水晶の塔へ向かって。
少年期を締めくくる9巻が、6月10日に発売します!
WEB版でここまでご覧くださった方はニヤッとできるようなエピソードも追加しておりますので、是非是非、ここからでもお付き合いいただけますと幸いです!
タラップを抜けたアインはバハムートの中枢近くに向かい、そこに設けられた昇降機の入り口に立った。
面前に鎮座する入り口は一枚のガラスのようだった。しかしロランが手をかざすと、境目が分からなかったそれが左右に分かれる。
アインとディルの二人は、それが恐ろしいほど精密に作られた素材であることに気が付かされた。
(…………すごいな)
中に入ってからも驚かされる。
内部は無色透明のガラスに覆われていて、入隅を含んだすべての場所に隙間が見当たらなかった。少なくとも、目に映る範囲では。
けれど、ガラスの外側は見えない。
周りは暗くて特筆すべきものは見えない。見えたものと言えば黒い大理石のような壁だけだ。
「バハムートには一つの間違いもないんだ」
寸分たがわぬ精巧さに嘆じていた二人の内心を知ってか、口を開いたロランの声が滔々と昇降機内に響く。
「指先で触れた僅かな空間に使われた素材ですら、数十人のチェックを通されてここにたどり着いているんだ。――――ほら、そろそろ見えてくるよ」
やがて、三人の視界に映る景色が変わった。
アインとディルの二人は、これまで見ていた黒い大理石のような壁が一変したのを見て目を見張る。
外に広がっているのは広大な空間で、真夜中の空を思わせる。
辺りには星々の煌めきに似た光が数えきれないほど漂っていて、その奥には、一際大きな光球が鎮座していた。
まるで夜空に投げ出されたような感覚に浸る中、アインは光球に伸びた数多の管に気が付く。
――――あれが例の機神か。
一目見て分かったのは存在感によるものではない。アレだけが、今のアインでも刮目するに値する力を秘めているのが分かったからだ。
「アレ、すごいね」
「さすがアイン君。もう分かったんだ」
「今までも驚いてたけど、アレは別格だ。あんなものが人の手で作れるなんて、想像したこともなかったよ」
「…………そう。だからバハムートに使われる素材と部品は間違いがないんだ」
ロランは胸を突き出すように言う。
「今乗ってる魔道具も精巧な造りなのは見ての通りだけど、どうしてここにも気を遣ってると思う?」
ロランに尋ねられたアインは僅かに俯き考え込んだが、すぐに手を伸ばしてガラスの壁に触れて思いつく。
「あの光がすべて、魔力の塊だから――――とか」
常人が触れてはならない力の奔流が漂っているのが理由だと思った。
「あははっ。ほんと、何でもすぐに分かっちゃうんだね」
「半分勘だったけどね。――――つまるところ、この外に広がる空間は機神のための場所ってところだと思って」
この予想に対しロランはすぐに頷いて、「大正解」と答えた。
曰く、半永久的な動作を実現した機神は外気からも魔力を吸収する性質があり、乗船した者に万が一が無いよう、完全なる独立を保っているそう。
この昇降機も精密な造りなのはその影響である、とロランは言った。
上へ上へ向かっていく昇降機の中で、アインの目線が徐々に機神に近づく。
じっと眺めていると、光に包まれたその先で――――。
大きく脈動した機神の全貌を、アインはここで瞳に写した。
「あの子も、目覚めが近いのを分かってるのかもね」
隣でロランが微笑んで言う。
アインは何も言わず機神を見つめていた。
いつしか高さが逆転して見下ろす形になっても、昇降機が止まるまで目を放そうとしなかった。
昇降機から下りたアインとディルが目にしたのは、建造物の中とは思えない光景だ。それを言えば先ほどまでの景色も似たようなものだが、この場所はそのさらに上を行く。
「アイン様、これは……」
「考えるのはよそう。俺たちには分からない領域の話だと思う」
「え、ええ………どうやらそのようで」
足を進めるのを迷っていた二人に先んじてロランが一歩前に出た。
それを見たディルはおもむろに手を伸ばしそうになった。というのも、前方の床が存在していないように見えたからだ。
たとえるならば、空の上だろうか。
天球上にだけ空が広がっているのではなく、見下ろすと下には研究所が広がっている。さきほどまで居たはずの機神がある空間が見えなければ、リヴァイアサンの体躯すら見えなかった。
しかし、よく見ると床にはうっすらと模様がある。石畳を敷き詰めてできたような等間隔の模様が、注視していると僅かに分かった。
「ロラン。これも魔道具で透けさせてるの?」
「うん。ここだけは全方位が分かるようにしてあるんだ」
「へぇー……外からは見えない?」
「そうだよ。ちなみに、この階層も同じように見晴らしをよくすることが出来るようになってるんだ。でも、他の部屋まで透けるわけじゃないから安心してね」
アインは「最近の魔道具ってすごいね」と呟いてから、やっぱりロランが凄いだけかと呟き直した。
ところで、ここは物が異様に少なかった。
見付けられたものといえば、一人分のソファと小さな机、他にはその机の上に置かれた大きめの水晶玉ぐらいだ。大きさはと言うと、大人が両手で抱えなければいけないぐらいには大きくて、存在感がある。
「あのさ、ここ以外にも部屋とか階層があるって話だけど、ここって何の部屋?」
「ここは本来ならアイン君しか入れない場所って感じかな。機神に命令を下せる場所になってて、ボクとディル護衛官も本来は入れないんだ。バハムートが起動してしまったら、それ以降はアイン君しか入れなくなるよ」
「なるほど…………思ってたより厳重で驚いてる」
でも、言ってから気が付く。
機神が鎮座していた空間の凄みを思えば、これぐらいで当然なのかもしれない。
「ロラン君。私からもいいだろうか」
「はい、なんでしょう?」
「ここはアイン様しか入れない部屋だというが、閉じ込められる心配はないのかい?」
「大丈夫ですよ。さっき言ったアイン君しか入れないって言うのは、倫理的な問題だったり、権限の問題ですから。バハムートを操縦できる人が居れば、いくつかの行程を経て外部から開けることも可能です」
「それを聞けて安心したよ。ではもう一つ。そうして外部から人が入れるとのことだが、そもそもここにアイン様意外が入っても大丈夫なのかい?」
「――――大丈夫です。ここはバハムートの中で操舵室と同じか、それ以上に重要な部屋に違いはありません。でも、ここで機神に命令を下せるのはアイン君だけですからね」
「む…………それは一体…………?」
ディルは何者かが悪意を持って操作することはないかと懸念を抱いていた。一度はロランにその意図を理解してもらえてないのかと思ったが、ロランの目を見てそれが間違いであることを知る。
そして、その理由をロランが口にする。
「機神はアイン君以外の魔力を受け付けません。これは機神が半永久的な動作をすることと同じぐらい、ボクが力を入れて開発した技術です」
言い切ったロランは悠然として、廉直な佇まいだ。
アインはその声音と佇まいに疑いは持たず、答え代わりに歩き出す。
やがて机の前に立ち、水晶玉を見下ろしてロランとディルを待つ。
「どうしたらいい」
もう、説明は十分だ。
それはロランとディルも同じようで、本来の目的であるシュトロムへ急行するべく、気を引き締める。
「その水晶玉は機神に命令を下せる魔道具だよ」
「ああ」
「アイン君は特に難しいことをする必要はないんだ。ただ手を触れて、命じるだけでいい」
言われるがままに手を伸ばしたアインが水晶玉に触れると、バハムートがこれまでと違い、しんと静まり返ったようだ。
ふぅ、とアインは息を吐く。
そして水晶玉に触れた手に少し力を込め、目を伏せる。
彼は唇を僅かに動かし、小さく――――でも空を揺らす覇気を込めた声で。
「――――起きろ、バハムート」
迷うことなく、その目覚めを促した。
◇ ◇ ◇ ◇
当初、マルコはクリスにシュトロムを脱するよう強く言った。しかしクリスは難色を示し、逆に町外の最新情報を聞いてマルコを諦めさせたのだ。
『クリスティーナ様! シュトロム近郊の魔物たちの数が増しておりますッ! すでにほとんどの街道が占領され、海路以外が封鎖されるのも時間の問題かとッ!』
報告に来た騎士の言葉を聞き、この包囲から無理に逃がすぐらいなら、と考えを改めたのだ。
それに加えて。
『マルコ。私たちしかシュトロムを救えないんです』
『――――しかし』
『お願いします。アイン様が大好きなこの町を救うために、私に力を貸してください』
忘れてはならない。
彼女もまた、王家の血を引く者だ。
凛然とした姿は常人のそれではなかった。
『承知致しました。このマルコ、クリス様のお心のままに』
二人が屋敷の敷地を出たのは、それから間もなくのことだ。
――――二人は奮戦した。戦況は悪くない。むしろ順調だったぐらいだ。
シュトロムにいる戦力はクリスに加え、マジョリカや多くの騎士と冒険者たち。この者たちに留まらず、マルコやマンイーターもいるのだから、苦戦はそもそも論題だった。
(破壊されてるけど……大丈夫、これなら平気)
辺りの家々はネームドの体液で汚れていたり、攻撃を受けて崩壊していたりと凄惨な景色作り上げているが、クリスが内心で言ったように問題はない。
「それにしても、きりがありませんね」
隣を歩くマルコが言った。
ちなみにマジョリカは居ない。マジョリカは冒険者をまとめるため別行動中だ。
「ですね。それもこれも――――」
「ええ。あの塔が原因のように思えます」
数多くのネームドを容易に討伐していた二人だが、時折、倒したネームドを何度か見かけたような気がしていた。
これは似ているというわけでなく、まるっきり同じ個体な気がしていたのだ。
すべてはマルコが言ったように、急に現れた水晶の塔が原因に思えてならない。
それを証明するかの如く、また一頭。
つい数分前に討伐したはずの獣型のネームドが、もう一度二人の前に現れた。
とはいえ、この二人の障害にはならず、間もなくマルコの剣により両断。彼は涼しげな顔のまま溜息を漏らす。
「嫌な予感がして参りました」
マルコが嘆息交じりに言った。
「私もです」
同意したクリスもため息を交じりに言うと、二人は揃って水晶の塔を見上げる。
つるつるした表面はよく見ればところどろこ角ばっていて、足場らしき場所があった。空にはワイバーンをはじめとした翼を持つ魔物――――それらもすべてネームド級だろうが、その姿があった。
さしずめ、城を守る戦士といったところか。
(まさか……本当に……?)
倒したネームドはそのまま横たわっていたけど、クリスは見てしまった。水晶の塔のふもとで眩い光が生じ、そこから横たわっている魔物と同じ個体が現れたことを。
「あの塔をどうにかしないと……」
「では、破壊しに参りますか」
「――――また簡単に言いますね、マルコ」
「それはもう。やらなければならないのなら、致し方ないかと愚考致します」
「ですね。その通りです」
死んだネームドは残っているのに、同じ個体が現れるという異常への理解は追い付かなかったが、考えているだけでは解決しない。
二人は悩むことを避け、すぐに目的を水晶の塔の破壊と定めた。
「早く終わらせてしまいましょうっ!」
駆け出したクリスを追ってマルコも走り出す。
道中、当然のように邪魔をしてきたネームドは何頭もいたがどれも変わらず、掃討される。数が多くて面倒に感じる程度の障害だった。
(塔を破壊して――――それから――――)
騒動が収まらなかったらどうしようかと思った。
こうなると自然に頭に浮かんだのは、ヴィゼルと言う男の存在だ。一介の冒険者にこれほどの脅威を生み出せるとは思わないが、ネームドを率いていた時点で今更感はある。
とは言え、今回現れた水晶の塔はまた別格。
神隠しのダンジョンとの関係を疑って止まないクリスには、絶対にヴィゼルを捕まえるという強い意志が宿っていた。
「クリス様ッ!」
ふと、マルコが大きな声でクリスを呼ぶ。
彼は水晶の塔の上を指さしていた。
「ッ――――はい! 私も見つけましたっ!」
水晶の塔の高さは王城の数倍もあって、地面から上を見上げても常人であれば霞んで先が見えないだろう。
だが、二人には見えた。
遥か上の出っ張った水晶に腰を下ろした、一人の男の姿が。
間違いない、ヴィゼルだ。
「あの男のことは私にお任せをッ! クリス様のお傍にはマンイーターたちを置いていきます!」
クリスは悔しかったが頷いた。
自分より遥かに強いマルコが上に向かった方がいい。ここでヴィゼルを逃さないためにも、当然の作戦だと思った。
しかし、そうはならない。
巨大な水晶の塔のふもとにたどり着いた二人に数多くのネームドが牙を剥く。
「むっ…………!?」
だがクリスに猛威を振るうネームドは少ない。
ほとんどがマルコを狙って牙を剥いていた。まるで誰が強者かを理解して、自分たちが勝利するまでの道筋を立てているように見える。
――――そこへ。
『グルゥ』
音もなく何処からともなく。
金色の体毛を靡かせた一頭のガルムがマルコの背後に現れ、その剛腕を振り上げた。
「――――塔を守りに来たか、ガルムよ」
マルコの声が、辺りに滔々と響き渡った。
今日もアクセスありがとうございました。
6月に発売する9巻も併せて、どうぞよろしくお願いいたします。




