戦場で告白するなんて、思ってもみなかった【中】
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
(猫を病院に連れて行っておりました)
また、遅れたのに大変恐縮なのですが、書籍版9巻のカバーイラストが公開となりましたので、こちらでもご紹介いたします。
今回も成瀬先生に素敵なイラストを頂戴いたしました。
『少年期の最終巻』となる9巻は好評予約受付中ですので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします!
※また、電子版のセールがもうすぐ終了します!
1~7巻が半額中ですので、どうぞよろしくお願いいたします!
「んだよ、アレ」
空を見上げたヴィゼルが目を見開いて言った。
その声には困惑、驚嘆、最後に混乱が入り混じっていて、明らかに予想外であることが近くのクリスにも伝わった。
それはクリスも同じだった。
ヴィゼルの首を落とすべく態勢を整え、空を見上げて眉をひそめる。
なんて、巨大なんだろう。
それに、さっきの破壊力はいったい?
リヴァイアサンが飛翔して並んだところで、それでも圧倒されるであろう巨躯が遥か空中に鎮座している姿は圧巻だった。
あれはいったい? 飛空船の中にあれほどの巨艦は存在していなかったはず。
疑問符を浮かべたのも柄の間だった。
彼女はすぐ、ハッとして唇の端を緩ませる。
そして勢いよく前に踏み込んだ。
「終わりです。ヴィゼル」
ヴィゼルの懐へ風より疾く、一切の容赦をすることなく。
唖然としたヴィゼルの首を落とすため、レイピアの切っ先を向ける。
だが、その切っ先は遮られた。
海上に未だ佇むヴェルグクに似た存在が放った光芒が、クリスとヴィゼルの間を照らしたのだ。
クリスが口惜しそうに、苛立った目をその魔物に向けると、その姿は惨憺としていた。
魔物を一掃した攻撃を上半身に浴びたようで、皮膚は爛れ骨身がさらけ出され、顔は元の形すら保てていない。
――――さっさと、斃れなさい!
ふらつく巨躯が波を立てる様子を見て、クリスはその言葉を声に出さず舌打ちをした。
「んだよ……なんだってんだよ……」
「……諦めて投降なさい」
「諦める? 俺が? ……おいおいっ! 諦めていいなんて言われてないぜ!?」
「誰に、ですか?」
「あの人に、だ」
クリスは猶も挑戦した。
行く手を遮る光芒を何度も躱し、ヴィゼルの首を落とすことに執心した。
しかし、何度やってもヴィゼルは守られる。時には光芒を弾けないかとレイピアを光芒に掠らせたが、何もなかった。
「クリス様ッ!」
いつしかマルコも合流して同じことを試みるも、やがてヴィゼルは、眩い光芒に完全に包み込まれてしまい、隔絶されて手が出せない。
あんなことをして死なないのかと思ってみていると、ヴィゼルは光芒の中で笑っていた。
「マルコ。ガルムはどうなりましたか?」
「急に姿を消してしまいました。町に行った様子でもございません」
だから合流できた。
問題はヴィゼルをどうするかだ。
「お願いがあります」
クリスはマルコの顔を見て言う。
「ここは私が。マルコは塔を破壊できないか試してください」
立ち止っている場合じゃないことは重々承知。マルコもそんなことは言わなくても分かっている。
だけど、今の頼みを聞くとクリスを一人にしてしまう。すぐに頷けなかったが、クリスから漂う王族の覇気と、それに――――。
「――――承知致しました」
マルコは空を見上げ、戦艦から漂う魔力を感じ取り頷いた。
来て早々だというのにクリスに背を向けて、この足場から立ち去った。
残ったクリスは少し落ち着きを失っていた呼吸を整えだす。
光芒に包まれたヴィゼルには手を出せないわけではない。実のところ手段がないわけではなかった。
さっき、レイピアで光芒に触れることが出来た。
レイピアは溶かされることも灰燼と化すこともなく、ただ触れただけで、言い換えるなら無傷であった。
だったら、刃の切っ先は届く。
光芒をかいくぐり、あるいは投擲してヴィゼルの胸を貫けばいい。
問題はそれをしてしまうと丸腰になることか。
マルコが連れて来ていたマンイーターは防衛のための戦力としてここに居ないから、本当の丸腰になってしまう。
それは絶対に避けるべきだろう。
故にクリスは迷っていた。
いっそのこと、ヴィゼルを討伐して退避でも構わないと言えば構わないのだが……。
ここまでの状況を鑑みるに現実的ではない。
と、次の一手に迷っていると、空に魔物が散見されるようになってきた。
現れる速度はつい十数分前までの比ではないが、それでも少なくない。
――――よかった。
無理にでも行動していたら、間違いなく危険な状況に陥っていた。
何も急ぐことはない。ここで足止めが出来て、増援を待つ時間が作れるなら十分だ。口惜しいが、ヴィゼルが持つ戦力は自分だけでは対処しきれない。
実際にマルコが居るのに対処しきれていないことが、その証明だ。
幸い、海に居る巨大な魔物の動きは止まったから問題ない。
「大丈夫。私はあの男を逃がさなければいいだけ」
「逃げる? 俺が?」
「ええ。今までのように逃がすつもりはありません」
「はっ! 馬鹿言うんじゃねえ……そんなつまらねえことするかよ。しちゃならねえんだよ、俺は」
「してはいけない……?」
クリスがそう言うと、水晶の塔が大きく揺れた。
水晶の塔が上から崩壊をはじめていた。落下していく破片を見ると、その断面が鋭利な刃に立たれたことが分かる。
どうやら、マルコの剣が通るようになっていたようだ。
「ここまでお膳立てして貰って、逃げるだって? 見て見ろよ。俺の城が崩れてるじゃねえか。……てめえらが連れてきた、あのでかいやつのせいだ」
やけに素直に語るヴィゼルの前でクリスは警戒を強める。
彼の言葉から察するに、大量のネームド、あるいは魔物が討伐されたことにより、ヴィゼルが自分の城というこの塔の力が弱まったのだ。
これがマルコの攻撃が通るようになった理由だ。
「逃げたら見放されんだろ、俺が。あの人から」
ふと、ヴィゼルの身体が光芒の中で変貌をはじめた。
足元から光に溶けていき、かき消していく。
しかし彼の表情は変わることなく、痛みを感じている様子もない。
「失敗を咎められることはどうでもいい。問題は俺が無様に逃げて、あの人を楽しませられないことだ」
「ヴィゼル……何を……ッ!?」
「言ったろ。楽しまなきゃ、人生じゃねぇ――――ってナァッ!」
クリスは意を決して飛び込んだ。
丸腰がどうした。
奴を今すぐ殺さないと。一秒でも、まばたき一瞬でも早く。
レイピアを被り上げ、鋭く振り下ろす。
風を切る音。光速にまで迫る投擲による残像。
それが――――届いた。
光に溶けだしたヴィゼルの胸より上が残るうちに、喉仏を深々と貫いた。
ヴィゼルは鮮血を吐きながら、肩口から先、まだ残されていた腕を伸ばしてレイピアを両手でつかみ取る。
引き抜こうとしたが、深々と突き刺さったことに加え、クリスが用いた風の魔法で一向に抜けない。
「おま……えっ……!?」
憎らしそうな目で睨み付けられるが、クリスに後悔はない。
しかし、ヴィゼルはすぐに上機嫌に高笑いをした。
「ははっ……ハァーッハッハッハッハッハァッ!」
ヴィゼルの手が、胸より上が。
遂に首まで光に溶け、クリスのレイピアも同じく溶けていく。溶けたそれは、光芒を通じて海に佇む巨大な魔物へ流れていく。
「もういいぜ! 身体なんてどうでもいい! 人であることに固執する必要はねぇッ! 俺が強く、見下してきた奴らをひねりつぶせるなら些細なことだッ!」
不快に抑揚に満ちた声は狂いきっていて、人らしさが消えかかっていた。
残された顔が溶け出しても声は届く。
クリスは最後に身震いした。
ヴィゼルと交わした双眸が――――この世の存在のそれとは思えぬ、筆舌にし難い悍ましさを孕んでいたから。
「ヴィゼルッ!」
その身体はとうとう、完全に溶け切った。
光に溶け、光の粒子となり。
ヴェルグクに似た魔物に光芒を通じて流れ込むと、その巨躯が黄金の光に包まれだす。
遂には、爛れた皮膚が再生をはじめた。
『ギィッ!』
『ガッ! ガァァッ!』
数多の魔物たちがクリスの背に飛翔してくる。
彼女は振り向むことなく、風の魔法だけで翼を切り刻み絶命させる。
「…………人であることに固執する必要ははい」
ヴィゼルの言葉を反芻した。
不快に温い海風に金糸の髪を靡かせて、クリスはじっと魔物の巨躯を見た。
上半身が再生されるにつれて、下半身も光に包み込まれていく。これまでの二本脚が変貌していく。蛇のようにうねる身体付きへと変わっていった。
「貴方は、誰に陶酔していたのですか?」
クリスの声が海風に溶けた。
巨躯の魔物が姿を変え、再生をして水晶の塔へ近づく。
下からとぐろを巻くように塔の表面にまとわりつき、クリスの想像以上に長い下半身で上りはじめた。
やがて、クリスの前を超え、上へ上へ。
蛇のような下半身が這った等の表面は腐り、瘴気を漂わせる。
そこから多くの魔物が湧き出た。
獣や虫、鳥やスライムといった様々な魔物が浮かび出て、クリスを睥睨した。
『アッ……イイ、コリャァ………イイィッ……ッ!』
上を見上げたクリスは目を見開いた。
音が鳴るほど唾を強く飲み込んで、面前の悍ましさに言葉を失った。
『俺ノモノニ、ナレヨ』
ヴィゼルと同じ声がした。
ヴェルグクと同等の巨躯が水晶の塔にとぐろを巻いて、上へ行ったかと思いきや、クリスを見下ろして。
その魔物の顔は、ひげを生やしたヴィゼルそのものだった。
「…………」
言葉を失っていたクリスは、今の言葉を聞いて正気を取り戻す。
他の言葉なら、まだ落ち着けなかったかもしれない。
逆に幸運だったと思ったほどだ。
「私のすべてはアイン様のものです」
『――――。クラダネェ。マ、俺ノ身体ノ中デ、俺ニ抱カレリャ変ワンダロ」
これほど直接的な情欲を向けられた経験は久しくない。それこそ、アインがイシュタリカに来る以前、賊の討伐に行った際に相手から言われたぐらいだ。
ハイム戦争の時は……あれもオズと出会うまで一方的な蹂躙だったからされていない。
「また、大勢ですね」
クリスが大胆不敵にも背を向けて、自分に向かってくる魔物を見た。
風の魔法により多くが切り刻まれてるが、やはり、レイピアがある方が戦いやすい。
『ヤルジャネエカ』
心地良くない感嘆の声が届く。
でも、このぐらいどうってことない。
クリスは大国イシュタリカの近衛騎士団長であり、王族を守る者として力を磨いてきた女傑だ。得意とする風の魔法も、一級の冒険者と比べても高みにある。
『グォッ……ンダヨ……コレェッ……?』
不意にヴィゼルが悲痛な声を上げた。
彼の首元には風穴があって、そこから青々とした鮮血が流れ出てくる。
「私のレイピアの切れ味はいかがでしたか?」
『ッ――――コノッ!?』
「貴方が何をするのかは全部想定していませんでした。だからそれも偶然ですよ。どうやって魔物と同化したか分かりませんけど、傷が残っていたのは幸運です」
鮮血が更に舞う。
ヴィゼルは両腕で喉をかきむしり、うねる下半身を蠢かせて宙に浮かんだ。
水晶の塔がまた揺れて、破片が落下していった。
すると、ヴィゼルは更に痛みに喘ぐのだ。
『ゴハァッ……イテェ、イテエナァ……ガァッ!?』
その下の足場でクリスは風の魔法を駆使して戦いつづけた。
しかし数が多い。多すぎる。
倒しても倒しても復活してくることもあり、状況が芳しくない。
でも、希望はある。
マルコが塔を破壊しきるまで時間を稼ぐだけでいい。先ほどのヴィゼルの苦しみを思うに、塔への傷はヴィゼルへの傷に通じているようだ。
「はぁ……はぁ……っ」
息が切れてきた。
魔法に強く依存した戦いをするのが久しぶりだったことに加え、魔力が枯渇に近づいていたからだ。
あまり時間が残されていない。
彼女の心に焦りが生じはじめた頃、身体の底から、暖かな魔力を感じた。
「……これ」
まるで、彼に抱きしめられているよう。
暖かくて心が落ち着いて、全身を委ねたくなる甘美な魔力だった。
『ガアアアアッ!』
そこに現れたガルム。
ガルムはクリスを見るや否や、輝く鋭利な牙を剥いてその背を狙いすました。
――――クリスの反応は一瞬だけ遅れてしまう。暖かな魔力で身体が満たされだしたけど、筋肉の疲れは変わらなかったのだ。
彼女は背を抉られることを覚悟した。
しかし、一向にその気配が来ない。
逆にガルムの身体が横たわり、背を向けていたクリスの横に現れた。
「――――ごめん」
トンッ、と背中が揺れた。
彼の背と、自分の背が重なったのだと分かった。
「遅くなった」
ガルムに魔力が流れていくのが分かった。でも、遮られる。
黄金の体毛に流れてゆく魔力に加え、ガルムそのものの力がすべて吸い取られていった。すべては、彼女の背を守った男に奪われていったのだ。
今日もアクセスありがとうございました。
予約受付中の9巻ともども、どうぞよろしくお願いいたします




