仮初の楽園にて。
5巻の表紙です!
電子版ではbookwalkerさんでも予約が開始されましたので、
紙の本と併せて、どうぞよろしくお願い致します。
こちらの5巻は2月10日発売となっておりますので、どうぞご予約のほど、よろしくお願い致します。
今回も五万文字以上書き下ろしておりますが、イシュタリカとハイムの会談シーンなどは特に見直しを入れて改稿致しました。
他にも、すべて書下ろしの章などもございます。
オーロラの中は本当に別世界だ。
空を漂う巨大な浮き島。どこか遠くのようで、意外と近そうな場所を飛ぶ見たこともない龍の姿。どこまでもつづく青々とした芝生。
遠くに位置する湖の傍には、以前、セラが寝てしまっていた一本の木もあった。
(少し不思議な感じだ)
それは心の問題で。
今までは強敵を前にしたらこんな時間なんてなかった。問答無用で戦いが開始されるか、何か、感情をぶつけ合うことが多かった気がする。
でも今の相手は違って、これから散歩でもという穏やかな様子。
純白のローブは静かに揺れて、軽快な足取りを見せていた。
(あれは――――)
アインの視界に移りこんだ昨日の石板。
湖の上にそれは浮かび、海中を漂う海月のように揺れていた。一際目を引いたのは、石板に纏わりついた何本もの糸だ。
それにしても。
「ここはまるで楽園だ」
豊かな自然、そして穏やかな気候にそう思ったのだ。
「そういえば、儂の故郷の事は話しておったか」
「色々と聞いてたもので。あの――――過去の世界でも聞けましたし」
「うむー、確かにそこでも言った記憶がある」
「え、あれって本人だったんですか?」
「記憶を共有していただけじゃよ。小難しいことは気にするでない」
話は早いということで、アインは頷いて納得する。
では、あの日のつづきを。
以前は三分の期限を設けられて戦ったが、その際は時間切れというスッキリしない幕切れだった。今日はどうなるのだろう? アインは何も言わずに剣を抜いた。
「お主が何もできなくなったら儂の勝ちじゃ」
「俺が勝つにはどうすれば」
「儂に限界が来たらこの世界が消える。ただそれだけのことよ」
「……それ、大丈夫なんです?」
消えたらどうなるのか、頬が引きつった。
「暖炉の前に投げ出されるだけじゃ」
「それを聞けて安心しました」
淡々としたやり取りを交わしながらも、確かに空気は変わりつつある。
天球を見上げれば雲は急速に散開している。
火傷のように肌を刺す痛みは、セラから漂ってくるプレッシャーだ。けど、心は意外と落ち着いている。自信からくるものではないが、成すべきことが分かり切っていたからだ。
「儂はあの石板を一秒でも早く解析し終えたいのだ」
と、セラ。
「すでに解析に移っているが、アレでは遅い。儂が付きっ切りにならんと効果が薄いのじゃ」
「……だから糸が纏わりついてたのか」
「左様」
「貴女は一体、石板の力で何をしようと――――」
それはほんの興味本位で、独り言のような尋ね方だった。
答えが返ってこなくてもいいと思っていたくらいだが。
「儂に傷をつけられたら教えてやっても良い」
先日の、三分の期限を設けされた勝負の時と同じことを言われてしまう。
これからの勝負で傷をつけることはおろか、勝利しようとしているアインからしてみれば、若干苛立ってしまう言葉である。
確かにあの日の事を考えれば、絶望的な戦力差は否定できないが。
「一年半です」
あの敗北から、アインが必死になって鍛錬を重ねた期間だ。
「貴女に勝ちたいと思い、これまでの訓練が児戯に思える時間を過ごしました」
ゆえに、魔王城の三人を同時に相手にした。
結果は魔王の力に頼ることなく勝利を収めて、自身の成長を強く感じた。
もしもあの時間が無かったのなら。
ヴェルグクとの戦いだって、勝てなかったかもしれない。
「しかしお主は、戦う意味のある戦いで力を発揮していたであろう」
「ええ、そうかもしれません」
「じゃがこの戦いに意味はない。何故なら儂はお主の敵ではないからじゃ。水龍でなければ赤狐でもなく、かの蛮族でなければ暴食の世界樹でもない」
「確かにそのどれでもありません。――――けど」
一つだけ間違えていますよ、とアインは勝気に笑って剣を構えた。
「意味ならある。大切な家族のために、俺にしかできない事があるのがその理由だ」
言葉の後、彼を包み込んだ漆黒の魔力……ではない。
剣から覆いだす白銀色の魔力が、徐々に黄金に染まり雷光のようだ。
「そういえば、ヴェルグクの件は頼み事って言ってましたけど、実はあれも俺がしたっていう約束と関係があるんじゃないですか?」
「む?」
今の言葉には確固たる自信がある。
思い返してみれば、違和感は確かにあったのだ。
「ライル様の痕跡がその証拠です」
「あんなの、あ奴らが落としていったんじゃろうて」
「あり得ないですよ、だってセラさんが言ったんじゃないですか。このダンジョンは上に向かうほど、以前の一層に近づくんだって」
つまり、整合性がとれない。
「こんな最下層近くに。それもヴェルグクの後の階層に二人の痕跡があるはずがない。ヴェルグクを倒せるはずがないからだ。これじゃまるで、俺がここに来ることが出来る口実を用意されたみたいです」
「答えてやっても良いぞ。――――ただ」
セラが宙に出来た穴から鎌を取り出して、それを勇猛に振り回して構えた。
相対するアインもまた、黄金の魔力に勢いを増した剣を上段に構えて。
空間を揺らし、景色が歪む。
圧倒的で暴力的な魔力が辺りを包み込んだ。それは龍の顎のように膨張していくと、アインを噛み砕かんと上下に広がった。
絶対強者の鎌が振り下ろされると同時に。
「お主が立っていられたらじゃけどな」
暴力的な魔力は深紅に、業火を成す。
圧倒されるべきはその迫力か。それとも、人知を超越した力の奔流にか。
少なくとも、以前のどの攻撃よりも破壊力に満ちているではないか。
――――だが。
アインもまた、今では人知を超越した力の持ち主である。
セラが放った攻撃とほぼ同時に、彼もまた剣を振り下ろした。魔力の業火を前にして、アインが纏う黄金の魔力がセラの力を消し去るのだ。浄化するように、あっさりと。
灼熱の暴風が吹き荒れる中、セラは長い銀髪を風に靡かせて笑っていた。
「勇者の力を取り戻したお主ならそうなるであろうよ! なぁ、マルクッ!」
すると、何の前触れもなしにセラが鎌を手にとびかかってくる。
迎え撃つアインと共に、戦いながら言葉を交わす。
「いいえ、俺はアインだッ!」
「何を言う! 死に際に儂と約束交わしたのはマルクであろうが! もしも生まれ変われるのなら、奴らに勝てる魔王になりたい! そう口にしていたお主と約束を交わし、生来の魔王となれるようお主に協力したであろうッ! 新たな生を得ることと別になッ!」
「ああそうですかッ! 分かりましたよ! それを聞いてやっと分かりましたッ!」
セラは確かに約束していた。
しかしアインが知る約束と言うのは、幼い日のマルクがセラと出会った際に、彼女のことを秘密にすることに対して何か願いを聞くというものだけ。
けど、これはしっくりこなかったのだ。
仮に新たな生を受けることがその願いであるならば、一つ約束が足りていないから。
そうだ、アインが得た力への対価を支払っていなかったのだ。
「黒龍もだ! 俺が生来の魔王がどうのって言っていたッ!」
「ほうッ!」
「言葉の意味は今でも分からない! けど、貴女は俺に力を与えてくれた!」
「そこまで考えられたのなら分かったであろう!」
じり、じりとアインが押されつつあった。
あんな細腕にどうしてこれほどの膂力があるんだ。
アインは口惜しそうにしながらも、冷静に彼女の戦いぶりを観察した。
やがて、小さな小さな。
ようやく生まれた可能性の一端にたどり着く。
「俺が先に受け取った毒素分解EXは――――ッ!」
セラが振り下ろした鎌に対し、アインの黒剣イシュタルが火花を上げて肉薄し。
「俺がヴェルグクを倒すことへの対価だったんだッ!」
とうとう、柔肌に刃が届いた。
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