元・エルフの勝負。
二巻の改稿が大分進んでますので、今度、内容も併せて告知いたします。
一巻をご検討中だった方は、重版分も店頭に並んでおりますので、是非よろしくお願いいたします……!
それ、聞いても大丈夫なやつ?
アインのまぶたに浮かんだのはこうしたいくつかの疑問。
さっきまで紅茶を飲んでいたはずなのに、もうすでに喉がカラカラだ。冷静さをなんとか取り戻しつつ考えるが、クリスがドライアドだということはなく、またドライアドハーフという情報も一切ない。
彼女が引いている異人種の血というのは、エルフ以外ではピクシーぐらいしかないからだ。
この間にも、アインの足元を愛おしそうに巻き付くツタ。気が付くと、いつの間にか数本増えているのが引きつる笑みを誘う。
「――ふふ」
褒められて悦に浸ったままの彼女。
アインの首筋をもう一度冷や汗が伝うと、意を決して口を開いた。
「その、クリス?」
「あ、はい? なんでしょう?」
「……手元から出てるものについて、俺が分かるように説明をしてもらえると助かるんだけど……どう?」
「私の手元ですか……? ッ――!?」
指摘され袖から洩れるツタに気が付く。
ハッとしたと思えば、急激に青白く頬を変えた。
「こ、ここ……これは、その……これは……ッ」
少なくも彼女が事情を把握してることは、今の慌てた態度から伝わる。
しかし、すでに慌て戸惑う彼女の双眸には薄っすらと涙が浮かび、答えにくさも併せてアインに伝わった。
すっと立ち上がるアイン。
「隣、座るよ」
確実に自分も関係しているはずだ。
彼女の返事を待たずに腰かけ、水の入ったカップを強引に彼女に握らせる。
そして、「飲んで」と優しげな瞳で促す。
「……ごめんなさい、急に慌ててしまって」
「いいよ。というかなんだろ、俺も関係してるみたいだしね」
だが、一切の記憶が無い。
クリスがクローネのように種族を変えたのであれば、交わった記憶なんて残ってるはずだからだ。
密かにまばたきを繰り返し多くを反芻するが、やはり答えは見当たらない。
「答えづらいみたいだから俺から聞くよ? 今のクリスの種族って、エルフじゃなくなってるの?」
「……」
「なるほど。小さかったけど頷いてくれたのは分かった」
「……わざとじゃ、なかったんです」
「えっと……?」
ぽつり、語るクリスは俯いた。
膝の上で強く拳を握り、白い肌がうっすらと赤みがかる。足の指さきにも力が入っているのだろう。彼女の革靴の先が不自然に膨らみ小刻みに震えた。
「この前イストに行った時です。アイン様、転びそうになった私を抱いて守ってくれたことを覚えてますか?」
「あー……うん、覚えてる」
「ではその時、私たちの唇が重なったことは――きっと気が付いてませんよね?」
「え……?」
「ほんとうに一瞬だったと思います。でも、私はアイン様とほんの少しですが口づけを交わしてしまいました――きっと、そのせいで私はアイン様と根付きの関係になってしまったんだと思います」
相変わらず彼女は俯いたままだ。
しかし、アインは彼女の言葉に強い自責の念を抱く。
「ごめん」
横を向いて、彼女に向け頭を下げる。
「ア、アイン様……?」
私は拒絶されてしまったのだろうか? クリスが不安に思ったのもつかの間、アインの口から語られるのは別の謝罪だ。
「クリスの生涯に関することだと思う。俺の性質のせいで勝手にそんなことにしちゃって……本当にごめん。償うって一言で言えることじゃないけど、それでも俺に出来ることならなんだって手伝う。頭を下げてカティマさんにも相談してみる、だから――」
彼女はきょとんとした。
そしてすぐに口角をあげ頬を緩め、隣で頭を下げた想い人の手を握る。
「ほんと、アイン様は昔からずっと変わりませんね」
彼女はアインの優しさに心を温められ、胸を幸せそうに高鳴らせる。
自分は拒絶されていない。それを知れただけで、クリスは天にも昇れそうなほど僥倖に感じた。
いつものクリスなら、それでもまだ謝罪を言い自分を下げる。
ただ、今日の彼女は先日の決心もあってか、強気に一つの考えを言う。
「アイン様。以前、私が賭けで勝ったご褒美――今日、いただいてもよろしいですか?」
「以前の……もしかして、エルフの里に行ったときのこと?」
「はい! あのとき、私がアイン様との勝負に勝ったご褒美です!」
クリスがアインの手を引き顔を近づける。
「私と剣の勝負をしてください。アイン様は絶対に手加減なし、私が一撃でも当てられたら――ひとつだけ、お願いを聞いてください」
◇ ◇ ◇ ◇
人払いがされた訓練場。
幼い頃、クリスに何度稽古をつけられたか数えきれない。
この石畳に立って相対すれば、自然と幼い日の思い出ばかりがよぎる。
――しかし。
「もう私が教えていた頃の、可愛らしいアイン様じゃないんですよね」
「……あのさ、その言い方って色々と恥ずかしいからね?」
今では力の差が逆転しているどころか、アインに勝てる存在を探す方が難しい。そもそもいるのかすら疑問だが、剣だけを見ても彼は強い。魔王化による成長を考えずともだ。
「髪の毛は結ばなくていいの?」
「大丈夫ですよ。以前の私と同じままじゃ駄目ですから」
「……じゃあ、そろそろ『お願い』の内容を教えてもらってもいい?」
「えぇ、分かってます」
すぅ、はぁ――。
クリスが右胸、魔石のある位置に手を当て息を整える。
蒼玉の双眸が力強くアインを射抜く。
「今日の私は強いですよ。きっと、ロイド様にも勝てると思います。私にできる全てを利用して、絶対に一撃入れてみせますから」
言い切ったクリス。
微笑む。魔王城に行く前の夜、胸に宿る魔石を捧げると言った夜のような美しい笑みだ。
「私――もう我慢することは止めたんです。こないだ、クローネさんとも話しましたから」
焦らす彼女はお願いを言わず。
アインは今日のクリスが纏う空気に驚かされる。例えるなら、マルコと剣を交わすときのような、そんな特別な緊張感だ。
その間にもレイピアを抜いたクリス。
一度だけまばたきをしたアインの視界から、彼女はあっという間に姿を消す。次に声が聞こえたのはまさに耳元、吐息も感じられそうなほど近く。
(ッ――な……!?)
疾い。速さの勝負なら、たとえ相手がマルコだろうと圧勝だ。
だがアインも最強の剣士に近づきつつある者。声が聞こえだすと同時に無意識に剣を抜く。
――しかし。
「アイン様。私――クリスティーナは、貴方のことをお慕い申しております」
唐突な吐露、告白。
当然、アインは急な言葉に手元が一瞬だけ狂う。一欠片の冷静さで指に手を入れるが、確実に彼女の手の方が早い。
剣を抜くのを諦めると、身体を反らし前に躱した。
「い、今のを躱すんですか……!?」
「いやいやいや!? 躱すも何も、え、なんで……色々と聞きたいけど、言うにしても今なの……ッ!?」
「こ――これでも胸がバクバクしすぎて大変なんですからねッ!? だからもういっその事、緊張感ごと戦ってるんですからッ!」
言われてみれば確かに頬が赤い。本当に真っ赤で、潤んだ瞳がまさに宝石のよう。
アインも剣を抜き、二人はようやく正面切って立ち会う。
「好きなんですッ! ずっとずっと前から、命を捧げたいって思うほど好きだったんですッ!」
息つく暇も無い彼女の追撃。
「いろいろ拗らせてたのかもしれませんけどっ! 海龍のときに助けられてから素敵だと思って、バルトへの調査で置いてけぼりになって悲しくなって、帰ってきたら自分の褒美全部使って、私のことをお傍に置いてくれたんですから……仕方ないじゃないですかッ!」
「ッ――」
「だから私は、あの日の夜に魔石を捧げるって言ったんですッ!」
「あれは信頼とかの証だって、クリスはッ!」
「そ、そそそそ……それだけなはずないじゃないですかッ! 胸まで触らせるなんて、好きな人じゃないと嫌ですからねッ!?」
いわば、求愛に似た儀式の一つだと彼女は言う。
怒涛の告白と怒涛の攻撃、両面で彼女はアインに襲い掛かる。
「私の気持ちを真剣に受け止めて下さるのでしたら、もっと本気で戦ってくださいッ!」
そんなことをすれば彼女に勝ち目はない。
分かり切ったことなのに、わざと首を絞めるような言い方をした表情は決意に満ち、ある種の美しさを感じさせる。
「分かってる。俺だってクリスの本気の言葉には、相応の姿勢で返すよ」
近頃、彼女と距離が近く感じていた理由を骨の髄まで理解した。
だが今まで、クリスを美しく魅力的な女性だと考えたことはあるが、異性として性愛を抱いたことは無い。アインの場合、幼い頃から常にクローネが傍にいて、彼女と深い仲になるだろうという想いばかりがあったからだ。
国王シルヴァードが妻を一人しか娶ってないこともあり、また、ラウンドハートでの件があるからこそ複数の女性を近くに置くなんて考えたこともない。
そうするべきなんだろうな。という、あくまでも王族の責任を考えたことがある程度だ。
(身体にも影響を与えた、だから俺が責任を取る――いや、勝手にそう思うのも失礼だ)
付き合ってなかった異性を孕ませたから結婚する。言い換えればただの屑に思え、アインは模索しつつ剣を振った。
(なら……)
彼女は自分を好きだと言った。
男としての責任? 根付いた責任? 細かいことがいくつも胸の内を掠める。
だがふと、細かいことを考えていた自分を恥じる。
「クリス!」
「ッ――はい!」
「もういい、クリスのお願いは聞かないよ。だから……」
小さなことばかり考えず。
出来る全てを受け入れよう、そして自分の心にも。
「俺はどんな願いでも受け入れる。叶える。例え、この勝負で俺が勝っても――ッ!」
器を見せつけたアイン。クリスの全身にも喜びが奔るものの、それでも、この場においての最適解じゃない。
なぜなら。
「ふふっ……でも、違うんです。この場に限って言えば、アイン様がそうして受け入れ、行動してくれるのが正解じゃないんです」
でも嬉しさは隠せず、声と顔に僥倖をにじませる。
「クローネさんにも認めてもらった。でも、アイン様には受け入れてもらうだけじゃダメなんです」
「ダメ……?」
「はいッ! じゃないとクローネさんの言葉を無駄にしてしまう。だから、私の力でアイン様を……私のことを女として見てもらいますッ!」
彼女の決意は強く伝わるが、アインはその裏、クローネとクリスが何を話していたのかが分からない。
「だから私は絶対に勝ちます。――それに、今日の私は絶対に勝てる理由があるんですからッ!」
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