星明りの下で。
原作4巻とコミックスの1巻が好評発売中です!
五万文字以上書き下ろしていますので、挿絵が付いたマルコの物語と共に、書籍版も楽しんでいただけますと幸いです。
「どうだ、これから共に朝食でも」
シルヴァードは先ほどまでの感傷的な姿を隠してアインに笑いかけた。話はここまで。もうつづきを話す気はないという意思が伝わってくる。
「そうしましょうか。考えてみればお腹が空いてきましたし」
「今日も忙しくなるぞ。たんと腹ごしらえしておかねばな」
「ついでにカティマさんも呼びますか? 地下室で叫んでましたよ」
「…………放っておけ」
どうせゆっくりと食事をする余裕はないだろうと、シルヴァードは額に手を当ててため息をついた。
◇ ◇ ◇ ◇
この日の催し事は城内で執り行われていた。これまでと違って最初から王太子アインが居たことが、来場者たちにも安心感を与えて止まない。会場は本来あるべき雰囲気に包まれていた。
夕方、そして夜になっても催し事はつづいていた。
バルコニーの外が真っ暗になった頃。
足を運んだ貴族と言葉を交わしていたアインの下に、頃合いを見計らって足を運ぶ少年が一人。
「殿下」
正装に身を包んだレオナードだ。
凛々しくも色香のある美丈夫っぷりをいかんなく発揮した姿は、アインの隣に立つと絵画のようだった。
「療養していたと聞いておりますが、もう大丈夫なのですか?」
「ごめんごめん、もう大丈夫。今日までの儀式に参加できなかったことが悔しいけどね」
「致し方のないことです。しかしご快気なさったのなら安心ですね」
軽いやり取りの後、二人は持っていたグラスを軽く合わせる。
「この度の婚儀は大変喜ばしい話でした。近頃は私にとっても良いこと尽くしでして、何ともよい一年を過ごせております」
「ん、レオナードにも何かあったの?」
「私……というよりも、私たちでしょうか。ロランが爵位を得たこともそうですが、バッツもまた、騎士として一歩進んだようで」
「全然知らなかったよ」
「実は私も先日、耳に入れたばかりなのです」
いいことを聞けたとアインが頬を緩ませた。
つづけて。
「それで、レオナードのいい事って?」
「――――来年の春より、勤め先が変わるのです」
「えっ」
「恐れ多くも宰相閣下よりお声がけいただきました。私は今まで父上と同じ法務局に席を置いておりましたが、父上にも相談してこのように」
「……驚いた。レオナードはフォルス公爵みたいに法務大臣になるもんだと」
「ははっ、そう申しましても、大臣は世襲制ではございませんよ」
「だとしてもだってば」
驚きを隠しきれなかったアインも、すぐに喜びを感じた。
レオナードが城に仕えるなら、顔を合わせる機会もきっと増えるだろうから。
「しかし、あっという間に大人へと近づいてしまいましたね」
「学生時代に戻りたい?」
「戻りたくないと言えば嘘になりますが、私は昨日という過去だけでなく、明日という未来がどうなるのか気になって仕方ありません」
「なるほど、そりゃいい考え方だ」
詩的な言葉にアインは頷く。
ここでレオナードが持っていたグラスを呷り、腰を折る。
「殿下もお忙しいことでしょうし、私はそろそろ父上の下に戻ります」
「実はそうでもないんだよね。でも……少し休憩しようかな」
「それもよろしいかと」
王族の席の奥にある、一般来場客は足を運べないバルコニーを二人は思い浮かべた。
「じゃあ、また後で」
アインはそう言ってレオナードと別れると、多くの来場客で溢れる会場を歩く。途中、給仕から新たなグラスを受け取り、一直線にバルコニーを目指して。
途中で「ふぅ」と息を漏らして襟元に手を掛けた。
まだ人目のあるところでだらしないと苦笑して軽めに留めたが、気が緩んでいるらしい。
少し離れた場所に目を向けると、肩を並べ、楽しそうに貴族と語らうカティマとディルの姿がある。二人は一切の疲れも見せず、心の底から幸せそうなのが伝わってきた。
「どうぞ」
アインがバルコニーの前に立つと、立っていた近衛騎士が扉を開ける。
外に出ると、アイン以外には誰もいない。
大きく息を吸って、胸元のボタンを一つ二つと外した。
「どうしたもんか」
手すりに身体を預けると、遠くにそびえ立つ神隠しのダンジョンを見上げた。
現状の考えを頭の中で整理する。といっても、多くのことを考えているわけではなくて、どうやってあの地に足を運べばいいだろう、という悩みだ。
シルヴァードの願いを叶えるには中に入る必要がある。嘘をつく気はさらさらなくて、かと言って何を理由にして許可を取るべきか思いつかない。
だが時間は有限だ。
もうあまり長い時間の猶予はなくて、早いうちに足を運ばなければ竜人は立ち去るだろう。
「…………」
なら、強引に足を踏み入れるべきという考えもあった。
代償は大きくなるが、祖父が息子のことを知れる最後のチャンスだ。ならば多少の代償は覚悟して足を運ぶ……これも不正解ではないように思う。
とは言え踏ん切りがつかないのは、どうしようもなくて。
「あー、駄目だ」
ついには混乱して項垂れた。
手すりの上に顔を乗せ、その冷たさで頬を冷やす。
「何がダメなの?」
不意に鈴を転がしたような声が届いた。
ん? と体勢を整えようと試みたアインの片腕へと、柔らくて暖かな感触が押し付けられる。
「あ、服も着崩しちゃってるじゃない……もう」
「ここならだれもいないしね。それで、クローネはどうしてここに?」
「ここに来るアインを見つけたから、私も一緒にって思って来たの」
すると「邪魔?」と彼女がころんと小首を傾げた。
当然だが、アインが頷くはずはなかった。
風に乗って鼻孔をくすぐる彼女の甘い香りに、少し混乱していたアインの頭が冷静さを取り戻していく。自然と身体がクローネに近寄って、二人の身体はぴったりと重なり隙間がない。
「私たちのときはどうなるだろうって思っちゃった」
彼女が言ったのはアインとの婚儀について。
「今になってみると、アインがパーティに参加できなかった事に感謝しないといけないのかも」
「俺があの日のお披露目に参加してたとしても、結果は変わらなかったと思うよ」
「それって……アインがイシュタリカに来て――――」
クローネもまた、海を渡っていただろうと。
「まるで運命みたい」
この言葉はあながち間違えでもない、と二人は心の内では同じことを考えていた。特に顕著なのはアインで、多くの考えが心を駆け巡り、瞼を閉じればその光景を想像するのに難くない。
運命――――そう言ったクローネの手元で桜色のスタークリスタルが輝く。
「指輪とかも新しく用意しないと」
「ううん。それならもう貰ってるわ」
新しい物は求めない、彼女はそう否定した。
考えてみればスタークリスタルがそれに値するものだ。
「なら婚儀の時って何を渡せばいいんだろう」
「私は新しい指輪を貰うより、もっと欲しいものがあるの」
「……って言うと?」
するとクローネはアインを見上げた。潤んだ瞳。形がよく艶めいた唇。そして、頬を軽く上気させてアインを見つめた。
彼女は人差し指を自身の唇に当てたと思うと、すぐにアインの手を握り締める。
甘えた声で「こういうこと」と口にした。
ふっ――――と。
二人の唇が自然と重なる。
長くない、短い時間だ。
情熱的でなくとも感情の高ぶりは言うまでもなく。
クローネはそっと、アインの腕に抱き着いた。
もう少しここでゆっくりしていよう。
隣にいるクローネの体温を感じていたアインが、城下の中央を通る大通りを見た。
(なんだろ)
気が付いたのは偶然だ。
数人の冒険者を連れて城に歩いてくる騎士たちの姿に気が付いて、アインはまばたきを繰り返す。
不穏な雰囲気はないようだが、どこか緊張している様子である。
やがて城門の前で立ち止った彼らを見下ろして、あとで聞いてみようと心に決めた。
本一冊分ぐらいの文字数でみんなが可愛いだけの話を書きたくなる欲望が時折現れます。




