勿忘草
最近、宣伝が多くて申し訳ありません。
5巻が好評発売中です。
ハイムとの会談についても多くの展開やエピソードを書き下ろさせて頂きました。その他にもすべて書下ろしの章もありますし、クライマックスやエピローグはすべて新規書下ろしです。
bookwalkerさんでは試し読みも出来ますので
(成瀬先生が描いてくださったイラストも見れます)
是非、試し読みだけでもご覧いただけますと幸いです。
空を漂う雲を割って、アインが乗る飛空船は王都を目指していた。
アインの部屋にはアインが一人だけ。
代わりに、出入り口は今までにないほど強固に。近衛騎士たちが立って封鎖している。
――――無期限の蟄居。
船に戻ってから、シルヴァードがアインに課せた罰であった。
いくらシルヴァードの為であったと言え、決まりは決まり。信賞必罰を常に口にしてきたシルヴァードにとって、アインを罰することなく水に流すことは考えられなかったのだ。
しかしながら温情はある。国王の言葉を無視したアインに対し、無期限といえど謹慎で済まされるなら軽いものだろう。
「よしっ……と」
これまで文字を書き綴るのに使っていたペンを置いて、本を閉じる。
うんと背筋を伸ばしてから立ち上がると。
「うん」
大けがをしていたはずの腕を見て、それから拳を作って感覚を確かめた。
本当にいつも通りなのだ。
あんな傷を負ったというのに、今では傷跡すら残っていない。たかが数時間と少し、一日も経っていないのにこの様子だ。
そのまま、窓の方へ向かう。
既に見えなくなった神隠しのダンジョンの方を向いて、目が覚めた時のことを思い返した。
◇ ◇ ◇ ◇
「起きたか」
目を覚ましたアインが居たのは、暖炉の前の椅子の上。
深夜に本を読んだまま寝てしまった時のような身体のこわばりと共に目を覚ました。すぐ隣の椅子にはセラが座っていて、目の前の暖炉には彼女の鎌が立てかけられている。
あまり距離が離れずに、糸が纏わりついて宙に浮かんだ石板の姿もあった。
アインが何か尋ねるより先にセラが言った。
あったはずの傷は治してあると。
そして勝敗についてと、これからどうするのかを淡々と。
「お主の願いを叶える前に聞いておきたい。どうして儂の攻撃を躱せていた」
「……えっと」
「儂が知るお主には対処できない攻撃を放っていたつもりだ。しかし不思議なことに、お主はそれに対応できていたであろう」
正直なことを言うと、特別なことをしていたわけではない。
「セラさんに勝つ事だけを考えて、毎日毎日剣を振ってきたからです」
「たわけが。たかが数年で儂の攻撃に反応できるわけがなかろう」
「それだけだったら無理だと思いますよ。けど、ヴェルグクの力も吸いましたし」
「む……しっ、しかしっ! 儂はヴェルグクを何百回も戦闘不能にしてきたのだぞ! たかがあの程度の神族の力を得たところで……それこそ、絶対攻撃だけが面倒なぐらいで……」
「そりゃ、使ってたと言えば使ってましたし」
「――――あん?」
「だから、その絶対攻撃を使ってました」
あっけらかんと放ったアインを見ていると、毒気が抜かれてしまう。
セラは何度か小首を傾げてから、天井を見上げて腕を組んだ。
「…………お主、一度しか使えぬと言っておらんかったか」
「言いましたね」
「整合性がとれぬではないかッ!?」
「使ってたと言っても、セラさんに使ってたわけじゃないですよ」
「ほ……ほう……?」
すると、アインは暖炉の方を指さした。
「儂の鎌に?」
「ええ。あっちに使う分なら何とかなりそうだったので」
指の先にあるのはセラの鎌だった。
スキルを行使する対象が生物ではなくて無機物、それも武器だったとの言葉。それを聞いたセラは椅子の上で脱力して、ずるずるっと滑り床に落ちた。
「ほっほぉーん…………そんな搦手で儂の鎌を…………はぁ…………」
「鎌に対して絶対攻撃を作用させて、ある程度の予測をしてました。俺の攻撃を当てる方法とかタイミングが分かるなら、逆に相手の攻撃を避けることもできると思って」
「ああそうじゃな、その通りじゃろうよ……」
「俺からも聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
なんじゃ。
セラはだらしなく横たわったまま言った。
「あの戦いが仮に命の取り合いだったのなら――――」
「そのような問いに価値は無かろうて」
遮った声に対してアインは話すのをやめなかった。
「あの糸って、俺の命ごと切り裂けたんじゃないですか」
「…………」
「シャノンから力を借りていたとしても、です。間接的に俺に作用させる方法なんて、貴方ならいくらでもその手段を持っていたはず」
「もう一度言うが、そのような問いに価値はない」
すると、セラは床の上で座り直した。
丁寧に磨かれた宝石のような、澄んで美しい瞳でアインを見上げた。
「あの条件下でお主は勝利を収めた。他に語るべきことはなかろう」
後のことは無粋か、それとも本当に意味はないか。
アインとセラは少しの間、互いの瞳を見合っていた。真意を探るように、互いを慮るような慈愛も重ねてのゆっくりとした時間を交わしたのだ。
さて、本当にもう何も言うまいと。
「約束通り、セラさんの力を貸りたいんです」
「うむ。よいぞ」
「でもどうやってあの二人の痕跡を? まさか、人力でしらみつぶしとか言わないですよね?」
「そんなバカなことが出来るか。生まれたての竜人だって、もう少し頭の良いことをすると思うぞ」
生まれたての竜人何て見たことがないが、今の言葉には胸を撫で下ろせた。
「儂の力を使って、このダンジョンを上層から順に消滅させる。その最中に二人の痕跡を探っていればすぐにでも見つかるじゃろうて」
「うわぁ……すっごい力技だった……」
「楽じゃからな。とはいえ――――出来れば選びとうない手段ではあったが」
理由は先日見つけたばかりの石板だ。
セラは語らなかったが、解析をするのにこのダンジョンはそのままである方が都合がよくて、少しでも早く進められると分かっていた。
だからこそ、アインの願いに応えることへ難色を示していたのだ。
彼女が吐いたため息には哀惜が入り混じっていたものの、ダンジョンを消滅させることへの迷いは感じられない。
「どれ、早いうちに終わらせるとしよう」
するとセラが何かを呟く。アインが知らない言語で、発音もうまく聞き取れない難しい話し方の呟きだった。
呟きの後で間もなく。
神隠しのダンジョンが大きく揺れた。
「案ずるな。土砂の被害もないように計らうからの」
やはり彼女はすごい存在だ。
ダンジョンそのものを消滅させるという人間離れした行いを、何かを呟いただけで行使させるなんて。
「俺は何をすればいいでしょうか」
「何もいらんぞ。儂も二人の痕跡が見つかるまで、ここでゆっくりしていようと思う」
「……りょーかいしました」
「それにしても――――ふぅ」
セラは何度目か分からないため息を吐いて石板に近寄った。
糸がそっと剥がれていき、彼女が手を伸ばすと石板が蛍のように瞬く。物寂し気な手つきと伏せがちな目元が、何とも言葉にしにくい郷愁感を漂わせる。
「約束じゃったろ」
「……約束?」
「儂がこの地に足を運んだ理由じゃよ。そう複雑な話ではない。単に儂は、もう一度楽園を見たくなっておったのじゃ」
楽園、竜人セラの故郷をだ。
「何千年、何万年と生きてきたところで気が付いた。言うなればわしは後悔してしまったのじゃ。アレを若気の至りと言うには重すぎる事ではあるが、長たちと和解し、円満に自由を得られた可能性もあったのではないかとな」
「……はい」
「儂が更なる強者に至ったからであろうがな。余裕が出来たところで、同胞たちを支配して儂が長になる道もあったやもしれん。そうなれば黒龍も生まれなかったであろう」
「セラさんは、優しいんですね」
「わだかまりを解消したいだけじゃよ」
以前のセラはこう言っていた。『おかしな場所じゃよ。常に覇を競い合う同胞が居て、それを当然と思う友たちが居た。あの地を楽園と謳う馬鹿者ばかりで、儂は生まれながらにして価値観が合わんかったのう』――――と。
「ゆえに時を遡れるのなら……そう期待してこの地に来たわけじゃ」
セラは最後に、くすっと可憐に笑いながら振り返った。
「まぁ、ゆるりと調べるとするさな」
「すみません……俺が貴女に願ったばかりに」
「そう言うな。儂も儂で、お主の願いを聞くほうが有意義に思っていたのかもしれん。言ってなかったが今の気分は悪くないのだ。この地に来る前だって、今ほど清々しい気分だったことは珍しいほどにな」
その気遣いに甘えたアインは椅子を立った。
セラの隣に立って、石板を見る。
何か協力できないだろうか? 石板に魔力は宿っているものの、何か吸収できそうな気配はやはり見当たらない。
(あれ?)
しかし、気が付いた。
こうして石板を凝視していると。
「読めそうな気が……」
「なんじゃと!? お、おい! マルク――――じゃなくてアイン! これには何と書いてある!? 何で読めるんじゃ!? どうしてじゃ!?」
「ちょ、落ち着いてくださいって……!」
「お、おぉ……すまんすまん」
自分だってどうしてそう思ったのか分からないのだ。
けど手を伸ばしてみると、アインの手が桜色に光っていく。すると石板も同調して桜色に光り近づいてくる。
ちょっとずつ距離を詰めてきて、自然とアインの手に収まった。
「ヴェルグクの力に共鳴しておるのか……?」
二人は顔を見合わせて頷き合った。
急かすまいと耐えているセラの横顔を視界に収めながら、急いで石板に意識を向けたアイン。文字は依然として知らないし分からないが、心の中に文字の意味が浮かんでくる。
「『私はもう――――最後に貴方の元へ――――』」
一言たりとも、時を操ることへの文言は無かった。
あったのは時の女神イシュタルと思われる女性による、ヴェルグクへの思いの丈をつづる言葉だけ。
最初から最後まで、ずっとずっとだ。
「まさかアイン、それで終わりとは言わぬであろう……!?」
「終わっちゃった……みたいです」
「――――――――」
ぽかんとした顔でアインを見たセラは、膝から力を失っていく。力なくだらんと両腕を垂らして、惚けた様子で石板を見上げていた。
彼女の衝撃は計り知れないだろう。
気が遠くなる時間を掛けて見つけ出した秘宝ともいうべき石板だったのに。
書かれていたのは、一通の恋文であっただなんて。
ふと、最後に短い文言が刻まれていく。
それはアインが読み終えた後で、魔法のように刻まれて。
『ありがとう』
と、女性の声が心に響き渡った。
もしかしたら、二人は再会できたのかもしれない。魔力としてではあるがアインの中で、想い人と在りし日のように語り合えたのかもしれないと。
カタ、カタ。
石板に亀裂が入ったと思いきや、粉々になって砕け散る。
「う……うぅ……」
嗚咽が耳に届いたのかとアインは思った。
セラの方を見るのは気が重い。
そう思い、静かに立ち尽くしていたところ。
「うがーッ!!」
不意に背中を襲った少女の体重。
ぐらっと上半身が揺れるも、そんなことよりも驚きが勝った。
「なんじゃなんじゃなんじゃーっ! 儂が探し求めていたのは恋文じゃったのか!?」
「セ、セラさん! 落ち着いて……!」
「こーれがどうやったら落ち着けるというんじゃ!? ヴェルグクを解放し、イシュタルと再会させられたから満足したと思えばよいのか!? 二人はきっと幸せじゃろうよ! で、儂はどうす――――む? まぁ、それはそれであまり悪い気はしないような、そんな気がしなくもないような……」
きっとセラは優しいのだ。
それこそ、アイン以上のお人好しなのだろう。
「いや! まだ何か残されておるかもしれん……そうとなれば、この地下を消滅させるのはよすべきじゃな! うむ!」
加えて時間の感覚が違うようにもみえた。
万を越す年を生きてきた彼女ならば、この大陸に来てからの時間なんて、そう長くは感じないのかもしれない。
「ここにある本を読み漁ってみれば、もしかするかもしれんしな! なればこの地を、お主の直轄領にして人が寄り付かぬように出来ぬか? その方が儂は都合がよい」
「……出来るかもしれませんけど」
「よいぞ! ではそのように頼む!」
すると彼女は満足げにアインの背を離れ、椅子に座った。
アインが乾いた笑みを浮かべて彼女を見ていると、不意に彼女は宙を見上げて頬を緩めた。
「お主が欲しかったものが見つかったようじゃ」
仮初の楽園があった世界への入り口に似た光の穴。それがセラの頭上に現れると、彼女の手元に何かが舞い降りてくる。
封筒と、何枚かの紙と白銀色の指輪だ。
アインはそれを見て、ライルが遺した手紙だと一瞬で理解した。
けれど気になったのは絵が描かれた紙の方だ。
「この絵って誰が書いたんですか?」
「儂」
あっさりと言い切られたが、ハイム側の遺跡にあった壁画を思い返せば分からない話でもない。
「ほれ、それを祖父に見せてやるとよい」
「セ……セラさんは!」
「さっきも言った通り、儂はまたしばらくここにおる。何か礼でもしてくれるなら、いずれ上等な甘味でも持って来い。山ほどな。何も言わずに姿を消すことはせんから安心せい」
その言葉をきっかけにアインは勢いよく頭を下げた。
これが一秒でも早くシルヴァードに届けたい。この一心で、階段に向かい駆け上がって行ったのだ。
さて、一方でセラ。
椅子に座っていた彼女は、床に散らばった石板を眺めていた。
けどすぐに、ふっと笑って天井を見上げる。
だらしなく口を半開きにしながら、うめき声に似た「あー……」という声をあげてから。
「アイン!」
大声でアインを呼んで。
「またいずれ、刃を交わそう」
階段の途中に居たアインは立ち止り、下にいるセラへ笑いかけたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
回想し終えてから思ったのだが。
「もう一度戦うのはなぁ……」
二度目があっても勝てる気が全くしない。
むしろ百回試したところで一回も勝てないはずの相手に対し、仕掛けと温情、あとは豪運があってやっと土を付けられただけなのだ。
苦笑して、窓の外を見ていると気が付いた。
「――――王都だ」
随分と久しく見ていなかった気がする光景だ。それこそ、数年くらいは。
思えば濃すぎる日々を送ったものだ。
生涯のうちでも、一二を争ったと言っても過言ではない。
トン、トン。
ノックされた扉にアインが向かう。
「ご機嫌よう、謹慎中の王太子殿下」
訪問したのはクローネで、彼女はアインの手を握り部屋に入り込んでくる。
「ミスリル製の手錠を注文しようと思ってるの」
「一応、何に使うのか聞いてもいい?」
「ココと、ココに使うの」
クローネはアインの手と、自分の手を指し示した。
「アインの手と私の手を繋いでしまおうかと思って。陛下にお伝えしてみたら賛成ですって。私費を投じてもいいって仰っていたわ」
実際、繋がれる相手がクローネならやぶさかでもないのだが。
常にとなると、日常生活の支障は大きそうだ。
(何をまじめに考えてるんだ、俺)
そもそもミスリル製であろうと、アインを封じ込むことは叶わない。
当たり前だがクローネだってそれは知っているので。
「ふふっ、でもね」
彼女は楽しそうな口ぶりで追撃を仕掛ける。
「私がこうして抱き着いていたら、きっとアインなら跳ね除けたりしないって。手錠よりよっぽど効果的だって陛下が仰ってたの」
「えっと……それは」
「どうかしら?」
「ど、どうだろ」
明言を避けるのは男らしくなかったかもしれない。が、そっぽを向いたアインを見ていると、愛おしく思えて仕方ないクローネには些細な問題だ。
くすっと微笑んで、アインの片腕に抱き着く。
しかし歩くことは出来るように、器用に甘えていた。
「行きましょ」
窓の外の景色はもう王都の中だ。
着陸するまで間もなくである。
(もしかしてこのまま外に?)
今日のクローネはいつも以上に揺るがなかった。
国王シルヴァードの許可もあるし、誰にも遠慮する必要がないからだ。
アインはアインで、恥ずかしいとも言う気がない。何故かというと、言える立場にないということに尽きる。
案の定というか、廊下に出てからもそれは変わらなかった。
近衛騎士からの目線は微笑ましそうでありながらも、クローネが傍にいることに安堵しているのが伝わってきた。
普段のアインの行いが良く分かる態度だ。
「ニャハハッ! ちゃんと反省するのニャー!」
(……見られた)
いつの間にか、カティマが近くでこの様子を眺めていた。
アインは苦笑いを浮かべてから、上機嫌に隣を歩くクローネと歩幅を合わせる。そのままの足で甲板に向かい、久しぶりの王都の風を全身に浴びた。
面前に迫るホワイトナイトを視界に入れると、穏やかな声色で「ただいま」と呟いたのだった。
【告知】
もうすぐ魔石グルメが一区切りつきます。その際には一度完結となる予定です。
その後はアフターストーリーとしての連載となりますが、更新頻度などにつきましては、一区切りがついたところでお伝えして参りたいと思います。
内容は1エピソード=15万文字程度。
だいたい書籍版と同じくらいのボリュームで検討しています。
いくつかのエピソードを更新していきたいなと……。
アフターのくせに長くね? と思われる方もいらっしゃると思います。
ただ子離れできない親と言うのか、それともただ往生際が悪いのか。2年以上の連載をしてきたからか、まだまだ私には魔石グルメを書きたい欲があるようで……。
是非、引き続きお付き合いを頂けますと幸いです。
twitterでも情報を更新することがあるので、もしよければ併せてよろしくお願い致します。




