてみれば、ウォーレンやディルのしている仕事を理解していれば、人となりも功績も分かってる。
だがレオナードやバッツが、いくら貴族の生まれだろうとも、気になる者がいるのは否定できない。そのため、今回はこれも注意事項として扱われている。
「もちろんですディル護衛官。バッツにもしっかりと守らせますので」
「ばっ……おいレオナード!俺は一応場所ぐらいは弁えてるぞ!」
「そうなんだけど。やっぱり心配だよねー……」
彼らのやり取りをみていると、ディルも楽しくなったのだろう。彼の顔にも笑みが浮かび始める。
「皆様は大丈夫だと信用しておりますよ。なので是非皆様もご安心ください。さて、それでは本日の予定についてもご説明致しましょう」
それを聞いて目を輝かせるのはバッツ。先ほども訓練所の見学という言葉がでてきたので、心踊る思いだったのだ。
だがレオナードとロランの二人も、興味津々の様子で耳を傾ける。
「門の横にある、宿直室や設備。そういった細かい所も、今回はご覧いただこうかと思います。続いて訓練所や、隣接している武器庫。早めの昼食ということで、騎士が使う食堂の料理も、ご賞味頂ければと」
城門内の敷地と一言にいっても、実は数多くの設備や場所が存在している。……実は訓練所には更に一件、新たな施設が建築中だった。それはバーラが仕事場とすることになる場所で、そこそこの大怪我を負った者の、治療にあたることができる施設。
だが今回は、その施設が出来上がってないことや、彼女にも予定が多くあるため、今回の予定に含まれていない。
「結構多くの場所をお見せ頂けるのですね」
冷静に振舞おうとしているが、口角が少し上がってるレオナード。数多くの場所を見られることに、興奮している。
「勿論です。なので昼までの見学時間で全てを見るためには、多少順調に進む必要がございます」
一日かけてゆっくり見学したいところだが、さすがにそれは贅沢だろう。なので決められた時間内に、どうにかして楽しむしかない。
「ご質問があればなんなりと。是非皆様にとって、実りのある一日となるように祈っております」
その後は少ししてから、ホワイトローズに到着した水列車。
アインとディルを先頭に、彼ら一同は城へと歩を進めた。
*
「ほんっと大きいよね……」
「……実は私も、自分の足で城門を通るのは初めてだ。いつも馬車で通っていたからな」
「俺もだレオナード。自分の足で通ると、凄さが良くわかるな……」
ロランの声を聞いた二人は、同じく驚いている様子を口にする。
その中でもロランは、城門を通る事すら初めての体験だった。
彼が『本当に大きい』としか口にしていないのは、彼の語彙力が低いということではなく、純粋にそれしか口にできない精神状態にあったからだ。彼の顔を見てみると、ぽけーっと上を見ながら、城壁の高さを目で追っている。
「ロラン……ロラン!大丈夫か?」
「あ、えっと……ご、ごめん殿下。つい放心しちゃってたよ」
「それならいいけど。気分悪くなったらちゃんというんだぞ」
「い、言えるわけないってば!こんな機会逃したら、もう次なんてこないよ!?」
大げさに反論してしまうほど、ロランにとっては待ち望んだ日。なにせ昨晩なんて、2時間程度しか寝付けなかったのだ。
「ははっ。あまり無茶はしないように。……では皆さま、これより城門内のご案内を始めさせていただきます」
こうして城に着いた一同は、ディルの言葉で見学をスタートさせた。
*
『ぜあああああっ!』
『ふんっ!』
『うおおおおおおお!』
男たちの怒声が響き渡る場所。騎士の訓練所へと進んだ一同。アインを除いた彼らは、皆同じくその迫力に、ただただ気圧されていた。
「す、すっげぇ……」
「あぁ……さすがはホワイトナイトで務める騎士達だ……」
「……」
バッツは騎士を見慣れていた。なにせ父も砦で働く騎士であり、常に魔物達と戦っているのだから。だがそんなバッツからしてみても、城内で務める騎士……いわゆるエリート集団の訓練風景というのは、初めて目にした。
同じくレオナードも驚愕の表情を浮かべているが、ロランはもはや、その迫力に言葉を失うことしかできなかった。
「これが近衛騎士の訓練……こんなにすごかったのか……」
「……なぁ。バッツ」
「な、なんだ殿下……」
「いやその、何ていうかさ」
バッツの言葉を聞いて、口にしづらい雰囲気になるアイン。それを察したディルが、アインが口にしそうになった言葉を解説し始める。
「……バッツ君。これは近衛騎士の訓練風景ではありません」
本日はバッツたちを客として扱っているディルが、丁寧な口調で語り掛ける。
「これは通常の騎士達の訓練風景です。近衛騎士達の訓練風景は、更に苛烈なものとなりますよ」
それを聞いたバッツは、一つの現実を知った。バッツは王立キングスランド学園でもトップクラスの実力者で、それは恐らく学園都市でも同様だろう。
そう自負していたにも関わらず、城内の一般騎士達の訓練風景。それにただ気圧されていたのだから。
更にディルが語った、近衛騎士の訓練は更に苛烈になるという言葉。それが何よりも衝撃的だった。
「そして彼らの多くが、近衛騎士の頂を目指して、日々鍛錬を続けています。もちろん近衛騎士の業務ではなく、門に立ちたい……あるいは別の場所でも働きたい。そんな思いを抱く騎士もおります。ですがそれでも、近衛騎士はすべての騎士の中で最強の集団でなければなりません」
驚くばかりのバッツの耳には、さらに情報が流れ入る。そう思えば、ディルはなんて幸運だったのだろう。そう実感していた。
なにせ父は元帥で、幼いころから城内に行き来して、訓練に参加させてもらっている。今では正式に、近衛騎士の立場もあるが、アインの専属護衛の任務まで頂戴している。
一言に運が良かったというのは違う。もちろんディルも、父ロイドのように死に物狂いで鍛錬に明け暮れていたのだから。
「……バッツ君の父君がいる地域は、数多くの危険に囲まれた場所です。ですが城内もそう。同じく王族の方達を守るため、命がけで訓練に励んでいる。なのでどちらも同じく"命懸け"なのかもしれません」
相手は違えど、彼らが命懸けで励んでいるのは変わりない。それを目の当たりにしたバッツ。
「……ありがとうございます。おかげで、今の自分の立ち位置が分かりました」
頭を下げて礼を言うバッツ。アイン達からしてみれば、そんなバッツの姿なんて初めて見る。だが彼がそうした思いを抱くのは、長年の友人として理解できた。
「ところでロラン。お前いい加減口は閉じたほうがいいんじゃ……」
「っ!?あ、あれ……?そんなにぼーっとしてた?」
アインの声に、正気を取り戻すロラン。瞬きも少なく、口を開けたままボーッと訓練を見ていたロラン。
もはや圧倒されることしかできなかった彼は、そうして情けない姿を露にしていたのだ。
「最初からぼーっとしてたぞ」
「……あ、ほんとだ。ちょっとよだれ垂れちゃってる……」
懐からハンカチを取り出し、さっと顔をふくロランを見る一同。それを見ていると、どうにもその場の雰囲気と対照的で、笑いがこぼれる。
「く……くく、ロラン。お前あの顔は無いぞ」
「しょ、しょうがないでしょレオナード!俺なんて、みんな以上にこういう機会ないんだからさ!」
平民のロランは、騎士と関わる機会なんてこれまで全くなかった。むしろ学園に入ってから、アインと知り合ってからがほぼ初体験だったといってもいい。
だからこそ、城のエリートたちの訓練風景を見て圧倒されていたのだ。
『時間だ、交代』
『はっ!』
『了解!』
そうこう話しているうちに、訓練所のメンツが変わり始める。
「という訳で皆様。これより近衛騎士の訓練風景を、お楽しみいただければと思います」
初めから決められた予定だった。……まさか見られると思ってなかった3人は、それを聞いて喜びの声を上げる。
その声に気が付いた近衛騎士達は、訓練用の装備を終えた者から、アイン達の近くによって挨拶をしていった。
「王太子殿下。ご機嫌麗しゅう。……皆様も、是非お楽しみください」
皆が同じような言葉を口にして、準備に戻る。その動きと礼は、例外なく洗練されており、知性を感じさせる軽やかな動きをしている。
「デ、ディル護衛官。本当に近衛騎士の方達は、全てが洗練されているのですね……」
「近衛騎士は任命されてからも、数多くの実習がございます。それは茶の淹れ方であったり、細やかなマナー。教養についても、数多くの分野を学ばされることとなります。イシュタリカ最強の騎士集団として、何一つ恥じ入ることが無いよう、そう教育を施されているのです」
近衛騎士の凄さはよく耳にしている。だがここまで細かく、数多くの事を学んでいるとは思わなかった。公爵家の跡継ぎとして、数多くの貴族と会うことのあったレオナード。そんなレオナードでも、彼らの所作は見事に思えた。
『始め!』
先程と違い、数人女性も混じっている近衛騎士。こうして近衛騎士の訓練が始まった。それはアインにとっては、すでに見慣れた風景だが、それでも先ほどの騎士達の訓練以上に、大きな衝撃を3人に与えた。
それを見るバッツに、レオナードが語り掛ける。
「……なぁバッツ。お前ならどのぐらい持ちこたえらえるんだ?」
「持ちこたえる……?お前、それってどういう意味だ」
「だから……この近衛騎士の方達を相手にしたら、どのぐらい持ちこたえることができる?」
質問内容を確認したバッツが、『はっ』と鼻で笑い、レオナードの方を見る。
「馬鹿言うなお前。2,3回剣振られたら、そんまま簡単に崩されるに決まってんだろ。……すげえよ、近衛騎士ってのはな」
素直にそう認めたバッツを見て、レオナードは認識を改めた。なにせバッツは、同年代ならば最強格の一人なのだ。それがたかが数回のぶつかり合いで、簡単に崩される。それほどの力を秘めているのが近衛騎士なのだ。
「いやー……なってみてえな。近衛騎士にさ」
「あ、あれ?バッツって確か、お父さんと同じく砦に行きたかったんじゃ……」
驚きながらも、先ほどのような醜態は晒さないロランが、バッツの思いを尋ねた。
「そう思ってたさ。父さんみたく、魔物をばったばった倒したいってな。だけどな……こんなすげえの見せられたら、憧れるのだって当たり前だろ」
今回の見学により、一番いい影響を受けたのがバッツだった。もはや目を輝かせる、普通の少年のようになってしまったのだから。
「すげえよ。足運び、剣捌き、重心……どれもこれも、何一つ太刀打ちできねえ」
自然と口から出る、近衛騎士への思い。
皆はその光景を目にしながら、騎士達の頼もしさも実感することができた。
その後は半刻程度見学をして、最後の場所へと移動をすることになった。
*
アインも知らなかったことだが、城内の騎士食堂には、天使と呼ばれる一人の女の子が居た。
彼女は給仕見習いとして、数多くの騎士の世話をしている。それは彼女の師匠が命じた、一人前の給仕への第一歩なのだ。
せっせと一生懸命に働く姿は、訓練につかれた騎士達の新たなオアシスだった。
「メイちゃーん!お水もらってもいいかな?」
「はーい!しょうしょーお待ちください!」
「メイちゃん!そんな奴の水なんていいからさ!こっちにお代わりもらってもいいかな!」
ここは騎士食堂のはずだが。……昔アインが利用した時と、雰囲気が大きく違いすぎる。何が起きたんだ?そんな顔をするアイン。
「おい何言ってんだお前?俺が先にメイちゃんに声かけたんだよ!」
「ああ!?いいだろ水なんて、自分でとってこい!」
まさかメイの奪い合いなんて光景を見ることになるなんて、思いもしなったアインだった。
「ダメなの!喧嘩したらどっちも持って行かないからね!」
「っ……う、嘘だよメイちゃん!ちょっと遊んでただけだって、なぁ!?」
「あ、あぁそうだ!だからメイちゃんそんな怒らないでさ、頼むよ……ね?」
幼い給仕の機嫌を取る騎士達。彼らを見ると、ストレスでも溜まってるんだろうかと邪推もしてしまう。職場環境の改善が必要なのだろうか?
「ほんと?ほんとに喧嘩してない?」
「してないしてない!さっきも仲良く訓練してたんだって!」
「そうなんだよメイちゃん!だから気にしないでさ!」
それを聞いたメイが、ぱぁっと明るい顔になり、彼らに向かって返事をした。
「じゃあ持ってくるね!しょうしょーお待ちください!」
一足先に踏み入れたアインとディルが。顔を合わせて頷いた。彼らにとっての、初めてのアイコンタクトだった。
「みんなちょっとまってね。席用意するらしいから、今ディルが中に行ったよ」
「あぁわかった。悪いな」
「それは申し訳ありません殿下、ディル護衛官にも、お手数をお掛けしてしまいますね」
「じゃあここで待ってよっか!」
嘘をつくようで心が痛むが、そんなこと気にしていられない。
——……さすがに騎士のあんな姿は見せられない。そう思ったアインとディル。アインは3人を引き留め、ディルは中の騎士達にアインが来ることを告げに行ったのだった。
「(騎士達がロリコンなのか、後で調査させとこう)」
アインは決めた。このことを調査することを。
今日もアクセスありがとうございました。




