なるべく静かにしましょうね。
原作6巻とコミックス2巻の発売まであと一か月を切りました。
すでにamazonさん、hontoさんでも先日から予約が開始いたしました。
こうした時期でのお願いで恐れ入りますが、魔石グルメの書籍版につきましてもどうぞよろしくお願い致します……!
原作については、今回も半分以上が加筆となっております!
会場に現れた二輪の華。
片やブルーファイアローズに似た蒼いドレスに身を包み、片や情熱的な深紅のドレスに身を包んだ佳人だ。
当然、言うまでもなく注目を集めた。
しかしアインもまた優しげで端麗な顔つきで注目を集めてならない。
並び立つ三人の後ろを歩く騎士たちも一端を担っていただろう。
一人は金色の鬣を風に靡かせた騎士に。
そしてもう一人は燕尾服を優雅に着こなした老紳士だ。
一行が放つのは華だけでなく、高潔さや優雅さ。それに尊さを抱かせる威風堂々とした居住まいには自然と畏敬の念を抱かせられて止まなかった。
(――――あまり経験したことのない雰囲気だ)
馬車を降りたアインは歩きながら、声に出さずにこう思った。
イシュタリカで開かれるパーティであれば、会場に立つ者は騎士や給仕たち。
他に貴族や資産家が参加しているのはこの会場と変わりないが、警備の任を任されているであろう者たちの様子が違う。
特に違ったのは服装だ。
琥珀宮に居る見回りの者は全員が黒いスーツに身を包んでいて、一見すれば執事のようにも見える。しかし注視すると彼らは明らかに戦闘要員であると分かる。
たとえば、歩き姿。
懐に武器を忍ばせているとすぐに分かる振る舞いだ。
「どうかしたの?」
隣を歩くクローネが訪ねてくる。
「大したことじゃないけど、会場の雰囲気が珍しいなって思って」
その声にクローネが、そして彼女と反対側を歩いていたクリスも頷いた。
「周りにいる者は皆が戦えるよう訓練されているようです。でしたら黙って鎧を着た方がって思っちゃいましたけど、もしかしたら、特別な素材で作られてるのかもしれませんね」
「で、この雰囲気はどう思う?」
「彼らの運営方針としか……。国が違えば文化も違いますし、特に黄金航路は大商会のような組織ですので、あまり騎士を配置する文化はなかったのかもしれません」
特別、変な話ではない。
確かハイムのパーティでは騎士の姿があったが、ここはハイムでもイシュタリカでもない。バードランド、それも今話題の黄金航路という組織の本拠地である。
あくまでも何となくではあったが。
アインは「ディル、マルコ」と二人を呼ぶ。
すると二人は耳を澄ませて。
「黒騎士と共に、二人の傍から離れないように」
ですが、と。
ディルが口を開いた。
「どちらかへ行かれるのですか?」
「そういうわけじゃないけど、ティグルと二人で話したいこともあるんだ。だから、その時だけ俺は席を外すと思うから、クローネとクリスの傍に居て欲しい」
「なるほど、承知致しました」
会話を聞いていたクリスは不満げだった。
彼女は何か言いたげに、隣に立つアインのことを見上げる。
しかしその不満に何か答えるより先に。
一行の下へ、上機嫌に足を運んだ者が居る。
「素敵な人たちって思ったら、やっぱり殿下だったのね」
「マジョリカさん……あ、今日はいつもと違う服なんだ」
「ま、しぶしぶよ。こーんなに窮屈なジャケット何てさっさと脱ぎ捨てたいけど、あまり魅力的な服装で居て、ベイオルフをうっとりさせすぎても困るじゃない」
「でも似合ってるよ」
マジョリカの服装はごくありふれた紳士のパーティ衣装だった。
しかし装飾はやはり煌びやかであり、いつものマジョリカらしさも失ってはいない。
夜明けの空のようなジャケットとスラックスは微かにラメが入り混じり、胸元に刺された黒いバラの花と相まってミステリアスな雰囲気を漂わせる。
「待ち合わせしてるんだっけか」
「ええ。ベイオルフが琥珀宮から出てくるのは三十分後くらいかしらね。今日のパーティは屋外の立食じゃない? だから静かな一席でゆっくりと、なんて返事が届いてたわ」
言い終えたところで、得意げに笑みを浮かべた。
「研究の臨床結果とか技術供与はどう考えてるのか、とか。世間話ぐらいの軽い態度で聞いてみるわね」
「ありがと、今度ちゃんとしたお礼をするよ」
「期待しとくわね――――あら、どうやら殿下と同じく、このパーティの話題の一つになりそうな人が来たみたいね」
アインがやって来たのと同じ。
入口から、受付を終えて敷地内に現れた馬車が多くの招待客の注目を集めた。それもそのはず、馬車へはっきりと描かれた紋章はイシュタリカにて商会の頂点とされている、オーガスト商会のそれに他ならない。
開かれた扉から現れた一人の老躯。
もはやアウグストの名を名乗っておらぬ歴戦の元貴族。
いや、今はイシュタリカにて爵位を持っているのだから元ではないだろうが、ハイムでの過去とするならばさして違いはないだろう。
何にせよだ。
グラーフという名はここロックダムにおいて、とりわけアインの名よりも影響が強い。
「不思議よねぇ、ベイオルフはどうしてグラーフ殿を招待したのかしら」
過去の敵対関係を思えばこその疑問だったが。
「お爺様を招待なさったのは黄金航路ではありませんよ」
すぐにクローネが否定した。
「招待状を認めたのはバードランドの組合です。今宵のパーティは決して黄金航路だけが主催というわけではありません。出資側として多くの権限はお持ちのようですが、組合側にも招待客を募る権利はあったようです」
「ようは勢力争いに巻き込もうとしてるってことかしら?」
「どうでしょうか。私の口からの憶測は控えておきます」
「あらあら。ま、それにしても分かりやすい話よね。見方を変えれば、バードランドにいる一部の商人はイシュタリカの大商会を頼ったってことになるじゃないの」
「古くからお爺様とバードランドの関係はそう悪いものではありませんでしたから」
「オーガストとして? それともアウグストとして?」
クローネはその言葉には答えず、可憐に、濃艶に微笑み返すだけ。
言わずもがなではある。
オーガスト商会が元アウグスト家当主、グラーフによる新天地というのも今となっては知らぬものの方が少ないくらいだ。いわば公然の秘密というくらいで、多くの民草が知らないのは、何故グラーフがハイムを離れてイシュタリカで旗揚げしたのかということぐらいである。
しかしながら、察しは付く。
イシュタリカとハイムの密約の件がある。
もろもろがご破算となった当時を鑑みれば想像に難くないからだ。
――――未だ衰えを知らぬとか。
――――相変わらず、精悍な男よ。
――――老いてなお頭角を現しているそうだな。
アインらの耳に届いた賞賛の声のあとで。
――――祖国を捨てた男ではないか。
――――何でも、イシュタリカ王家の力添えで成長出来たらしいが。
――――はっ! 今となってはベイオルフ殿の後塵を拝すだけよ。
蔑みに似た言葉とともに、比較するような声。
やはり後者に頷く者たちの数が多くて、黄金航路の影響力が分かる結果となった。また前者に関しては多くが老躯、あるいはそれに準ずる初老の者たちが多く。
後者に関してはまだ若き者や中年の者たちが多いようである。
少しばかり混沌としだしたところでも。
(笑ってる)
グラーフは何てことなさそうに。
すると、アインを見つけて更に不敵な笑みを浮かべていた。
さすがと言ったところか。
何も心配はいらなそうだと再確認したところで、声に出さずに唇を動かして「武運を」と口にする。グラーフはそれに気が付いて首を縦に振った。
「この戦場も賑わいそうねぇ」
「あの、マジョリカさん? 別に戦場ってわけじゃないんだけど」
「商人たちが大好きな情報戦よ。あとは国家元首選定の票集めの戦いってとこね。ほーらご覧なさいな、招待客の目なんてお金が好きですって書いてあるようなものよ」
「マジョリカさんの目に魔石が好きって書いてあるのと一緒?」
「そうね、殿下と私はそう書いてあるかもしれないわ」
冗談を言い合っていたところへ。
ぐっ、とアインの服が引っ張られていく。
顔を寄せて、諫めるようにクリスが。
「不必要な賑やかさを提供なさることは止めてくださいね」
「分かってるって。別に俺も普段からそんなこと考えてるわけじゃないってば」
「ほんとですか?」
「……考える事はあっても、実行に移してないんだから無罪だよ」
「知ってます。その場にカティマ様が居たら、絶対に実行されることも良く知っていますよ」
「あーほら、そんなことを言うから後ろでディルが……」
「いえ……お気になさらず……私もクリス様と同意見ですので……残念なことに……」
ディルが額に手を当てた姿は如何とも言い難く。
哀愁を漂わせた姿には弱々しさと、この世の無常に抗おうとする強い心を内包しているように見えた。後者の強い心がこれからも生きながらえることを祈って止まず、アインは短く「ごめん」と呟く。
嫁に出たとはいえ身内だ。
あまり苦労を掛けないでくれよと考え、自分の行いも気を付けようと反面教師にして。
もう少し進み、誰もいないテーブルの一席に着いたところで立ち止る。
「パーティは楽しまなきゃ損だし、少しぐらい羽を伸ばそうか」
こう口にしてグラスを手に取る。クローネとクリスの二人がそれに倣ったところで三人はグラスを合わせ、軽やかな音色を響かせた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ティグルと合流したのは十数分後のことだった。
少し遅れた彼と目配せを交わし、パーティ会場の傍ら、円状のベンチを見つけ時間をずらしてそこへ向かった二人。
ベンチは円の中心が花壇になっていて、そこに背を預ける形で二人は腰を下ろす。
後程、マジョリカがベイオルフと接触することや。
別行動をしていたティグルが知りえた情報を交換していた。
「――――というわけだ。現状、最有力となったのがベイオルフ。次いであのレンドルとかいう将軍派と宰相派が追いかけているものの、残念なことに支持者の数はベイオルフに追いつける様子がない」
本来の目的である黄金航路の研究成果とは直接的な関係はない。
とは言え、こうした情報もまたないに越したことはなく、この情報交換もまた有意義であった。
「もう当選してるようなもんか」
「そうだな。元商会長とかいう候補者もいたが、奴に関しては忘れていいだろう」
「分からないでもない。ロックダム復興に金を出してたと言っても、黄金航路ほどの影響力はなかったんだろうし」
皆と別れてティグルと会話をしにくるも、新たな情報はさして多くない。けれどアインはその少ない情報も貴重であると考える。
しかし、もう潮時だ。
二人はほぼ同時に口を閉じ、席を立とうとしたのだが――――。
「これはハイム公!」
不意に声をかけてきた一人の商人。
反対側に腰を下ろしたアインには姿が見えないが、商人は恰幅が良く豪奢な服に身を包んだ、一目見て分かりやすい豪商である。
「む、お前は確か」
「ええ! 以前、復興盛んなハイムに出入りさせていただいておりました! 昨今は私の役目も少なく、ハイム公にお目通りする機会はございませんでしたが……」
「幾度か私の屋敷で顔を合わせたことがあるな。それで、急にどうしたのだ?」
すると商人はティグルの隣に腰を下ろしてから答える。
「ここでお会いできたのも何かの縁です。少しご商談でもいかがかと」
「…………好きにしろ」
この時、ティグルは心の内で自嘲していた。
昔ならば、まだハイムが残っていたのならこの商人にも遠慮があっただろうかと。ようは舐められているというか、遠慮せずとも大丈夫と踏んでの対応をされていたからだ。
別に苛立ったわけではない。こんなのは今に始まったことでは無いから。
「バードランドはいかがです? 住み心地が良さそうでありましょう?」
「何が言いたい」
「これは失礼。単刀直入に申し上げますと、この地に居を構えるのはいかがかと思ったのです。私は多くの物件を扱っておりますので、ご協力できますよ」
「ああ、まぁ……だとしても別邸を設けていられるほど暇ではない」
「そうではありません。私は本邸として如何かと」
「何を言うのかと思えば、私に港町ラウンドハートまで通えと申すのか? それともなんだ、この町で仕事をして、あちらへは指示だけしろと?」
中々気になる話題だったためアインは耳に入れたくもあった。
しかし、ここからはティグルの私生活に関わる。ハイム自治領は実質イシュタリカのようなもので、その領主たるティグルの引っ越しとあらば大ごとではあるが、後で聞いてしまってもいい。
彼のことを信用して席を外そうとするも。
コン、コン。
と。
アインが立とうとした瞬間、ティグルが意味深にベンチを叩いたのだ。
「如何なさいましたか?」
「ああいや、私は興味を持った話の前ではつい今のような仕草をしてしまう。気が短くてな、心がつい急かしてしまう。だがこうした話は気の置けない友人も交えてしたいものだ。何せ友を招待することもあるだろう」
「それはもう、ご招待するのが楽しみになる邸宅をご用意できますよ」
つまり、聞いていていいのか。
あるいは聞いていろとの意思表示か。
アインは密かに座り直した。
「つづきを」
「かしこまりました。何故バードランドに拠点を移されてはと提案したのかと言いますと、偏にハイム公の将来を見据えてのことでございます」
「ほう」
「以前、イシュタリカはいずれ「ハイムに主権が返還されるであろう」と公に言葉を発していた。何時になるか明言されておりませんが、それを見据えてなのです。その時、ハイム公はどうされますか?」
「…………」
「住む場所がご入用でしょう。ですがそれだけではない」
「私に何が必要になると?」
「戦力でございます」
「随分と飛躍したもんだ」
「ですが事実なのです。ハイム公ほどの方となれば、元ハイム国民からの信頼も厚いのは知られています。ではそのハイム公が港町ラウンドハートを出てしまえば? 答えは簡単で、新たな勢力が誕生することは必定です」
話運びが強引だが分からない話でもなかった。
アインはひたすら耳を傾けて、二人のやり取りを一言一句聞き逃さない。
「悪いが興味はないな」
しかし、一蹴。
あっさりと言われ、商人が面食らう。
「そもそも、返還されたからと言って私がバードランドに引っ越す理由が分からん」
「戦力の拡充に努めるには最高の場所だからです。以前のハイムを取り戻すため、今は崩壊した旧王都の復興にいそしむためにも――――ッ!」
「ようやく貴様が言いたいことが理解できた。私に以前のハイムの栄光を取り戻し、新生ハイムを興せといいたいのだな」
「それが常道です」
「ほう、それはなぜだ」
「ハイム公、いえ、ティグル殿下にはそれだけの求心力がおありだからです」
するとティグルは軽く息を吐いてから不敵に笑った。
「主権が返還されたとして、私は首都を港町ラウンドハートとすることも辞さんぞ」
「そんな馬鹿なことを……! 背を海にするだなんて愚行ですぞ!」
「背にした国を信じればこその行いだ。私は海を渡った地の友のことを誰よりも信じている。そして、未来のハイムもまた、我らのようによき友となれるとな」
「…………まさか同盟を組むと?」
「貴様がどうとるかは自由だ、好きに考えろ」
もう興味が失せたのか、彼はおもむろに立ちあがる。
ではな、こう言って歩き出したところへと。
彼の背を追って立ち上がった商人がまた、手を伸ばして肩を掴んだ。
「白銀は錆びつくものです」
「くはは! 何を言うのかと思えば貴様……まぁいい、つづけてみろ」
答えたときの声は昔のティグルのように何処か豪胆。
それを好意的に受け止めた商人が言う。
「ですが黄金は錆びつかない。数多の財宝を目にした貴方様ならお分かりのはずだ」
「どうやら私は貴様の言葉を勘違いしていたようだ。中々面白いことを言うではないか」
「お褒めに預かり光栄です」
「さぁ、私が興味を持っている間につづきを言ってみろ」
「お心のままに。――――私と致しましては、ティグル殿下にはいずれ、我らの力となってほしいのです。勘違いはしないでほしいのですが、決してイシュタリカに仇を為すわけではありません。あくまでも、いずれ並び立ちたいと願うだけでして」
今の言葉を聞いて、ティグルは「やはりか」と言って興味を失う。
これまでの態度が嘘のように。
卒然と、前触れは一切なしにだった。
「大それた目標を掲げん方が身のためだぞ」
「それは――――」
「これは昔話だが、とある女が貴様以上の大願を掲げたことがある」
「して、その女性は今?」
「貴様が錆びつくと言った白銀に貫かれたさ」
シャノンのことだとアインは思った。
すると同時に、アインの胸が軽く振動する。
恐らく彼女の意思表示だ。
「女は強かだった。少なくとも貴様とは比較にならぬほど頭を働かせ、稀有な力を用いていたほどにな。が、錆びつくことのない白銀に貫かれたのに変わりはない」
ここでティグルはついに振り向いた。
商人を真っすぐ、濁りのない瞳で射抜く。
「黄金は錆びつかずとも、その黄金を纏う者が腐ってしまえば同じことだ。ハイム戦争での経験談だが、権力者と死人は腐るのが早いぞ」
脅しのようで、声色は低く。
商人は向けられたことのない迫力を前にしてたじろぐと、笑みを繕って後ずさる。額に浮かべた汗をそっと拭うと、思い出したようにわざとらしく手を叩いた。
「お言葉はしかと受け止めました」
言葉の後で商人が歩き出した。
「どうした、もう行くのか?」
「ハイム公も何処かへ行かれるところでしたし、私もこの後の予定がありまして。……またいずれ、此度のように実りある話が出来る日を心よりお待ちしております」
こうして逃げるように足早に去って行く。
商人の背を眺めながら、肩をすくめたティグル。
ふと、肩に手が置かれた。
「俺が聞いてても良かったの?」
「逆に聞くなという方が問題だろうが。私の謀反を疑われるようなことは避けたいだけだ」
「……なるほどねー」
「なんだその顔はッ! ニヤついてるんじゃない……ったく、締まりのない男だ」
最近はこうしたやり取りが多いような気がした。
普通の友人同士のようにじゃれついて、笑い合う。
これだけなのに楽しいということに、相応しい言葉が浮かばない。
むっ、とまゆを潜めたティグルをアインが笑っていると。
――――お、来たな。
――――待ってたぜ俺たちの英雄!
――――今日も勝利を収めたらしいですね、さすがと言ったところで。
――――このまま優勝するのは当然だろうさ。
離れたところ、会場の中心の方から賑わいの声が届いたのだ。
アインはその声を耳にしたとき。
琥珀宮に来る直前、闘技場から聞こえた声のことを思い出した。
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