戦場で告白するなんて、思ってもみなかった【前】
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◇ ◇ ◇ ◇
バハムートの操舵室は広い空間で、机と水晶玉が置いてあった部屋と同じで全方位が透けていた。
操縦に使う魔道具の数はアインが想像していたよりはるかに多かった。通常の戦艦以上に複雑な操作を必要とするリヴァイアサンよりも、更に多くの魔道具が用意されていた。
ロランはそれらの操作を、たった一人で難なくこなしていた。
忙しなく動く彼を見ていた二人の心の中に、傍で何もしていないことに申し訳なさが募ってくる。何もできないという状況だが、歯がゆさを拭いきれなかった。
しかし、出発してから少し時間が過ぎたところで。
「ボクたちは海に出て飛んでいたから方向が分かりにくかったと思うけど、そろそろシュトロム上空に到着するよ!」
ロランはこう口にして、ある方角を指さした。
また、随分と早いな。……いや、早すぎる。
アインはこの驚きを飲み込んで、ロランが指さした方角に目を凝らす。おもむろに歩き出して透過した壁のギリギリまで近づいた。
彼は水平線の端に見える町並みと、水晶の塔、そしてその空を見て呟く。
「これまでと違う」
その声を聞いたロランは、水晶の塔の存在により当たり前という印象を受けた。これまでと違うのは言わずもがなであると。
けれど、ディルは主君の隣に行って何も言わずに頷いた。
「アイン様。あの塔から何か感じるのですね?」
「ああ。俺の予想が大きく外れるってことも考えにくい」
「ちょ、ちょちょ二人とも!? これまでと違う予想って!?」
アインは驚くロランに振り向き苦笑いを浮かべて言う。
「あの塔を作り出したのがヴィゼルなのか分からないけど、あいつか、あいつに力を渡した人物が仰々しいことを考えてるっぽい」
つづけてアインが言うのは、近くシュトロムを襲う新たな猛威について。
「今日までのすべてと、今日のすべてと比較にならない大軍だ」
「…………ボクには分からないよ。確かにシュトロムは襲われてるけど、その大軍はどこから来るの?」
「もういる。あの塔から生まれようとしてる」
やはり合点がいかなかった。
ロランにはアインと違い魔力の波を感じることはおろか、気配を悟るなんてもっての外だった。
しかし、どうやら冗談ではなさそう。
後ろから見る二人の姿に、ロランは本気を見た。
「どのぐらいの数がシュトロムを襲うのかな」
「少なくとも、空が真っ黒に染まるぐらいの大軍だと思う」
それほどの大軍なのか……。
ディルの二人が目を見開き驚愕する。
(――――それにしても、似てる)
更によく目を凝らしたアインの心の中に、ヴェルグクの姿が思い出された。あの塔から漂う魔力に、かの巨神の姿が脳裏をよぎったのだ。
もう一つ、似ていると思ったことがあった。
それは水晶の塔そのものが自分自身と似ていると感じたことだ。自分が召喚のスキルを用いてマルコたちを現界させている状況と、水晶の塔の効果がよく似ている気がしていた。
遠目に見ているだけで、まだ実際に目の当たりにしたわけではない。
それでもアインは、現地でクリスが目にした魔物が復活する効果を分かっていた。
(ヴィゼルがそんな力をもってるわけがない。――――言い切れる。そんな力があれば、こうして誰かの力を借りる力はなかった)
では、別の誰か。
考えつくのはヴィゼルの協力者だ。
無力だったただの冒険者に対し、ネームドの大軍を率いる力を与えた人物、いわば黒幕が水晶の塔を生み出す力を与えた、あるいは自分で生み出したかのいずれかだ。
「アイン様。あの塔と神隠しのダンジョンと関連性があるのでしょうか」
「分からない。でも、漂う魔力には関連性がある」
徐々に近づくシュトロムを見て、アインが遂に透過した壁に背を向けた。
「俺はそろそろ出るよ」
ここまでくれば自分で移動した方が早かった。
しかし、ロランは「待って!」と制止する。
「どうせだったら、アイン君が言った大軍が現れるまで待とう」
「危険だ。まだ完成してないバハムートだと――――」
「平気平気。その大群が全部、海龍並みの強さを誇ってるわけじゃないんだよね?」
「あ、ああ……。いってもネームドクラスのはず」
「じゃあ大丈夫だよ。せっかくだから、バハムートで消滅させてから行ってもいいと思う」
すると、アインはディルと顔を見合わせた。
「聞きたいのだが」
ディルがアインに変わり尋ねる。
「空を埋め尽くす大軍がすべてネームドだとしても、対処できるということかい?」
「問題ありません。数秒あれば、すべて消滅させられますから」
討伐、排除、これらの言葉ではなく消滅と表現された。
その言葉を聞いた二人が真意を悟るまで、あと十数分のことであった。
◇ ◇ ◇ ◇
一方、シュトロムにて。
――――惨憺とした町並みには新興都市の賑わいが微塵も残されていない。
周囲は戦いの余波で石畳が捲れ、あるいは粉々に砕け散っている。桟橋はもはや見る影もなく、停泊していた船々は一隻残らず沈没していた。家々に至れば、すでに更地も同然である。
されど、水晶の塔の下で戦う二人は互角以上に戦えていた。
ところで、マルコとクリスはこれほどの戦いに身を投じたことは久しくなかった。
それこそ、巨神ヴェルグクとの戦いぐらいなものだが、あの戦いのほとんどはアインの働きによる成果だったこともあり、二人には自分が戦い切ったという意識が薄い。
それほどまでに、金色のガルムは稀有な魔物だった。
ガルムの膂力はさることながら、疾さは陸生の魔物の中でも頂点に等しい。
「…………またか」
マルコの大剣がガルムの片腕を切り裂いた――――が、間もなく蘇生されてしまう。どのような作用によるものかは不明だが、それは水晶の塔からあふれ出た、光る砂のような魔力がガルムの腕を作り出したのだ。
これがはじめてではない。
マルコが『またか』と言ったように、戦いがはじまってから何度か同じ光景を見せられていた。
「クリス様ッ!」
横薙ぎ一閃。
剣圧を放ったマルコは後退し、別の魔物の対処をしていたクリスの傍に戻った。
「さすがです! お怪我一つしておられませんねッ!」
「ッ――――これでも精一杯ですよ!」
クリスが魔物をいなしながら答えた。
彼女は対峙していた魔物を切り伏せると、ようやく一息ついて言う。
「何度も何度も蘇生……いえ、再生されてしまい切りがありません」
「ガルムも同じでございました。首を切り落とそうが、数秒としないうちに再生してしまうのです」
「なら、この塔を壊すしかありませんね」
「私もそう思って、ガルムと対峙している最中に何度か剣を突き立てました。しかし、硬いのです。まるで神隠しのダンジョン内部のようでした」
こうしている間にも、マルコに傷をつけられたガルムが元の身体で襲い掛かる。
黄金の残像が至るところで舞う。それは、二人の死角を盗もうとして。
しかし、ここに居る二人は遅れることなく反応した。
目で追って、体裁きだって遅れていない。
むしろ二人の方が勝っており、ガルムの攻撃をいとも容易く躱してしまう。
「……お強くなられましたなッ!」
マルコが感嘆した声をあげながら、大剣を振り上げガルムを跳ね飛ばした。
「私がですか!? でも、自覚はありませんよッ!」
そしてクリスがガルムの剛腕の上を旋転し、自慢のレイピアを突き立てて駆け上がる。以前と違い、ミスリルではなく海龍の牙で作られていることもあり、その切れ味は最上。
『ガァッ!?』
『ハッ――――アァゥッ!?』
ガルムたちの声が犬の喚き声に聞こえてしまうぐらいには、二人の方が優位であった。
「ロイド殿と剣を交わすことはございませんか!?」
「ここ最近はありませんッ! アイン様としかしてないぐらいですッ!」
「……なるほど。道理で自覚がないわけです」
マルコが湛えていたのは純粋な剣の腕だけではない。クリスの動きを含んだすべてと、魔力を用いて戦う術の精度だ。
訓練を共にするアインの影響はある。
けどそれは、高い技術を前に学んだということだけではなく――――。
「根付きの影響でしょうな」
戦いながらのクリスに声は届かなかった。
「ッ……何か言いましたか!?」
「いえ、大したことではございません」
マルコの方がやはり余裕があり、戦いの中でも考えることが出来た。
根付きというと、ドライアド特有の概念であるが、それが世界樹へと成長したアインに対しても同じような意味なのかと言うと、はっきりしていない。
それでも以前、シルビアがアインに語り聞かせたことがあった。
あれは確か、黒龍騒動付近のことだろうか。
シルビアはドライアドの根付きと世界樹の根付きは別物であると断言していた。
本来の根付きは互いの命を共有することとなるが、アインの場合は別であると言ったことがある。分かったのは、魔力の流れを見てのこと。
今のアインに根付いた者には、アインの魔力が流れて守護されている。
恐らくアインが死ねばその他の者も息絶えるが、逆にアイン以外が命を失っても、他者に影響はないという結論だ。
――――この結論に関連付いて、今のクリスはアインの影響を受けて以前より強くなっていたのでろう。
「マルコッ!」
ふと、クリスが大きな声でその名を呼ぶ。
彼女はガルムの目元をレイピアで貫き、他の魔物たちも一瞬で切り伏せると、水晶の塔の上を見上げて言う。
「私たちに壊せないのなら、ガルムたちの主を狙うしかありません!」
マルコはすぐに同意した。
「どうやら、仰る通りのようですね」
進む先はいばらの道だ。
水晶の塔を上ることだけでも一苦労なのに、跋扈する魔物たちが素直に行かせてくれるわけもない。
「クリス様。駆け上がることは問題ありませんか?」
「私なら心配要りません。同じように切り立った崖を駆けあがった経験は何度もあります」
「頼もしいですな。それでは、辺りの魑魅魍魎はこのマルコにお任せを。クリス様はただ駆け上がるだけで構いません」
適材適所、効率を考えての言葉だった。
返事を聞いたクリスはすぐに足を進め、水晶の塔を駆けあがっていく。滑る表面に時折レイピアを突き立て、風の魔法を駆使して上を目指した。
途中で襲い掛かる魔物たちは、最初に決めたようにマルコが対処する。
下からは再生したガルムたちも黄金の光芒と化して追ってきた。
「姫の邪魔をすることは許さぬ――――ッ!」
忠義の騎士の大剣を前に、その先のクリスにたどり着くことが叶うわけがない。
たとえ伝説級の魔物と謳われようと、対するは本物の伝説だ。
鋭利で巨大な爪先が匹敵しても、何者も食い散らかす牙が肉薄しても。漆黒の大剣を駆る燕尾服のデーモンには叶わず、駆け上がりながら一頭に伏す。
高さが上がるにつれてネームドのワイバーンなども近づいたが、紫黒の剣閃を前に両断された。
「居た……ッ!」
クリスが怒気を孕んだ声を放った先、港に来る前に見かけた足場。
手配書を除けばはじめてその顔を目の当たりにした。
――――ヴィゼル。
ドワーフの血を引いた、今イシュタリカで一番の咎人だ。
そのヴィゼルが、近づくクリスを見て下卑た笑みを浮かべていたのだ。
「引きつづき私が梅雨払いをッ! 何かあればすぐにお呼びくださいッ!」
「ええ! お願いしますッ!」
二人の足は速度を増していき、見る見るうちにヴィゼルが立つ足場まで近づいていく。
そして、最後に。
水晶の塔を駆けあがる脚に風の魔法を用い、一気に飛び跳ねたクリスがヴィゼルの頭上まで舞い上がる。
「ハッハッハァッ! こいつぁすげえッ! 騎士にしとくのは惜しいぜ! 良い女だなァッ!」
気に入らない言葉だ。
しかしクリスは意にも介さず、レイピアを下に構える。
即時処刑。
出来る限りの捕縛を狙っているが、これほどの騒動を引き起こされたとなれば話が違う。一秒でも早く命を奪い、刑戮を成す。
国王シルヴァードの言葉の一端にあるように、容赦は無用。
――――けれど。
クリスの身体が唐突に、目に見えない圧に推され背後に飛ぶ。
彼女の身体は足場の片隅へ向かっていく。
「今のは……?」
受け身を取り器用に着地したクリスは眉をひそめた。
足元が僅かにしびれを催している。これは着地に失敗したからではなく、先ほどの圧によるものだとすぐに分かった。
「姉ちゃん、俺の女になれよ」
「…………」
「いいもん見せてやるぜ。最高の景色をな」
虫図が走った。
ヴィゼルのすべてに嫌悪感を覚える。
「あん? んだよ……嫌だってのか」
「なります、って言われると思ってましたか」
「多少な。こんだけの被害を被ったんだ。怖がって縋りついてくれたりしねえかって思ってた。そうすりゃ、姉ちゃんを好きにできたってのにな」
気持ちの悪さに顔を背けそうになってしまう。耐えきれたのは、先ほどの得体のしれない圧と、ヴィゼルの首を取るための一心だった。
「まぁいい。どうせすぐに媚びるだろうしよ」
ヴィゼルが歩いた。
「こんなところでも欲を露にするなんて。正直驚きました」
「……何を言うかと思えば。つまらねえことを言うじゃねえか」
彼は立ち止り、両手を広げた。
「つまらねぇってことは、価値がねぇ」
彼の長いひげが揺れ、海の風を浴びて高らかに。
「――――楽しめなきゃ、人生じゃねえだろぉッ!」
水晶の塔にひびが入った。
下から上へ、冬場に凍った水たまりを踏みしめたような音が至るところで鳴り響き、クリスの耳を刺した。
そして、声が鳴る。
見下ろせばシュトロムの大地が隆起して、数えきれない魔物が姿を見せた。
◇ ◇ ◇ ◇
水晶の塔に入ったひびからは、目も眩む強烈な光が漏れだした。
やがて、塔の表面を覆っていた水晶が砕け散り、空に飛散。飛散した水晶の欠片は光を帯びて、その姿を魔物に変えた。
欠片の数だけ、魔物が居る。
あんな魔法は見たことがない。
驚きに目を見開いたディルとロランの二人は、アインが「そろそろだ」と冷静に言ったのを聞いて、気を引き締めた。
「も、もう少しだけ近づくよ!」
ロランがバハムートを進めている間にも、シュトロム上空はあっという間に黒い影に覆われた。それがすべて、翼を持った魔物である。
すでにシュトロムの町は見えないほどの大軍が、その空を占領していた。
「……アイン様」
「ああ。大丈夫」
「ええ。私ももう何も言いません。あのロラン君が言うのですから、きっと、間違いはないのでしょう」
二人は絶大な信頼をロランに寄せており、これからの行動に疑問はない。
徐々に近づく魔物の大軍を前にして、驚くほど冷静だった。
「――――アイン君」
これまで魔道具に手を添えていたロランが立ち上がり、アインの下に何かを運ぶ。彼が手にしていたのは、一枚の羊皮紙だった。
しかしよく見ると、綴られた文字が光り、瞬いているではないか。
「今回は僕が制御して、町と住民に影響が出ないように方向を調整する」
アインは羊皮紙を受け取りながら頷いた。
「問題がなければ、この羊皮紙……実はこれも魔道具なんだけど、これに書かれた主砲の名前を口にしてほしい」
「俺が読み上げるだけでいいの?」
「うん。アイン君が読み上げないと主砲を放てないんだ。……これぐらい管理しないと、世界が終わってしまうこともあり得るからね」
きっと誇張ではない。ロランは本気で言っている。
その証拠に、彼の双眸はいつになく真面目で、硬く、アインが見たことのない迫力に満ち満ちていた。
「今は大丈夫。まだ未完成の主砲だから完成してからに比べると児戯に等しいよ。だけど、それでもこれまでの兵器とは比較にならないんだ」
「ああ――――分かった」
こうして、アインは羊皮紙の形をした魔道具に目を通す。
ほとんどの文字は読めなかった。
特別な文字のようで、意味が分からない。
しかし最後に、一つだけ。
アインにも読める文字で、主砲の名が刻まれていた。
「ロラン」
「うん。後はアイン君の声だけだよ」
もう一度だけ意思を確認し合い、アインは大きく息を吸った。
目を伏せ、羊皮紙を握る手に力がこもる。
――――そして、云う。
「終焉の黄昏」
◇ ◇ ◇ ◇
数分前。
空が魔物の陰に染まり、言葉を失ったクリスへと。
「見てみろよ。最高に刺激的で、最高に楽しい景色じゃねえか」
高笑いをした後でヴィゼルが言った。
……こんなの、見たことがない。
言葉を失っていたクリスは自分の予想の範疇になく、想像の範疇にもなかった光景を前にして、無意識のうちに冷たい汗が首筋を伝っていた。
……数万、ううん、数十万……数百万。
対峙する魔物は数えきれない。
たとせ一千万を超えていると言われても頷いてしまいそうだ。
「もう一度言う。俺の女になれよ」
クリスは何も言わなかった。
でも、臆したわけではない。
「黙りなさい」
彼女は清廉な声で、浄く言い放つ。
「……あん?」
「滑稽ですらあります。愚かで、本能的すぎる言葉をこれ以上聞いていたくありません」
「…………状況が分かるかい? 強がっても、てめぇらには何もできねえんだよ」
言わずもがな絶望的な状況だ。
近くからはマルコが戦う声と音が聞こえてくる。
彼が戦えるうちに、万が一が発生する前にヴィゼルを始末しなければ。
そう思った、矢先のことだった。
『オォォォォォオオオォ――――ッ』
塔の後ろから響き渡った声と、クリスが居る場所まで届いた水飛沫。
刹那、水を避けたクリスは一瞬だけ目を覆ったが、次に開くと、今一度言葉を失った。
「ヴェル……グク……?」
よく見れば違ったけど、一目見てそう思ってしまうぐらい酷似していた。
その体躯は黄金に染まっていて間違いなく別の存在であることが分かったのだが、その巨躯は劣っていない。
どうしてこんなことに。何が起こってるんだ。
何度目か分からない疑問を抱いたクリスは、決して足を止めたり手を止めたりしなかった。身体からしびれが取れてすぐ、ヴィゼルとの距離を詰めたのだが――――。
『ォオオオ――――』
ヴェルグクに酷似した魔物が光芒を放ち、彼我の距離を詰められない。
「俺はな」
と、ヴィゼルが口を開く。
「あの人と出会ってすべてが変わった。今まで手に出来なかった装備を身に纏い、言葉を交わすことすら嫌がられていた高級娼婦を好きに出来るようになった。多くの冒険者に称賛されて、最高に最高な人生を送れてる」
たとえそれが他者の力を借りていようと、悦びは悦び。
「一緒に楽しめよォッ! 人生、楽しまなきゃ損だぜッ!?」
とんっ、とヴィゼルが一歩距離を詰めた。
クリスが身動きを取ろうとすれば、また光芒が横に飛んできて身動きが取れない。
「もう一度だけ聞いてやる。なぁ、俺の女になれよ」
ここではじめて、クリスはヴィゼルの目を見た。
ヴィゼルは瞳を交わしたことにふっ、と笑っていたが、彼はすぐに目を見開いて、無意識に毛をされて一歩後退した。
「私のすべてはアイン様のもの。この身体に流れる血の一滴から、髪の毛一本まで、すべてアイン様に捧げたものです」
これまでのヴィゼルであれば軽口を返していた。
今回、それができていない。
自分がアインのものだと言ったクリスに神々しさを覚えて、言葉を挟むことはおろか、考えることすらできていなかった。
そんなヴィゼルが正気を取り戻したのは、十数秒後のことである。
「…………だったら、無理やり俺のものにするだけだ」
パチン、と指を鳴らしたヴィゼル。
だが。
空を飛ぶ魔物たちが一斉に動き出し、ヴェルグクに似た魔物の剛腕が下で戦うマルコに伸びた――――その刹那のことだった。
世界から、音が消えた。
世界から、色が消えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「バハムートは、世界を滅ぼせる」
主砲が放たれた刹那、ロランが透過した壁の外を見ながら言った。
「完成した暁には、主砲の威力が数十倍にまで跳ね上がるんだ」
こう口にしている間にも、主砲の威がシュトロム上空を包み込んでいた。
円状に備えられ、まるで法衣のように覆った翼が青緑色の煌めきを纏ったと思いきや、バハムートを中心にしてすべての力が放出された。
「主砲、終焉の黄昏の原理は難しくないよ。強烈な魔力に包み込むことで、包み込まれたすべてを文字通り消滅させるだけだからね。課題だったのは、その制御方法だけだった」
波動は音もなく空を飛び、波一つない水面に水滴を一つ垂らすが如く波紋を広げた。
音と世界の色がその波紋に奪い去られたような、そんな錯覚をアインとディルの二人は覚えた。
「だからボクと陛下は決めた。主砲だけは、アイン君の意思がなければ放てないような仕組みにしないと、ってね」
やがて、世界中に響き渡りそうな鈴の音が発せられた。
今度は押し寄せる業火のような光の波動がバハムートを中心に広がって、触れた魔物に悲鳴を上げさせる暇もなく、その身体が砂も残らぬ圧倒的な力で消滅させた。
――――空は、元通り。
残された魔物は一頭もおらず、数えきれない魔物の姿がすべて消し去られた。
音と色はこれを境に世界に返された。
「というわけでさ」
ロランがアインに顔を向けた。
向けてすぐはさっきまでの精悍さがあったのに、すぐに緩い苦笑を浮かべてしまう。
「未完成のまま魔力を使いすぎたせいで、もう一時間ぐらいしか浮いていられないから……早めに勝負を決めてきてくれたら嬉しいなー………って思うんだけど……」
呆気にとられたアインはロランの傍に歩いていくと、微笑みを浮かべながらロランの耳に手を伸ばす。
まるでカティマにするかの如く、でも感謝の気持ちもあるから、やさしめに摘まみ上げて。
「なんで最初に言わないかな!?」
その耳に、いつもより少し大きめの声で不満を告げたのであった。
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