とある夜の話。
来月発売となる原作7巻が書店さんや多くの通販サイトさんで予約が開始しております。
今回も既刊に負けぬ多くの加筆を行いまして、構成にも手を加え、1巻や4巻と同等の分厚い一冊に仕上げております。
7巻も引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
夜、何となく一人で島に残っていたアイン。
昼間の騒動の後、こちらに戻ってからも様々な面倒ごとはあったものの、その原因がアインでなかったとあって、特に叱られたというはなかった。
一人で残っていたのは、心境の整理がつかなかったからである。
(…………)
砂浜に身体を倒して、夜空を見上げた。
まだ昼間の熱が残った砂はこうしているだけで温かく、体の芯まで熱が届きそう。
だが、癒されつつある身体に反比例して、心のうちは晴れない。
(海龍騒動の犠牲者か)
ぽつりと漏れた呟きは、ラジードがアインを殴ろうとした理由に他ならない。
……あの後。
騒動の後で船員にも事情を聞いて分かったことだが、ラジードには一人息子が居たそうだ。
その子は幼き日より冒険者に憧れ、そして都会での暮らしを夢見ていたという。先祖代々漁師だったラジードは漁師になることを願うも、息子は反発してシュゼイドを発つ。
彼はそれなり以上の才能に恵まれていたそうで、冒険者としては一流に数えられたと聞く。
しかし、彼は命を落とした。
強要されたわけではないが、海龍騒動の際に討伐隊に参加して海に沈んでしまったのだと。
(だから――――)
俺を、王族を恨んでいたそうだ。
アインはそう心の内で呟いてから、深く深くため息をついた。自分がもっと早く足を運べていたら――――と思わずには居られなかったのだ。
けれど、ラジードの恨みは逆恨みに近いものであろう。そもそも冒険者には参戦を強いていないからだ。
冒険者であれば、誰もが『自己責任だ』と吐き捨てるような話なのだ。……そうは言っても、アインは複雑な感情に苛まれてしまってたのだが、この話に加え、あの場所に海龍の双子が居たことも、ラジードの憤怒を駆り立てるに十分過ぎたと考えられる。
しかしながら、やはり逆恨みというのが最もふさわしい表現だった。
「それで、どうなったの?」
不意に背後から聞こえてきた、赤狐の声。
声の主の姿を砂浜に横になったアインが見上げた。
「拳が俺にぶつかる前にディルが剣を抜こうとしたよ」
「止めたんでしょ?」
「そりゃね。でも暴れたままだったから、拘束してシュゼイドまで連行されてったよ」
あの時は理由を知らなかったのもある。
今のように知っていたら、もっと別の方法で止めていたかもしれないが。
「ところでさ」
「何かしら」
「その水着って、いつの間に用意してたの」
「私の魔力で作り出しただけよ。似合ってる?」
「似合ってると思うよ。それと……器用だね」
――――月灯りに照らされたシャノンは幻想的、あるいは神々しさすら感じられた。
穏やかな海風に誘われて、腰まで伸びた彼女の赤毛が靡く。
その姿はまるで、羽衣を纏った天女のように優美。
涼しげな流し目には凛とした強さと、繊細な扱いを要求されるガラスのような脆さが共存していて、その不揃いな様子には独特の婀娜っぽさが見え隠れする。
磨き上げられた玉のような肌を、見ているだけでうっとりしそうになる体躯を隠す黒の水着は闇夜に負けず、更に黒い。けれども、隠し切れない濃艶さには息を呑まされた。
黄金の瞳が月灯りを妖しく反射して、神々しさの中にも目を離せぬ魔性があった。
「話を戻しましょ。どうせ無罪放免なんでしょうけど」
彼女はそう言ってアインの隣に腰を下ろす。
傍から見れば気にしていないように見えるも、密かに口角を緩ませ、無意識に髪の毛先を指で弄んだあたり、アインの言葉に喜んでいるのが分かる。
「何にせよ、ラジードさんとはもう一度話すよ」
「ふぅん、謝るの?」
「……俺はそう簡単に謝っちゃいけない立場だから、少し考えてる」
「はぁ……私のことさえ救ってくれるアインなんだもの、それはもう甘いのは良く知ってるわ。でも今回の件はアインに何も非がないじゃない」
そう、その通りなのだ。
仮にアインがもっと早く王都を出ていれば、話は少し変わったかもしれない。
だとしても、アインが到着した際には一頭目の海龍が討伐されるところだったし、逆にアインが早すぎて邪魔になった可能性だってあった。
全ては結果論に過ぎないが、何にせよアインには非がない。
けれど犠牲者を悼むことは別である。
アインは何よりも、このことを強く考えていた。
「ちなみにその自虐ネタはどうかなって思う」
「私のことなら事実だもの」
ケロッとして言ったシャノンを見たアイン。
寝ころんでいた身体を起こして座り、彼女の目をじっと眺める。
急な展開に幾分か戸惑っていた彼女に手を伸ばすと、親指と中指で輪を作った。
そして、それを――――。
「ッ~~な、なんで急に叩いたのよ!」
シャノンは急なデコピンに不満そうで、眉間に両手を当てて唇を尖らせた。
強くなかったから痛みはないが、急なことに文句を言いたかった。
「過剰な自虐ネタはどうかと思ったってだけ。このぐらいにしとくから、反省するように」
「意味分かんない……」
「説明が難しいからそのぐらいの理解で良いよ」
ようは、事情があるだろうと言いたかった。
生い立ちや旧王都への道のりを含め、多くの事情を鑑みていたからだ。
反省は大事だし過去は消えないが、その経緯にあったことを忘れないようにという意味を込めて、アインはこの場を収めることにした。
『わったしっはむってきの研究者~……っとニャ!』
不意に聞こえてきた謎の歌声に、二人は身体を身構えた。
立ちあがったアインはおもむろに近くにあった大岩に向かって背を預け、一方でシャノンはその陰に隠れた。
「お、居たニャ!」
「カティマさん、急にどうしたのさ」
「まーだ落ち込んでるのかと思って、私がわざわざ一人で様子を見に来てやったのニャ」
「ごめん、まだ考えごとしてて」
「まー気持ちはわかるのニャ。私だって今も微妙な心境ニャし――――って、なんでそんな岩に背中を預けてるニャ?」
「…………立ってる方が考えごとがしやすいからね」
「ニャるほど、私もその感じは良く分かるニャ」
こうしていると、背中が不意にくすぐられた。
いや、くすぐられたのではない。
彼女がアインの背に指を伸ばして、何か文字を書きだしたのだ。
『まだ?』
催促されたがどうしようもないだろうと。
「まだだよ」
「んニャ? 何か言ったかニャ?」
「いや別に、何も」
「…………ほー」
疑われているような感じでは……ないようだ。
互いの心境もあって、気のせいにしてくれたらしい。
『平気? 誤魔化せた?』
「――――」
『ねぇねぇ、教えて?』
これはきっと、分かってやってる。
そもそも声は聞こえているはずなんだから、カティマの表情が見えなくとも理解できるだろう。シャノンであれば殊更だ。
しかし背中がくすぐったい、それもわざとな気がしてしまう。
『砂浜で寝るのって気持ちよさそう』
「俺はもう少しここにいるよ。砂浜で音を聞いてると心が洗われそうだし」
「りょーかいしたニャ!」
『あ、私が気持ちよさそうっていったから?』
「砂に身体を埋めると暖かいしね、ゆっくりしてから帰るよ」
最後に警告がてらこんなことを口にして、立ち去るカティマを見送った。
そして、完全に人の気配がしなくなったところで振り向いた。
「逃げないように」
シャノンはアインの埋めると暖かいという言葉を警戒して、じっと訝しむような視線を向けて来る。
「ねぇ、前より私の扱いが雑になってない?」
「遠慮しなくなっただけで、雑にしてるつもりはないよ」
「それが雑になってるって言うの!」
本当に埋めてしまうつもりはないし、彼女もそうは思っていない。
「シャノンが明らかな邪魔をしてきたんだから仕方ないって。……ん? よく考えたらさ、一度姿を消してしまえば問題なかったんじゃ……」
「…………そうかもしれないわね」
なるほど、こちらも確信犯だ。
目をそらしたのも見れば間違いない。
すると彼女は不意に笑う。
「そうだ、この前のお礼をしてもらわないと」
「この前のって、黄金航路の?」
「ええ。こんな場所に来るなんて滅多にないじゃない、だから一緒に遊んでくれたらそれでいいわ」
そのぐらいなら喜んで付き合おう。
アインはすぐに「分かった」と答えた。
「それにしても……変なの。一緒に遊んでなんて、はじめて口にしたかも」
何の気なしの、ぽろっと漏れた言葉である。
けれどその実情は語るに重く、悲しい過去が関わることだ。
(さて)
何をしよう、力技で海を割るぐらいならいくらでもできるが、彼女がそんなこと望んでいないのは考えなくともわかる話だ。
シャノンは迷っていたアインの面前にやってきて、身体をくの字に曲げて微笑んだ。
そのままアインの右手を両手で強引に掴み、歩き出してしまう。
「とりあえずお散歩しましょ。夜のお散歩も悪くないじゃない?」
以前は暗い場所が嫌いと言っていたシャノンとは思えない台詞に、アインは一瞬だけキョトンした。
しかし以前と違う明るい表情を浮かべているのを再確認して、ほっと胸をなでおろすとともに、あの世界で彼女を救えたことを強く喜んだ。
次話から次章へと入ります。
今日もアクセスありがとうございました。
予約受付の7巻と共に、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




