魔王城に戻ってから2(9/27日更新、後半)
後半部分です。
本日二回目の更新ですので、ご注意ください。
分割になってしまい申し訳ありません……。
つい手を掴んでしまったこと。急に悪かったなと、アインが申し訳なさそうに手を離す。
すると、クリスはそれが幾分か不満で、密かに唇を尖らせて感情を表現していた。
「――あ、あはは……その、行きましょうか、アイン様」
「えっと、行くってどこに?」
いつの間にか、若干の落ち着きを取り戻したクリス。
今なお緊張した様子はあるが、それでも、アインの隣に立って歩き出す。
服のせいか彼女の振舞のせいか。
これまでとは違う雰囲気に、アインは隣を歩く彼女との距離感を図る。
(……なんていうか、いつもより近い……かも?)
肩と肩が触れ合うとまではいかない。
ただ、手の甲が触れ合いそうな微妙な距離というだけのこと。
たった数センチ程度かもしれない――それでも、その違いは大きい。
これだけだというのに、彼女の香りや吐息まで感じられそうで、いつも以上に、彼女と言う存在を近くに感じる。
「昨晩用意していただいたお部屋です。食事は運んであるので、温かいうちにいただきましょうか」
「あれ? 俺たちが帰ってくるって分かってたの?」
「なんとなくですけど、アイン様が帰ってきそうだな―って思ってたんで」
「……すごい嗅覚だね。ありがとう」
すっ、すっ、とだけ音が聞こえる真っ黒な絨毯。
時計の針の音の方が大きく聞こえそうだ。
外が寒いとあってか、二人の声は魔王城の廊下に良く響く。
さっきまで居たはずのカインとシルビア……二人の気配すら感じられないのだから。
「話は変わりますけど……シュトロムの皆さんは、どうしてるでしょうか」
「うーん、どう……ね」
すでに一週間近くの日数が過ぎた。
戻ったらすぐに例の祭りと、イストの件の打ち合わせで日程が詰め込まれるはず。
となれば、シュトロムはこれらの話で大忙しではないだろうか。
「王都の……お爺様たちからも話が届いてると思うよ。赤龍のこと関連のがね。年末の俺の誕生日になれば、お爺様たちはシュトロムに来るって言うし、その辺りの話もしてるかも」
「そうですね。はぁ……いつの間にか、どんどん忙しくなってきてました」
「アノンとか、ハイム戦争のときと比べたら楽だけど。俺もこうなるなんて思ってなかったかなー……」
はじめは統治の経験をするための領主生活だったはず。
力のずるい使い方ではあったが、特産品を考え、新興都市としての成長がはじまっていたというのに、ここ最近の横やりだ。
「多分ですけど――赤龍の件はすぐに解決は無理じゃないでしょうか?」
「俺も同じ感覚だよ。各地に追手を派遣してってなるから……正直言って、俺が直接動けるのは、今回のが終わればしばらく無いかなって」
つまり、領主としての仕事が主となる可能性が高い。
王太子兼領主なのだから、普段からこうして自由に動けるはずもないのだ。
(まぁ、自由にさせてもらってるのは今更だけどね)
やがて、二人は用意された部屋に到着する。
相変わらず独特の雰囲気がある扉で、濃い茶色の扉には深々と彫刻が刻まれていた。
クリスが一歩進んで扉を開け、中にアインを通す。
「ありがとう」
部屋の中は広く、それこそ二人で使うには広すぎる。
中はよくある主人と従者の部屋が連なる形で、例の如く、サロンを隔てて二人の寝室があった。
部屋の真ん中のテーブルには料理が並べられ、食指を刺激されてやまない。
二人は向かい合って席につき、互いの手前にある食事に手を伸ばす。
「あ、そういえば。カイン様と行ったダンジョンはいかがでしたか?」
「……色々とすごいところだったよ?」
「色々と……?」
さてどうしたものか。
例の、神隠しのダンジョンだったと言ってもよいものか?
(いやいやいや……言えるはずがないんだよね……)
クリスの姉セレスティーナが姿を消した場所。
それを彼女に伝えられるか? と考えると不可能に近い。
不義理なようだが、それ以上に、心配させたくないという感情が強い。
(……言い方を変えよう)
例えばそうだな――と、数秒の間をおいて言葉を返す。
「カインさんがスケルトンの時からあったらしいよ。すごく古いのに、中は妙に神秘的だったって感じかな」
「それほど長い歴史があったんですか……。新発見かもしれませんね」
「今までみたことのない魔物もいたし、合体もされたしで……結構賑やかだったんだ――っと、そういえば、こんなものまで拾ってきたんだけど」
懐から取り出したのは、ダンジョン内から持ってきた石畳の破片。
クリスも先日見たばかりの、古代生物研究所で使われていた素材だ。
「ッ――ど、どうしてあの研究所と同じ素材が……?」
「分からない。分からないけど、やっぱり赤龍が関係あるんだと思う」
「……あれ? アイン様、赤龍と関係があるって言いましたよね……?」
「言ったけど……それがどうかした?」
この時のアインは失言に気が付いていなかった。
情報を共有する、それだけを考えて答えたのだが、赤龍と関係があるなんて言ってはならない。
クリスが何も言わずに立ち上がると、アインの隣に腰かけた。
「……正直にお答えいただけると嬉しいです。今日行ったダンジョンって、なんていう名前なんでしょうか?」
(失言だった……)
それはもう満面の笑みだった。
落とせない男性は居ないのではないか? こう思わせる程の宝石のような笑み。
しかしながら、彼女の両手はいつの間にか場所を変え、アインの太もも上と服の裾に当てられている。
(は、傍から見れば情熱的かもしれないけど……)
当然ながら実情は違う。
彼女はアインを逃がさぬよう、茶を濁さぬように圧力をかけているだけだ。
アインもおもむろに食器を置くと、そーっと視線だけを反らしてみた――のだが、
「アイン様? 聞こえてますよね?」
事の大きさを甘く見てはならない。
ダンジョンが持つ逸話と実体験があり、彼女に見逃す気持ちはさらさらない。
ぐい、と強めに腕を引っ張られ、アインはとうとう目線を戻す。
「名前は神隠しのダンジョンだよ……いや、でもさ! 俺だって入ってから聞いたんだからね……!?」
「本当ですか? 少しも嘘なんてついてませんよね?」
「ついてないよ! 入ってからカインさんから聞いて、一度帰ろうとしたぐらいなんだからさ……」
結局ダンジョンを進んだのは、彼の言葉に強い信憑性を感じたから。
それらの流れを一つずつ丁寧に説明すると、クリスはしぶしぶながら手を離す。
「――陛下たちには、それに、クローネさんたちには何てご説明するんですか?」
俯いたクリスが大きく息をつき、アインの心配の種を問う。
「ありのまま伝えるしかないと思ってるけど、どうしよう」
「もう……だったら、どうしてさっきは誤魔化したんですか? 気持ちはわかりますけど……」
カインとシルビア。
二人が数日潜った結果、それでも大丈夫だったという事実。
このことがクリスの心を強く落ち着かせた。
こんなクリスを惑わせる会話もあったものの、二人は遅い夕食を少しずつ食べていく。
時にはとりとめのない話を。時にはイストのことを思い返して話をしてたら、部屋の扉がトントン……とノックされた。
頃合いはまさに、二人が食事を終えた時のこと。
「シルビア様でしょうか……? 行って参ります」
立ち上がったクリスが扉を開けると、彼女の予想通り、そこに居たのはシルビア一人。
「さっきぶりね。二人とも」
そう言うと、シルビアは二人が座っていたソファに近寄る。
クリスの事を座らせると、彼女の隣に腰かけた。
「ご飯はどうだったかしら?」
「美味しかったです。でも、誰が料理を作ったんですか?」
「私とクリスさんなの。ね、クリスさん?」
すると、クリスは恥ずかしそうに頷く。
スカートのすそを掴む仕草が、どうにもいじらしい。
シルビアもまた、彼女の照れてる姿に微笑むと、軽く咳払いをして居住まいをただす。
「それじゃ――黒龍の逸話について、私が知ってる限りの話を教えてあげる」
今日もアクセスありがとうございました。
最近、クリスの話を書いてるのがとても楽しいです。




